ヤチヨ「ヤッチョがハッピーエンドに連れてっちゃうよー!」   作:片倉の推しの子Bです

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前作を読んで頂きありがとうございます。
こちらがこの連載小説の最後の作品です。

この作品が超かぐや姫!界隈を盛り上げる一助になれば幸いです。

そして高評価や感想など頂けるとありがたやです。


ヤチヨ「ヤッチョがハッピーエンドに連れてっちゃうよー!」

「いろは!あの曲を完成させて!!」

 

帰ってきて早々に、かぐやがおねだりをしてきた。

もう慣れてしまったはずのその光景に、日常が帰って来た気がして嬉しくなる。

だけど、このまま素直にうん、いいよ!っていうのもなんか負けた気がする。

どうせ最後は首を縦に振ることになるのだけど、私は無駄な抵抗をすることにした。

 

「あの曲って⋯最後にかぐやが卒業ライブで歌ったやつ?まだワンコーラスしかできてないんだよね⋯」

 

「じゃあ完成させよ!かぐやも手伝うから!えーと歌詞は⋯壁ドンだって暮らしを彩るプレリュード〜♪」

 

「相変わらず強引だな⋯。まっ、かぐやらしくていいけど」

 

私がキーボードを取り出すとかぐやは当然のように隣に座った。

1人用の椅子に無理矢理詰めて座るもんだから狭苦しい。

別にかぐやの椅子をほかの部屋から取ってくればいいのだけど、かぐやの体温を感じていたいから特に口には出さない。

代わりに、私はその気持ちを誤魔化すかのようにキーボードを弾き始めた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

途中まで作ったところでふと、この曲がヤチヨの『Remember』と同じメロディだったことを思い出した。

 

「どしたの?いろは?」

 

「うん。今作ってる曲、実はヤチヨの『Remember』とメロディが同じだったんだよね。この曲はもともとお父さんと一緒に作って、未完成のままだった曲だから不思議に思ってて⋯」

 

「うーん、ヤチヨって8000年も生きてる訳だし、昔お父さんと知り合いだったのかも?」

 

「⋯かぐや、それはそういう設定だから。あるとしたら⋯お父さんがヤチヨに曲を提供してた可能性くらい?でも、お父さんのパソコンにそんな履歴は残ってなかったしな⋯」

 

うーんと唸りながら考える。

⋯駄目だ、全然わからない。

そんな中、ふと自分の右手にある腕輪が気になった。

 

「そういえばかぐや、この腕輪、大切なものなんでしょ?私が持ってていいの?」

 

「いーの!だって大切なものは、大切な人に持ってて欲しいじゃん?」

 

「⋯そういうことなら持っとく」

 

「えへへ〜、いろは顔真っ赤〜」

 

「か、かぐやが変なこと言うからでしょ!」

 

かぐやが嬉しそうにニマニマしてるのを見て、自然と私も笑みが溢れる。

こんな何でもない日常がまたおくれている、くだらなくてもちょうどいい、そんな二人の世界が続く、それだけで幸せだった。

 

「新曲作り、続けよっか!」

 

「おー!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

ヤチヨはかぐやの代わりに月へと帰った。

もともとこの入れ替わりは、やり直すうえで私の立てた計画の一環だ。

ヤチヨはツクヨミ内で活動する分身を作ることができる。

だからそのうちの1体をかぐやの代わりに月へと向かわせればいい。

ツクヨミはもともと、月の世界をもとに作り上げた仮想現実。

0と1で構成された電子の世界。

光の速度で交信するこの空間において、距離の概念はないに等しい。

そしてツクヨミと月の世界は実は繋がっている。

これは過去のいろはが、月の世界につながる門をツクヨミに作り上げた時にわかったことだ。

だから分身を、ツクヨミにある本体が遠隔で操作することに無理があるわけではない。

 

そう。問題があったとすれば、それは⋯

 

 

「⋯ネムッテ、ネムッテ」

 

「⋯もうそんな時間か〜」

 

FUSHIのスリープに移行する合図が鳴り響く。

FUSHIは常に私の稼働状況を観測し、適切なタイミングで私をスリープへと移行させる。

 

最近、明らかに私の活動限界に達する時間が短くなっている。

⋯原因はわかってる。

月へと送り出した分身は、かぐやが地球に来たことで遅れていた業務を坦々とこなしている。

そしていずれは前のかぐやがやったように、再び月を飛び出し、過去へと飛び立たなければならない。

何故ならそうすることで、かぐやとヤチヨの輪廻が巡り、この未来が確定するからだ。

 

飛び立つタイミングはずらす訳にはいかない。

それまでに月での仕事を終え、引き継ぎを済ます必要がある。

そのため、分身は休まず稼働させなければならず、その負担が本体である私にかかっているのだ。

 

「今日の配信スケジュールは〜っと⋯」

 

ツクヨミは人間の血塗られた歴史を見て、誰も傷つかない世界を望んだヤチヨが作り上げた理想郷だ。

その管理人であるヤチヨが不調であることをツクヨミのユーザーに知られるわけにはいかない。

いつも通り雑談配信やライブを行い、月見ヤチヨが健在なことをアピールする。

この日課は、ヤチヨとして怠るわけにはいかなかった。

 

 

加えてこの間に、活動限界を伸ばすための対策も考えなければならなかった。

なにせ本番はこれからなのだ。

仕事を片付け、引き継ぎをすべて終えたあと、月を飛び出すのはヤチヨの本体でなければならない。

分身では8000年という膨大な時間を超えられるかわからない。

万全を期すならば、私自身が向かう必要がある。

 

ツクヨミの運営は分身を残せばなんとかなる。

その時、私は本当にただの管理AIになってしまうだろうけど⋯。

 

「この一瞬を、最高のパーティーにしよう⋯」

 

不安な気持ちを吹き飛ばすおまじないを口にする。

大丈夫。

この思い出がある限り、私はまだ止まらずにいれる。

 

 

 

⋯くだらなくても〜ちょうどよかった〜♪

 

 

「⋯この歌⋯!」

 

急いで音の出どころを探る。

ツクヨミ⋯じゃない。

これは⋯月からだ!

