勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第53話 賊と兵隊

「おう、異常はないか?」

 

気持ちのいい、よく晴れた朝だった。

 

館の二階に上がると、見張り台の兵に声を掛ける。

異常なんてあるはずがない。あれば呑気に外なんぞ眺めているはずがない。

それでも、こうして声を掛けて回るのが大事なんだと、前の隊長に叩き込まれた。

 

「異常なしです! ガバン隊長!」

 

椅子から跳ねるように立ち上がる。

若い。元気が余ってる。

この仕事は普段の元気より、力の抜き方のほうが大事なんだがな。

 

窓の外には畑。冬穀の芽が揃いはじめている。

遠くで家畜の鳴き声。

村の煙。

 

今日もこの荘園は平和だ。

少なくとも見える範囲では。

 

――平和。

 

ときどき汚れ仕事も命懸けもあるが、傭兵稼業をやるよりは安定してるし実入りもいい。

 

そう思っていた。

だが最近は、どうなのだろうと思い始めている。

 

俺はクズだ。

それは間違いない。

 

ガキの頃から荒くれで頭も悪い。読み書きはもちろん、ろくに畑仕事すらできやしねえ。

いっぱい殺して、奪ってきた。そんな俺でも、嫌悪するような行いがあるらしい。

 

――いや、違うな。嫌悪するようになったんだ。

 

これも年齢のせいか。

それとも――代官の私室の奥、隠し部屋で行われている“あれ”のせいか。

 

近頃、おふくろの顔がちらつく。

故郷の村を飛び出して二十年以上。

俺は四十を過ぎた。

おふくろは――六十は越えてたか?

もう死んじまってるかもしれねえな。

 

家の仕事もせず、苦労ばかりかけた。

前は思い出すことなんてなかったのにな。

 

もうすぐ交代の人員が来る。

そしたら休暇だ。代官に言って、少し長くしてもらおう。

一度、あのクソ忌々しい村にでも帰ってみるか。

 

そんなことを考えていると、見張りの若いのが声を上げた。

 

「ガバン隊長、誰か来ます!」

 

窓から外を見る。

白い服を着た人間がひとり、村の入り口のほうから、この館へ向かって歩いてくる。僧侶か? 聖職者か?

 

ここを訪れる人間なんて、まず、いねえ。

名目上の持ち主――ケルテス伯でさえ、一度も顔を出したことがない。

 

とはいえ、旅の商人やら祈祷師やらが年に数回、村に寄ることはある。

対応は下の連中と代官がするだろう。

 

俺は窓の縁に腕を置いて、周囲を広く見る。

 

畑。

森。

街道。

 

見える範囲には何もない。いつもの平和な農村だ。

だが油断はしない。

また“あの時”の白鎧でも現れたら――あれは本当の命懸けだった。

二度とごめんだね。

 

風が吹き抜ける。

どこか遠くで犬が吠えた。

別に嫌な予感がしたわけじゃない。

ただ――風の中に、馴染みのない匂いが混ざった気がしただけだ。

 

 

「国教会の聖職者とのことでした」

 

「それで?」

 

俺は代官の執務室に立っていた。

 

代官――ミラーク様は、机の上の紙束を一枚ずつ指で揃えながら話をしている。

揃え方が細かい。こういうところが研究者らしい。

 

「……例の試作品を腰に」

 

「試作品?」

 

代官が頷く。

 

「王都で失った試作品の魔道具です。腰の帯に……ぶら下げていました」

 

は?

 

「見せつけてきたのですか?」

 

「いえ。そういう感じでは……。歩いた拍子に外套の裾がめくれて、金具が覗いた、と。本人は気づいていない様子でした」

 

見せつけじゃない。

演技でなければ、だ。

 

「それで、そいつは何をしに来たんで?」

 

「交渉や脅迫などはありませんでした。壊滅した村の慰霊だと言って、寄付を募りました。少しばかり用立てると、立ち去ろうとしました」

 

壊滅した村。小村が三つ。

野盗にやられたって話だ。

 

――って、おいおい。

そんな話をしにきた奴が、試作品を腰に?

