勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

62 / 64
第57話 残された時間

研究所は失われた。

そう判断するのに、長い時間は必要なかった。

館に足を踏み入れる前には、半ば覚悟していた。

 

火は、まだ、それほど回っていない。

石造りの壁はもちろん、資料の多くは残るだろう。

 

あそこはもう研究所ではない。

証拠品の置き場だ。

 

私は廊下を歩きながら、抱えた箱を見下ろした。

模造テロス。

真鍮に似た外殻。

内部で揺れる淡い光。

まだ未完成だ。

 

対話の精度も、照合の深度も、祈念増幅の安定性も不充分。

神の座に据えるには粗い。

 

そもそも、神などではない。

これはただのスピリットに過ぎない。

だが、神であらねばならない。

 

これを回収できた。

それだけで、今日の損害は致命傷ではなくなる。

背後から煙が流れてくる。熱は弱い。

 

セトは火を消すだろう。あの男は、必要があればそうする。

おぞましいものを見て、感情で全てを焼き払うほど若くはない。

いや、年齢だけで言えば充分に若い。

だが、判断が若くない。

 

ミラークは惜しかった。

スピリット研究に関しては、代えのきかない部分もあった。

構成理論への理解も深い。研究者としては、実に良い目をしていた。

 

だが、目的を共有できる者ではなかった。

あれにとって、研究以外は些事に過ぎない。

だからこそ優秀で、だからこそ危うい。

万が一にもセトや王太子に渡すわけにはいかなかった。

 

今日でなくとも。

セトが来なくとも。

処置は必要だった。

 

テロスの模倣については完成の目途は立っている。

あとは、私の技術の問題だけだ。

ミラークの理論はいらない。

そう考えても、惜しいものは惜しい。

 

私は隠し扉を抜け、ミラークの私室へ戻った。

寝台。机。整えられた棚。

ここも捨てる。

 

模造テロス。

テロス関連の記録。

持ち出すべきものは持ち出した。

それ以外は残した。

 

テクネーの試作品。

失敗作のガラクタ。

素材となった者の適合率表。

 

王太子に差し出されれば、ケルテスは終わる。

処刑は免れない。

 

王党派に紛れ込ませた駒としては、なかなかに便利な家ではあった。

宮廷貴族に対する影響力は低下し、情報能力も低下するだろう。

だが、それだけだ。

 

館の外に出る。

もう、剣戟の音は聞こえてこない。

 

一本道を過ぎ村へ出ると、足音が近付いてきた。

三人。今日連れてきた交代の兵たちだ。

 

遺跡を襲撃して失った。

神兵の襲撃で失った。

今日も失った。

秘密を守れる私兵は、もう多くない。

 

傭兵でも雇えば数は揃う。

だが、数だけでは意味がない。

 

聖職者の誘拐。

テクネーの輸送。

古代遺物の隠匿。

 

そういう仕事に、誰でも使えるわけではない。

補充は容易ではない。

 

そして、本来なら、交代と確認のためだけに館へ寄るはずだった。

ここに今日、私が来たのは偶然だ。

 

僥倖。そう呼んでいい。

おかげで研究室の全てを失うことは避けられた。

 

「カイルス様」

 

先頭の男が膝をつこうとした。

私は手で制した。

 

「館は捨てる」

 

男たちの顔が揺れた。当然だ。

 

彼らは、まだ何が起きたのかを理解していない。

村で賊と戦い、館から煙が上がり、館へ向かった私が戻ってきた。

それだけだ。

 

「回収するものは済ませた。残りは焼けても構わない」

 

「館にいた者たちは」

 

「死んだ」

 

男は息を詰まらせた。

しかし、それ以上は聞かなかった。

よい判断だ。

 

「賊は」

 

「押し返し、散らしました。ただ、まだ近くでこちらをうかがっています。ただの賊ではありませんね」

 

賊らしき死体は三つしかない。

こちらの兵は誰も死んでいないようだ。

賊にしては、死なない戦いに長けた者たちによる足止め。

あるいは、こちらがそういう戦いをしたのか。

 

「それと、館への道を通ろうとすると、魔法を撃ってくる奴がいます。脇の森に隠れながら。迂回して包囲すれば仕留められると思います」

 

一人で館へ向かった私を追ってきたと思ったら、館へ火球を撃ち込んでどこかへ消えた魔術師だろう。

 

館へ向かう者のみを足止めする。

館から村へ戻る私には、全く手出しをしてこなかった。

正しい判断だ。

 

「捨て置け。撤退する」

 

「よろしいのですか」

 

「よい。まもなく王太子の兵が来る」

 

男たちの表情が変わった。

 

驚き。

緊張。

理解。

 