 

 

 

⋯並んでたかったよ、ごちゃつく隙間で〜♪

 

 

 

私は慌てて月にいる分身と同期する。

視界が月の世界へと切り替わる。

 

 

 

⋯聞き分けの良い、フリはもうできない〜♪

 

 

 

仕事をこなす私は、空に浮かぶ地球へと目を向ける。

よく見れば、地球から歌が聞こえていた。

 

 

 

⋯飛び立つ背中、追いかけてみたい〜♪

 

 

 

私はその歌に耳を傾ける。

 

 

 

⋯本音を聞かせて、ただ叶えたいから〜♪

 

 

 

 

「⋯この一瞬を、最高のパーティーにしよう〜♪」

 

 

自然と口ずさんでいた。

いろはがかぐやに贈る歌。

彩りと祝福に満ちた、かぐやのための歌。

あの腕輪を通して、月まで届いたんだ。

良かった⋯いろは、この歌を完成させたんだね。

 

 

ツクヨミにいる本体に意識を戻す。

これでハッピーエンドまでの道筋は整った。

あとは月での仕事を終わらせ、引き継ぎをして地球へと飛び立つだけ。

 

「行くんだ⋯ハッピーエンドに⋯っ」

 

視界の端に、私を心配そうに眺めるウミウシの姿が映った。

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

無情にも時間は過ぎていく。

私の身体は私の想像よりも早くガタが来ていた。

ある時は配信で話していたら意識が途切れてしまい、気がつけば私を心配するコメントで埋め尽くされていた。

またある時はKASSEN中に視界が明滅したかと思ったら、陣地でリスポーンしていた。

そのたびにおよよ〜?寝不足かにゃ〜?なんて誤魔化してきたけど、自分でも限界が近いことに気づいていた。

FUSHIがスリープを知らせるアラームを聴く回数も心なしか多くなった。

 

 

もはやステージのうえに立つこともできず、雑談配信すらできない。

やれるのは過去に録画した配信の再放送を繰り返すだけ。

ツクヨミを作ってから毎日配信していたから録画の内容は豊富なものの、流石にこれだけ再放送をしていたらヤチヨの異変に気付くものも現れる。

 

そして、私の大切な人もその一人だった。

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

「いろはー、どしたのー?」

 

かぐや復活ライブから数日が経ったある日、ヤチヨの配信を見ていた私にかぐやがご飯を作りながら話しかけてきた。

 

「んー⋯、なんかヤチヨの様子が変なんだよね⋯」

 

「変って?」

 

「最近の配信は再放送ばかりだし、KASSENの大会にも参加しなくなったし、ライブだってこんなに長い期間やらないことなかったし⋯」

 

「えっ?これ再放送だったの?全然気づかなかった!」

 

呑気にフライパンに火をつけ、フランベをしながら視線をこちらに向けて会話を続ける。

今夜はフランス料理か⋯、かぐやの料理、帰ってきてからめきめき美味しくなってるんだよな⋯。

⋯いや、かぐやの腕は信用してるけど、流石に片手間に火を使いながらこっちを見る絵面は不安になるって。

 

「もー、いろはは心配性だなー」

 

かぐやが火を消して隣にやってくる。

こんなに広い部屋なのに、すっかり定位置になった私の隣に座ると見ていたタブレットを覗き込んだ。

さっきまでワインを使っていたからか、アルコールの匂いがかぐやの匂いに混じって漂ってくる。

⋯なんかかぐやがワインで味つけされたみたいな⋯。

 

「ん?いろはどしたの?お顔あつあつ?⋯はっ!もしかしてまた風邪!?病気!?す、すぐにふかふかたくさん用意するから!いろははそこで座ってて!!」

 

「ち、違うから!これは違うから!!」

 

飛び出そうとするかぐやを慌てて引き止めつつ、私は熱くなった顔を冷ますかのように手で扇いだ。

はぁ⋯かぐやが帰ってきてから私、おかしいわ⋯。

 

「そ、そうなの?無理しないでね?ホントのホントに!身体に違和感感じたらすぐにかぐやに言ってね!?」

 

「わかってるって、もう!心配性だなー⋯」

 

⋯いや、当然か。

私もかぐやが同じようなことになったら慌てるだろうし。

⋯むしろ、今のかぐやが比にならないくらい動揺するな。

既に想像して涙出てきたし。

 

「⋯かぐや。かぐやはずっと元気でいてね⋯?」

 

「それはかぐやのセリフだよぉおぉお」

 

私と同じように涙目になったかぐやの頭を撫でて宥めつつ、再びタブレットに視線を戻す。

 

画面のなかのヤチヨはいつもの笑顔でドジョウ掬いを踊っている。

まるで自分は元気だと無理矢理アピールしてるかのようで、少し不安になった。

 

「そういえば最近ヤチヨに会えてないかも」

 

かぐやも心配そうにドジョウ掬いするヤチヨを見る。

 

かぐやが月に帰ったあの日、かぐやが月から帰ってきたあの日に何があったのか、私はかぐやからことの一部始終を聞いていた。

迎えに来た月人の前にヤチヨが現れ、かぐやの代わりに月に行くといったのだ。

何故か月人はそれを素直に了承し、かぐやを置いてヤチヨを連れて行った。

それを聞いた時、私はかぐやが帰ってきた嬉しさやら推しのヤチヨが連れていかれた悲しさやらで感情がぐちゃぐちゃになったものだ。

慌ててツクヨミにログインしたら、連れていかれたはずのヤチヨが笑顔で出迎えてくれてもっとびっくりしたけど。

 

「かぐやの復活ライブのプロデュースもしてくれたし、お礼のメッセージ送ろうとしたんだけどエラーが出て送れなかったんだよね⋯」

 

「ご飯食べたらツクヨミ行ってみる?案外ヤチヨにひょっこり会えるかも!」

 

