勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第54話 再訪

コンクリート壁や装甲板に粘着榴弾を撃ち込んだ場合、爆発のエネルギーが壁の内部を圧縮波として突き抜け、着弾面とは反対側が剥離して爆散する。

 

一方で、石積みの壁のような不均一な物体の場合、少し挙動が異なる。

石と石の間には、密度の異なる継ぎ目がある。圧縮波は綺麗に伝わらず、その継ぎ目の粉砕にエネルギーを食われる。

結果、壁そのものが物理的な釣り合いを失い、ガラガラと崩れ落ちることとなる。

 

白鎧の砲撃に紛れたあの時のように、台所――この部分は二階の構造ごと崩れ、埋まったままだ――ではない。二階へ上がる階段がある、エントランス付近の壁を破壊した。

 

外では村が燃えている。

いや、燃やされている。

 

その村の方の空に、火球が打ち上げられた。

エリサからの合図。

 

ガバンの隊は釘付け。

エリサたちが足止め。

 

予定通りだ。予定通りというのは良いことだ。

時間に余裕もあるかもしれない。

 

俺は壁の穴を跨ぐ。

館内は冷たい。湿っている。

 

鼻の奥に、わずかな薬品の匂い。鉄。それから、薄い血。

以前に来た時も感じた、隠し事の匂いだ。

 

踏み入ってすぐのところで、足音が来た。

三つ。焦りのある足音。

 

粉塵の向こうから影が現れる。

ミラーク。この館を管理している代官。

 

護衛が二人。

室内だからか槍はない。どちらも剣。

 

握りが硬い。緊張している。

訓練は積んでいるだろうが、手練れではない。

たぶん。

 

「……セト、殿?」

 

ミラークが俺を見た瞬間、目を丸くする。そりゃそうだ。

 

フードもマスクも無し。

俺の顔は、さすがに野盗ではない。

生まれついての気品があるそうだからな。

貧民街基準だが。

 

「久しぶりだな」

 

俺が言うと、護衛が一歩前に出た。

一歩目で、ミラークがそれを手で止める。

平和主義なのか、危機感がないのか。

 

「どうして……ここに? いや、それより……外の騒ぎは……」

 

俺も一歩踏み出す。

護衛が剣先を少し上げる。

ミラークはまだ、喋る。

 

「あなたは……あの白鎧の時、我々と……」

 

「戦友の誼だ。いろいろ教えてくれ」

 

言葉を切る。

 

俺は最初から、皆殺しでも構わないつもりで来ている。

が、ミラークだけは生かしておきたい。

王太子に差し出すためだが、俺だって情報は欲しい。

 

ミラークの喉が動く。飲み込む音。

そして、躊躇しながら言った。

 

「……殺し合いは、したくありません」

 

それは本音だろう。

だからこそ、俺は会話を続ける。

情報を抜く余地がある。

 

「俺もしたくない」

 

頷いてやる。

頷いた上で、続ける。

 

「だから、答えろ」

 

ミラークが瞬きをする。護衛が息を飲む。

俺の口調が変わったのが分かったんだろう。

 

これは交渉じゃない。

尋問だ。

 

「聖職者を拐って、なにをしている?」

 

「……一体なんのことを……」

 

「とぼけるな。ここは祭壇の遺跡に近い。俺を殺しに来たのが、ここの兵隊なのは知っている」

 

ミラークの顔が、一瞬だけ固まった。

効いた。

証拠はない。

 

根拠はかつて、ガバンに掛けたカマくらい。

ここでもカマを掛けた。

そして、この反応があれば充分だ。

 

ミラークはなにも言わない。

でもきっと、しらを切り続けるほど、ふてぶてしくはない。

 

「素直に話した方がいいんじゃないか? 俺が問題にしてるのは、俺を殺そうとしたことだ。王女が力を付けるのが都合悪かったのかな? でも、ここで素直になってくれれば、話し合えるんじゃないか?」

 

ミラークが唇を結ぶ。

 

「まあいい。じゃあ質問を変える」

 

俺は館の内部を見回す。

 

「あんたの私室の奥……トラキス公とカイルスは、あんな魔道具を作ってなにをするつもりだ?」

 

「あなたは……なにを知っている?」

 

「いろいろと。でも分からないことも多いから教えてくれ」

 

俺は肩をすくめる。

 

「いま、俺が訊いているのは、目的だ。魔道具で何をする? 戦争か? 叛乱か? 聖職者をどうした? 魔道具製造に関係あるんだろ?」

 

最後はハッタリだ。

何も根拠はない。

 

だが、それほどの規模もないこの館を拠点に実行しているのなら、その二つには強い関連があるのではと考えただけだ。

 

ミラークの目が、ほんの僅かに泳いだ。

当たりか?