「我々はここにいなかった。ケルテスの私兵が、賊と争った。それだけだ」

 

「は」

 

男たちが動き出す。

 

村には火がかけられている。

館にも煙がある。

王都郊外でここまで派手にやれば、隠しようがない。

 

王太子。

やはり侮れない。この時期に動いた。

いや、この時期だからこそ動いたのだろう。

 

動員準備。

私兵の演習。

王都周辺の警戒。

 

その名目の中に、セトを組み込んだ。

誘拐事件の尻尾を掴み、王女のサモンドを使う。

私は幸運に助けられた。

 

ふと、思う。

この村を襲う策を立てたのは誰だろうか。

 

王太子。

ありえなくはない。

わざわざ自国領の民を苦しめるような真似をせずとも、他の方法を彼は採れる。

しかし、それが効率的ならば、採用するかもしれない。

そういった立案が得意な参謀も抱えていることだろう。

 

王女。

ありえない。

おそらく、この策謀にあまり深く関わってすらいないだろう。

 

セト。

一番、しっくりくる。

 

彼がここで神兵と戦った際、当然ながらミラークはその身元に気づいていた。

なので、私にも報告は入っている。

 

その際、セトは修道騎士による虐殺に憤っているように見えたそうだ。

そんな男が、自分が村を襲う側に回るのか。

あれは、必要なら、やる。

そんな気がする

 

見たところ、大勢の村人が殺されたということもなさそうではある。

それでも、平然と加害者側になってしまえる人間性。

それは、守護者に相応しいのか。

だからこそ、守護者が務まるのか。

 

いや、いまの問題は、半年後だ。

 

半年。

戦争になるとは限らない。

戦争になっても、大きな敗戦があるとは限らない。

敗戦があっても、王国が揺らぐほどの混乱になるとは限らない。

 

いずれも可能性は低い。

 

それらが現実のものとなっても、他の条件が揃わないかもしれない。

それらが起こらなくても、条件が整ってしまうこともある。

 

いずれにせよ、大きく事が動くのであれば、備えねばならない。

これまで、そうしてきた。

これからも、そうしていく。

 

私は抱えた箱に視線を落とした。

 

人間の組織が腐らせるものを、腐らせずに留めるための器。

そう言えば、聞こえはいい。

 

セトなら笑うだろう。

都合のいい神様じゃないか、と。

 

おそらく正しい。

だから、あの男には全てを言わなかった。

 

言えなかった、のではない。

言わなかった。

 

セトに与えた情報の取捨は、あれで正しかったか。

私は歩きながら、自問する。

 

セトに望む二つの役目。

そこまでは渡していない。

まだ。

 

セトは危険だった。

想定以上に。

 

あれは、こちらの言葉を単純には信じない。

好都合でもある。

不都合でもある。

 

情報は飲み込む。

だが、こちらの意図は疑う。

 

敵にすれば厄介だ。

味方にしても厄介だろう。

 

守護者に向くかは分からない。

いや、向かないのかもしれない。

 

王女を愛していない。

敬ってもいない。

信じてもいない。

 

それでも、接続は強くなっている。

魔力出力は上がった。

供給も安定しているはずだ。

ならば、絆という言葉は現象として間違ってはいない。

 

村から出ると、煙の匂いが薄くなる。

草と木と土の匂いが濃くなる。

 

王太子の兵は、まだ来ない。

だが、いずれ来る。

その前に消える。

 

先に馬へ走った兵が、手綱を持って待っていた。

 

「ケルテス伯へは」

 

「伝える必要はない」

 

「は」

 

「彼は、自分の館で起きたことの責任を取る」

 

兵は返事をしなかった。

賢い。

 

ケルテスは切る。

最初から、その程度の駒だった。

王太子がどう料理するかは分からない。

 

全体がどう転ぶかも、まだ分からない。

不確定要素が多すぎる。

だが、計画そのものに支障はない。

器は残った。

 

半年後。

 

万が一が重なるなら。

そのときに動く準備は、まだできる。

 

私は馬に乗った。

箱を片腕で抱えたまま、手綱を取る。

 

振り返らない。

振り返れば、失ったものを数えたくなる。

 

ミラーク。

研究所。

私兵。

時間。

隠蔽。

数えれば、きりがない。

 

だから、残ったものを数える。

 

テロスの模造品。

研究資料。

半年。

そして、セト。

 

まだ失敗ではない。

そう言い聞かせる必要がある時点で、良い兆候ではなかった。

 

それでも、私は前を向いた。

馬腹を軽く蹴る。

 

道は続いている。

 

半年。

 

願わくば、そのときには動ける条件が整って欲しい。

あと何年、続けられるのかも分からないのだから。

 

まだ何も終わっていない。

 

終わる前に、もう一度、始めるのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。