「今回のピックアップニュースでは、今人気のアイドルの方にお越しいただいています!」
地方局のアナウンサーがハキハキとした声で言った。時刻は13時25分、ツキナはすっかりいつものアイドルモードでテレビ出演に控えていた。オレンジ色の照明に照らされたスタジオには、白い鉢に入った観葉植物や、白い椅子が置かれている。出番まではもう少しの時間があるらしく、ツキナの過去の映像を繋ぎ合わせて編集したVTRが流れているようだ。
ツキナはガッチガチに固まって椅子に座っている。まるで人形のように微動だにせず、目の前のカメラに硬すぎる表情を向けていた。
『そのキュートな笑顔とダンススキルが見どころです!』
VTRに挿入された声がツキナのアピールポイントを説明している。そのキュートな笑顔は今や完全に固まって消滅してしまっている。
どうしよう。上手くいかなかったら。なんかやらかしたらどうしよう。なんて言うんだっけ、用意したセリフ全部飛んだ…。
ぽん、と肩に手が置かれた。安心感のある空気、顔を上げるとそれは見慣れたマネージャーだった。
「火宮さん…」
「硬すぎる。せっかくの可愛さが伝わんないぞ」
火宮がツキナの頬を指でこねくり回すようにぐりぐりし始めた。
「ちょっと!私パン生地じゃないって!」
「表情が緩んだな。それでいいんだよ」
火宮が手を離しながら言った。ツキナはぽけーっと火宮を見上げる。
「緊張しすぎる必要はないぞ。心配しなくてもこういうのは心配しすぎる方がかえって良くないことになる」
「でもセリフ全部忘れちゃった…」
「アドリブってわかるな?ある程度の宣伝文句さえ添えれば、あとは言いたいことを言えばいい」
火宮はツキナの頭にポンと触れてバックヤードへ入っていった。
「カメラ切り替わりまーす」
ツキナの前に置かれたカメラの横に立っているカメラマンが言った。いよいよ出番が来る。
「3,2,…」
カチリという音が聞こえた。カメラが起動したようだ。ツキナは深く息を吐き、極限まで頭の中を空にした。雑念を全て追い払うイメージで目を開けた。
『どうも〜!小悪魔アイドルのツキナです!』
リョウタはその様子をスマホで見ていた。金井も一緒だ。
「あぁ可愛い」
「確かにめっちゃ可愛いな」
画面の中のリアルタイムのツキナはにっこりと笑って手を振った。いかにもカメラ慣れしたアイドルという雰囲気を感じる。
「全然緊張してないんだなぁ」
金井がつぶやいた。
「いっぱい練習したので、ぜひ見にきて欲しいです!」
ツキナはニコニコしながら言った。それは誠心誠意、心の底から今この瞬間に出た本心だった。不思議と言葉が自然と口をついて出てくる。
「新曲のお披露目もあったり…?楽しみにしていてくださいね!小悪魔アイドルツキナ、主要都市ライブツアー、明日からスタートです!」
ツキナが手を振る。その瞬間、カメラがパチっと音を立てた。
「はいオッケーです!」
カメラマンの声がスタジオに響いた。ツキナは笑顔の名残を浮かべたまま深く息を吐いた。
「どうでしたぁ…?」
思わずその場でカメラマンに聞いていた。カメラマンは少し不意を突かれたような表情を浮かべたが、すぐに微笑みに変わった。
「感情とか魅力とか、伝わったと思いますよ」
ツキナはそれを聞いて心からの笑顔を浮かべた。
「良かったぞ」
出演が終わったあと、バックヤードで火宮がツキナにペットボトルに入った水を渡しながら言った。深く落ち着いたトーンだ。
「なんか…言葉が自然と出てきましたぁ…用意してたセリフと全然違ったけど…」
「違ってもいいに決まってる。視聴者は用意してたセリフなんて知らないんだからな。言葉が自然に出るのも当然っちゃ当然だぞ?お前のライブへの情熱は本物だろ?」
「うん…」
火宮はツキナの目をまっすぐに見つめる。
「人は好きなことについてはたくさん話せるものなんだよ。お前は大勢の人に推され、お前は音楽そのものを推しているんじゃないか?」
ツキナは光り輝くような笑顔で火宮を見た。確かにそうなのかもしれない。私から音楽を取ったら何も残らない…いやまあ可愛いさは残るけど。私の生き甲斐は音楽なんだ…!
「明日のライブ、誰よりも成功を祈ってるぞ」
火宮がツキナの頭を優しく撫でながら言った。