五線譜と密造酒 ――1920年のアメリカ世界で、百年先の音楽を弾く 作:生サーモン
四月に入ると、二十八番街の敷石の隙間から、砂粒より少し大きな塵が舞い上がるようになった。冬の間は凍って地面にへばりついていたものが、風にほどけたのだ。石炭の煤の匂いが薄れ、代わりに乾いた埃が舌の奥に残る。春だと言い張るには、この街は少しばかり無愛想だった。
レオは窓を開けて、埃を含んだ空気を吸った。喉が乾いた。閉めて、ピアノに戻った。
机の上には、清書中の楽譜が広げられている。五曲目。タイトルは決めていた。『April Moon』。
(三曲目は、隣街の小さな出版社に一五ドルで抜けた。四曲目はブレナンに突き返された。今日のはブレナンに持ち込む)
三曲目の一五ドルは、家賃一ヶ月分にちょうど届く額だった。届くだけで、機械の潤滑油にはならない。四曲目の突き返しは、指の腹に、ブレナンの葉巻の煙の記憶を残した。前回、五段目が軋む階段を降りたあの日から、二ヶ月が経っていた。
(四曲目は、俺がブレナンの読みを警戒しすぎた。安全に書けば買われると踏んで、少しだけ揺らす場所を残さなかった。あの男は、揺らぐ場所の匂いを、犬みたいに嗅ぐ)
五曲目は、勝負曲だった。
AABAの三十二小節。Bセクションの二小節目で、サブドミナント・マイナー——一瞬だけ空気が薄くなる、少し曇った和音——を差し込んだ。着地は元の調に戻す。不協和音ではない。むしろ、甘い。歌手がフレーズの尾を伸ばしたときに、その一拍だけ、聴き手の胸の底が、ふっと落ちる。踊りながらでも聴ける「美しい逸脱」を狙った。
(この時代の連中は、テンションを乗せた和声を「洒落たもの」として消費しはじめている。だが「切なく響く逸脱」は、まだあまり見ていない。少しだけ先を行く。二歩は行かない)
清書を終えた紙を、鞄の底に押し込んだ。楽譜が反り返らないように、厚紙で挟んだ。父の遺したコートの襟を立てて、階段を降りた。二段目の板が、行きに踏むといつも軋む。
通りに出ると、風はまだ冷たかった。だが顔を打つ乾き方は、二月のそれとは違っていた。
■
ブレナン・ミュージック・パブリッシング。
五段目の踏板が、また少し大きく軋んだ。受付の若い女は、レオを一瞥して、名前を聞かず顎で奥を示した。前と同じ動きだった。ただし今日は、その顎の角度が、扉の方に少しだけ深く傾いていた。歩幅で数えて、半歩分。
(受付の顎の傾きが半歩深い日は、社長の機嫌が悪くない日だ)
扉を押した。葉巻とインクの匂い。ブレナンは机の向こうで新聞を広げていた。ウォール街の株価欄だった。禿げ上がった頭の両脇の白い巻毛が、以前見た時よりわずかに刈り上げてある。
「モレッティか。持ってきたのか」
「一曲、あります」
「弾け」
部屋の隅のアップライトの前に座った。ペダルの戻りは前と同じくらい遅い。それは変わっていなかった。
弾き始めた。
Aセクションの穏やかな旋律。Bセクションの二小節目で、右手が半音上へ寄る。ブレナンの葉巻の煙が、その一拍——揺れずに止まった。前と同じ止まり方だった。だが今度は、止まっている時間が、前より一拍だけ長かった。着地でCに戻ると、煙は元の流れに戻った。
弾き終わって、ペダルから足を離した。
ブレナンは新聞を畳んで、机の縁に置いた。声を出す前に、椅子の背が一度、軋んだ。
「モレッティ」
「はい」
「お前、どこで習った」
「独学です。ピアノと楽譜と、耳で」
(嘘ではない。前世で音大に一年半通い、辞めた後は自分で楽譜と耳を積んだ。それを一九二〇年のこの部屋の言葉に翻訳しただけだ)
「独学か。イタリア人は耳がいいと言うな。親父さんも、仕立て屋にしては器用にピアノを弾いたと聞いた。死んだそうだな」
「一年前に」
「そうか」
ブレナンが立ち上がった。窓辺に歩き、通りを見下ろす角度に、癖があった。前のモレッティの記憶の中で、この男の背中は、何百人の作曲家をこの窓の高さから計ってきた背中だった。
窓の外を見たまま、ブレナンが言った。
