勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
セトが訪ねて来た。
ハーフエルフの女連れ。
昨日の今日だ。動きが早すぎる。
必ずしも、いい兆候じゃない。
あいつが働き者かどうかは知らない。
しかし、必要があるときに人はよく動く。
もっと言えば、面倒が増えたときに人は動く。
入口の戸が軋む。
酒場の空気が一瞬だけ薄くなる。
うちの連中が、何も言わずに視線を寄こす。
貧民街の酒場で、視線は挨拶であり、警告であり、値札だ。
セト。
王家に伝わる古代魔法とやらで呼び出された怪物。
王女の猛犬。
王女殿下の騎士様。
昨日、冗談半分にそう呼んだ時の奴の反応が脳裏に浮かぶ。
言ったことを軽く後悔した。あれは殺意だ。
本人は取り繕ったつもりだろう。あるいは、自覚が薄いのかもしれない。
あれは王女となにかある。忠誠なんか誓っちゃいない。
そのくらい読み取れないようでは、この酒場にいる連中の中でも標準以下のカスだ。
そして、こいつは昨日、はっきり言い放った。
お前らの秩序が壊れると、王都全体が面倒になる。俺も面倒になる。
殿下が望んでいない、でもない。
民のためにならない、でもない。
俺も面倒になる。
セトは、表向きには王女の犬だ。だが、その内心は違う。
それを言外に主張してきた。
いいじゃないか。
可愛い奴だ。
俺を頼れ。
俺からも色々とお願いをさせてもらうだろうがな。
「よく来てくれたな、セト」
笑顔で言う。
手ずからワインも注いでやる。
「ああ、昨日の件で話がある」
いきなりの本題か。
全然、悪くはない。
セトは頭が良い。
少し話せば誰でも分かる。
こいつの優秀さは、それを隠せるタイプのものじゃない。
その分、底は浅いかもしれないが、それはまだ判断できない。
いずれにせよ、腹芸は得意じゃないし、あまりやる気もないだろう。
それならそれで、大いに結構だ。
「……土産は?」
俺はそう言った。
情報だ。
金だ。
血だ。
何でもいい。
このクソ溜めのような貧民街で、組織を維持するために欲しいのは成果だ。
セトは、軽い顔で言った。
「誘拐犯に心当たりがある」
「情報を掴んだ、じゃなく、心当たりか。少し引っかかる言い方だな」
「ああ。新しく掴んだわけじゃない。よく似た物を作ったと言ってる連中を知っている」
それを昨日言わなかったことを問題にしているのだが。
セトは馬鹿じゃない。分かっているはずだ。
しかし、それを無視――いや、まるで、そうだけど、なにか、とでも言うように話を続けやがる。
「ほう。それは詠唱もなしに雷が出るような代物か?」
あんな魔道具、他に知らない。
事実であるならば、それは確かに有力な情報だ。
「もっと強力なやつさ。一発で人間くらい、何人もぶち抜けるような」
話半分で聞くべきだ。
だが、話半分で済まない気もする。
こいつ自身が非常識な古代魔法の産物だ。
常識が通じないやつが、常識外の話を持ってくるのは、割と筋が通る。
「なぜ昨日言わなかった?」
今度は、ぼやかさずに問う。
別に怒っているわけでも、セトを罰するつもりもない。
誤魔化しは許さないぞというだけの話だ。
こういうことは、最初に線を引いた方が互いに面倒が減る。
「あの後で思い出したんだ。威力ばかり印象に残ってたもんで。そういえば、あれも魔力込めただけで発動したなって」
なるほど。
嘘か真かは分からない。
問い詰めることに利はない。
こいつは嘘でも真でも、必要なことだけしか言わないかもしれない。
