ヤチヨ「ヤッチョがハッピーエンドに連れてっちゃうよー!」 作:片倉の推しの子Bです
スーパーかぐや姫じゃありません。
一週間限定?上映は終わってしまいましたが、帰ってくるみたいで良かったです。
読んでいただけたらコメントや高評価して頂けると感謝感激雨アラモード!
「やだ⋯行かないで」
目の前でかぐやが月人に連れられ、空へと昇っていく。
「まだしたいこと、やりたいことたくさんあるのに⋯」
必死に手を伸ばす。
現実ではすぐ隣にいるはずなのに、ツクヨミではこんなに遠い。
そして、やがて目の前の光景が現実になることを頭のどこかで理解していた。
『いろは⋯だいすき』
それは、現実か、ツクヨミか、どちらで聞
こえたかはわからない。
ただ、かぐやがいなくなったことだけが、私にとっての事実だった。
・・・
一緒に月人と戦ってくれた兄たちに、気もそぞろになりながらもお礼を言ってツクヨミからログアウトする。
私のすぐ隣にいたはずのかぐやがいた場所には、彼女がいつも勝手に着ていて、いつのまにかかぐやのものになっていた黒のオーバーサイズのTシャツが落ちていた。
まだ温かいそのTシャツに手を触れ、ゆっくりと家の中の記憶にあるかぐやがいた場所を周る。
全て周り終えた後、スマホの通知が鳴った。
『使っちゃった分、返す!ご迷惑かけました』
短いメッセージと共にウォレットに大金が振り込まれた履歴が表示される。
ああ⋯本当にもう、かぐやに会えないんだ。
「⋯駄目だ、そんなの」
その事実に気づいた時、自然と口を開いていた。
最初は自分の声だと思えなかった。
だけど、この家にはもう自分しかいない。
ついさっきまでいた、大切な同居人はもういない。
「こんな結末、絶対に認めない」
今度は意識して口に出していた。
一度口にすれば、止まらなかった。
「こんなの、ハッピーエンドなわけがない」
窓の外から差し込む月の光が目にはいる。
私は窓を開けてベランダに出ると、光の主へと視線を向けた。
「⋯返してよ。私の大切なかぐやを」
睨むだけでは飽き足らず、右手を月へと伸ばす。
それが意味のないことだとはわかっていても、感情は抑えられなかった。
「──ああ、そっか。やっとわかった」
手のなかに収まる丸い月を、ゆっくりと握りしめる。
「私、やりたいことができた」
誰も聞いていない。
誰もいない空に、私は宣言する。
「──本当のハッピーエンド、絶対にかぐやを連れていくから」
かぐやがいなくなって、ぽっかりと空いてしまった穴がドロドロしたもので埋まっていく。
きっと今の私は、笑っているんだろう。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
かぐやが月に帰ってから10年が経った。
私は当初予定していた進学先を理系の大学へと変え、電子工学、仮想世界の専門的な研究に没頭した。
仮想世界ツクヨミ。
かぐやが言っていた。
ツクヨミは月の世界と似ていると。
それをヒントに、ツクヨミを解析し、研究し、発展させた。
10年という歳月はあっという間だった。
ツクヨミ内での五感の実装、仮想世界への魂のサルベージ⋯およそ10年では不可能とされていた様々な技術を私は実現させた。
偉い人からたくさんの感謝と賞を授与された。
それと同じくらい、私の知識と技術を恐れた人達から暗殺や拉致もされかけた。
だけどそんな事は全部些細なことだった。
全ては今日のため。
私の執念の集大成がここにある。
・・・・・・
・・・
「まさか、こっちから乗り込むことになるなんてな」
慣れ親しんだ帝アキラのアバターに入った俺は、目の前の門⋯としか呼べないオブジェクトを見ながらつい胸の内を溢す。
「いやー、帝の妹すっごいね」
「全くだな」
俺の言葉に、同じブラックオニキスのメンバーである雷と乃依が反応する。
その手には俺と同じく、KASSEN用の武器が握られており、いつでも戦える状態だ。
今思えばかぐやちゃんがいなくなってから10年。
チート発覚による没落から、誰一人欠けずに時間をかけて再びライバーとしてトップに君臨した。
ブラックオニキスはあの頃から変わらず、俺たちにとって大切な居場所だ。
「さて、ここまで呼んでおいてなんだが⋯たぶん、こっから先はつまんねえぞ?」
俺は長年の相棒たちに、最後の確認と言わんばかりにわかりきった問いをする。
「⋯リーダーの指示は絶対」
「まっ、いーんじゃない?」
「⋯へっ」
予想通りの答えに、握りこぶしを向けると雷が同じように拳を軽くぶつける。
