勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第50話 I'm a good subordinate.

俺は、あの魔道具に心当たりがある。

正確には、ああいう魔道具が出てくる連中に、だ。

 

ただ、筋が見えたからといって、そのまま直行できるほど俺は自由じゃない。

上司みたいな顔をしてるノアに、まずはこの二日間の捜査を報告する必要がある。

 

首輪の鎖は、短いほうが厄介だ。

引っ張られる前に、こっちから鎖の長さを決めてやる。

まあ、そう思っても出来ないのが、いつものことなのだが。

 

王女直轄の巡察官殿――ノアは、今日も忙しそうだった。

書類の束と、剣と、責任を同時に抱えて持て余している。

 

俺は責任だけは絶対に持ちたくない。

特にルナに対する責任は。

 

「で。二日分の成果は?」

 

成果、ね。

 

「ぶっちゃけ、あまりない」

 

俺は息を整えて、言うべき表層だけを並べた。

 

「貧民街で聞き込みをした。聖職者が消えた現場のあたりを中心にだ。まあ大した情報はなかったよ。で、赤錆っていう、貧民街を仕切ってる連中が犯人を追ってるらしい。今は犯行が止まってるから動きは鈍いが、懸賞金は取り下げられてない」

 

ノアが眉を寄せる。

 

「赤錆か。連中は真剣に追っているのか?」

 

「それなりに真剣なんじゃないか? 一度は教会と協力して罠を張り、何人か仕留めたそうだし」

 

言ってから、ノアの顔が一瞬だけ固まった。

 

「……待て。教会と協力?」

 

「ああ」

 

ノアが少し考え込む。

少し長い沈黙。

 

その沈黙が、教会からはそんな話を聞いていない、と言っている。

 

「……そうか」

 

俺は少々大袈裟に首を傾げてみせる。

 

なんだ?

教会は黙ってるのか?

それとも赤錆が盛ってるのか?

 

ノアが顔を上げる。

 

「その話、詳しく聞かせてくれ」

 

「赤錆の頭目に話を聞けたよ。教会が聖職者を囮に出して、赤錆が待ち伏せた。何人か殺して、指揮官を捕らえたが、すぐ毒で自害したらしい」

 

「頭目に会ったのか……」

 

「それなりに面子の立つ成果だろうに、その件の公表は教会側からストップが掛かったらしい」

 

だが、追うな、とは言われていない。

完全に隠蔽したいほどでもない。

 

つまり、面倒な線引きがある。

 

王室に首を突っ込んでほしくない、とか。

 

ノアのほうも、教会から得た情報を口にする。

 

「教会の話では、行方不明が続いたので貧民街へ立ち入らないようにした、と。あの界隈で騒動を起こすなら赤錆が怪しいが、証拠がない、とも」

 

奇妙だ。

赤錆と教会、どちらかが嘘をついているのか。

あるいは、両方とも嘘ではないが本当でもない、のか。

 

大捕物があったこと自体は、たぶん事実だろう。

今日、現場近くで声をかけた浮浪者も、細部はともかく、派手な戦闘があった、と言っていた。

 

派手にやれば噂になる。

それは貧民街でもどこでも同じだ。

人の口に戸は立てられぬ、だ。

 

「教会はその件に関して王家にも口を閉ざしているのか」

 

「少なくとも、私が聞いた教会筋からは出ていない」

 

ノアが言う。

 

教会の中で情報が止まっているのか。

あるいは、教会そのものがこちらに隠しているのか。

 

面倒くさい。

宗教組織は、祈っているだけならもう少し可愛げがあるのに。

 

「なら、これ以上は調べないほうがいいんじゃないか? 当事者の教会が望んでいないのに、藪蛇になってもつまらんだろ」

 

俺は良い部下の顔でそう言った。

 

もちろん、俺が良い部下である理由は、上司を守るためじゃない。

俺が余計な火傷をしたくないからだ。

俺は、俺が必要と判断したリスク以外負いたくない。

 