 

「そのまま行かせて良かったんですか?」

 

代官が、ゆっくり顔を上げる。

 

「ここで行方不明にするわけにはいかないでしょう」

 

それは、そうだ。

ここで聖職者が消えたら、面倒どころじゃない。

国教会が本気で嗅ぎ回る。俺たちの“平和”が終わる。

 

「珍品コレクターのふりをして購入を打診してみました。少々……強引な会話の持っていき方になってしまいましたが」

 

「それで?」

 

代官の話は回りくどい。頭がいいのに、結論まで遠い。

研究者ってのは、そういうもんだろうか。

 

「友の形見だと言って断られましたよ」

 

「それで?」

 

「ひとまず尾行に二人出しました」

 

代官はさらっと言う。

その判断は正しいかもしれない。

だが問題は詳細だ。

 

「命令は?」

 

「手は出すな。距離を取れ。宿と接触相手を報告しろ、と」

 

それだと結局は、なにも分からなかったとなりかねない。

放置するよりはマシだが。

 

「二人では、連絡要員も考えると充分な監視はできませんが?」

 

代官は少しだけ黙り、考え込む。考え込む癖がある。

 

「あれは……どうしても取り戻す必要があるというほどの物ではありません」

 

試験運用なんてするくらいだ。

代官の言う通りなのだろう。

 

だが、問題は、物の価値じゃない。

 

「聖職者の行方不明がここで起こるのはまずい。それは分かります。でも……本当に聖職者だったんですか?」

 

俺は自分でも意外なほど強い口調で言っていた。

 

不自然なのだ。

気にしないわけにはいかない。

 

代官は眉を寄せる。

 

「そう見えました。所作も服装も。それに……試作品は国教会が確保したと考えるのが自然です。聖職者が持っているのも、奇妙ではありません」

 

そんなわけあるか。

 

あらゆる可能性を考慮するのも研究者の癖なのだろうか。

国教会が確保した“危ない物”を、寄付集めの聖職者が腰にぶら下げて歩く?

無頓着にもほどがある。

 

「それを持った者が、たまたまここへ寄付を募りに来たと?」

 

「……さすがに思えませんね」

 

代官が、そこで小さく息を吸った。

そして、“あっ”という顔。

 

「探られたのかもしれません。こちらの反応を。購入を打診したのは……まずかったかもしれません」

 

ありうる。

聖職者失踪事件の犯人捜し。

 

だとしたら、決定的でなくとも“疑わしい”という報告は上がる。

報告を持ち帰られる方が、よほどまずい。

 

また、少し考え込んだ後、代官が渋々という態で言う。

 

「……始末しましょう」

 

俺は頷いた。

 

ようやく“指揮”っぽいことをし始めた。

だが、現場は待ってくれない。

 

「ただの僧侶とも限らない。もう二人、馬に乗れるものを出します」

 

言いながら、俺が行くべきかとも考えたが、思いとどまる。

二階から見ている限りだが、荒事に慣れた者の動きではなかった。

 

「……そうですね。離れた場所で対処をお願いします」

 

それに、まだなにか起こる。

そんな気がする。

 

「代官、村の入口にも見張りを置きましょう。念のためです」

 

「すぐに、なにかあると?」

 

「わかりません。だから、念のためです」

 

代官は一瞬だけ俺を見て、それから頷いた。

 

「……任せます。現場の判断はあなたの方が早い」

 

そうだよ。

俺は短絡だ。

頭もいいわけじゃない。

だが、迷ってる暇がない仕事だけは得意だ。

 

「了解」

 

俺は踵を返した。

 

平和な朝は、平和の顔をしたまま、少しずつ形を変え始めていた。

 

◇◇

 

放った追っ手の帰りを館の二階で待つ。

 

なるべく離れた場所でやれと指示を出した以上、そんなすぐに戻るわけもないのだが、他にできることも現状ない。

 

