勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
コンクリート壁や装甲板に粘着榴弾を撃ち込んだ場合、爆発のエネルギーが壁の内部を圧縮波として突き抜け、着弾面とは反対側が剥離して爆散する。
一方で、石積みの壁のような不均一な物体の場合、少し挙動が異なる。
石と石の間には、密度の異なる継ぎ目がある。圧縮波は綺麗に伝わらず、その継ぎ目の粉砕にエネルギーを食われる。
結果、壁そのものが物理的な釣り合いを失い、ガラガラと崩れ落ちることとなる。
白鎧の砲撃に紛れたあの時のように、台所――この部分は二階の構造ごと崩れ、埋まったままだ――ではない。二階へ上がる階段がある、エントランス付近の壁を破壊した。
外では村が燃えている。
いや、燃やされている。
その村の方の空に、火球が打ち上げられた。
エリサからの合図。
ガバンの隊は釘付け。
エリサたちが足止め。
予定通りだ。予定通りというのは良いことだ。
時間に余裕もあるかもしれない。
俺は壁の穴を跨ぐ。
館内は冷たい。湿っている。
鼻の奥に、わずかな薬品の匂い。鉄。それから、薄い血。
以前に来た時も感じた、隠し事の匂いだ。
踏み入ってすぐのところで、足音が来た。
三つ。焦りのある足音。
粉塵の向こうから影が現れる。
ミラーク。この館を管理している代官。
護衛が二人。
室内だからか槍はない。どちらも剣。
握りが硬い。緊張している。
訓練は積んでいるだろうが、手練れではない。
たぶん。
「……セト、殿?」
ミラークが俺を見た瞬間、目を丸くする。そりゃそうだ。
フードもマスクも無し。
俺の顔は、さすがに野盗ではない。
生まれついての気品があるそうだからな。
貧民街基準だが。
「久しぶりだな」
俺が言うと、護衛が一歩前に出た。
一歩目で、ミラークがそれを手で止める。
平和主義なのか、危機感がないのか。
「どうして……ここに? いや、それより……外の騒ぎは……」
俺も一歩踏み出す。
護衛が剣先を少し上げる。
ミラークはまだ、喋る。
「あなたは……あの白鎧の時、我々と……」
「戦友の誼だ。いろいろ教えてくれ」
言葉を切る。
俺は最初から、皆殺しでも構わないつもりで来ている。
が、ミラークだけは生かしておきたい。
王太子に差し出すためだが、俺だって情報は欲しい。
ミラークの喉が動く。飲み込む音。
そして、躊躇しながら言った。
「……殺し合いは、したくありません」
それは本音だろう。
だからこそ、俺は会話を続ける。
情報を抜く余地がある。
「俺もしたくない」
頷いてやる。
頷いた上で、続ける。
「だから、答えろ」
ミラークが瞬きをする。護衛が息を飲む。
俺の口調が変わったのが分かったんだろう。
これは交渉じゃない。
尋問だ。
「聖職者を拐って、なにをしている?」
「……一体なんのことを……」
「とぼけるな。ここは祭壇の遺跡に近い。俺を殺しに来たのが、ここの兵隊なのは知っている」
ミラークの顔が、一瞬だけ固まった。
効いた。
証拠はない。
根拠はかつて、ガバンに掛けたカマくらい。
ここでもカマを掛けた。
そして、この反応があれば充分だ。
ミラークはなにも言わない。
でもきっと、しらを切り続けるほど、ふてぶてしくはない。
「素直に話した方がいいんじゃないか? 俺が問題にしてるのは、俺を殺そうとしたことだ。王女が力を付けるのが都合悪かったのかな? でも、ここで素直になってくれれば、話し合えるんじゃないか?」
ミラークが唇を結ぶ。
「まあいい。じゃあ質問を変える」
俺は館の内部を見回す。
「あんたの私室の奥……トラキス公とカイルスは、あんな魔道具を作ってなにをするつもりだ?」
「あなたは……なにを知っている?」
「いろいろと。でも分からないことも多いから教えてくれ」
俺は肩をすくめる。
「いま、俺が訊いているのは、目的だ。魔道具で何をする? 戦争か? 叛乱か? 聖職者をどうした? 魔道具製造に関係あるんだろ?」
最後はハッタリだ。
何も根拠はない。
だが、それほどの規模もないこの館を拠点に実行しているのなら、その二つには強い関連があるのではと考えただけだ。
ミラークの目が、ほんの僅かに泳いだ。
当たりか?
