勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
赤錆の酒場は、真昼間でも薄暗かった。
看板は出ていない。窓もない。営業しているのか、ただの穴蔵なのか、やはり外から見れば区別がつかない。
区別がつかない方が都合がいいんだろう。ここでは。
入口の前で、俺はフードを深く被り直した。
その下に、仮面。
マスカレイドで使うベネチアンマスクみたいな、目元だけを隠すやつだ。
羊皮紙を型取って蝋で固めた、妙に凝った代物。触ると硬い。
なぜか、呼吸が少しだけしづらいような気がしてしまう。
横を見る。エリサも同じ格好だ。
耳はフードの内側に押し込まれている。
見えている口元だけで美形と分かるのは、ずるい。
俺たちは今日、野盗だぞ。どんな野盗だ。
「……行くぞ」
扉を押すと、軋んだ。
その音だけで、酒場の空気が一段薄くなる。
いる。奥に。
沈黙が、こちらを見ている。
中はなかなかに広い。だが什器は少ない。椅子と机が、わざとらしく散らしてある。
ただの乱雑じゃない。突入と撤退のための乱雑だ。
こういう場所は、ある意味で整っている。
二十人ほど。ガラの悪い連中が既に座っている。
「セドリックだ。こっちのはベス」
事前の打ち合わせ通り、偽名。
返事も挨拶もない。ただ、視線だけが刺さる。
自己紹介どころか、息を吸う音すら勿体ぶる。
緊張というより、値踏みだ。
赤錆――こいつと会うのは四日連続。昨日も軽く打ち合わせをした――が、奥の席で顎をしゃくった。
「座れ」
俺とエリサは、言われた通り席に着く。
相変わらずゴロツキどもの探るような視線。誰も喋らない。
上等なマントと衣服、妙なマスク。
あきらかに浮いている。
気にするなと言うほうが無理だろう。
見たところ、特に強そうな奴はいない。
見て分かるというもんでもないが。
俺はちらりとエリサを見る。
委縮している様子はない。
彼女は今回も、留守番で良かった。俺はそう言った。
だが、やはり、行く、と言って聞かなかった。
そろそろ、このやりとりはやめてもいいかもしれない。
献身が保身に直結している。
そんな考えをしている節がある。
別に悪い気はしない。
情くらいは湧く。湧くのが厄介だとも思う。
俺がそんなことを考え始めた頃、扉が開いた。
入ってきたのは大男だった。
二メートルはある。ムキムキというより、ガチムチ。
顔の大きな傷が、いかにも人を殺して生きてきた風を装っている。
実際にそうなのだろうけど。
その後ろに三人。
いずれもこの場にお似合いの面構えだ。
「遅くなったか? 自己紹介は……」
大男が店内をじろりと見回す。
視線が俺とエリサで止まる。
知らない人間だからか。浮いているからか。
たぶん、どちらも正解だ。
「……一応、しておくか。ウルリヒ。傭兵だ」
連れの三人も、ぞろりと座る。
赤錆が立ち上がった。
「全員揃ったようだな」
おおざっぱな作戦説明。
要は、ある館を襲撃する。
命令に従え。
以上。
「報酬は事前の取り決め通りだ。まずは前金を支払う」
合図。
赤錆の配下が革袋を配り始める。
ずしり、と重い音が卓に落ちる。
一袋に大銀貨二十枚。労働者の日当二十日分ほど。
命の値段には安い。それでも、こいつらが命を賭けるに見合う。
個人参加には一袋。
団体は代表に人数分。
ウルリヒの四人組には、七袋。
多い。つまり、こいつらは強いという評価なのだろう。
あるいは、使い勝手がいいのか。
団体行動ができる。口が固い。命令に忠実。
なんらかの実績はあるのだろう。
そして、俺たちの前に置かれたのは、八袋だった。
二人でだ。
視線が刺さる。
さっきまでの値踏みが、いまは怒気に変わっている。