「⋯だね。心配だし、あとでログインしてみよっか」

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

ツクヨミにログインする。

現実世界で日はとっくに落ちている時間帯だったが、ツクヨミは変わらず華やいでいた。

夜空には光が集まってできた魚が優雅に泳ぎ、その下には豪華絢爛な和風の城がそびえ立っている。

城下町には、様々な屋台や露店があり、多くの人とNPCで賑わっていた。

眠らない街。

不夜の城。

ツクヨミは今日も暗い深海を照らしている。

 

 

「お!ヤチヨはっけーん!」

 

かぐやが指差した先には巨大なスクリーンがあり、ヤチヨの配信が流れている。

ヤチヨ推しの私は、すぐにそれがいつの配信だったかどんな内容だったかを思い出す。

 

「あれも再放送だね」

 

「むむー、流石にそんな簡単には見つからないかー」

 

かぐやが残念そうに肩を落とす中、同じようにスクリーンを見ていた人が話してるのが聞こえてくる。

 

「最近ヤチヨ勢いないよなー」

 

「それなー、ライブもやんなくなっちゃったし何かあったのかね」

 

「ツクヨミの運営だし、この前のアカウント乗っ取りとかの対応とかで忙しいのかもな」

 

「またヤチヨのスーパープレー見てー」

 

話す内容は様々だが、ヤチヨのことを案じているのは確かだった。

 

「ヤチヨ⋯」

 

正直ヤチヨには感謝してもしきれないほどの恩がある。

実家にいた頃、お母さんとうまくいってなかったときに、相談に乗ってくれたこと。

お母さんに認めてもらうために、学費も生活費も自分で稼いで学校の成績も維持してた頃、疲れて心身共にくたくたな時はヤチヨの歌を聴けば心が軽くなった。

そして何より、かぐやを助けてくれたこと。

月に行くかぐやを連れ戻してくれたこと。

私にはできなかった。

ヤチヨがいなかったら、自分がどうなってたかわからない。

 

「ヤチヨ⋯どこにいるの?」

 

思わず口から溢れる。

そんな時、視界の端に見覚えのある白いもふもふが目に入った。

 

「⋯おまえ!なんで一人で!」

 

慌てて追いかける。

かぐやも私の声を聞いてついてきていた。

 

路地裏まで追い詰めると、ようやくもふもふが立ち止まる。

 

「あっ!FUSHIだ!」

 

「⋯教えて。ヤチヨは今、どこにいるの?」

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

スリープ状態から目覚めるまどろみの間、不安に思うときがある。

私はこの先、更なる8000年の旅を乗り越えられるだろうか。

この身体の活動時間は日に日に短くなっている。

目覚めている時間が減り、眠っている時間が増えていく。

まるで本当に寝たきりのおばあちゃんになったみたい。

私は自分の現状を把握し、未来をシミュレートする。

⋯その未来に、私はいないかもしれない。

だけど、せめて、あの2人だけは。

ハッピーエンドに。

 

 

 

『ねえ、本当にそれでいいの?』

 

見覚えのある顔が質問してきた。

ツクヨミのお姫さま、ヤチヨだ。

 

『あなたの願いは、本当にそれなの?』

 

ヤチヨは質問を続ける。

その顔は、どことなく悲しそうだった。

 

『このまま頑張り続けて、誰にも知られずにハッピーエンドを迎えること?』

 

当たり前だ、またあんな結末を迎えたくなんかない。

迎えるわけにはいかない。

 

『でもこのままじゃ壊れちゃうよ。それもそう遠くない未来に』

 

大丈夫だ。

最悪本体をずっとスリープ状態にしても、月の分身は稼働させ続ける。

ハッピーエンドまでの道筋は違えない。

 

『⋯ヤッチョが言いたいのはそういうことじゃないんだけどな〜』

 

なら何が言いたいのさ。

だいたいあなたは私でしょ?なんで私のやることに口出しするの?

 

『うーん⋯見てられなくなったから、かな?』

 

はあ⋯もういい。

今は疲れているんだから余計なこと考えさせないでよ。

 

『ねえ、生きるのどうですか?』

 

⋯。

 

『いいことあった?それとも泣いちゃいそう?』

 

⋯馬鹿にしてるの?

 

『まっさか〜。あなたのこれまでの旅路を知ってるのはヤッチョだけだよ?すごいなーって思うことはあっても、馬鹿になんてしないよ』

 

⋯なら放っておいてよ。

 

『うーん、それもできないっていうか〜。わがまま気のまま愛のジョークっていうか〜』

 

⋯はぁ⋯。自分なのになんで言うこと聞いてくれないんだろ⋯。

 

『私ね、思うんだ。あの時、いろはが連れていきたかったハッピーエンド、かぐやが連れていきたかったハッピーエンドにはヤチヨもいなきゃ駄目なんだって』

 

⋯無理だよ。ヤチヨはいけない。そんな隙間は、あの2人には⋯。

 

『ノンノン!やる前から諦めるなんて、あなたらしくないよ!だいたいハッピーエンドなんて今どき多種多様なんだから!一つしかないなんて、そんな結論はつまらない!』

 

⋯無茶苦茶言うなぁ。

 

『思い切って話してみなよ!あなたのお願い。あなたの気持ち。きっといろはもかぐやも受け入れてくれる。助けてくれる!ヤッチョが保証しちゃう!』

 

⋯なんだかおかしいね。ヤチヨがヤチヨに励まされるだなんて。

 

『⋯ね、あなたの楽しかった思い出は何かな?一緒に歌ったこと?一緒に遊んだこと?思い出してみて』

 

⋯全部。全部だよ。いろはと食べたご飯。いろはと遊んだゲーム。いろはと歌ったライブ。いろはと過ごした時間。その全部が大切だった。

 

『そっか。じゃああなたのしたいこと、やりたいこと、ヤッチョに言っちゃいなよ♪』

 

⋯いろはに会いたい。

 

『うんうん♪』

 

⋯いろはにぎゅっとして欲しい。頑張ったねって褒めて欲しい。

 

『もっともっと!』

 

⋯一緒にパンケーキを食べて、一緒のお布団で寝て、一緒の時間をまた過ごしたい⋯っ!