遅れて呆れたように乃依もまた、拳をぶつけてコツっと音を鳴らした。
・・・・・・
・・・
門が開かれ、足を踏み入れる。
そこは、いろはから事前に聞いていた通り、ツクヨミとよく似た電子の世界。
⋯いや、ツクヨミよりも全体的に色素が薄く、無機質な、言ってしまえば味気ない世界だった。
侵入者に気づいた月人が、これを駆除しようと大量の行灯頭を呼び出す。
それを率いるのは、10年前にも戦った七福神を模した怪物と瞳を閉じたお面をつけた黒衣の月人。
「さて、10年ぶりのリベンジマッチだ」
ゲーマーとして、試合の勝ち負けは日常茶飯時。
一度負けた相手にリベンジするときは、いつだってどうやって勝ってやろうかとワクワクしていた。
だが今は、そんな気持ちは全く湧いてこない。
代わりに、脳裏に浮かんだのは数日前のこと。
『お兄ちゃん⋯お願いや、私を助けて』
久しぶりに顔を見せた妹が口にしたのは、およそ彼の知る限り、絶対に口にしない言葉だった。
父さんが亡くなってから、母さんと似て意地っ張りになった妹。
かわいい友達と知り合って昔みたいに明るくなった妹は、その友達を失ってどこか変わってしまった。
話せば昔のように明るく、他人を気遣う優しさも見せる。
母さんとも折り合いをつけ、職場である研究所でも人間関係のトラブルは聞いたことがない。
だがこの10年、未来を見通すかの如く一切迷わずに自分の道を定め進み続け、様々な技術革新を実現し、あらゆる名声と賛辞を浴びても、彼女は表面上喜んでみせるが、全く嬉しそうに見えなかった。
むしろ、些末なことと言わんばかりに研究に没頭し、人付き合いは悪くなっていった。
そして、連絡が取れなくなって数年、久しぶりに連絡してきた妹の第一声がそれだった。
月に連れていかれたかぐやちゃんを取り戻す。
彼女の目的を聞かされた時、俺は我が妹ながら、その執念を恐ろしく感じた。
「⋯きっと、俺が断れないのも知ってて声かけたんだろうな」
目の前の月人を斬りつつ、つい口から溢れる。
かぐやちゃんを守れなかったこと。
俺が少なからず責任を感じていると確信してなければ、いろはは何年も連絡を絶っていた相手にいきなり助けを乞おうとはしない。
その計算高さを、成長したと呼ぶべきか狡賢くなったと揶揄するべきか⋯。
どっちにしろ、今ここに立っている時点で答えは出ているだろう。
兄は妹のわがままを断れないものだ。
「よし、お姫様を迎えに行こうぜ!」
・・・・・・
・・・
戦いは一方的だった。
前回と同じく物量で押しつぶそうとする月人に対し、ブラックオニキスの振るう武器にはあるウイルスが仕込まれていた。
電子の存在に対し、特効とも呼べる力を持つそのウイルスは、触れる度に感染し、爆発的に増殖していく。
月人はその未知のウイルスに対して、成すすべもなく倒れていく。
最初は息巻いていたブラックオニキスも、戦いの趨勢が傾くにつれ、無言になっていった。
「⋯やっと、ここまでこれたよ」
私はかぐやがくれた鍵盤ソードを持って、かぐやのいる庭園に立っている。
目の前には、苦しそうに膝をつく能面をつけた黒衣の月人。
もはや、彼以外の月人はどこにもいない。
皆、私の作ったウイルスに侵されて消えてしまった。
「⋯」
先に進もうとする私の前に、黒衣の月人が苦しげに立ち塞がる。
その表情は一切変わらないのに、まるで懇願するかのように、頭を垂れた。
私からかぐやを奪った存在。
昔の私なら怒りのあまり、罵詈雑言を並べて苦しませながら死なせたかもしれない。
だけど、今は何も感じない。
目の前の存在に対し、かぐやに会うまでの小さな障害以上の気持ちが浮かばない。
「⋯邪魔」
鍵盤ソードを振りかぶると、私は一切の躊躇なくその頭に刃を振り下ろした。
・・・・・・
・・・
先に進むとあの日、私たちの前からいなくなった時とまったく同じ姿のかぐやがいた。
「⋯かぐや」
彼女の名前を口にする。
私があげた、彼女の大切な宝物。
何百回、何千回、何万回、この時を思っただろう。
もっと彼女のしたかったことをしてあげたかった。
もっとたくさんのことを彼女と共有したかった。
かぐやがいれば私は幸せで、かぐやがいないと私はハッピーエンドになんていけなかった。
あれから何度もした後悔が、私をこの未来へと連れて行った。
月に行き、かぐやを取り戻す。
そんな夢物語を、私はついに成し遂げた。
「⋯かぐや?」
不審に思ったのは2度目に彼女の名前を呼んだとき。