そして、それなりの言い訳くらいは用意するのだろう。
それならそれでいい。
「で、どこのどいつだ?」
セトが振り返り、店内の人目を気にする素振りを見せる。
店の者に指示を出し、扉を閉めさせる。
奥まったこの空間は、扉を閉めれば個室となり、密談部屋へと変貌する。
厄介な相手だろう。
問題は、その程度だ。
扉が閉まり、ハーフエルフと俺の側近を含め、四人きりになったことを確認すると、セトがさらっと言う。
「ケルテス伯爵」
「……」
言葉を失った。
あまり目立たない貴族だが、宮廷貴族として王都ではそれなり以上の家だ。
貧民街のヤクザがおいそれと手を出して良い相手じゃない。
「……ケルテス伯は確か王党派寄りだろう。それを王家配下のお前がどうしようって言うんだ?」
セトは肩をすくめた。
「そこで相談なんだが……教会は協力してくれないだろ?」
「……難しいだろうな」
教会は教会で腹がある。
俺らと同じだ。
違うのは、腹の中身が神という名前で包装されてることだけだ。
包装紙が綺麗だと、腐った中身まで美味そうに見えちまう馬鹿は多い。
厄介な話だ。
セトがわずかに、声を落とす。
「じゃあ、あんたは人手を集めてくれ。傭兵、冒険者、ゴロツキ……そういった連中だ」
いいね。
悪だくみ。
俺の最も好むことだ。
金になるなら、なお良い。
俺は口の端だけで笑った。
「……その話、続きは条件込みで聞こうか。坊ちゃん」
ワインの表面が、ゆっくり揺れる。
この揺れが収まる前に、どこまでの地獄を覗くことになるか。
それは、条件次第だ。
◇
条件か。
こちらが赤錆に出せるのは金だけ――と言ってしまってもいい。
ただし、実際には俺の財布ではない。
そして現実は、もう少し汚い。
金額に加えて、誰の金か、が効くこともある。
この街で一番強い魔法は、火球でも雷でもない。
名前だ。
「昨日も言ったよな。俺は殿下の使いだって」
「王女殿下か?」
「今日は、別の殿下だ」
言った瞬間、場の空気が一度止まった。
赤錆の笑顔が、笑顔のまま薄くなる。
ワインの揺れだけが目立つ。
まずいだろうな、これ。
でも、急げと言ったのは殿下だ。
貴族の館を襲う話に、強力な後ろ盾は必要だろう。
赤錆が俺を値踏みするように見た。
「……王女殿下の配下のはずだろう?」
「その通りだが?」
俺は肩をすくめる。ただの肯定。余計な理屈は要らない。
王女の犬であることは事実だ。
だが今日は、別の首輪もついている。
首輪は増える。
増えた分だけ生存率が上がる。
かもしれない。
「で、その殿下が何を望んでる?」
赤錆の声は低い。
丁寧でも乱暴でもない。
「貴族粛清の話だ。ケルテス伯……あいつの荘園にあるマナーハウス。表に出せる証拠は薄いが、放置できない。潰すと決めた」
俺は包み隠さず言った。
隠して得する場面じゃない。
どうせこの男は、隠した分だけ上乗せしてくる。
「殿下自身は動けない。動けば、動いたと分かる。だから俺が動く。資金の心配はいらない。帳簿も作る。……場合によっては野盗の仕業で処理する」
赤錆が口角だけを動かした。
「便利な言葉だな。野盗」
「便利だろ。死体も言葉と一緒に埋められる」
冗談の形をした確認だ。
赤錆は笑わない。
笑わないまま、指で机を二度叩く。
「で。条件ってのは、こっちが何を得るかだ。坊ちゃん」
結局は条件の話に戻るか。
「もし、聖職者誘拐の証拠が出た場合だが……あんたは手柄をアピールしていい。王国側からの追及はない」
赤錆は何も言わない。
続きを待っている。
「証拠はそのまま残しておく。後から殿下の兵がそれを押さえる」
