勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
俺は、あの魔道具に心当たりがある。
正確には、ああいう魔道具が出てくる連中に、だ。
ただ、筋が見えたからといって、そのまま直行できるほど俺は自由じゃない。
上司みたいな顔をしてるノアに、まずはこの二日間の捜査を報告する必要がある。
首輪の鎖は、短いほうが厄介だ。
引っ張られる前に、こっちから鎖の長さを決めてやる。
まあ、そう思っても出来ないのが、いつものことなのだが。
王女直轄の巡察官殿――ノアは、今日も忙しそうだった。
書類の束と、剣と、責任を同時に抱えて持て余している。
俺は責任だけは絶対に持ちたくない。
特にルナに対する責任は。
「で。二日分の成果は?」
成果、ね。
「ぶっちゃけ、あまりない」
俺は息を整えて、言うべき表層だけを並べた。
「貧民街で聞き込みをした。聖職者が消えた現場のあたりを中心にだ。まあ大した情報はなかったよ。で、赤錆っていう、貧民街を仕切ってる連中が犯人を追ってるらしい。今は犯行が止まってるから動きは鈍いが、懸賞金は取り下げられてない」
ノアが眉を寄せる。
「赤錆か。連中は真剣に追っているのか?」
「それなりに真剣なんじゃないか? 一度は教会と協力して罠を張り、何人か仕留めたそうだし」
言ってから、ノアの顔が一瞬だけ固まった。
「……待て。教会と協力?」
「ああ」
ノアが少し考え込む。
少し長い沈黙。
その沈黙が、教会からはそんな話を聞いていない、と言っている。
「……そうか」
俺は少々大袈裟に首を傾げてみせる。
なんだ?
教会は黙ってるのか?
それとも赤錆が盛ってるのか?
ノアが顔を上げる。
「その話、詳しく聞かせてくれ」
「赤錆の頭目に話を聞けたよ。教会が聖職者を囮に出して、赤錆が待ち伏せた。何人か殺して、指揮官を捕らえたが、すぐ毒で自害したらしい」
「頭目に会ったのか……」
「それなりに面子の立つ成果だろうに、その件の公表は教会側からストップが掛かったらしい」
だが、追うな、とは言われていない。
完全に隠蔽したいほどでもない。
つまり、面倒な線引きがある。
王室に首を突っ込んでほしくない、とか。
ノアのほうも、教会から得た情報を口にする。
「教会の話では、行方不明が続いたので貧民街へ立ち入らないようにした、と。あの界隈で騒動を起こすなら赤錆が怪しいが、証拠がない、とも」
奇妙だ。
赤錆と教会、どちらかが嘘をついているのか。
あるいは、両方とも嘘ではないが本当でもない、のか。
大捕物があったこと自体は、たぶん事実だろう。
今日、現場近くで声をかけた浮浪者も、細部はともかく、派手な戦闘があった、と言っていた。
派手にやれば噂になる。
それは貧民街でもどこでも同じだ。
人の口に戸は立てられぬ、だ。
「教会はその件に関して王家にも口を閉ざしているのか」
「少なくとも、私が聞いた教会筋からは出ていない」
ノアが言う。
教会の中で情報が止まっているのか。
あるいは、教会そのものがこちらに隠しているのか。
面倒くさい。
宗教組織は、祈っているだけならもう少し可愛げがあるのに。
「なら、これ以上は調べないほうがいいんじゃないか? 当事者の教会が望んでいないのに、藪蛇になってもつまらんだろ」
俺は良い部下の顔でそう言った。
もちろん、俺が良い部下である理由は、上司を守るためじゃない。
俺が余計な火傷をしたくないからだ。
俺は、俺が必要と判断したリスク以外負いたくない。
ノアは少しだけ黙ってから、結論を出した。
「……教会関係には手を出すな。貧民街と赤錆の捜査を続けてくれ。無理に成果を出す必要はない」
無理に成果を出すな。
それはつまり、リスクを冒すなという意味だ。
「了解」
俺は素直に頷いた。
素直に頷ける指示には、心からの頷きを。
問題は、頷いた後に何をするかだ。
◇◇
ノアの執務室を出た瞬間、廊下の空気が一段冷えた気がした。
「セト様。王太子殿下より、お呼びでございます」
侍従が、丁寧すぎるほど丁寧に頭を下げる。
もちろん、俺に拒否権はない。
俺はため息を押し殺す。
そんなことをすれば、余計に面倒になる。
「……了解」
こうして俺は、ノアの深入りするな、から、別の首輪へ誘導される。
王城の奥。
王太子の執務室前の廊下は、静かだった。
静かすぎて、うるさい。
扉の前に立つ兵士の姿勢が、必要以上に綺麗だ。
乱暴さが微塵もない圧。緊張感。扉が開く。
「入れ」
声は淡々としていた。
怒気もなければ、温度もない。
中に入ると、レオトバイ王太子が机から少し離れた位置に立っていた。