見た目で浮いている上に、報酬でも浮く。目立つのは危ない。
だが必要だ。
今回、俺は指揮官の役回りだ。差別化しないと舐められる。
舐められるのはちょっと困る。
驚いたことにと言うべきか、案の定と言うべきか、ウルリヒの連れの一人が立ち上がった。
「ちょっと待ちな。二人組で俺たちより報酬が多いってのはどういう了見だ?」
声がでかい。
頭が悪い声だ。
赤錆が、面倒そうに答えた。
「このセドリックは今回の作戦の指揮を執る。お前らも彼の指示に従ってもらう」
空気が一瞬、固まる。
その固まりを割るように、男は笑った。
「おいおい冗談だろ? 名前からして、どこか他国の貴族のボンボンか? 衣装だけじゃねえ。見りゃ育ちの良さも分かるさ」
おっと。
育ちの良さが溢れ出てしまったか。
俺は平凡なサラリーマン家庭出身で、隣の女も奴隷なんだが。
「指揮官が必要だってんなら、うちの大将に任せりゃいい。戦場じゃもっと大勢を率いることもあるんだしよ」
胸を張る。
お前の実績じゃないだろう。
ウルリヒは何も言わない。
止めない。
止めないのは、こいつの指示だからか。
あるいは様子見か。
男はさらに踏み込んできた。
「なあ坊や。お前降りろよ。その銭袋をこっちによこせ。もっと上手くやってやる。女といちゃついてな。腰の剣だって新品じゃねえか」
図星だ。
最近、剣を買った。
マテライズで構築した剣は数秒で崩壊する。
便利だが、不便も多い。
そして、はったりが利かない。
実物の鉄は、見せびらかせる。
あと、単純に欲しかった。
刃物はかっこいい。
「なんとか言えよ。びびって口もきけねえか?」
なんとかと言われてもな。
赤錆が高額を支払うなら、それなりの理由がある、と考えないのか。
馬鹿すぎる。
俺は赤錆を見る。
お前がまとめろよ、と。
赤錆がため息をついた。
穏やかな口調で言う。
だが、圧がある。
「……なあ、ウルリヒのとこの。俺の決めたことに従えねえのかい?」
「ランディ、やめねえか。すみませんね、赤錆の旦那」
初めてウルリヒが口を開いた。
上司ならもっと早く止めろ、と思う。
が、あわよくば、だろう。
部下を使って値を吊り上げる。
傭兵は戦場で戦うだけが商売じゃない。
営業マンでもあるのだ。
「……でも、こいつの言うことも少し分かってやってくださいませんかね。命を預けるんだ。指揮官が頼りないのは誰だって嫌でしょう? せめて実力に見合った報酬配分を考えてもらえると、気持ちよく仕事が出来るってもんです」
なるほど。
やはり、見た目に似合わず商人だ。
赤錆は、うーん、と唸った。
考え込むふり。わざとらしい。
そして、ほんの少し口元を歪めた。
こっちの世界に来て目が良くなっていなければ見逃す程度に。
「実力を考慮するなら、確かにフェアじゃねえな」
ランディが勝った顔をする。
赤錆は続けた。
「しかしセドリックたちに実力比で支払うとなると、俺は破産しちまう……。そうか。あくまで配分だからな。ウルリヒのとこの報酬を下げればいいのか」
ランディの顔が固まる。
「ランディと言ったか? お前さんの取り分はせいぜい小銀貨一枚……いや、黒パンひと欠片にもなるかどうか……」
うんうん、と頷く赤錆。
この野郎、全部こっちに投げてくる気か――と思ったが、悪くない。
俺が動かずに空気が転ぶ。
ウルリヒの顔が曇る。
ランディは俺を睨む。
赤錆に喧嘩を売る度胸はない。
馬鹿だが、完全な馬鹿じゃないらしい。
俺は赤錆の流れに乗った。
「なあ、赤錆の旦那。今回の募集、別に強くなくてもいいって話だろ? 元の金額でいいじゃないか。いくらそいつが弱いからって、飯代まで取り上げるのは可哀そうだ」
ランディの怒気が、急に増す。
「ああ、悪い。配慮のない言い方だった。生活が苦しいのを馬鹿にしてるわけじゃないんだ」