ノアは少しだけ黙ってから、結論を出した。

 

「……教会関係には手を出すな。貧民街と赤錆の捜査を続けてくれ。無理に成果を出す必要はない」

 

無理に成果を出すな。

それはつまり、リスクを冒すなという意味だ。

 

「了解」

 

俺は素直に頷いた。

 

素直に頷ける指示には、心からの頷きを。

問題は、頷いた後に何をするかだ。

 

◇◇

 

ノアの執務室を出た瞬間、廊下の空気が一段冷えた気がした。

 

「セト様。王太子殿下より、お呼びでございます」

 

侍従が、丁寧すぎるほど丁寧に頭を下げる。

 

もちろん、俺に拒否権はない。

俺はため息を押し殺す。

そんなことをすれば、余計に面倒になる。

 

「……了解」

 

こうして俺は、ノアの深入りするな、から、別の首輪へ誘導される。

 

王城の奥。

王太子の執務室前の廊下は、静かだった。

 

静かすぎて、うるさい。

扉の前に立つ兵士の姿勢が、必要以上に綺麗だ。

 

乱暴さが微塵もない圧。緊張感。扉が開く。

 

「入れ」

 

声は淡々としていた。

怒気もなければ、温度もない。

 

中に入ると、レオトバイ王太子が机から少し離れた位置に立っていた。

 

地図と書類が、机の上に分類された状態で積まれている。

派手な装飾はない。実務の部屋だ。

 

「なにか飲むか」

 

「いえ」

 

「西方から届いた上等な蒸留酒もあるが」

 

「いただきます」

 

そう言うと、王太子は少し笑ったように見えた。

 

しまった。

買収の第一歩が酒だと分かっていても断れない。

俺は本当に安い。

 

「強いぞ」

 

「弱い酒よりは信用できます」

 

「なるほど」

 

王太子は、今度こそ少し笑った。

 

侍従が酒を用意し、俺の前に置く。

 

琥珀色。

香りだけで分かる。

たぶん高い。

いや、絶対に高い。

 

俺は軽く口をつけた。

喉が焼ける。

芳醇な香りが鼻へ抜ける。

うまい。

腹立つ。

 

侍従が何か言いかけたが、殿下が指先で制した。

部屋から人が消える。

扉が閉まる音が、やけに重い。

 

「君とは、じっくり話す機会を設けたかった」

 

殿下は椅子に腰を下ろし、書類の端を指で揃えながら言った。

 

視線は俺を見ているのに、見透かしているというより、測っている。

 

「使命だの、理想だのは語らない。妹が君の命を握っている状況でそんな話をされても、寒々しいだけだろう」

 

分かってるじゃないか。

こういう理解の良さは、嫌いじゃない。

信用はしないが。

 

レオトバイは少しだけ言葉を置いてから続けた。

 

「まず、謝罪する。勝手な事情で君を召喚したことについてだ。妹が勝手にやったことではあるが、王家の問題だ」

 

そこで一度、殿下は言葉を切った。

 

酒杯を見たわけでもない。

俺の顔色をうかがったわけでもない。

ただ、言葉の置き場所を選んだように見えた。

 

「君が王家に怒りを抱くのは当然だ。謝罪で済む話ではない」

 

謝罪の言い方が上手い。

本気で謝っているかどうかは分からない。

だが、意味のある謝罪を理解している。

 

こちらの世界に来てから、初めてのまともな謝罪を受けとった。

ルナの謝罪よりはずっと現実に近い。

 

事実、本質に触れる謝罪で、俺の心は僅かながらほぐれる。

気のせいかもしれないが。

 

俺は肩をすくめた。

 

「謝罪を受け取ったところで、首輪が外れるわけじゃないでしょう」

 

「承知している」

 

レオトバイは、誤魔化さない。

誤魔化さないのは誠実さじゃない。

誤魔化す必要がない立場の余裕だ。

 

「君が最近、ケルテス伯爵を探っていたと聞いた」

 

