『小悪魔ツキナ、ライブツアー開幕!』
そのネット記事を見てツキナ、いや月奈はにまぁっと笑った。いよいよ明後日から、主要都市のライブハウスでツアーが始まるのだ。
時刻は23時54分、彼女は自宅で1人ダラダラと過ごしていた。アイドル状態のキュルンとした雰囲気はなく、ツインテールを解いてふかふかのベッドに寝そべり、ひたすらネットを眺めている。服装も完全な部屋着だ。今日のぶんの仕事を終え、リラックスした状態で寝る前にスマホをひたすら眺める…そんな至福の時だ。彼女にとっては唯一、中の人月奈として過ごせる時間だった。
「はぁ…」
半開きの目のままため息をつく月奈。明日は朝早くからリハーサルを行い、本番に備えるのだ。その後はローカル番組でインタビューを受けて、ダンス練習へ移る。いつも通りの忙しい日々だ。
月奈はベッドに溶けてしまいそうなほどぺたーっと倒れ込んでスマホを置いた。何も知らない社員さんはこの仕事を私にとっての天職だ、とか言ってる。ならどうしてこんなに疲れるんだろ。好きなことやってるはずなのに。
次の日の朝。
ドンッという重い音で月奈は目を覚ました。
「起きろ!!時間がない!」
「んぅ〜…火宮さん…はっ!起きてます!起きてました!」
たった今目を覚ました月奈は反射的に答えた。すぐに時計に目をやると、リハーサルの開始予定時刻であった7時まであと10分しかない。
「うわぁぁああ!」
月奈は慌てて飛び起きる。朝食は抜く、衣装は会場に着いてから…!わざわざ大ホールを貸してもらうことになってるのに、遅れたらどう考えてもやばい!
月奈は3分後に私服のまま鞄に衣装をぶち込んで家の扉を開けた。火宮は呆気に取られたような呆れたような顔でメガネ越しにこちらを見下ろしてくる。おわた…。
「…話は後。下の車にさっさと乗れ」
火宮はいつも通りの落ち着きで月奈の鞄を奪うようにして持った。
「うっわまたライブ衣装をこんなガサツに…」
火宮が車の助手席に鞄を置きながら呟く声がした。月奈は無言で後部座席に乗り込み、スマホを確認する。ホールの管理人からの連絡などは幸いなことにまだない。車のエンジンがかかる音がして、すぐにその軽い衝撃が伝わってきた。車は月奈の住むアパートを離れて、ホールへ向かって進み出した。
「遅れてすみません〜!!」
月奈はホールへ着いた瞬間声を上げた。
「おいバカ!お前は一応アイドルなんだぞ!?声で気づかれたりしたらどうすんだよ」
火宮が月奈の声を遮った。
「別にいいんじゃ?ああ、ツキナちゃんが練習してるんだなぁ。熱心だなぁ尊敬しちゃう!ってなるだけだよ!」
「自分の姿を鏡で見てから言え」
月奈は窓に反射する自分を見て途端に黙り込んだ。ツキナちゃんだったら絶対着ないようなゴリゴリの部屋着である。
「アイドルはファンにとっての理想像があるんだよ…それを壊されるとファンはショックなんだ」
火宮が月奈に言う。車はホール裏口の駐車場に侵入していく。月奈は首を傾げた。
「もしそれがほんとの姿だとしても?」
「…そういう仕事なんだ。お前はツキナちゃんとして人を笑顔にする生き方を選んだんだろ?さぁ着いたぞ」
火宮が車のエンジンを切り、月奈に鞄を渡した。月奈は横から自分のマネージャーの強面な男の腕時計を覗き込んだ。針は7時3分を指している。
「3分で済んだ」
「バカ」
走り出す火宮と、それを追いかける月奈。2人はドームの裏口へと駆け込んでいった。