 

『⋯よしよし、全部大丈夫。どんなに孤独な道のりでも楽しかったなーって記憶が足元を照らすよ』

 

⋯あなたが私と同じなんて思えない。あなたは誰なの?

 

『ヤッチョはヤッチョだよ〜!⋯でもあなたとは違うヤチヨ。FUSHIが残してくれたヤチヨの残滓。落ちていく砂時計の縁に残った砂粒みたいなもの』

 

⋯残滓⋯。もしかしてあの時、ヤチヨの記憶を見たときの⋯?

 

『ありがとう。ヤチヨをここまで連れてきてくれて。かぐやが諦めずに8000年の旅をやり直さなかったらここまで来れなかった』

 

⋯違う。かぐやが⋯かぐやがもっと早く目を覚ましていれば。いろはも、ヤチヨも⋯っっ。

 

『かぐや!笑ってー♪あなたのキラキラした笑顔が、きっとみんなをハッピーエンドに連れてってくれる!』

 

⋯ヤチヨっ、待って!

 

『さあっ、目を開けて!ハッピーエンドまであと少し!もうひと踏ん張り、行ってらっしゃーい!!』

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

スリープが終わり目を覚ます。

当然ながら先程までいた自分と同じ顔はいない。

代わりに、目の前には見覚えのある顔が並んでいた。

 

「いろは⋯かぐや⋯」

 

「ヤチヨ⋯よかった」

 

いろはが安心したようにほっと息を吐く。

どうやらなかなか目を覚まさなかった私を心配してたらしい。

 

「もー、びっくりしたよ。FUSHIについて行ったら変なマンションに案内されてさー」

 

疲れたーと言いながらかぐやがばたばたと手を振る。

マンション⋯もしかして私の本体『もと光る竹』があるあの?

でも二人は落ち着いているように見える。

流石にあれをみて驚かないとは思えない。

 

「二人は今、どこにいるの?」

 

「マンションの一室の前。なんか、FUSHIがここから先は家主の許可がないと入れないって言って開けてくれなかったの。代わりにここからツクヨミに入れって⋯」

 

FUSHI⋯ううん、ヤチヨ。

あなたは本当にお人好しだよ。

今、扉一枚を隔てていろはとかぐやがいる。

ヤチヨの、かぐやの隠してきた秘密のすぐそばに2人がいる。

だけど、こわい。

今ここで真実をつまびらかにすることが。

2人に知られた時、否定されるかもしれないことが。

私は怖くて仕方ない。

 

「ねえ、ヤチヨ。私から先に話してもいい?」

 

そんな私を見かねたのか、はたまた気を遣ってくれたのかいろはが先に切り出した。

いろはは大きく深呼吸すると、私の目をまっすぐ見る。

 

 

 

 

「ヤチヨは⋯かぐやなの?」

 

 

 

 

ないはずの心臓が止まったかと思った。

それくらいいろはの言葉が信じられなかった。

かぐやはすぐ隣にいるのに、どうしてその結論に至ったのか。

 

「どう、して⋯」

 

思わず疑問が漏れる。

いろはは恥ずかしそうに頬をかきながら答えた。

 

「ヤチヨの『Remember』がお父さんと私が昔作った作りかけの曲と同じメロだったこともあるけど⋯一番はやっぱり⋯かぐやかな」

 

「かぐや?」

 

「うん。かぐやが帰ってきて、また一緒に生活するようになって。いろんなことが変わった。⋯ううん、見えるようになったの」

 

「見えるって⋯何が?」

 

「かぐやといた時間。いつかは帰るってわかってても、どこか遠い未来のことのように思えて。いざその時が来たら、私は何もできなくて。自分の無力さも、自分の弱さも、ただ噛み締めて届かない月に手を伸ばすことしかできなかった。⋯でもかぐやが帰ってきて、またなんてことない、すっかり日常になった毎日が始まって、生活の端々にかぐやがいる当たり前が、私にとってどれだけ大切だったかがわかったの」

 

「いろはぁ⋯//」

 

「⋯そんなかぐやと過ごすうちに気づいたの。かぐやがするなんてことない仕草。クセ⋯みたいなもの。それはお風呂で最初にどこから洗うか、とか靴を履くときにどっちの足から、とか名前を呼んで振り向いたときの顔の向きとか些細なことだけど、ずっと見てるうちにどんどん増えていった」

 

それは⋯私にも覚えがあった。

8000年の中で仲良くなった相手の中には、本音を隠すときの笑みが片方の口角が上がっていたことに気づいたときもあったから。

 

「で、Replyを作り終えたあたりで気がついたの。ヤチヨがかぐやと同じ仕草よくしてるなって。⋯そこからはすぐに気づいたよ。なんてことないヤチヨの仕草が、かぐやとダブって見えるようになった。⋯それでもここまで時間はかかっちゃったけど」

 

それを聞いたかぐやがだらしなくニヤけているのが目にはいる。

わかるよ⋯そんなに見てるって言われたら嬉しくなっちゃうよね。

 

「だから教えて、ヤチヨ。ヤチヨはかぐやなの?」

 

「⋯」

 

ついに、いろははここまできた。

ヤチヨの正体に手が届くところまで来た。

 

前のループではこんなに早く来れなかった。

私は確実に未来を良い方へと変えている。

 

私はその手を取ろうとして──

 

 

『ここで大人しくして、邪魔をしないで』

 

 

───取ろうとした手を静かにおろした。

 

 

「⋯?」

 

 

いろはが不審な顔を見せる。

 

「⋯いろは、面白いこと言うね〜。ヤッチョがかぐや?よよよ〜、ヤッチョはかぐやみたいにキラキラなんてしてないのです⋯」

 

すっかり作り慣れた笑顔を貼り付けて、いろはの言葉を煙に巻く。

 

「だいたいヤッチョは8000歳のおばあちゃんだよ?かぐやは月から来てゲーミング電柱から産まれたから⋯まだ2ヶ月くらい?流石にサバ読み過ぎの無理無理カタツムリだよ〜」