俺は目の前の八つの革袋のうち、一つを指先でつまんで、ランディの足元へ放った。
革袋が床に落ちる。重い音がした。
「足りないんだろ? 謝罪代わりだ。明日の飯代か、それとも酒代か。俺にとってはいつでも稼げる額だが、君たちにとっては命に関わる死活問題だったな。本当に配慮が足りなかった。すまない」
絶句するランディ。
受け取れば収まる。
受け取れば、マウンティング完了だ。
――受け取るわけがない。
「……あと、ウルリヒ殿が言った、命を預けるのが不安、というのももっともだ。だから君には一番安全な仕事を割り当ててやってもいい。荷物持ち。馬車の番。あるいは……逃げる奴を見つけたら大声を出す係。それなら怪我もしないだろ?」
ランディが剣を抜いた。
彼が愚かだから、だけじゃない。
面子を大事にするのはヤクザ者に限らない。
パン売りの男も、パンを盗んだガキに容赦のない暴行を行った。
そうしなければ、舐められる。
舐められれば搾取される。
死に近づく。
報復は生存戦略に他ならない。
剣が振り下ろされる。
刃が肩口へ届く寸前、左手で手首を掴み、捻り上げた。
同時に首を掴み、喉を軽く締める。
弱い。
魔甲が薄くて、無抵抗も同然だ。
とっさに動こうとしたウルリヒたちを目で牽制する。
下手に動くなよ、と。
ウルリヒは動かない。
目が一瞬だけこちらに来て、すぐ逸れた。
あまり、止める気がない。
「弱くてもいいが、馬鹿すぎないってのが条件じゃなかったか? さすがにこれはどうなんだい?」
俺は赤錆に問う。
赤錆は、やれやれといった感じでウルリヒに向き直る。
「確かにな。指揮官に斬りかかるような馬鹿は看過できねえ。どう落とし前つける気だ?」
「……悪かった。俺たちは元の報酬で文句はねえ」
ウルリヒのそれは謝罪じゃない。
交渉だ。
部下を見ない。
心配もしない。
四人で来たなら四人で帰る。
そんな情は、この場では高級品だ。
「おいおい、こんな迷惑かけて元の報酬でとは調子が良すぎねえか」
「ああ、そうだな。俺たちは皆と同じ報酬でいい。四人で八十枚だ」
急激な値下げ。
最初からそこで落とすつもりだったのだろう。
だらだらと交渉せず、精一杯の誠意を見せていますよ、と。
俺は喉を圧迫していた親指を少しだけ緩めてやる。
気道を解放されたランディが咳き込もうとした瞬間、右手を後頭部へ回し、左手で捻り上げた腕ごと身体を固定する。
そして、顎と肩の向きを違えるように、首を捻った。
みしり、と鈍い音。
鈍い感触。
少し前なら嫌な音、嫌な感触と言っただろうが、いまは何も感じない。
これも適応か。
ランディだった物が、その場に崩れ落ちた。
足元には、さっき投げた革袋が転がっている。
俺は笑顔を作って、ウルリヒへ向けた。
「……さっきくれてやった分と合わせて、三人で百枚になったぞ」
残った三人の分け前を増やしてやったぞ。
そういう話だ。
理解できただろうか。
ウルリヒはランディだったものを見た。
ほんの一瞬だけだ。
それから、短く頷いた。
納得してくれたか。
安堵にも見える。
「さて、残った連中は馬鹿じゃないと信じたいが……」
ゴロツキどもを見回す。
誰もなにも言わない。
赤錆が顎で合図した。
影が二つ動いて、死体を引きずっていく。
血は出ていない。比較的、処分は楽だろう。
「続けるぞ」
赤錆の声で、ようやく場が呼吸を再開した。
好かれる必要はない。
愛されるより恐れられるほうが、はるかに安全である。
横を見る。
エリサは何も言わない。
ただ、俺の指先を一瞬だけ見て、すぐ目を逸らした。
やりやすくなった。
それだけだ。
でもやっぱり、エリサは置いてくるべきだったかもな、と少しだけ思った。