いや、やろうと思えばバリケードの設置や食料の搬入など、できることもある。

しかし、現状で兵どもを緊張させ過ぎるのもよくない。

どこか、そわそわした気持ちは押し殺して、表には出さない。

 

しかし、警戒は怠らない。村への唯一となる入り口には見張りの兵も配置した。

あそこからなら、街道を見渡せる。

 

――風がまた吹く。

 

鉄臭い。血の匂い。

季節は冬手前だ。村人が家畜を屠って保存の仕込みをしていても不思議はない。

 

だが、その匂いは――どこか違う。

薄い。

遠い。

なのに、鼻の奥に引っかかる。

 

気のせいで済ませてもいい程度の違和感。

だが、気のせいで死ぬのが一番くだらねえ。

 

俺は一瞬だけ考えて、すぐ決めた。

 

「……お前ら、ついてこい」

 

近くにいた部下を三人、指で選ぶ。

指名された瞬間、連中の目が鋭くなる。

 

村へ走る。

走りながら、俺は心の中で舌打ちした。

 

――いまさら、おふくろの顔なんか思い出してる場合じゃねえ。

 

そのときだ。

 

悲鳴。

すぐ次に、怒声。

そして、火の弾ける音。

 

「……来やがった」

 

俺は部下の一人を掴んで押しやった。

 

「戻れ。館へ。増援を呼べ。全力だ。代官にも伝えろ。村が襲われた。数はまだ分からん。急げ!」

 

部下は一瞬だけ目を見開いたが、すぐ踵を返して走った。

迷わない。いい。

 

俺は残り二人と、村へと駆け込んだ。

賊のような連中――いや、賊そのものがいた。

見える範囲で十人ほど。

 

家に火をつける。

納屋を破る。

家畜を追い立てる。

村人を蹴る。

 

統制が取れているようには見えない。

だが、統制がないから弱い、とは限らない。

 

俺だって昔はそうだった。

賊と兵の違いは――違いはなんだろうな?

とにかく、似たり寄ったりだ。

 

唯一の入り口には見張りがいたはずだ。

報告は来ていない。

つまり――奇襲だ。

 

街道脇の森から近づいてきたのだろうか。

なんにせよ手際のいいことだ。

 

そんなに賢い連中には見えないが、馬鹿だからと言って知恵がないとも限らない。

 

……あの白い服の聖職者と、関係があるのか?

 

タイミングを考えれば、あると考えるべきだ。

 

だが、“探り”なら強硬手段が早すぎる。

そもそも国教会がやるなら、もっと別の手合いが来る。

こいつらは違う。

 

考えても仕方ねえ。

俺の仕事は、目の前の荒事だ。

 

「村人は森へ退避! 急げ!」

 

声を張る。

賊どもが一斉にこちらを見る。

目が合った瞬間、空気が張る。

 

賊は賊で、こちらの武装を見ている。

どの程度の相手かを。

 

そのとき、俺の背後から、息を切らした増援が来た。

館からの兵だ。走ってきた。なかなかに早い。

 

「隊長! 代官は館に残ります! 村の指揮は隊長に!」

 

当たり前だ。

ミラーク代官はここに出す人間じゃない。

白鎧の時は特別だ。

 

数える。

今ここに動かせるのは十六人。

弓が二、魔術が二、歩兵が残り。

 

追っ手に出した連中は戻らない前提で考える。

見張りもだ。

戦はいつも最悪で見積もれ。

 

賊どもが集まってくる。

十、十二……いや、増えている。

 

家々の陰から、森の縁から、遅れて湧いてくる。

さっき見えたのは“見える範囲で十人”だっただけだ。

十八……くらいか。

 

頭らしき大男がいる。顔の傷が目立つ。

あれが指示を飛ばしている。

 

お互い、横陣のように構える。

いや、こちらは横陣だが、賊どもは横陣のような何か。

真似でも十分だ。真似できるだけ、まともな部類。

 