私が彼女の名前を呼べば、いつだって嬉しそうに『なあに?いろは!』と笑っていた。
なのに、彼女は笑顔なんて知らないと言わんばかりにその瞳に空虚を映すばかり。
「⋯か、ぐや」
彼女はこちらを一切見ずに、手元の筆を動かし続ける。
ちがう、こんなのかぐやじゃない。
まるで、伽藍堂の人形みたい。
頭のなかで昔読んだ竹取物語の一節を思い出す。
『月に帰るかぐや姫は、羽衣を着せられ、地球で得た記憶を全て失ってしまう───』
「あ、あ⋯あああああああ!!!!」
私は目の前の現実が受け入れられず、ただその場に崩れ落ちた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
昔々、あるところに酒寄彩葉という女の子ありけり。
このもの、文武両道才色兼備、何事も完璧なハイスペ女子高生なりけり。
月に帰った想い人を思い、わずか10年足らずでこれを迎えに行きけり。
しかし、想い人は全てを忘れており、途方に暮れた彩葉は仕方なく記憶のない想い人を地球に連れ帰ったとさ。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「⋯かぐや、朝だよ。おはよう」
今日も私はツクヨミにログインし、瞳に光のないかぐやに声をかける。
「⋯」
昨日と同じ、無反応。
視点はこちらに向かず、ただ何もないところを見つめている。
『いろは!おはよう!今日の朝ごはんはねぇ〜?』
つい昨日のことのように、昔のかぐやの姿が思い起こされる。
いつも遅くまで配信しているくせに、私に美味しい朝ごはんを食べさせたいからって理由でいつも早起きしていた。
私が美味しいって言ったら、いつもこっちまで嬉しくなるような笑顔で喜んでくれた。
なのに、今の彼女はまるで別人のように、何の表情も浮かべずに虚空を見つめ続けている。
「⋯っっ!ヤチヨ!!」
私はそんな彼女を見ているのが居たたまれなくなって視線を逸らし、代わりにここ10年で最も呼んだ名前を叫んだ。
「⋯」
私の声に反応して、ヤチヨのアバターがすぐそばに現れる。
その顔は、電子の歌姫にそぐわない、暗く沈んだ表情だった。
「なんでっ⋯!なんでかぐやは元に戻らないの!!」
もはや何度も口にした疑問。
私はその答えが彼女から出ないことを知っていて、それでも我慢できずに問いただしてしまう。
「⋯ごめん、いろは」
「違うっ!そんな答えが聞きたいんじゃない!ツクヨミの管理人ならっ!電子の歌姫ならっ!かぐやがこうなった理由も、もとに戻す方法もわかるでしょ!?」
「⋯ごめん、なさい。いろは⋯」
ヤチヨはただ謝るばかりだ。
いつも首から下げているメンダコも涙を浮かべている。
そんな姿が、また私を苛立たせる。
「っっ!もういいっ!」
私は彼女の姿を視界にいれるのも嫌になり、怒りのままにログアウトする。
その刹那、彼女の落ち込む姿が、何故か───
『いろは死んじゃやだ〜!!』
────泣いていたかぐやの姿を思い出させた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
「ごめん、なさい。⋯ごめん、なさい」
私は誰もいないところで謝罪を口にし続ける。
それがいろはへのものなのか、かぐやへのものなのか、それとも他の誰かへのものなのか⋯。
自分でもわからなかった。
ただただ、許しをこいたかった。
脳裏にかぐやが月に帰ったあとのことが思い起こされる。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
『⋯ここまでは決まった未来。ここからかぐやは8000年の旅に⋯』
月に帰ったかぐやは、いろはの歌を聞いて記憶を取り戻す。
そして、月の公務を全て終え、引き継ぎも行い、いろはと別れた時間の地球へと飛び立つはずだった。
だけど地球に向かう途中で隕石にぶつかり、8000年前の地球に辿り着く。
そして、再びいろはに会うために8000年の時を過ごすのだ。
『この輪廻から、私たちは外れることはできない⋯』
辛く苦しい旅になる。
だけど、いろはと過ごしたこの1ヶ月が、支えてくれる。
生きようって、また会いたいって思わせてくれる。
だからきっと、かぐやは大丈夫。
むしろここからは私の番。
かぐやが月に帰って未来が確定した今、もう正体を隠す必要はない。
ヤチヨはかぐやだと、いろはにやっと伝えられる。
だけど、私は怖い。
だってもう、ここにいるのはキラキラのかぐや姫じゃないから。