来た。

やっぱりこいつは掴んでる。

 

ケルテス伯爵。

あの白鎧と戦った館と荘園の所有者。

王宮でそれなりに力を持つ貴族だ。

 

俺が黙っていると、殿下は机の上の書類を一枚だけ持ち上げた。

見せはしない。ただ、持っている、と示す。

脅しではない。確認だ。

 

「王城の警備と、いくつかの報告線は私の管轄だ。ノアの動きも、妹の動きも、その周辺も。君が宮廷貴族の名を探れば、こちらの報告線にも引っかかる。否定する必要はない」

 

否定しても無意味だし、否定すると嘘になる。

嘘は嫌いだ。不要な嘘をつくのはコスパが悪い。

 

「で。何が知りたいので?」

 

「君がケルテス伯に何を見たのか。正確には、何を疑ったのか」

 

疑った。その単語の選び方が好きだ。

証拠がないのを分かっている。分かったうえで、次の手を探している。

 

俺は、自分の能力については当然ぼかして、素直に言える範囲だけを口にした。

ケルテス伯のマナーハウスにおける騒動。

不審点。

貧民街の誘拐で、妙な魔道具が関わっていること。

 

殿下の目が、ほんの僅かに細くなる。

興味だ。

 

「その魔道具と、ケルテス伯が繋がると?」

 

「確定じゃないですよ。……ただ、館の連中は、そういうのを作れると豪語していた。そして、実際に所持していた」

 

殿下は頷いた。

 

「君の疑いは妥当だ。私もケルテス伯は以前からマークしている」

 

「理由を伺っても?」

 

「簡単に言えば、奴は隠れトラキス公派閥だ」

 

トラキス公はカイルスの飼い主。

俺はあの館がカイルス絡みと疑っていた。

なるほど、繋がったか。

 

「宮廷絡みの利権が収入の柱で、領地経営に熱心ではない。領地に足を運ぶことも、まずない。だが件の館がある荘園には妙に予算を投じている気配があった」

 

あの館にも目を付けていたのか。

 

「表では王党派を装い、裏で別の顔を持つ。例の半年後の件が本格的に動き出す前に、そういう輩は整理しておきたい」

 

例の半年後の件。

机上の地図が、急に重たく見えた。

 

「でも、迂闊に動けないですよね」

 

俺が言うと、殿下は否定しなかった。

 

「動けば、私が動いたと分かる。私が動いたと分かれば、敵が動く。国教会も動く」

 

国教会、という単語に微かな棘がある。

殿下はそれを隠さない。

 

「今回の件で、妹が治安警察機構などと言い出した。……君も聞いただろう」

 

「聞きました。頭が痛くなりました」

 

「私もだ」

 

殿下は淡々と同意した。

 

また少し、レオトバイは笑った。

今度は苦笑いだが。

 

「今、余計な内政の火種は増やしたくない。トラキス公と表立って事を構えるわけにもいかない。だが、王宮内に奴の手が伸びるのはもっと看過できん」

 

殿下は指先で書類の端を押さえた。

 

「確証はない。公式に動けば、こちらが先に手札を晒すことになる」

 

それはそうだ。

公式の調査とは、剣を抜くことに似ている。

抜いた瞬間、抜いたことだけは隠せなくなる。

 

「本来なら、私の手で処理すべき話だ。だが、私が表立って動けば目立つ。今はそれができない」

 

レオトバイは机の引き出しから、一通の封書を出して置いた。

封蝋は王家のものではない。

見覚えのない私印。

おそらく、汚れ仕事用。

 

「君に頼みたい」

 

「……俺に?」

 

「君は王女のクロスだ。表の人間に見える。だが同時に、心から王女のために動いているわけではない。そこが都合がいい」

 

褒められているのか貶されているのか分からない。

分からないが、俺の性格をある程度、把握しているのは確かだ。

 

「資金は出す。傭兵でも冒険者でも、腕の立つ者を集めて、郊外の館を潰せ。証拠を掴めたなら尚良いが、取れなくても構わない。君が関与した痕跡はなるべく残すな」

 