解析能力があろうとも、初対面ではこうはいかない。
ミラークとは少しばかりの親交があった。
だから、ミラークの反応の意味は少しばかり分かる。
護衛の一人が、耐えきれずに叫んだ。
「黙れ! 貴様ッ!」
剣が来る。
ミラークの命令を聞けよ。
遅い。
俺は半歩ずらして空振りさせる。
瞬間、小さな杭をマテライズ。
射出はしない。
杭を、下顎から頭部へ向けて突き上げる。
返り血が服に付かないように気を付ける。
グローブは血液で台無しだが、こちらは使い捨てと割り切っている。
もう一人が、思い出したように剣を向けてくる。
誠実だ。そういうところは立派だ。
俺は踏み込み、手首を叩き落とす。
剣が床に落ちる。
そのまま手首を掴んで捻る。
顔をミラークへ向けさせる。
反対の手で喉をかっ切り、ミラークに鮮血を浴びせる。
護衛が沈黙すると、部屋の音が急に減る。
ミラークの呼吸だけが目立つ。
「……セト殿……あなたは……」
「会話は終わりにするのか?」
俺はミラークに近づく。
ミラークは逃げない。逃げられない。
足が床に縫い付けられたように立っている。
少しの沈黙の後、ミラークがまた口を開く。
「いいえ、死にたくはありませんね。協力しましょう」
ミラークの声は、震えていない。
震えていないのが逆に不自然だ。
人間は普通、目の前で護衛の喉を割かれて血を浴びたら、もう少し崩れる。
崩れないのは、精神が強いか、現実感がないか、あるいは――まだ手があると思っているか。
協力、ね。
俺は頷いた。
頷いてやるのはタダだ。
頷いたところで信用したことにはならない。
信用はコストが高くつく。
「協力するなら、質問に答えろ」
「……見てもらった方が早いでしょう。あなたが目をつけていた、私の部屋の奥へ」
「……いいだろう。先を歩け」
俺はそう言いながら、ミラークの胸元に指先を向けた。
触れてはいない。ぎりぎり触れない距離。
逃げるなら殺す。おかしな動きをすれば殺す。そう体に理解させる距離。
ミラークは唾を飲み込み、頷いた。
血の跡が床に残る。さっき殺した護衛の血だ。
ミラークはそれを避けるように歩こうとして、途中で諦めた。
靴底が濡れる。べちゃり、と音がする。
ミラークは、生かしておく。
王太子へ渡す必要がある。
でもミラークは、いま俺を奥へ誘導している。
つまり罠があるのかもしれない。
罠があるなら、逆に奥は当たりだ。
なにかあるから罠もあるのだ。
罠なんてなくて、このまま素直に情報提供してくれるなら、もちろん万々歳だ。
俺はミラークの背中を見ながら、頭の中で優先順位を並べる。
まずは、俺が生き残る。
奥にある情報を確保する。
ミラークが逃げようとした場合――最悪、殺してしまっても仕方ない。
この角の先が、ミラークの私室、そして、その奥。
そんな場所に差し掛かったときだ。
いまさら少し動揺したように、ミラークがよろめきながら廊下の角を曲がる。
その手が、壁のレリーフに一瞬触れた。
ほんの一瞬。撫でるみたいに。
(あ)
俺は角を曲がりかけたところで、反射的に足を止めた。
次の瞬間、床のどこかで、チッ、と小さな音がした。
静かすぎて、逆に大きい音だ。
はあ、と俺が溜息をつくと、ミラークの肩がほんの僅かに跳ねた。
遅い。反応が遅い。
つまり、こいつはうまくやったつもりでいた。
黒い魔力の粒子が噴き出し、瞬時に空中で形を作る。
黒い人型の異形。
――スピリット。
全身に灰色の革帯を巻きつけ、そこから無数の棘を生やす。
革帯の隙間から滲む黒煙が、呼吸をしているかのように蠢いていた。
右手には、鍔のない大型のファルシオンのような幅広の片手剣。
こちらの世界へ召喚されたその日、戦うはめになった。
カイルスが作り出したものと全く同じ。
あらためて禍々しい見た目をしている。
カイルスの趣味なのか?