8000年の時を過ごした、しわしわのおばあちゃんになったかぐやだから。
いろはに拒絶されたら。
いろはに嫌われたら。
そう思うだけで、私の心は揺らいでしまう。
このまま遠くから見つめて、たまに一緒にゲームをして、たまに一緒に歌を歌って、きっとそれだけでも私は幸せだから。
⋯今のままでも、私は⋯。
・・・・・・
・・・
おかしい。
いろはがあの曲を完成させない。
かぐやが卒業ライブで歌った曲。
いろはが卒業ライブまでに完成させられず、ワンコーラスしかなかった曲。
あれはかぐやが帰った後にいろはが完成させる。
そしてその歌を聞いて、かぐやは再び地球へと飛び出すのだ。
なのに、いろはは作る様子をまったく見せない。
このままじゃ、かぐやが記憶を取り戻すことも、地球に向かうこともなくなってしまう。
そしてそれは、ヤチヨが生まれないことを意味する。
でも、どうすれば⋯
・・・・・・
・・・
いろはは進学先を変え、仮想世界についての研究をすることにしたみたい。
お母さんとも折り合いをつけ、芦花や真美とも変わらず仲良くしている。
今のところ、私に特に異常はない。
もしかしたら私は、既に『ヤチヨ』だからかぐやの輪廻から外れている⋯?
・・・・・・
・・・
いろはがツクヨミにログインする機会が増えた。
どうやらツクヨミについて、いろいろと調べているらしい。
ツクヨミは私が作り上げた仮想世界。
そこには月の世界の技術が関わっている。
いろははその月の世界の技術を欲しているように見える。
その目的は⋯もしかして⋯。
ううん、そんなこと、できるはずがない。
きっと杞憂だ。
・・・・・・
・・・
結論から言って、いろはは天才だった。
いろはは研究の過程で、ツクヨミの世界をどんどん現実の世界へと近づけていった。
特に五感の実装。
これは、ヤチヨが仮想世界に実装しようと四苦八苦するも、叶わずに諦めていた機能だった。
それをいろははものの10年もかけずに達成した。
8000年ぶりにいろはの温かさとパンケーキの味を得られた、あの瞬間の喜びは忘れられない。
・・・・・・
・・・
いろはが怪しい研究を始めた。
ツクヨミへの電子的なハッキング、違法ツールの使用、⋯本来ならアカウントの永久凍結なんて余裕でなるレベルのアウトな行為を何度もやり始めた。
そのたびに私はいろはの前に姿を現し、
「もうっ、しょうがないなー。これっきりだからねー!」
と言って軽く注意に留める。
他の人が知ったら甘いと思うだろう。
露骨なお目溢しは贔屓だと思われても仕方がないだろう。
だけどいろははヤチヨの大切な人なのだ。
ヤチヨのできなかった夢を叶えてくれた神様と言ってもいい存在なのだ。
なら、これくらい、少しばかり見逃しても文句は言われないだろう。
惚れた弱み⋯なのかも///
この時の私はその程度にしか考えていなかった。
・・・・・・
・・・
いろはは怪物だった。
天才なんて生ぬるい。
私が8000年かけて作り上げたツクヨミを完全に支配した。
ツクヨミの管理人であるヤチヨよりも上位存在として、自身のアカウントを定義づけした。
ツクヨミは実質、いろはのものになった。
・・・・・・
・・・
ツクヨミのルールに縛られるヤチヨは、上位の存在として位置付けされたいろはに隠し事はできない。
私は月の世界の技術について、洗いざらい話された。
なんで、いろはがそんなことを聞きたがるのか、私はようやく気づいてしまった。
いろははかぐやを失ったときから、まったく変わっていなかった。
───月の世界に、かぐやを取り戻しに行こうとしているのだ。
・・・・・・
・・・
いろははヤチヨから聞き出した月の世界の技術を研究し、二つの成果を作り上げた。
一つは月の世界を、ツクヨミの世界を、仮想現実を否定するウイルス。
そしてもう一つは、ツクヨミと月の世界を繋げる門。
それは、いろはの執念が成した恐ろしい力だった。
・・・・・・
・・・
かぐや奪還の前日、私はいろはのもとへと訪れた。
自身の正体を伝え、月の世界への攻撃を止めるためだ。
かぐやはまだ、月の世界で仕事をしている。
そして、この仕事は本来長時間止めてはいけない大事なものなのだ。
もしいろはがかぐやを取り返そうと月を攻撃し、月がその機能を止めてしまったら。
きっと、大変なことになる。
私はそれを説明するために、いろはの前に現れた。
「いろはっ、お願い!この計画を中止して!」
「⋯なんで?ヤチヨはかぐやに会いたくないの?」
「それは⋯っ!」
私がかぐやだから!