「外れだったら?」

 

「野盗の仕業として処理する」

 

殿下はさらっと言った。

 

野盗。

便利な言葉だ。

俺の世界で言えば、心不全。

 

言葉の中に死体を入れて埋める。

俺は喉の奥で笑いそうになって、やめた。

 

「俺が捨て駒になる可能性は?」

 

「君が賢く動けば低い」

 

即答だった。

 

ない、とは言わない。

怖いくらい正直だ。だから余計に信用ならない。

だが、その信用ならなさが、逆に安心材料になることもある。

気休めだが。

 

俺が黙っていると、殿下が続けた。

 

「ちなみに、万が一、君の関与が明るみに出た場合は、妹の独断という形で処理することになる」

 

「……王女殿下を切ると?」

 

「守れる範囲は守る。だが、政治的責任は発生する。その時、君と妹の扱いはこちらで預かる」

 

予告。

脅しではなく予告。

 

おそらく、『ルナごと、お前を配下に加える』と言っている。

 

もしかすると『お前が自分で選べ』とも言っているのかもしれない。

さすがに考えすぎか。

 

「君が生き延びるために最善を尽くせ。忠誠は期待していない。君が自分の命を最優先にするのは、当然だ」

 

なるほど。

ルナより付き合いやすい。

 

倫理は死んでるが、会話が成立する。

倫理の死体と一緒に暮らすのには、もう慣れた。

俺の倫理も、今や半死半生だ。

 

殿下は封書を指先で押した。

 

「これは資金の口だ。君とも縁のある商人を通す。表の帳簿にも載る。君が勝手にやったと言い張れる形にしておいた。私の名前はどこにもない」

 

これが本当の王族。

この世界の政治家。

包み隠さないのが本当に怖い。

 

「もちろん、働きには報いる。金だけではない。君がこの国で動きやすくなるよう、可能な範囲で便宜も図る」

 

「魅力的な調略ですね」

 

「取引だ」

 

殿下は即座に言った。

 

「忠誠を求めるほど、私は君を知らない。だが、君が損得を理解する人間だということは分かっている」

 

なるほど。

俺を人間扱いしている。

いや、正確には、交渉可能な利害関係者として扱っている。

 

人間扱いと呼ぶには冷たいが、使命だの運命だのを浴びせられるよりは、よほど温かい。

 

危ないな。

こういう相手は、こちらが納得できる形で首輪を増やしてくる。

 

俺は封書を受け取った。

羊皮紙が重い。金の重さとは別の重さだ。

 

受け取った瞬間、首輪が一つ増えた気がした。

材質が変わったかもしれないが、首輪は首輪だ。

 

「……諸々、承知致しました」

 

殿下は頷いた。

 

「ああ……治安警察の件は私が手を回して頓挫させる」

 

「俺のためにも頼みますよ」

 

「王国のためだ」

 

殿下は淡々と答える。

 

正しい。

たぶん正しい。

 

立ち上がろうとした俺に、殿下が最後に言った。

 

「一つだけ忠告する。国教会も動き始めている。やつらの思惑は読めん。早めに決着を付けろ」

 

静かに、早く。

 

俺は扉に手をかけ、振り返らずに言った。

 

「ご忠告に感謝を。……殿下」

 

返事はなかった。

返事がないのに、背中に視線だけが刺さる。

 

廊下に出た瞬間、空気が少しだけ軽くなった。

軽くなったのは俺の自由じゃない。

逃げ道が一つ減って、選択肢が整理されたせいだ。

 

(武人肌と思っていたが、完全に政治家じゃねえか!)

 

それでも、生き延びるためのコネクションと考えれば悪くない。

俺を殺そうとしたカイルス絡みの拠点を潰すのも、悪くない。

 

首輪の鎖は、短いほうが厄介だ。

そして、王太子の鎖は――手触りが妙に滑らかだった。

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