「Bセクションの和声が、なんと言うか、引っかかる。いい意味で。ソング・プラガーに弾かせたら、客の足が止まるだろう」
(来た)
「買おう」
「おいくらですか」
「25ドル」
部屋の中の空気が、また止まった。今度は、葉巻の煙ではなく、レオの喉の奥で止まった。
前回と同じ額だった。前回は「悪くない」だった。今回は「引っかかる、いい意味で」だった。単語が上がって、値段は動かない。単語の位置と値段の位置が、別々の目盛りで管理されていることを、指の温度でだけ確かめた。
顔には出さなかった。
「ブレナンさん」
「なんだ」
「前より、良い曲だと言っていただけましたね」
「言った」
「でも、値段は同じですか」
ブレナンが振り返った。小さな目の光が、こちらの財布の中身まで、また一度、なぞり直す角度に動いた。
「モレッティ。お前はいくつだ」
「22です」
「22のイタリア人の小僧が書いた曲の値段は、25ドルだ。いい曲だろうが悪い曲だろうが、お前の名前で楽譜が売れるわけじゃない。客はメロディを買うんじゃない。ブレナン・ミュージックの名前を買うんだ。流通は俺が持ってる。販売網は俺が持ってる。お前が持ってるのはピアノと鉛筆だけだ。25ドルだ。嫌なら他を当たれ」
言い終わって、ブレナンが葉巻を灰皿の縁に置いた。三秒、沈黙が続いた。
「分かりました」
契約書は前と同じ、便箋一枚の手書きだった。買い切り。『April Moon』の権利の全てが、ブレナン・ミュージック・パブリッシングに移る。永久に。署名欄は今日もレオ側だけに用意されていた。
万年筆を借りて、名を英字で書いた。前のモレッティの筆跡と、今日もなめらかに繋がった。二十ドル札一枚、五ドル札一枚を受け取った。紙は少し湿っていた。前と同じ湿り方だった。
「また持ってこい」ブレナンが新しい葉巻に火をつけた。「お前は書ける奴だ。月に二曲持ってくれば五十ドルだ。悪くない副収入だろう」
(副収入。俺の百年分の知識が、この男の帳簿では副収入の欄に載る)
「ありがとうございます」
頭を下げた。礼儀正しい、イタリア系の青年として。
扉の外で、廊下の突き当たりの窓に、四月の光が斜めに差していた。埃が光の筋の中を、前回と同じ速さで回っていた。階段を降りるとき、五段目が今日も軋んだ。行きに聞いた時より、また少しだけ、大きな音だった。
■
通りに出ると、風が変わっていた。北から吹いていたのが、河のほうから吹いてきていた。ハドソン河の水の匂いが、街の埃の底に、細く混じった。
ポケットの二十五ドル。前回と同じ紙の湿り方。
角のカフェの窓辺に、また、あの一行の貼り紙があった。「イタリア人お断り」。刷りたてではなかった。少し端が丸まっていた。丸まっている分だけ、この街に根が張った。
(ヒットしても、俺には一セントも入らない。楽譜が一千部売れれば、ブレナンの懐に五百ドル。俺の指に残るのは、この二十五ドル。……分かっている。分かっているが、指はもう一度、この紙の縁を確かめている)
新聞売りから夕刊を買った。二セント。買う姿勢の腰の落とし方に、前のモレッティの癖が今日も残っていた。
■
五月に入って、新聞の一面が変わった。
「ニコラ・サッコ、バルトロメオ・ヴァンゼッティ、マサチューセッツ州で逮捕。靴工場強盗殺人の容疑」
一月に指名手配の記事で見た二つの名前が、逮捕の見出しで、また並んだ。レオはその日、安食堂の隅で新聞を読んでいた。周囲の客の会話が、レオの耳に入り、入りきる前に、レオの背中に別の重さで戻ってきた。
「また wop か」
「イタリア人はアナーキストだからな」
「サッコ? ヴァンゼッティ? 名前からしてマフィアだろう」
三つの声の主は、それぞれ別の席にいた。だが、視線は同じ方向に集まった。レオの座っているテーブルの、レオの顔の方に。見つめる時間は短く、逸らす時間は少し長かった。逸らす方が長い視線は、見つめていたことを、あとから証明する。
レオは新聞を折り畳んだ。銀貨をテーブルに置いて、席を立った。コーヒーは半分残していた。飲み干したら、ここの椅子に、今日の続きが座り込む気がした。