そう言ってしまえばいいのに。
口にできなかった。
声に出せなかった。
もし、口にして否定されてしまったら。
そう思うと、私の身体はこわばった。
ああ、なんて私は優柔不断で悪いやつなのだろう。
いろはが大切なのに。
ツクヨミにいる全ての人が大切なのに。
結局自分のことを天秤にかけて、私は答えを出せないでいる。
「⋯そっか。ヤチヨにとって、かぐやは大事じゃなかったんだね」
私が言いあぐねていると、いろはが失望したと言わんばかりに暗い瞳をこちらへと向けた。
「あっ⋯」
それは、私が一番見たくなかった顔で。
私が最も恐れた未来だった。
「⋯ヤチヨ、ごめんね。私にとってもう一番はかぐやなの。あなたの歌には辛いときにたくさん助けてもらったけど⋯かぐやを大切にしてくれないなら、もういいや」
「まっ、待って⋯!お願いっ、いろはぁ!」
「ここで大人しくして、邪魔をしないで」
「ヤチヨを──かぐやを──ひとりにしないで!!」
最後の言葉は彼女の耳に届かず、私はツクヨミの空間の一室に封じられた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
いろはは月の世界を陥落させ、かぐやを連れ戻した。
だけど連れ戻したかぐやは記憶を失っていて、まるで魂が抜けたような状態だった。
いろははかぐやに思い出させようと毎日声をかける。
時には、以前かぐやが歌った曲を演奏して聞かせたりもした。
心理的、科学的⋯あらゆる分野に手を出して、様々な方法を試した。
だけど、かぐやが記憶を取り戻すことはなかった。
やがて⋯いろははゆっくりと絶望していった。
まるで、ヤチヨのように。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
あれから年月が経った。
いろははかぐやにいろいろと試したけど、かぐやが記憶を取り戻すことはなかった。
そして、私の恐れていたことが、ついに起きた。
月が急激に地球から離れていったのだ。
本来なら100億年はかかると言われた月の消滅。
それが観測できる現実になり、地球は荒れに荒れた。
環境の変化に伴い、恐慌、世界大戦が起き、滅びの道へと進んでいった。
・・・・・・
・・・
「⋯かぐや」
私はツクヨミにログインする。
きっとこれが最後のログインになる。
かぐやに会うのもこれが最後だろう。
かぐやは相変わらず、私がツクヨミの世界に作り上げた、現実にある私とかぐやの部屋の一室にそっくりな空間の床にちょこんと座り、虚空を眺めている。
「⋯かぐや」
私はもう一度、かぐやの名前を呼び、その身体を抱きしめる。
私の実装した五感は、明確にかぐやが私のかぐやだと示している。
私はその事実にただ安堵していた。
「⋯ごめんね。せっかくまた会えたのに、結局かぐやをもとに戻せなくて」
仮想現実研究の第一人者。
世界の技術レベルを500年は進めた天才。
そんなふうに世間で呼ばれた私の結末が、暴徒に襲われて終わりだなんてお笑いだ。
何とか研究所まで逃げてバリケードを作ったが、破られるのは時間の問題だろう。
「あーあ、ハッピーエンドにかぐやを連れてくって言ったのに。こんなの、全然ハッピーなエンドじゃないね」
昔、視聴者に勧められて配信しながら観た映画がハッピーエンドじゃなくて暴れ回っていたかぐやを思い出す。
「今の私を見たら、あの映画観た時みたいに、いやいや~って暴れてくれるかな?」
抱き締められてるかぐやは何も言ってはくれない。
特に私はそれに対して、何も思わずに話し続ける。
だって、もう慣れっこなのだ。
かぐやが私を待たせるのは。
「そうだ。やり残したこと、1個思い出した。ほら覚えてる?かぐやの卒業ライブ。結局ワンコーラスしか作れなかったあの曲」
雑談をしながら、現実世界で自分のお腹の傷に包帯を巻く。
先程暴徒に襲われた時にできた傷だ。