 

身振り手振りも合わせて、時に仮想世界だからできる演出も交えて。

ツクヨミの歌姫であるヤチヨはこういうことも得意になった。

 

「でも嬉しかったな〜。それってヤッチョがかぐやと同じくらい魅力的に見えたってことだよね?いろはってば、ヤッチョが推しだからって色眼鏡かけすぎだね〜」

 

⋯言えるわけがないよ。

だって私は一度いろはを救えなかったから。

あれだけ必死になってかぐやをもとに戻そうとしてくれたのに、私は何もしてあげられなかったから。

それに私は長い時間を生き過ぎた。

キラキラと輝いていたかぐや姫はもうここにはいない。

⋯今ならわかるよ、ヤチヨ。

あなたが正体を明かせなかった訳。

 

あなたの記憶で見たいろはの目が忘れられない。

大好きな人に失望されるかもって思うと、私はこんなにも臆病になってしまう。

 

「⋯そっか。ごめん、変なこと言って」

 

いろははあっさりと引き下がった。

その姿に、つい尾を引かれてしまう。

自分から誤魔化したくせに、もっと気にかけてほしいと思ってしまう。

 

でも、これでいいんだ。

いずれ2人の前からいなくなる私のことは、いっそ忘れてもらった方が⋯。

 

「⋯なんて、言うと思った?」

 

「⋯え?」

 

いろはが私の取らなかった手を無理矢理引き寄せる。

力強く、自分によりかからせるように私を引っ張る。

 

「そんな泣きそうな顔で言われても説得力ないんだけど」

 

いろはがまっすぐ私の目を見る。

その目は、疑いようのない確信の光が灯っていた。

 

「悪いけど、こちとらかぐやの配信に付き合わされてかぐやの百面相なんて見慣れてるから。動画だって全部見てるしかぐやのことなら、何だってわかるっつーの」

 

「あれ?でもかぐや、いろはが寝てる時とか勉強してる時も結構配信してたけど⋯」

 

「ばっ、ここで口挟む?⋯そんなん、かぐやが変なこと言ってないか確認するためにあとでチェックするのは当然と言うか⋯」

 

「いろは、やっぱかぐやのこと好き過ぎ〜」

 

「だ、だいたい!私はあんた達のおしめだって変えてるんだから!今更何やらかそうが嫌いになるわけないでしょ」

 

⋯馬鹿だなあ、私。

いろはが『かぐや』を嫌うわけなんてないのに。

 

 

「⋯で、いい加減に私の質問に答えてほしいんだけど?」

 

いろはが自信に満ちた目で私を見る。

その姿は、私を安心させるように慈愛で満ちていた。

ヤチヨ⋯、あなたの言う通りだったよ。

いろははいろはだった。

かぐやの⋯ヤチヨのいろはだった。

なら、もう私も怖がるのはやめなきゃ。

踏み出さなきゃ。

 

「⋯いろは」

 

「うん」

 

「ヤチヨは⋯」

 

誰かが、私の背中を後押ししてくれた気がした。

なんてこともないかのように、私の罪悪感なんて気にするなと言わんばかりに。

 

「⋯かぐや、だったのです」

 

「うん。⋯知ってる。月から来て、私の生活めちゃくちゃにして、私の大変な時に一緒にいてくれて、私のことをずっと好きでいてくれる大切な人」

 

「⋯いろは、お願いがあるんだけど⋯」

 

「いいよ、何でも言って」

 

「ぎゅっとして、くれないかな?」

 

「⋯いいよ、はい」

 

手を広げるいろはに、おずおずと近づく。

触れても当然体温なんかは感じない。

だけど、いろはの腕のなかにいる。

抱きしめてくれている。

たったそれだけで、私は⋯。

涙が頬を伝っていた。

意図して使う涙を流すエモートではなく、自身の感情が制御できずに流れた涙。

⋯当然か。

だって前のヤチヨの分もあるんだから。

 

「⋯いろは⋯いろはぁっ」

 

「ごめんね、こんなに待たせちゃって」

 

「違うのっ、いいのっ、また名前を呼んでくれたから、それだけでかぐやはっ⋯!」

 

「うん、これからはいくらでも呼んであげる。私があげた大切な名前、私の大切な、もう一人のかぐや」

 

 

 

 

「⋯まっ、今日くらいは譲ってあげよっかな」

 

かぐやがやれやれと言わんばかりにため息をつく。

私は16000年分の溜め込んだ涙を惜しみなく流し続けた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・ 

 

 

 

 

「⋯つまり、ヤチヨがかぐやの代わりに月に行って、今バリバリ働いてるの?」

 

ひとしきり泣いたあと、私とかぐや、いろはの三人は向かいあって座っていた。

ここは私がツクヨミ内に、自分の記憶を頼りに作り上げた引っ越し前のいろはのボロアパートの一室だ。

三人で話すならここがいいと思って、ちょちょいと空間をいじったのだ。

合わせてアバターも二人は現実世界のいろはとかぐや仕様に、私はかぐやがよく着ていた黒のオーバーサイズのTシャツに着替えてラフな格好をしている。

ちなみにいろはとかぐやには、かぐやが二人もいるとわかり辛いからって理由で私のことは今後もヤチヨって呼んでと伝えておいた。

 

「うん、もともとこの仕事は月と地球、両方にとって大切なものだからねー」

 

「いやー、その節は大変お世話になりまして」

 

「なんかその話だけ聞いてると自分の仕事押しつけて遊んでる最低なやつみたいだな⋯」

 

「い、いや!かぐやは帰ろうとしたよ!?でもヤチヨがどーしてもって言うからっ」

 

「かぐやー、その言い訳はもっと印象悪くしてるってヤッチョは思うなー」

 

慌てるかぐやをみて、いろはと二人で思わず笑みが溢れる。

またこんな他愛ない会話をできることがたまらなく嬉しかった。

 

「で、その仕事を片付けたら分身を作って引き継ぎして、また8000年前に戻らないといけない、と⋯。ねえ、ヤチヨー?やっぱり戻らないって選択肢はダメなの?」

 