二体目、三体目。
七、八、いや、もっと。
まだ湧いてくる。
最初の一体以外は、単純な輪郭がいくつも立ち上がる。
転がる球。
浮遊する炎。
獣っぽい影。
統一感がない。
統一感はないが、数だけは揃っている。
「こんなもので俺を止められると思っているのか?」
この男は饒舌ではないが、会話を好む。
俺が行動を起こせば別だろうが、積極的理由はなくとも、会話にはとりあえず乗ってくるはずだ。
「……どうでしょう。ひとまず時間は稼げるかと」
よし、乗ってきた。
喋りながら考える。
時間を稼ぐということは、逃げるつもりという本音が漏れたと判断していいだろうか。
「脱出口があっても、俺から逃げきれるとは思えないな」
人型の異形は、ゆっくりと歩み寄ってくる。
あの時と同じだ。
雑多な方のスピリットたちも、それに合わせるように迫って来ている。
①スピリットを排除して、しかる後にミラークを捕縛。
理想だが、なかなかに難しい。
②ミラークの脚を撃ち、次にスピリットを排除。その後にあらためてミラークを捕縛。
まあ、できそうな気がする。
③ミラークを射殺して、スピリットは――。
そのとき、人型が突如として加速。
これも、あの時と同じだ。
他のスピリットも同時に動き出す。
残念ながら時間切れだ。
「ミラーク」
俺は名前を呼んだ。
呼ぶと、相手は反射でこっちを見る。
それが人間の自然な反応だ。
ミラークが半分だけ振り返る。
その瞬間、俺は短杭を構築して叩き込む。
狙いは脚。
殺さない位置。
ミラークの体が、ぐらりと傾く。
だが倒れない。
倒れないように、壁に手をついて踏ん張る。
浅い。服が邪魔したか。
見た目はただの服だが、実際には高級な防御処理が施されているのだろう。
鎧のように頑強とはいかないが、ここでは役に立ったようだ。
まあいい。
人型スピリットが来る。
速い。だが、こいつの速さは知っている。
対処できる程度の速さだということも。
単調な斬撃を躱し、棘のない肘関節に触れる。
解析。
こういう複雑な代物を解析するにはそれなりの時間――少なくとも数十秒はかかる。
が、今回はただの確認作業。
以前に戦ったそれと、なんら変わらない術式であることを確認。
術式を削る。
それだけ。
術式の骨格が、塗り潰される。
黒い人型が、いきなり形を失った。
棘が落ち、革帯がほどけ、黒煙が空気に溶ける。
まるで、最初からそこにいなかったように。
「……やっぱり同じだな」
いや、勝ち誇るのは早計か。
二体目、三体目。
球が転がる。
炎が浮く。
獣っぽい影が床を這う。
問題はむしろ、こちらかもしれない。
初見の雑多。きっと個々は強くないが。
炎の塊が、弾けるようにこちらへ飛ぶ。
避ける。
避けた先に、球体が転がり込んでくる。
獣っぽいのは、近付く前にマシンガンで処理。
簡単に貫通。
霧散。
やはり強くはない。
むしろ、弱い。
球体が突如、飛び跳ねてくる。
避けられる。
避けられるが、あえて掴む。
解析。
これは――。
指先から流れ込んできた情報に、俺は言葉を失った。
球体の中身は、思った以上に単純だった。
複雑な骨格も、巧妙な循環もない。
術式のコードは、情報量で言えば人型の一割にも満たない。
いや、それ以上に、術式の構造そのものが極めて単純。
術式をばらす。
球体が崩れる。
人型と同じように、それよりも少量の粒子となって消える。
そこで、ほんの少しだけ思考が引っかかった。
解析によって構造が把握できた。
戦闘機の完成品を見ても、その製造法までは分からない。
だが、割り箸鉄砲なら、話は別だ。
こいつは――。
いや。
今は後だ。
勝ち誇って見せる。
どや顔。
ミラークが、息を飲む音がした。
理解したのだろう。自分が張った罠が、罠として成立していないことを。
「面白い見世物だった。感謝するよ」
嘘じゃない。
皮肉でもない。
今日、ここに来た甲斐があった。
心から、そう思った。