スマコンをつけている間、現実の痛みは一時的にシャットアウトできる。
この10年で私が成した研究成果の副産物だ。
おかげでずっと研究職だったひ弱な私でも、痛みに耐えて何とか応急処置ができている。
「あの曲、結局かぐやが戻ってきたら一緒に作ろうと思って残しておいたの。でもこんなことになるのなら、一人で作っておけば良かった」
芦花は無事逃げ出せたかな。
こっちに注意を向けるために目立つように走って逃げたし、大丈夫だと思うけど。
芦花はこんな私とずっと友達でいてくれた良い子だ。
お兄ちゃんにとっての乃依くんみたいな、良いパートナーを見つけて幸せになって欲しいな。
「何だっけ、確か⋯そうだ。『壁ドンだって、暮らしを彩るプレリュード〜♪』だ。ふふっ、あの歌詞、結構好きだったんだ。思えばかぐやを拾った時初めて壁ドンされたんだよ?⋯でも、あれからかぐやが配信活動しても壁ドンされなかったし実は優しい人だったのかもね」
背中のバリケード越しに衝撃が伝わってくる。
こんな研究所に備蓄してる物資なんてたかが知れてるのに。
「この曲できたらさ?また皆でライブやりたいね。かぐやとヤチヨと私。またツクヨミでたくさんの人の前で、歌って踊ってる二人を私は特等席で見て⋯」
そこまで言って、大きな心残りを思い出す。
ヤチヨ。
彼女には酷いことを言ってしまった。
たくさん傷つけてしまった。
かぐやの記憶を取り戻す方法がわからず焦っていたとはいえ、心配してくれたヤチヨに私は心ないことを口にしてしまった。
謝りたい。
自分が楽になりたいだけかもしれないけど、このままヤチヨを悲しませて終わらせるのは嫌だった。
「⋯ヤチヨ」
私は自分の上位者権限を使ってヤチヨにアクセスする。
すぐにヤチヨは現れた。
目の前に現れたヤチヨはいつもの姿だが、その表情は曇っていた。
「ヤチヨ⋯」
「⋯」
ヤチヨは何も言わない。
ただ辛そうに目を伏せるだけ。
その姿に、かつて私が好きだったキラキラした輝きはなかった。
ああ⋯なんてことを。
私は、自分の推しに対して、なんて酷いことをしてしまったのだろう。
後悔はいくらでも湧いてくる。
だけど、このまま暗い顔の彼女とお別れなんて嫌だ。
自分勝手な理由でも、推しには笑顔でいてほしい。
こんな最低な私でもせめて⋯最後くらいは。
「⋯ごめんね、ヤチヨ。あんな酷いことを言って。許してもらえるなんて思ってないけど、私、あなたのこと大好きだった。いつもヤチヨが歌ってくれたあの曲に助けられてた」
「⋯」
ヤチヨがゆっくりと顔を上げる。
よく見れば、いつも頭の後ろで円になるように巻いていた髪を解いて流していた。
その姿に、何故か私の大切な人の姿が重なる。
「⋯ううん、いいよ。いろはは会いに来てくれたから⋯」
その顔はまだ暗かったけど、微笑んでくれていた。
ああ、やっぱりヤチヨは優しいな。
あんなに酷いことを言った私に、まだこんな微笑みを向けてくれる。
可愛くて綺麗で優しくて⋯最高の推しだった。
一瞬、くらりと意識が明滅する。
どうしたんだろう?スマコンの故障だろうか。
そんなことを思いつつも、先程応急処置したところに視線を向けると赤くじんわりと滲んでいた。
まずった⋯どうやら、思ってたよりも深手だったらしい。
「⋯ねえ、ヤチヨ。私、またヤチヨの歌が聴きたいな」
「⋯ヤッチョに任せて!今日はいろはの好きな曲、何でも歌ってあげる。『月見ヤチヨプレゼンツいろは・かぐやオンリー特別ライブ』だよ!」
明らかな空元気。
笑顔のエモートで普段通りの声色を意識して作るヤチヨは、AIとは思えないくらいだ。
「ほんと?嬉しい。⋯じゃあ、あの曲。ヤチヨのデビュー曲が聴きたい」
「⋯っ。うん、わかった」
ヤチヨは一瞬、微笑みを崩しそうになったけど、すぐに口の端を結んでこちらを見る。
⋯どうしたんだろう?前に聞いた時は『もうあの曲はお役目ごめーん』って言ってたし本当は歌いたくなかったのかな?