(前世でこの二人の事件を、教科書の脚注で読んだ。「差別があった」。たった五文字だった。生きて読むと、五文字ではない。安食堂の椅子と、逸らされる視線の秒数と、飲み残したコーヒーの温度の合計だ。教科書は、そのどれも書かない)
通りに出ると、煙草屋の店主が新聞を読みながら首を振っていた。
「イタリア人は国に帰りゃいいのに」
声の主に、こちらから会釈はしなかった。歩調を変えなかったのは、意地ではなく、変えたら喉の底の何かが崩れそうだったからだ。
帰る国はない。この身体は、この街で生まれた。それでも、この街で「イタリア人」だ。
アパートに戻って、ピアノに向かった。六曲目を書いた。怒りを込めなかった。込める練習を、今日はしないことにした。込めた曲を、この男に、二十五ドルで買われたくなかった。
■
六月から八月にかけて、レオは曲を書き続けた。
六曲目は、ブレナンに二十五ドルで売れた。七曲目は別の小さな出版社に二十ドルで売れた。八曲目はどこにも売れず、引き出しの中で眠っている。月の売上は三十ドルから五十ドルの間を、上下に揺れながら這った。食えはする。蓄えは、ほとんど増えない。
(曲を書いて売るだけでは、いつまでもブレナンの下請けだ。版権を手放し続ける限り、俺の資産は蓄積しない。曲はブレナンの金庫に入り、俺の手元に残るのは二十五ドルの紙幣だけ。積み上がるのは、紙幣ではなく、ブレナンの葉巻の煙の記憶ばかりだ)
打開の道は、頭の中では、二本、既に引かれていた。
一本は、演奏の口を安定させて、日銭を固めること。
もう一本は、自分の出版社を、いつか、持つこと。
(出版社に必要なのは、金と、初期の食い扶持だ。金は最低で二百ドルから三百ドル。今の俺には遠い。初期の食い扶持は——ヒット狙いの博打では担げない。無声映画向けのBGMカタログの卸しなら、需要が読める。全国の映画館の伴奏ピアニストが、常に楽譜を欲しがっている。「悲しい場面」「追跡シーン」「ロマンス」。売れるかどうかを気にせずに、確実に注文の取れる棚だ。屋台骨は、この棚に担がせる)
紙の隅に鉛筆で線を引いた。「一本足打法は素人のやること」。一月の夜に自分で書いた文字を、まだ捨てないでいた。
■
九月十六日、正午過ぎ。
ウォール街とブロード・ストリートの交差点で、荷馬車に積まれた爆弾が破裂した。J.P.モルガンの本社ビルの正面。死者三十八名、負傷者百四十三名。犯人は特定されなかった。捜査当局が最初に口にした一言は、「イタリア系の過激派」だった。
夕方の号外を、レオはアパートで読んだ。見出しの活字だけが、他の記事より一回り太かった。
(サッコとヴァンゼッティが捕まってから、まだ四ヶ月。授業でうっすら読んだ記憶がある。ガレアニ派と呼ばれた一団の絡みだと言われた。年も、月も、正確には覚えていない。事件そのものは、犯人が確定しないまま風化していったはずだ。ただし、「イタリア人は危ない」という一行だけは、風化せずに残る。教科書の外の、街角の視線と、店の張り紙と、道端でわざと広げられる歩幅の中に、確実に残る)
翌朝、通りに出ると、空気が別の重さに変わっていた。
パン屋の店主が、イタリア語を話す客を、以前より少しだけ長く見つめた。路上で新聞を売る少年が、「テロリスト!」と叫んで、通りがかりの背広の男を指差した。指を差された男は、笑って肩をすくめようとして、途中で顔の筋を戻した。
リトル・イタリーのカフェは、店先に急ぎで英語の看板を掲げた。「WE ARE AMERICANS」。書き手の筆が急いだせいで、Rの縦棒が、少し左に傾いていた。傾いた分だけ、店主の背中は、こちら側の街に、より深く頭を下げていた。
レオはその看板の前を、歩調を変えずに通り過ぎた。
(壁は迂回できる。あるいは向こう側に回り込める。金があれば。仕組みがあれば。相手に利益をもたらす存在になれば。「あのイタリア人」は「あのビジネスマン」に、少しだけ、変わる。少しだけ、でしかないが。少しだけの積み上げが、この街では最後には効く)
