「申し訳ございません!」
月奈は裏口に飛び込むと頭を下げた。横ではすでに火宮が頭を下げていた。目の前には何とも言えない顔で2人の後頭部を見下ろす管理人の姿があった。
「ちょうど今連絡を入れようかと思っていたところです」
管理人が心配しているような声色で言った。
「私が運転中に道を間違えてしまいました、本当にごめんなさい」
月奈が口を開く前に火宮が言った。月奈はチラリとマネージャーの方を見る。
「そうですか…リハーサル時間が短くなってしまいますが、大丈夫ですか…?」
「もちろんです…!使わせてくれるんですか…」
月奈がまた無神経な発言をする。火宮は止めようとしたが、管理人は少し微笑んだ。
「ええ。私も1ファンとしてツキナさんの公演を成功させたい気持ちがありますしね」
少し上体を起こして管理人の顔を見る月奈。カメラ目線は得意だが、直接至近距離で顔を合わせることは苦手だ。しかしそんなことを言っている時間ではない。アイドルはファンにとっての理想像があるんだよ…それを壊されるとファンはショックなんだ。という先程の火宮の言葉が脳裏によぎった。
「ありがとうございます!がんばりますね!」
管理人に月奈がツキナのテンションで答えた。管理人は月奈に微笑みかけて奥の部屋へ消えて行った。
(やっぱみんな『ツキナ』がいいんだね…!)
部屋着を脱ぎ捨てて衣装に着替えながら月奈は思った。皆が「ツキナ」と呼ぶあの演じ方、みんなそれを望んでるんだね!
髪をツインテールに縛り、ニコッと鏡に向かってツキナスマイルをしてみる。
「…わざとらしぃ」
ツキナは苦笑いして更衣室を出た。これでみんなが喜ぶなら、いくらでもやれるよ!
同日、正午。
リョウタはイヤホンでツキナの音楽を味わっていた。現在は昼休み、クラスメイトはゲームをしたり会話で盛り上がったりしている。そんな中彼は1人自分の席に座って、大好きな推しのライブ映像を横画面のスマホで鑑賞していた。明らかに浮いている。
「リョウタぁー?また音楽?」
友人の金井が前の席からこちらを見ている。
「安定のツキナ」
リョウタは一言で返し、再び幸せなスマホの中の世界へ入り込もうとした。
「好きだねぇ。明日ライブあるんよね?チケットは当たったんか」
金井が聞いてきた。意地でも会話を続けるつもりなのか。おせっかいな。
「うん。案外当たるよ」
イヤホンの片耳を外しながら答えるリョウタ。金井はいつも通りに着崩した制服姿でリョウタの机に肘をついている。髪の先の方だけ金髪っぽくなっている。多分最近染めるのをやめたからだろう。
(学校でピアスすんな…)
金井の左耳を見て思わず心の中で突っ込むリョウタ。
「俺もいつか行きたいなぁ」
「あー…来る?うちの親が急な仕事で行けなくなって一枚余りある」
リョウタは何気なく言う。
「え?まじで!?」
金井の目が一瞬で無気力モードから一転してキラッと光った。
「本人確認とか大丈夫なんそれ」
「小規模だから割とガバい。“STARS”とかだったらクッソ厳しいと思うけど」
人気アイドルグループの名を出すリョウタに、納得した様子で頷く金井。そしてアイドル並みのニッコニコ顔でスマホを見始めた。
(いよいよ明日か…)
心の中でリョウタは呟く。Listenでのライブは初らしい。全てがうまくいく保証はない。しかしそんなことよりも、彼の頭の中は期待感でいっぱいだった。