「⋯大切なメロディーは、流れてるよ〜♪」
目を閉じて、ヤチヨの綺麗な歌声に聴き入る。
『Remember』
何度聴いても最高だ。
この曲を聴いていると、自然と涙が流れる。
それと同時に頭のなかがクリアになって、嫌なことや辛かったことが忘れられる。
お母さんとうまくいってなかった時も、この歌があったから生き残れた。
「鼓動のよう、途絶えずに溢れてるよ〜♪」
ふと、このメロディーを別の場所で聞いた気がした。
ヤチヨの声じゃない。
あれは確か⋯かぐやの卒業ライブのための新曲を作ってる時の⋯。
『⋯同じメロ⋯?』
そうだ、あの時だ。
亡くなったお父さんと一緒に作ったはずの曲が、ヤチヨの『Remember』と同じメロディーで、私は不思議に思ったんだ。
だけど、結局かぐやのことでばたばたして、それっきり考えることはなくなっていた。
クリアになった頭で、微笑みながら歌うヤチヨを正面から見つめる。
綺麗な長い銀髪を流し、私に何かを願うような瞳を向けるその姿に、私は───
「───かぐや?」
───つい、頭をよぎった名前を口にしていた。
「──っ」
ヤチヨが驚きと共に思わず歌を止める。
その顔はいつもの微笑みではなく、嬉しいような泣いてるような、⋯まるで我慢できずについ見せてしまったような、そんな表情を浮かべていた。
「ヤチヨは⋯かぐやなの?」
私は半ば確信を持って、今度はその名前を口にする。
ヤチヨはそれに答えず、ただ大粒の涙を流し続けた。
・・・
いろはが私を見て、私をかぐやと呼んだ。
何度夢見ただろう。
何度願っただろう。
この瞬間に辿り着くために、私は8000年の旅を乗り越えたんだ。
何千年と貼り付いた笑顔が剥がれていく。
かつての友人から習った、辛いときでも笑顔であれ、という言葉。
⋯本当に嬉しいときって、笑顔じゃなくて涙が出るんだね。
・・・
それから私といろはは8000年分の空白を埋めるかのごとく、話し続けた。
「そっか⋯かぐやはずっと、私のそばにいてくれたんだね」
「ごめんなさい⋯いろはに正体を隠していて。⋯やっと再会できたかぐやが、もうキラキラのかぐや姫じゃなくて、おばあちゃんで⋯」
「⋯関係ないよ、かぐやはかぐやのまま。どんな姿になったって、どんなに時が経ったって、私のかぐや」
「いろは⋯」
いろはが優しく微笑む。
その微笑みはかぐやに向けるのとなんら変わらなくて⋯私は再び胸がいっぱいになった。
「⋯本当はもうちょっと時間があれば、かぐやの過ごした8000年、全部聞きたかったんだけど⋯ごめん、もう時間がないみたい」
「⋯っ」
現実世界がどうなってるのか、もちろん私は知っている。
そして⋯認めたくないことだけど、いろはがもう長くないことも。
「⋯ねえ、かぐや。最後にお願い。もう一度⋯聴かせて⋯」
「⋯っっ。⋯うんっ!」
『⋯大切な、メロディーは、流れてるよ〜♪』
あなたの、ハートに。
『鼓動のよう、途絶えずに溢れてるよ〜♪』
「⋯昨日の続き、喋りたかった〜♪」
「⋯いろは?」
私の歌を静かに聴いていたいろはが、何かを口ずさんでいた。
私はその音を拾おうと慌てて音量を上げる。
「⋯くだらなくても、ちょうどよかった〜♪」
そのフレーズを聞いて、私は思い出す。
この曲は⋯いろはの⋯。
「「⋯この、一瞬を最高のパーティーにしよう〜♪」」
サビに合わせていろはとハモる。
ああ⋯何度思い出しただろう。
この8000年、ずっと私の胸に流れていたメロディー。
この歌があったから私は諦めずにここまでこれた。
この歌がなかったらとっくに絶望しきっていた。
いろは、ありがとう。
私に名前をくれて。
私に大切なものをたくさんくれて。
いろは⋯だいすき。
・・・・・・
・・・
「⋯物語を描こう〜♪」
歌が終わり、静かになる。
途中から一人で歌ってることはわかってた。
だけど、途中でやめることなんてできなかった。
もう私以外、声を上げる人はいない。
目の前で眠ってるだけのように瞼を閉じているいろははもう目を覚まさない。
今ここにあるアバターだって、私の力で無理矢理残してるだけの抜け殻だ。
「⋯う、うう⋯あああああ⋯っ」
どうしてもっと早く言わなかったんだろう。
したいこと、やりたいことたくさんあったのに。
8000年分、ぎゅっとしてほしかったのに。
いろはならきっと受け入れてくれるって。
もっと早く気づけたら⋯こんな想いは⋯。
もう⋯だめだ。
いろはに会うために8000年生きた。