アパートに戻って、九曲目を書いた。怒りをぶつけないと決めた曲を、今日は、怒りを飼い慣らして書いた。偏見を持つ人間の耳に、それでも、五秒だけ止まる旋律。
■
十月の終わり。
二十八番街のブロックを外れて、リトル・イタリーの裏通りに入った。前のモレッティの記憶に、細くて甘い匂いの結びついた、一軒の扉があった。合言葉は覚えていた。
「フランチェスコおじさんからの紹介で」
重い木の扉が開いた。地下へ続く狭い階段を降りると、煙と酒と汗の匂いが層になって鼻を打った。二十テーブルほどの空間。天井は低く、照明は暗い。隅にアップライトのピアノ。今は誰も弾いていなかった。鍵盤の蓋の上に、乾いたグラスの跡が二つ残っていた。
カウンターの向こうに、太った男がいた。四十五歳前後。目尻の皺が、笑うために刻まれた皺と、こらえるために刻まれた皺の両方を持っていた。アンジェロ。元はパスタ屋。禁酒法の施行後に、店の地下を作り直した。
カウンターに歩み寄って、声を落とした。
「ピアニストを探していないか。弾かせてくれないか」
アンジェロが顔を上げた。レオの顔をじっと見て、目を細めた。
「モレッティの息子か。仕立て屋の。弾けるのか」
「弾けます」
「弾いてみろ」
ピアノの前に座った。鍵盤を軽く打ってみて、三つほどの音が死んでいるのを指の感覚で確かめた。左端のFと、中央のB♭、それから右手の高音のD。死んだ音は避ける。
一秒だけ、何を弾くか迷った。
(客はリトル・イタリーの労働者だ。今日の仕事を終えて、違法の酒を飲みに来ている。求めているのは技巧ではない。身体が揺れる音だ)
ラグタイムを弾いた。スコット・ジョプリンのスタイルを借りて、その中に自分の手癖を混ぜた即興。左手のベースを太く、リズムを強めに。三曲続けて弾き終える頃には、カウンターの奥の男が数人、頭を軽く揺らしていた。手拍子は、まだ出ない。頭が揺れれば、手はいずれついてくる。
アンジェロが近づいてきた。カウンターの下から出した布巾で、指の腹を拭きながら。
「悪くない。金曜と土曜の夜、九時から深夜一時まで。一晩五ドルでどうだ」
(一晩五ドル。週二回で月四十ドル。相場としてはやや安い。だが実績がない。ここから始める)
「やらせてください」
握手した。アンジェロの手は太く、油で光っていた。仕立て屋だった父の手とは、種類の違う質感だった。
「一つだけ」アンジェロが声を少しだけ潜めた。「うちに来る客の中に、その筋の人間もいる。見て見ぬ振りをしろ。余計な口を利くな。いいな」
「分かりました」
(その筋。禁酒法の施行が、この街のイタリア系の裏の稼ぎを、一段跳ねさせた。密造と密輸は莫大な金を生む。スピークイージーはその流通の下流の一部だ。関わりたくはない。だが、避けられない。この身体で、この顔で、音楽で食う以上、接点はゼロにできない。最小の接触で、最大の距離を保つ。それが方針だ)
地下の階段を上がって、裏路地に出た。十月の夜風は、鼻の内側を凍らせた。頭上の窓から、遠くに一つ、二つ、消し忘れたガス灯の火が細く灯っていた。
■
金曜と土曜の夜、九時から深夜一時まで。四時間のピアノ演奏が始まった。
最初の数週間で、この仕事の骨組みが見えた。求められるのは、踊れる曲を切れ目なく弾くこと。客のリクエストに即座に応えること。酔った客に絡まれても笑って流すこと。芸術ではなく、サービスと即興だった。
だが、ここは同時に、実験場でもあった。
オリジナルを混ぜると、客の身体が、正直に返事をする。どの旋律で首が揺れ、どの和声で首が傾き、どのリズムで手が鳴るか。ティン・パン・アレーの事務所では、この返事は聞こえない。ここでは、テーブルの木の縁に置かれた掌の温度で聞こえた。
(前世は再生数とコメントだった。数字は嘘をつかないが、身体は嘘のつき方も知らない。二桁の折れ線を毎晩眺めていた頃より、はるかに学びが多い)
十一月の金曜の夜。
いつものように弾いていると、地下への階段を、一人の男が降りてきた。長身で痩せた黒人。三十歳前後。コートの下にくたびれたスーツ。帽子は深く、目元まで影を落としていた。カウンターの端に座って、密造ウイスキーを注文した。