 

解析能力があろうとも、初対面ではこうはいかない。

ミラークとは少しばかりの親交があった。

だから、ミラークの反応の意味は少しばかり分かる。

 

護衛の一人が、耐えきれずに叫んだ。

 

「黙れ! 貴様ッ!」

 

剣が来る。

ミラークの命令を聞けよ。

 

遅い。

俺は半歩ずらして空振りさせる。

 

瞬間、小さな杭をマテライズ。

射出はしない。

 

杭を、下顎から頭部へ向けて突き上げる。

返り血が服に付かないように気を付ける。

グローブは血液で台無しだが、こちらは使い捨てと割り切っている。

 

もう一人が、思い出したように剣を向けてくる。

誠実だ。そういうところは立派だ。

 

俺は踏み込み、手首を叩き落とす。

剣が床に落ちる。

そのまま手首を掴んで捻る。

 

顔をミラークへ向けさせる。

反対の手で喉をかっ切り、ミラークに鮮血を浴びせる。

 

護衛が沈黙すると、部屋の音が急に減る。

ミラークの呼吸だけが目立つ。

 

「……セト殿……あなたは……」

 

「会話は終わりにするのか?」

 

俺はミラークに近づく。

ミラークは逃げない。逃げられない。

足が床に縫い付けられたように立っている。

 

少しの沈黙の後、ミラークがまた口を開く。

 

「いいえ、死にたくはありませんね。協力しましょう」

 

ミラークの声は、震えていない。

震えていないのが逆に不自然だ。

 

人間は普通、目の前で護衛の喉を割かれて血を浴びたら、もう少し崩れる。

崩れないのは、精神が強いか、現実感がないか、あるいは――まだ手があると思っているか。

 

協力、ね。

俺は頷いた。

 

頷いてやるのはタダだ。

頷いたところで信用したことにはならない。

信用はコストが高くつく。

 

「協力するなら、質問に答えろ」

 

「……見てもらった方が早いでしょう。あなたが目をつけていた、私の部屋の奥へ」

 

「……いいだろう。先を歩け」

 

俺はそう言いながら、ミラークの胸元に指先を向けた。

触れてはいない。ぎりぎり触れない距離。

 

逃げるなら殺す。おかしな動きをすれば殺す。そう体に理解させる距離。

ミラークは唾を飲み込み、頷いた。

 

血の跡が床に残る。さっき殺した護衛の血だ。

ミラークはそれを避けるように歩こうとして、途中で諦めた。

靴底が濡れる。べちゃり、と音がする。

 

ミラークは、生かしておく。

王太子へ渡す必要がある。

 

でもミラークは、いま俺を奥へ誘導している。

つまり罠があるのかもしれない。

罠があるなら、逆に奥は当たりだ。

なにかあるから罠もあるのだ。

 

罠なんてなくて、このまま素直に情報提供してくれるなら、もちろん万々歳だ。

 

俺はミラークの背中を見ながら、頭の中で優先順位を並べる。

まずは、俺が生き残る。

奥にある情報を確保する。

ミラークが逃げようとした場合――最悪、殺してしまっても仕方ない。

 

この角の先が、ミラークの私室、そして、その奥。

そんな場所に差し掛かったときだ。

 

いまさら少し動揺したように、ミラークがよろめきながら廊下の角を曲がる。

その手が、壁のレリーフに一瞬触れた。

ほんの一瞬。撫でるみたいに。

 

(あ)

 

俺は角を曲がりかけたところで、反射的に足を止めた。

 

次の瞬間、床のどこかで、チッ、と小さな音がした。

静かすぎて、逆に大きい音だ。

 

はあ、と俺が溜息をつくと、ミラークの肩がほんの僅かに跳ねた。

遅い。反応が遅い。

つまり、こいつはうまくやったつもりでいた。

 

黒い魔力の粒子が噴き出し、瞬時に空中で形を作る。

黒い人型の異形。

 

――スピリット。

 

全身に灰色の革帯を巻きつけ、そこから無数の棘を生やす。

革帯の隙間から滲む黒煙が、呼吸をしているかのように蠢いていた。

右手には、鍔のない大型のファルシオンのような幅広の片手剣。

 

こちらの世界へ召喚されたその日、戦うはめになった。

カイルスが作り出したものと全く同じ。

あらためて禍々しい見た目をしている。

カイルスの趣味なのか?