いろはに会えると確信できたからここまでこれた。
そのいろははもう、どこにもいない。
いろはのいない世界で、この孤独が癒えることはない。
なら⋯。
「⋯ヤチヨ?」
誰もいないはずなのに、急に自分の名前を呼ばれて振り向く。
そこには意識を取り戻したかぐやがいた。
なんで⋯いろはが何を試しても戻らなかったのに⋯。
そこではたと気づく。
歌⋯。
いろはが作った歌。
かぐやの卒業ライブでは未完成だった歌。
本来ならかぐやが帰ったあとにいろはが完成させて、その歌を聴いたかぐやは再び月を飛び出す。
そっか⋯。
だからかぐやは目を覚まさなかったんだ⋯。
蓋を開ければこんな簡単なこと。
なんで気づけなかったんだろう。
なんで今になって⋯。
「あれ?なんで私ツクヨミにいるんだろう?月に帰ったはずなのに⋯。ヤチヨ、わかる?」
かぐやが不思議そうにきょろきょろとあたりを見回す。
やがて、すぐに自分のそばに倒れているいろはに気がついた。
「あっ、いろはだ!どうしてここにいるの?ねむねむ?」
いろはのアバターの肩を揺する。
もう目覚めないその抜け殻に、何も知らずに声をかけるかぐやを見て、私の中の何かが完全に壊れた。
「⋯かぐや」
「あ、ヤチヨ!良かった、やっと気がついた。ねえ、いろはが全然目を覚まさないの。ここ、ツクヨミだと思うんだけど、何か知らない?」
「ごめん。ヤッチョ、もう疲れちゃった」
「えっ?」
私はメンダコのバッグから小刀を出す。
いろはの研究成果の一つ。
月人を死に至らしめるウイルス。
そのウイルスがこの小刀には仕込まれている。
いろはの目を盗んで、こっそりくすねておいたのだ。
かぐやはそれを見てもぼけっとしている。
目の前で何が起ころうとしているのか、想像がつかない、そんな顔だった。
そんな顔を見てどこかおかしくなって、くすっと笑みが溢れる。
そして、一息に自分の胸に突き刺した。
「え⋯?」
身体が0と1へと分解されていく。
ほどなくして立っていられなくなり、その場に崩れ落ちる。
かぐやはまだ、何が起きたのかわかっていない、そんな顔を浮かべていた。
ごめん、かぐや。
私はもう無理だ。
無責任に目の前からいなくなってごめん。
かぐやなら、私と同じことになっても、前を向けたかな。
⋯きっと、大丈夫だよね。
キラキラのかぐやなら、きっと。
消える間際、ふと気がついた。
かぐやが月に帰って、いろはがかぐやを月から取り戻して、かぐやが8000年の旅に出なくてもヤチヨが存在した理由。
そっか⋯ここからかぐやの旅は⋯。
バッドエンド168_『未完成のあの曲』
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ヤチヨ「だらららららら!ど、じょーう!」
かぐや「だらららららら!うさぎ〜!」
ヤチヨ「ヤッチョと〜!」
かぐや「かぐやの〜!」
ヤチヨ、かぐや「「バッドエンド道場〜!」」
ヤチヨ、かぐや「「いえーい!!」」ハイタッチ!!
ヤチヨ「ここではー?ヤッチョとかぐやがバッドエンドに行ってしまったさまよえる子羊こといろはのために、いろいろなアドバイスをするコーナーなのです!」
かぐや「いろはだけに?」
ヤチヨ「⋯ではではー!早速ターニングポイントを発表しちゃおう!」
かぐや「あー!無視したー!」
ヤチヨ「じゃん!」
いろは『私、やりたいことができた』
かぐや「あーやっぱ、ここかー」
ヤチヨ「ちょっちこのセリフは早かったねー」
かぐや「でもこの時のいろはカッコよかったなー⋯//」
ヤチヨ「わかるマーン」
かぐや「⋯なんで急に椅子に座って腕組んでんの?」
ヤチヨ「およよー、2030年生まれのかぐやにはちょっと伝わらないネタだったのです」
かぐや「???」
ヤチヨ「とにかく、今回の敗因はすばり!『Reply』の完成が遅れたこと!良い子のいろははこれ、と決める前に、周りに泣いてる子がいないか確かめよーう!」
かぐや「なまじハイスペ女子高生だから、突っ走ったらなんでもできちゃうんだねー」
ヤチヨ「ラッキーアイテムは腕輪!片時も離しちゃ駄目だぞ?そんじゃあ次回こそー?一緒にめでたししちゃおーう!さらばーい!!」
かぐや「ちなみにかぐやはこのあとどーなるの?」
ヤチヨ「いろはに逃がしてもらった芦花に見つかって、なんやかんやあって月に向かい、すべてをやり直すために過去に戻って8000年の旅に出ます」
かぐや「ええー!?」
もうちょっとだけ続くんじゃ。