レオがラグタイムを弾く間、その男は身体を揺らさなかった。だが、一曲が終わるたびに、頭が一度だけ、微かに縦に動いた。感想ではなく、確認の頷きだった。
深夜零時を過ぎて、客がまばらになった。男がピアノの横まで歩いてきた。
「お前、独学か」
低い声だった。穏やかだが、底に鉄が入っていた。
「独学です」
「左手のベースはいい。右手のフレーズが、少しだけ窮屈だ。枠に嵌めすぎてる」
(分かる耳だ)
「どういう意味ですか」
「お前の旋律は、楽譜通りに弾く音楽だ。きちんとしてる。だが、音楽は、きちんとしてるだけじゃ、足りない。息をする隙間が要る。譜面の隙間に、風が通る場所が」
男が、ピアノの隣の椅子に腰を下ろした。
「弾いていいか」
「どうぞ」
男が鍵盤に触れた瞬間、空気の粒の大きさが、変わった。
ブルース・スケール。ジャズやブルースの土台になる音階。左手のベースは単純だった。だが右手の指が、鍵盤を「押す」のではなく、鍵盤から音を「引き出して」いた。フレーズの終わりで指を離す瞬間の、その離し方に、この時代のティン・パン・アレーの誰もが持たない一種の重心があった。歌う指。鳴らない場所を鳴らす指。
三十秒で分かった。この男は、本物だ。
(これがジャズか。前世で、パソコンの画面越しに聴いていた「ジャズ」とは、粒の大きさが違う。録音のスピーカーから聴くジャズは、譜面に写し取れる。この男の指から出る音は、譜面の隙間に住んでいる。移動しないと聞こえない)
男が弾き終わった。ペダルを離すのが、ほんの半拍、遅かった。残響を、意図して残す遅らせ方だった。
「お前の名前は」
「レオ。レオナルド・モレッティ」
「クリフトン・ジョンソン。クリフでいい」
握手した。クリフの手は、レオより大きく、指が長かった。ピアニストの手だった。
「お前、曲を書いてるだろう」
「書いてます」
「ティン・パン・アレーに売ってるのか」
「はい」
「もったいないな」
「どういう意味です」
クリフが薄く笑った。目尻ではなく、口の端だけで笑った。
「お前の和声は面白い。だがティン・パン・アレーの型に押し込めてる。あの白人の出版社どもは、売れる型にはまった曲しか買わない。お前の面白い部分は、型からはみ出す部分だ。それを、切り落として売ってるんだろう」
(……図星だ)
「食わなきゃならないので」
「分かるよ」クリフが椅子から立ち上がった。「俺もだ。ハーレムのクラブで弾いてる。白人の客が聴きたい『黒人音楽』を弾かされてる。本当に弾きたいものは、弾かせてもらえない」
クリフが帽子を被り直した。
「お前がティン・パン・アレーの型を捨てたくなったら、ハーレムに来い。125番街の北、レノックス・アベニュー。『エディのところ』と言えば通じる。そこで弾いてる」
「行きます」
クリフが階段を上がっていった。長いコートの裾が、階段の踊り場で、一度だけ、光の輪郭の外に消えた。
レオはピアノの前に残った。クリフの弾いた即興を、頭の中で、もう一度、鍵盤に置き直した。指は動かさず、頭の中でだけ、置いた。
(あの呼吸感。フレーズの隙間に風が通る感覚。理論では書けない。だが理論で分析はできる。クリフの指の重心と、ティン・パン・アレーの三十二小節を、掛け合わせる。二十年代の後半に、ラジオの電波の上で、この掛け算が売れる形になるまで、あと数年)
拳を握った。開いた。開いた指を、鍵盤の上に平らに置き直した。今夜はまだ、種銭を貯める夜だった。
■
十一月の終わり。
スピークイージーの演奏を続けながら、曲を書き、売り、数字を積んだ。冬が近づいてきた。窓のガラスの下の縁に、朝、白い霜の粒が並ぶ日が出はじめた。
テーブルの上に、資産台帳を広げた。
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レオナルド・モレッティ 資産台帳
1920年11月末
【資産】
現金 $107.56
アップライトピアノ $50(推定)
楽譜原稿 $0(在庫2曲)