 

二体目、三体目。

七、八、いや、もっと。

まだ湧いてくる。

 

最初の一体以外は、単純な輪郭がいくつも立ち上がる。

 

転がる球。

浮遊する炎。

獣っぽい影。

 

統一感がない。

統一感はないが、数だけは揃っている。

 

「こんなもので俺を止められると思っているのか?」

 

この男は饒舌ではないが、会話を好む。

 

俺が行動を起こせば別だろうが、積極的理由はなくとも、会話にはとりあえず乗ってくるはずだ。

 

「……どうでしょう。ひとまず時間は稼げるかと」

 

よし、乗ってきた。

喋りながら考える。

時間を稼ぐということは、逃げるつもりという本音が漏れたと判断していいだろうか。

 

「脱出口があっても、俺から逃げきれるとは思えないな」

 

人型の異形は、ゆっくりと歩み寄ってくる。

あの時と同じだ。

雑多な方のスピリットたちも、それに合わせるように迫って来ている。

 

①スピリットを排除して、しかる後にミラークを捕縛。

 

理想だが、なかなかに難しい。

 

②ミラークの脚を撃ち、次にスピリットを排除。その後にあらためてミラークを捕縛。

 

まあ、できそうな気がする。

 

③ミラークを射殺して、スピリットは――。

 

そのとき、人型が突如として加速。

これも、あの時と同じだ。

他のスピリットも同時に動き出す。

残念ながら時間切れだ。

 

「ミラーク」

 

俺は名前を呼んだ。

 

呼ぶと、相手は反射でこっちを見る。

それが人間の自然な反応だ。

ミラークが半分だけ振り返る。

 

その瞬間、俺は短杭を構築して叩き込む。

狙いは脚。

殺さない位置。

 

ミラークの体が、ぐらりと傾く。

だが倒れない。

倒れないように、壁に手をついて踏ん張る。

 

浅い。服が邪魔したか。

見た目はただの服だが、実際には高級な防御処理が施されているのだろう。

鎧のように頑強とはいかないが、ここでは役に立ったようだ。

 

まあいい。

 

人型スピリットが来る。

速い。だが、こいつの速さは知っている。

対処できる程度の速さだということも。

 

単調な斬撃を躱し、棘のない肘関節に触れる。

 

解析。

 

こういう複雑な代物を解析するにはそれなりの時間――少なくとも数十秒はかかる。

が、今回はただの確認作業。

 

以前に戦ったそれと、なんら変わらない術式であることを確認。

術式を削る。

それだけ。

 

術式の骨格が、塗り潰される。

黒い人型が、いきなり形を失った。

棘が落ち、革帯がほどけ、黒煙が空気に溶ける。

まるで、最初からそこにいなかったように。

 

「……やっぱり同じだな」

 

いや、勝ち誇るのは早計か。

 

二体目、三体目。

球が転がる。

炎が浮く。

獣っぽい影が床を這う。

 

問題はむしろ、こちらかもしれない。

 

初見の雑多。きっと個々は強くないが。

 

炎の塊が、弾けるようにこちらへ飛ぶ。

避ける。

避けた先に、球体が転がり込んでくる。

 

獣っぽいのは、近付く前にマシンガンで処理。

簡単に貫通。

霧散。

 

やはり強くはない。

むしろ、弱い。

 

球体が突如、飛び跳ねてくる。

避けられる。

避けられるが、あえて掴む。

 

解析。

これは――。

 

指先から流れ込んできた情報に、俺は言葉を失った。

球体の中身は、思った以上に単純だった。

複雑な骨格も、巧妙な循環もない。

 

術式のコードは、情報量で言えば人型の一割にも満たない。

いや、それ以上に、術式の構造そのものが極めて単純。

 

術式をばらす。

球体が崩れる。

 

人型と同じように、それよりも少量の粒子となって消える。

そこで、ほんの少しだけ思考が引っかかった。

 

解析によって構造が把握できた。

戦闘機の完成品を見ても、その製造法までは分からない。

だが、割り箸鉄砲なら、話は別だ。

 

こいつは――。

 

いや。

今は後だ。

 

勝ち誇って見せる。

どや顔。

 

ミラークが、息を飲む音がした。

理解したのだろう。自分が張った罠が、罠として成立していないことを。

 

「面白い見世物だった。感謝するよ」

 

嘘じゃない。

皮肉でもない。

今日、ここに来た甲斐があった。

 

心から、そう思った。

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