地図と書類が、机の上に分類された状態で積まれている。
派手な装飾はない。実務の部屋だ。
「なにか飲むか」
「いえ」
「西方から届いた上等な蒸留酒もあるが」
「いただきます」
そう言うと、王太子は少し笑ったように見えた。
しまった。
買収の第一歩が酒だと分かっていても断れない。
俺は本当に安い。
「強いぞ」
「弱い酒よりは信用できます」
「なるほど」
王太子は、今度こそ少し笑った。
侍従が酒を用意し、俺の前に置く。
琥珀色。
香りだけで分かる。
たぶん高い。
いや、絶対に高い。
俺は軽く口をつけた。
喉が焼ける。
芳醇な香りが鼻へ抜ける。
うまい。
腹立つ。
侍従が何か言いかけたが、殿下が指先で制した。
部屋から人が消える。
扉が閉まる音が、やけに重い。
「君とは、じっくり話す機会を設けたかった」
殿下は椅子に腰を下ろし、書類の端を指で揃えながら言った。
視線は俺を見ているのに、見透かしているというより、測っている。
「使命だの、理想だのは語らない。妹が君の命を握っている状況でそんな話をされても、寒々しいだけだろう」
分かってるじゃないか。
こういう理解の良さは、嫌いじゃない。
信用はしないが。
レオトバイは少しだけ言葉を置いてから続けた。
「まず、謝罪する。勝手な事情で君を召喚したことについてだ。妹が勝手にやったことではあるが、王家の問題だ」
そこで一度、殿下は言葉を切った。
酒杯を見たわけでもない。
俺の顔色をうかがったわけでもない。
ただ、言葉の置き場所を選んだように見えた。
「君が王家に怒りを抱くのは当然だ。謝罪で済む話ではない」
謝罪の言い方が上手い。
本気で謝っているかどうかは分からない。
だが、意味のある謝罪を理解している。
こちらの世界に来てから、初めてのまともな謝罪を受けとった。
ルナの謝罪よりはずっと現実に近い。
事実、本質に触れる謝罪で、俺の心は僅かながらほぐれる。
気のせいかもしれないが。
俺は肩をすくめた。
「謝罪を受け取ったところで、首輪が外れるわけじゃないでしょう」
「承知している」
レオトバイは、誤魔化さない。
誤魔化さないのは誠実さじゃない。
誤魔化す必要がない立場の余裕だ。
「君が最近、ケルテス伯爵を探っていたと聞いた」
来た。
やっぱりこいつは掴んでる。
ケルテス伯爵。
あの白鎧と戦った館と荘園の所有者。
王宮でそれなりに力を持つ貴族だ。
俺が黙っていると、殿下は机の上の書類を一枚だけ持ち上げた。
見せはしない。ただ、持っている、と示す。
脅しではない。確認だ。
「王城の警備と、いくつかの報告線は私の管轄だ。ノアの動きも、妹の動きも、その周辺も。君が宮廷貴族の名を探れば、こちらの報告線にも引っかかる。否定する必要はない」
否定しても無意味だし、否定すると嘘になる。
嘘は嫌いだ。不要な嘘をつくのはコスパが悪い。
「で。何が知りたいので?」
「君がケルテス伯に何を見たのか。正確には、何を疑ったのか」
疑った。その単語の選び方が好きだ。
証拠がないのを分かっている。分かったうえで、次の手を探している。
俺は、自分の能力については当然ぼかして、素直に言える範囲だけを口にした。
ケルテス伯のマナーハウスにおける騒動。
不審点。
貧民街の誘拐で、妙な魔道具が関わっていること。
殿下の目が、ほんの僅かに細くなる。
興味だ。
「その魔道具と、ケルテス伯が繋がると?」
「確定じゃないですよ。……ただ、館の連中は、そういうのを作れると豪語していた。そして、実際に所持していた」
殿下は頷いた。
「君の疑いは妥当だ。私もケルテス伯は以前からマークしている」
「理由を伺っても?」
「簡単に言えば、奴は隠れトラキス公派閥だ」
トラキス公はカイルスの飼い主。
俺はあの館がカイルス絡みと疑っていた。
なるほど、繋がったか。
「宮廷絡みの利権が収入の柱で、領地経営に熱心ではない。領地に足を運ぶことも、まずない。だが件の館がある荘園には妙に予算を投じている気配があった」
あの館にも目を付けていたのか。
「表では王党派を装い、裏で別の顔を持つ。例の半年後の件が本格的に動き出す前に、そういう輩は整理しておきたい」
例の半年後の件。
机上の地図が、急に重たく見えた。
「でも、迂闊に動けないですよね」
俺が言うと、殿下は否定しなかった。
「動けば、私が動いたと分かる。私が動いたと分かれば、敵が動く。国教会も動く」
国教会、という単語に微かな棘がある。
殿下はそれを隠さない。
「今回の件で、妹が治安警察機構などと言い出した。……君も聞いただろう」
「聞きました。頭が痛くなりました」
「私もだ」