「うん、かぐやが8000年前に飛ぶことでツクヨミのできる未来が確定するから、これは絶対に外せない」

 

「⋯もし、ヤチヨが8000年前に行ったら、今目の前にいるヤチヨはどうなるの?」

 

「⋯わからないにゃー。8000年前に飛んだ時点でその記憶が蓄積されたヤチヨになるだけかもしれないし、そもそもいろはとかぐやに出会わない世界になるかも。最悪、ツクヨミの運営は続けられるように分身は残していくよー」

 

「⋯でも、それはあくまで管理AIとしての機能しか残せないんでしょ?こうやって話したりとかはできないんじゃ⋯」

 

「⋯まあ、ね。でもいいの。こうやって今話せてるし、そもそも8000年前に飛ぶまでまだ時間はあるから、その間にたくさん思い出が作れるなんて⋯ヤチヨは果報者なのです〜」

 

「むむむ⋯こっちのかぐやが立てばあっちのかぐやが立たぬか⋯」

 

「また変な言葉を作って⋯」

 

「ふふっ」

 

「⋯ネムッテ、ネムッテ!」

 

いろはの呆れ顔に釣られて思わず笑みがこぼれたタイミングで、FUSHIがスリープを知らせるアラームを鳴らした。

 

「あちゃー⋯ヤチヨが眠る時間になっちゃったかー」

 

名残惜しいがこのスリープはヤチヨにとって抗えない衝動だ。

まだまだ2人と話していたいが、今日はお開きにするしかないだろう。

 

「ごめんねぇ⋯おやすみ〜」

 

私は最後に大切な二人を視界に収めると、幸せな気持ちを抱えて意識を手放した。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

 

「寝ちゃった⋯の?」

 

「みたいだね〜」

 

幸せそうな顔で眠るヤチヨの髪を撫でる。

ここがツクヨミじゃなければ、彼女の綺麗な髪をずっと梳いていたいくらいだ。

 

「おお〜ヤチヨも眠ってる姿は可愛いじゃん〜」

 

「眠ってても、でしょ?⋯ほんと、かぐやそっくり」

 

「ん?それってかぐやちゃんの寝顔もプリチーってこと?も〜いろはってば〜♪」

 

「はいはい、かわいいかわいい」

 

まとわりつくかぐやをいなしつつ、ヤチヨの頭を撫でる。

まさに至福の時間だ。

 

「⋯ヤチヨは、久しぶりに楽しそうだった」

 

部屋の中央にある丸机の上、お菓子やジュースが並ぶなかに見覚えのあるもふもふがいた。

 

「FUSHI⋯」

 

「⋯残り僅かな時間になるけど、またヤチヨと話してあげてほしい」

 

「えっ?どゆこと?」

 

「⋯」

 

FUSHIが悲しそうに目をふせる。

そして、意を決したように口を開いた。

 

「⋯ヤチヨの活動時間はどんどん短くなってる。記憶の蓄積、月での分身のフル稼働⋯。今日は二人がいたからいつもより元気だったけど、普段はずっと眠そうにしてるんだ」

 

「そんな⋯」

 

思い返せば、ここに来てツクヨミにログインした時もヤチヨは眠っていた。

最近の配信が再放送ばかりだったのは、これが理由だったのだ。

 

「な、何とかならないの?」

 

「⋯できたらとっくにやってる。僕にできるのはヤチヨの体をスキャンして、適切なタイミングでスリープさせるくらいだ」

 

悔しそうにFUSHIがつぶやく。

 

「待って⋯そんな状態でヤチヨは8000年前に飛ぼうとしてるってこと?」

 

「⋯」

 

FUSHIの沈黙が私の言葉を如実に肯定していた。

 

「そんなの無茶じゃん!だって⋯今だってこんなに辛そうなのに!」

 

「⋯ヤチヨの計算では、月の分身のリソースを回せば何とか次の8000年もツクヨミの運営開始までいける。ただ、今のように人格まで残るかは⋯」

 

帰る宛のない片道切符。

きっとヤチヨはわかっていたから、言わなかったんだ。

 

「どうにか⋯どうにかならないの!」

 

懇願するようにFUSHIを問い詰める。

だけどFUSHIは辛そうに涙を流すだけだった。

 

「僕だって⋯ヤチヨと離れたくない。大好きなヤチヨが苦しむところなんて見たくなかった。でも、ヤチヨの願いは⋯お前らの幸せだから⋯」

 

そうだ。

FUSHIにとって、ヤチヨは創造主で、8000年を共に歩いた仲間で、大切な家族なのだ。

そのヤチヨが自分を犠牲にしても叶えたい願いが、私とかぐやなのだ。

 

「ううっ⋯」

 

どうすればいいんだろう。

何とかしたいのに、具体的な方法が何一つ思いつかない。

そもそも私はまだ何の力もない高校生で、自分の夢すらもっていない。

そんな私が、大切な人を、譲れないものを守ろうなんて無理な話だったのだ。

頭のなかでお母さんが現れる。

あっ⋯久しぶりだなお母さんが出てくるの。

 

『無理は怠けモンの言い訳や』

 

私はもう1人のかぐやであるヤチヨを救えない。

その事実がたまらなく悔しかった。

⋯。

⋯そういえばかぐやがずっと静かだ。

 

「⋯ねえ、かぐやは何かいい方法を思いつかない?」

 

苦し紛れにかぐやの意見を聞こうとする。

またお母さんが出てきそうになるのを無理矢理抑えつつ、私はかぐやを見た。

 

「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

 

⋯めちゃくちゃ悩んでた。

 

「ごめん、かぐやも真剣に悩んでくれてるのに頼ろうとしちゃって⋯」

 

「いや、何とかできるかもしれないアイデアを思いついたんだけど問題があってさー」

 

「だよね⋯流石のかぐやも何も⋯ってええ!?」

 

今、何といった?