まあ、でも、いけるだろう。

 

「おい、クソ野郎ども! いいか! あそこにいるのは人間じゃねえ。ただの“歩く銀貨袋”だ。賊なんぞに殺されて、おふくろに汚ねえ死に顔見せたいか!? 嫌なら笑え! 連中の臭え臓物をぶち撒けて、どっちが本物の人殺しか教えてやれ! 殺した数だけ、次の休暇で抱ける女の質が変わる! いい女を抱いて笑え! 逃げた奴のケツからは、俺がこの剣をぶち込んでやるからな。死にたくねえなら、目の前のゴミを肉塊に変えろ!」

 

下品でいい。

綺麗な言葉は腹を満たさないし、勇気も与えない。

 

その時、賊の一角で妙な動きがあった。

フードを深く被った小柄な賊が、仲間の髪を掴んで引きずっている。

引きずられた男は足をばたつかせ、何か必死に喋っている。

 

命乞い――そう、見えた。

 

待ってやる義理はないが、揉め事であれば、それもやぶさかではない。

揉めてくれるなら、こっちに都合がいい。

戦は団結が命だ。敵が勝手に割れてくれるなら楽に勝てる。

 

だが――。

 

小柄な賊が、ためらいもなく手を突き出した。

火球。

 

真正面から炎を受けて、引きずられていた男が燃え上がった。

 

絶叫。

 

皮の焼ける臭い。油の弾ける音。

 

見せしめの処刑。

賊どもの緊張が、こっちにまで伝わる。

 

炎の風でフードがはためき、小柄な賊の口元が覗いた。

女――か。

 

小柄な賊は、頭らしき大男に何か言い、大男が頷く。

 

賊どもが、いっせいに前を向く。

臨戦態勢。迷いが消えた。

 

魔術師がいる。

複数いるかもしれん。

敵の評価を上げる。

 

それでもまだ、不利とは思わない。

 

「腐れ野郎ども! 見ろ! 女がいるぞ! 俺には分かる! あれは絶対にいい女だ! 頭目の女か? あんな上等な女を連れてくるなんて、随分と気の利いた野良犬どもじゃねえか! 手足の骨を折って生け捕りにしてやろうぜ!」

 

兵隊どもがおおいに盛り上がる。結構なことだ。

無理に生け捕りにしようとして被害を出すこともあるかもしれないが、士気には代えられない。

 

「弓! 前に出ろ! 魔術師! 火を抑えろ! 歩兵は――俺に合わせろ!」

 

俺は叫んで、前に踏み込んだ。

矢が飛ぶ。盾が鳴る。土が跳ねる。

賊どもは逃げ腰に見える。

 

だが、それは“逃げ腰”じゃない。

距離を測っている。こちらの槍の間合い、魔術の射程、弓の癖。

 

ちっ。

そこそこ賢い。

 

刃が交差する。崩すには至らない。

それでも血が飛ぶ。土が濡れる。炎が舐める。

 

がっぷり四つに組む。

横陣同士なら、当然そうなる。

これでいい。俺たちの戦い方だ。

 

その時――背後、館の方角から、腹の底に響く音が来た。

鐘じゃない。金属でもない。もっと鈍くて、もっと重い。

 

空気そのものが拳で殴られたみたいな、爆発音。

そして、石材の崩れる音。

少し遅れて風が来る。

土埃の匂いが鼻を刺し、犬が甲高く吠えた。

 

森の上に、薄い煙が立つ。

白い。

石粉の色だ。

 

――やられた。

 

背中が冷えた。

この音を、俺は知っている。

 

白鎧に攻められた時、こいつで館の壁を破られ、危うく陥落する危機だった。

白鎧の襲撃? さっきの聖職者が何かした? あの時の修道騎士くずれに残党がいた?

 

「……野郎ども! 死ぬ気で戦え!」

 

俺は、自分の声が震えているのを隠さなかった。

 

フードの女が、無機質な口元で、次の術式を練り上げているのが見えた。

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