殿下は淡々と同意した。
また少し、レオトバイは笑った。
今度は苦笑いだが。
「今、余計な内政の火種は増やしたくない。トラキス公と表立って事を構えるわけにもいかない。だが、王宮内に奴の手が伸びるのはもっと看過できん」
殿下は指先で書類の端を押さえた。
「確証はない。公式に動けば、こちらが先に手札を晒すことになる」
それはそうだ。
公式の調査とは、剣を抜くことに似ている。
抜いた瞬間、抜いたことだけは隠せなくなる。
「本来なら、私の手で処理すべき話だ。だが、私が表立って動けば目立つ。今はそれができない」
レオトバイは机の引き出しから、一通の封書を出して置いた。
封蝋は王家のものではない。
見覚えのない私印。
おそらく、汚れ仕事用。
「君に頼みたい」
「……俺に?」
「君は王女のクロスだ。表の人間に見える。だが同時に、心から王女のために動いているわけではない。そこが都合がいい」
褒められているのか貶されているのか分からない。
分からないが、俺の性格をある程度、把握しているのは確かだ。
「資金は出す。傭兵でも冒険者でも、腕の立つ者を集めて、郊外の館を潰せ。証拠を掴めたなら尚良いが、取れなくても構わない。君が関与した痕跡はなるべく残すな」
「外れだったら?」
「野盗の仕業として処理する」
殿下はさらっと言った。
野盗。
便利な言葉だ。
俺の世界で言えば、心不全。
言葉の中に死体を入れて埋める。
俺は喉の奥で笑いそうになって、やめた。
「俺が捨て駒になる可能性は?」
「君が賢く動けば低い」
即答だった。
ない、とは言わない。
怖いくらい正直だ。だから余計に信用ならない。
だが、その信用ならなさが、逆に安心材料になることもある。
気休めだが。
俺が黙っていると、殿下が続けた。
「ちなみに、万が一、君の関与が明るみに出た場合は、妹の独断という形で処理することになる」
「……王女殿下を切ると?」
「守れる範囲は守る。だが、政治的責任は発生する。その時、君と妹の扱いはこちらで預かる」
予告。
脅しではなく予告。
おそらく、『ルナごと、お前を配下に加える』と言っている。
もしかすると『お前が自分で選べ』とも言っているのかもしれない。
さすがに考えすぎか。
「君が生き延びるために最善を尽くせ。忠誠は期待していない。君が自分の命を最優先にするのは、当然だ」
なるほど。
ルナより付き合いやすい。
倫理は死んでるが、会話が成立する。
倫理の死体と一緒に暮らすのには、もう慣れた。
俺の倫理も、今や半死半生だ。
殿下は封書を指先で押した。
「これは資金の口だ。君とも縁のある商人を通す。表の帳簿にも載る。君が勝手にやったと言い張れる形にしておいた。私の名前はどこにもない」
これが本当の王族。
この世界の政治家。
包み隠さないのが本当に怖い。
「もちろん、働きには報いる。金だけではない。君がこの国で動きやすくなるよう、可能な範囲で便宜も図る」
「魅力的な調略ですね」
「取引だ」
殿下は即座に言った。
「忠誠を求めるほど、私は君を知らない。だが、君が損得を理解する人間だということは分かっている」
なるほど。
俺を人間扱いしている。
いや、正確には、交渉可能な利害関係者として扱っている。
人間扱いと呼ぶには冷たいが、使命だの運命だのを浴びせられるよりは、よほど温かい。
危ないな。
こういう相手は、こちらが納得できる形で首輪を増やしてくる。
俺は封書を受け取った。
羊皮紙が重い。金の重さとは別の重さだ。
受け取った瞬間、首輪が一つ増えた気がした。
材質が変わったかもしれないが、首輪は首輪だ。
「……諸々、承知致しました」
殿下は頷いた。
「ああ……治安警察の件は私が手を回して頓挫させる」
「俺のためにも頼みますよ」
「王国のためだ」
殿下は淡々と答える。
正しい。
たぶん正しい。
立ち上がろうとした俺に、殿下が最後に言った。
「一つだけ忠告する。国教会も動き始めている。やつらの思惑は読めん。早めに決着を付けろ」
静かに、早く。
俺は扉に手をかけ、振り返らずに言った。
「ご忠告に感謝を。……殿下」
返事はなかった。
返事がないのに、背中に視線だけが刺さる。
廊下に出た瞬間、空気が少しだけ軽くなった。
軽くなったのは俺の自由じゃない。
逃げ道が一つ減って、選択肢が整理されたせいだ。
(武人肌と思っていたが、完全に政治家じゃねえか!)
それでも、生き延びるためのコネクションと考えれば悪くない。
俺を殺そうとしたカイルス絡みの拠点を潰すのも、悪くない。
首輪の鎖は、短いほうが厄介だ。
そして、王太子の鎖は――手触りが妙に滑らかだった。