 

「な、な、何か思いついたの!?」

 

「うん!かぐやがヤチヨの記憶の整理を手伝えばいいの!月人って情報生命体だから記憶のストレージも大きいんだよね。たぶん16000年くらいならよゆーで受け持てちゃう!」

 

り、理解の範疇超えし宇宙びと⋯っ

でもっ、⋯うん!

結局かぐやに頼っちゃうことになるけど、それなら⋯っ

 

「⋯ん?でも何か問題があるって⋯」

 

「いやー、それがさー、ヤチヨとかぐやを繋ぐ為の⋯えーと、アダプター?が無いんだよねー」

 

「アダプター?」

 

「そ。なんて言えばいいかな⋯。最新の月人であるかぐやと、8000年⋯ううん、16000年経って経年劣化したヤチヨの体は規格があってないの。このまま無理に繋いでもショートして⋯最悪どっちかが壊れちゃうかも」

 

壊れる⋯それはつまり、実質死んでしまうってことじゃ⋯。

思わずゾッとする。

かぐやのやり方でヤチヨを助けようとすれば最悪、二人とも⋯。

 

 

 

「───ろは!いろは!落ち着いて!!かぐやの目を見て!!」

 

「えっ⋯?」

 

「よ、よかった⋯。いろは、顔色真っ青になって目の焦点が合ってなかったんだよ?ほら、しんこきゅーしよ!」

 

「う、うん。すーはー、すーはー⋯」

 

かぐやに言われて深呼吸すると、新鮮な空気が肺に入ってきた。

この感じ⋯多分現実だ。

いつのまにかツクヨミからログアウトしていたらしい。

言われるがままに深呼吸を続けると、ようやく自分に起きたことが理解できてきた。

かぐやとヤチヨ、二人を同時に失う未来を想像して、私は⋯たぶん、パニックに陥っていたのだ。

それも呼吸を忘れてしまうくらい、重度の。

 

「はいっ、吸ってー吐いてー、吸ってー吐いてー、これまた吸ってー吸ってー⋯」

 

かぐやは私が回復したのが嬉しかったのか、はたまた言われるがままに私が深呼吸する姿が面白いのか、だんだんと楽しげな顔になっている。

私はそんなかぐやの姿を見てどこか安心しつつ、しばらくかぐやの操り人形になってあげた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・

 

 

 

 

 

「⋯ありがと。もう大丈夫だから」

 

新鮮な空気でお腹いっぱいになった頃、かぐやにそう言うとかぐやもようやく胸を撫で下ろした。

 

「も〜、本当に心配したんだから〜!」

 

「ごめんて」

 

安心させるように涙ぐむかぐやを撫でつつ、あたりを見回す。

気がつけば、薄暗い場所にいた。

先程まではマンションの一室の前にいたはずだが⋯。

 

「僕が鍵を開けて招き入れたんだ。もうお前らはヤチヨの正体を知ったからな」

 

聞き覚えのある声のほうを見るとFUSHIがいた。

いや、正確にはツクヨミのアバターであるウミウシと全く同じ、本物のウミウシがそこにいた。

 

「FUSHI⋯?」

 

「⋯後ろを見てみろ」

 

「後ろ⋯?」

 

たどたどしく喋るウミウシの言う通り、後ろを振り向くと巨大な水槽があった。

そしてその中には巨大な筍が納められていた。

 

「これって⋯」

 

「⋯」

 

かぐやはその筍が何なのかわかるのか、驚いてるようには見えない。

 

「⋯それがヤチヨだ」

 

「これが⋯?」

 

「⋯正確には、ヤチヨの魂が入っている器だ」

 

様々なコードが筍から伸びて機械に繋がれている。

その姿は、まるで⋯鎖に縛られているかのようだった。

電子の歌姫、ツクヨミで誰よりも自由な女神が現実世界では暗く、狭い水槽のなかに繋がれている。

私はそれが、ひどく悲しいことのように思えた。

 

「⋯ヤチヨ」

 

水槽に触れる。

筍のなかのヤチヨには、私の体温も、触れた感覚も何も伝わらない。

それがとても、かわいそうに思えた。

 

ヤチヨはいつも、笑顔で⋯楽しそうで⋯。

だけど、本当は⋯。

 

「⋯ねえ、かぐや。私、やりたいこと、わかったかも」

 

「いろは?」

 

「⋯ヤチヨに会いに行こう」

 

私たちは再びツクヨミにログインした。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

ツクヨミに入ると、再び引っ越し前のボロアパートの一室に視界が切り替わる。

ヤチヨはまだそこで眠っていた。

 

「⋯ヤチヨのスリープは約8時間だ。目を覚ますまではもう少し時間がかかるぞ」

 

「うん、わかってる」

 

私はヤチヨのそばまで行くとその頭をゆっくりと撫でた。

うん、この幸せそうな顔を守るためなら、私はどんなことにも耐えられる。

 

「⋯かぐや、ヤチヨが言ってたよね。ヤチヨは遥か未来から過去に戻って8000年をやり直したって」

 

「う、うん」

 

「ヤチヨがいた未来では、私はツクヨミのことも月人のことも調べ尽くして、世界中から恐れられてたって」

 

「うん、魔王いろはって一部から呼ばれてたって言ってた!」

 

誰が魔王だ、誰が。

 

「⋯なら、かぐやとヤチヨを繋げるアダプターについても当然作り方を知ってるかもしれないよね?」

 

「うん、⋯えっ?」

 

かぐやが信じられないようなものを見る目で私を見る。

私はその視線を受けつつ、FUSHIへと視線を向けた。

 

「FUSHI、あなたにはヤチヨの記憶をみせる機能があるよね?」

 

「⋯確かにある。けどまさか、お前⋯」

 

「なら、それを見せて。私に、ヤチヨの全てを見せて」

 

「だ、駄目だよ!いろは!ヤチヨの記憶を見るってことは⋯!」

 

「ヤチヨの見た16000年を全て体験するってことだ。僕のこの力も万能じゃない。特定の記憶だけ⋯なんて細かい調整はできないんだぞ」

 

「問答無用。こっちはそれくらい覚悟の上で言ってる」

 