「……証拠が出なかった場合は野盗の仕業か?」
「厳密には、証拠が出ても野盗の襲撃と王国側では処理される。王太子の兵は異変に気付いて駆けつけるが、救援には間に合わなかったということだ」
「……出なかった場合には口止めが必要だな」
「ああ。だから使い捨てられる人手を集めてくれ。強い奴とまでは言わないが、最低限の団体行動を取れない馬鹿は困る」
「俺の身内は出さねえぞ。数は?」
「少なくとも十五。可能なら三十。最低でも外周の見張りと、逃走路の封鎖。あと威圧だな。出来れば戦って欲しいが。最悪、中には……俺が入る」
赤錆の眉が少しだけ上がった。
こいつ一人で入るのか、という反応。
そうだ。
俺は怪物役で呼ばれた。
怪物役は、怪物の仕事をする。
そして、武力のアピール。
「金は前金で払う。成功報酬も出す。足がつかない形でな。……証拠が出ない場合、お前らの名前は出さない。出たら困るのは俺だ」
赤錆が鼻で笑った。
「困るのは俺らだろ」
「俺も困る。だから同じだ」
俺は言い切った。
正義じゃなく利害で話す。利害の方が契約が固い。
赤錆は黙った。
王太子の影。
金。
そして、聖職者を攫った連中に落とし前をつける機会。
危ない橋ではある。
だが、渡る値段はついている。
「あと、例の魔道具。可能なら借りられないか?」
言った瞬間、赤錆の目が細くなる。
まあ、当然だ。
俺は付け加えた。
「必要なのは餌だ。あれに反応する奴を釣って、確認したい。釣れたら潰す。潰したら終わり」
赤錆は少し黙った。
黙っている間に、俺は余計な言い訳をしない。
言い訳は弱さの証明になる。
やがて赤錆が言う。
「……魔道具を持つのは俺の指定した人間だ。貸しはしねえ。だが、持っていくなら協力できる。釣り人にうってつけの奴がいる」
「監視役か」
「そういうわけでもない。だが、あれは俺の物だ。勝手に触るなよ」
「触らない。俺は興味がない」
嘘だ。興味はある。
ただ、興味を示すと面倒が増える。
だから興味がないふりをする。
赤錆はワインを一口飲み、唇を拭ってから続けた。
「条件は二つ。ひとつ、前金。人足はタダじゃ動かねえ。もうひとつ、お前からは、俺らの名を表に出すな。……貴族絡みの火遊びに付き合うのは珍しくもねえが、うちの看板は巻き込むな」
妥当だ。
むしろ良心的に聞こえる。
だから逆に怖い。
良心的な要求の裏には、もっと厄介な暗黙がある。
「分かった。前金はガスパーレという商人から受け取れ」
「お前が失敗しても、俺らは知らねえ。成功したら、俺らの報復。……それでいいな?」
「それでいい」
俺は頷いた。
赤錆が指を鳴らす。
「明後日までに人は揃える。集合場所は、ここだ。魔道具を持つ奴も連れて来る。聖職者くずれだ。弁も立つ」
「助かる」
俺は立ち上がった。
椅子の脚が床を擦る音が、やけに大きい。
この酒場で大きい音を出すのは、普通なら少しだけ勇気がいるだろう。
「坊ちゃん」
呼び止められる。
振り返ると、赤錆がワインの杯を傾けたまま言った。
「殿下の影を使ったんだ。しくじるなよ」
脅しじゃない。忠告でもない。
ただの事実だ。だから一番効く。
「分かってる」
俺は短く返して、酒場を出た。
夜風が、生ぬるい。
息を吸うと、肺の奥が少しだけ軽くなる。
実質的にレオトバイの名前を使った時点で、俺の逃げ道は一つ減った。
エリサは何も言わない。
今は沈黙のほうが心地よい。
その軽さが、俺の自由じゃないことは分かっている。
俺はまた一つ、滑らかな鎖を増やしただけだ。