【負債】
なし(家賃滞納は解消済み)
【月間収入】
楽曲売却 $25-50(不安定)
演奏料 $40(週2回×$5×4週)
合計 $65-90/月
【月間支出】
家賃 $15
食費 $15(冬場は温かい食事が増えた)
交通費 $2
楽譜用紙等 $2
合計 $34/月
【純資産】$157.56(ピアノ含む)
【前月比】+$32.33
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鉛筆を置いた。紙の下の余白に、細い字で書き足した。
(月三十ドルずつ。このペースだと、出版社の初期資金の目安、二百ドルから三百ドルに届くまで、半年以上。遅い。もう一本、加速の梃子が要る。B2Bの棚——BGMカタログの卸しを、来年の春までに、原型だけでも組む。屋台骨は一本足では立たない)
紙の裏側に、更に一行、鉛筆を寝かせて書いた。
※演奏、楽曲売却、BGM卸、この三本で足を組み替える。ラジオが来る二年前までに。
窓の外は、もう暗かった。二十八番街の看板の灯りが、次々に消えていく時間帯だった。代わりに、幾つかの建物の裏口で、白い煙草の火が、二つ、三つ、揺れていた。板を打ち付けたサルーンの裏の路地には、今夜も男が二人立っていた。看板のない店の看板役だった。
■
翌週の月曜。
もう一曲、ブレナンに持ち込んだ。十一曲目。今度は、少しだけブルーノート——ジャズ特有の、少し外れたような哀愁のある音——を混ぜた、甘くて少し悲しいバラード。
弾き終わって、いつもより長い沈黙があった。
「モレッティ」
「はい」
「お前、ハーレムに行ってるな」
(気づかれたか)
「少し。知り合いのジャズマンがいるので」
「ブルーノート。この和声は、ジャズの影響だ。うちの客層は行儀のいい白人の中産階級だ。こんな黒人音楽の要素が混ざった不穏な曲は、連中の家の客間には合わない。分かるな」
(客層がどうこうは建前だ。この男は、俺の値段を下げる口実を、今、また一つ拾いに来た。だが二年後にラジオが来る。ラジオはこの事務所の門番を通らない。電波に乗った音の、作曲者の顔も出自も、聴き手は知らない。音だけで判断する。その日、この理屈の在庫は、崩れる)
「分かりました。気をつけます」
「いい子だ。25ドルだ」
また、二十五ドル。
契約書にサインをした。十一曲目の権利が、ブレナンの手に、また滑り込んだ。
扉を閉めて廊下に出ると、ブレナンが受話器を上げる音が、扉の隙間から漏れてきた。声を潜めているつもりの、潜められていない声だった。
「ああ、モレッティって小僧がいるんだ。イタリア人の。曲は書ける。安いしな。月に一曲は確実に持ってくる。使える奴だよ。……ああ、次はもっと安く買えるかもしれん」
レオは足を止めなかった。廊下を進み、階段の五段目を踏んだ。今日も、軋んだ。
階段を降りきって、通りに出た。
午後の光が、ビルの間の細い切れ目から、斜めに落ちていた。光の帯の中を、埃の粒が、上へも下へも進まずに、その場でだけ、細かく回っていた。
ポケットの中で、二十五ドルの紙の縁を、指の腹で確かめた。前の湿り方と、変わらなかった。
(聞こえたぞ、ブレナン。「次はもっと安く買う」。……部品は、いつか機械を作る側に回る。お前が知らないうちに)
角のカフェの窓辺の貼り紙は、まだ、あの一行のままだった。端の丸まりが、少し深くなっていた。
レオはその前を通り過ぎて、二十八番街のブロックへ戻った。
アパートに戻り、机の上のランプに火を灯した。芯が古くて、赤い炎が、また長く立った。ピアノの前に座った。十二曲目を書く。ブレナンに売らない曲を書く。いつか、自分の看板で出す曲を。その日のために、引き出しの中に、静かに、溜めていく。
鍵盤に指を置いた。左手が四分音符で、Cから循環の型を刻んだ。C、Am、F、G。右手が、その上に旋律の最初の四音を置いた。今日の四音は、一月の夜に書いた四音とは、また少し、違う場所に落ちた。
窓の外で、冬の始まりの風が、二十八番街の看板の下を、乾いた音で、通り過ぎていった。