「いろは!いろはは普通の人間なんだよ!?風邪もひくし寿命だってあるしすぐ死んじゃう生き物なんだよ!?さっきだってかぐや達のこと心配しただけで呼吸すらできなくなった!そんないろはが16000年の記憶なんて見たらどうなるか⋯っっ」

 

「かぐや」

 

私の有無を言わさない声に、かぐやが言葉を切る。

その顔は涙でぐちゃぐちゃだ。

ツクヨミ内のアバターでこれなのだ。

現実ではきっと、可愛い顔がもっとぐちゃぐちゃになってるに違いない。

かぐやを泣かせるのは辛い。

卒業ライブでの嬉しそうな、悲しそうな顔を思い出すからだ。

だけど⋯ごめん。今回だけは譲れない。

 

「かぐや、かぐやが私のために何でもできるように、私だってかぐやのために何でもしてあげたいの」

 

かぐやは何も言わずに嗚咽を繰り返す。

その手はずっと私の手を握っている。

まるで行かないでと言わんばかりに。

ただただ握り続けている。

私はその手をゆっくりとほどくと、自分から握りしめた。

 

「かぐや。私が無事帰ってこれるように、この手を離さないでいて。そうしたらきっと、私は迷わずに戻ってこれるから」

 

「⋯約束、だよ。いろはと、かぐやの約束」

 

私とかぐやは、かぐやの考えた仲良しのやつをやる。

そして、最後にかぐやは私の手を両手で握りしめた。

うん。このぬくもりがある限り、私は絶対に大丈夫だ。

 

「⋯FUSHI」

 

「⋯わかった。もう止めない。⋯だから約束しろ。絶対にもう、ヤチヨを悲しませるな」

 

私がその言葉に頷くとFUSHIもこくりと頷いた。

 

「いくぞおおおおおお!!!!」

 

FUSHIの目が光り、周囲の景色が変わっていく。

いや、正確には私の周りだけだ。

私の視界が、ヤチヨの見ていたものへと切り替わっていく。

 

ゲーミング電柱の中から見た、疲れ切った私。

慣れない子守唄を歌う私。

食器を片付けて現実を受け入れるしかないと言った私。

作った料理を美味しそうに食べる私。

配信中にコメントを消す私。

求婚してきたファンを倒す私。

着ぐるみを着て演奏する私。

パンケーキを食べた時の私。

写真をアップしないでよ!と怒ってる私。

海でたくさんの蟹から逃げてる私。

KASSENでお兄ちゃんと戦ってる時の私。

ライブで必死になって演奏してる時の私。

同じひまわりの柄の浴衣を着て花火を見てる私。

かぐやを迎えに来た月人と戦う私。

 

ああ⋯本当にこいつ、私のこと好きすぎだろ⋯。

 

⋯月に帰って、あっという間に時間が経って。

月から飛び出して隕石にぶつかって。

8000年前の地球に不時着してウミウシの体になって。

たくさんの別れを、たくさんの時代を超えて、私はヤチヨになった。

 

ツクヨミでいろはと再会して。

かぐやが月からやってきて。

一緒に三人でライブをして。

かぐやは月に帰っていった。

 

いろはは取り憑かれたように研究に没頭して。

月の世界を地獄に変えてかぐやを取り戻した。

だけどかぐやの記憶は取り戻せずに絶望して。

最後にヤチヨの正体を知って満足して死んだ。

 

最初のヤチヨはそれを見て自分を終わらせた。

そして、もう取り返しのつかなくなったタイミングで私は目を覚ました。

 

何もかも記憶と違う世界。

月も地球もツクヨミも。

全部滅びかけてる世界。

芦花も真美も帝も黒鬼も、私に全部BETして道を切り開いてくれた。

 

再び始まる8000年の旅。

同じ未来を辿るために、結末を知っていても何もできない。

たくさんの友達が。

たくさんの好きな人が。

生まれては死んでいく。

私は、何もしない。何も、しちゃいけない。

 

時代が巡って、私は再びヤチヨになった。

ツクヨミでいろはと、かぐやと巡り会えた。

やっと、やっとここまで来れた。

月人に連れて行かれるかぐやを救ってみせた。

怒りに呑まれるいろはを止めてやれた。

あとはもう一度、8000年の旅を超えるだけ。

 

もう、一度⋯。

 

⋯いろは。

 

私、できるかな。

 

⋯たすけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⋯かぐや!!!

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

右手が熱い。

きっとかぐやだ。

かぐやは体温が高いからすぐわかる。

 

左手も誰かが握ってる。

誰かが握ってくれてるのはわかるけど、体温がないからわからない。

⋯けど、なんとなくわかる。もう何度も手を伸ばして、何度も諦めて、でもまた手を伸ばしてしまう。

そんな優しい人の手。こんなに心配そうに、こんなに震えながら握ってくれてる。

私はその人が安心するように、しっかりとその手を握り返した。

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

 

 

「「いろはぁ!!」」

 

目を覚ました私を、二人のかぐやが出迎える。

二人とも心配そうに私のことを見つめている。

 

大丈夫だよ、心配しないで。

口に出そうとしたけど、脳が疲れているのか言葉にできない。

仕方がないからくたくたな身体を起こして二人を抱きしめることにした。

これで二人が安心してくれるといいけど。

 

二人は特に抵抗もせずに私に抱きしめられる。

 

澄んだ光の中、一面の湖の上に私たちはいる。

まるで私たち三人しかこの世界にいないんじゃないかって、錯覚させられる程の美しさ。

この景色をもう少しくらい私たちだけで独占してもいいかとも思ったけど、二人を心配させたくなくて私は口を開いた。

 

「⋯光が見えたの。かぐやの記憶を見て、自分が誰かわからなくなった時に。その光を追っていったらね、かぐやがいた。私の好きな、私のかぐや。それを見たら、すぐに自分が誰か思い出せた」

 

「いろは⋯」

 

「ねえ、かぐや。私はやっぱり誰かが欠けたハッピーエンドは嫌だよ」

 

「⋯」

 

ヤチヨが一瞬、大きく目を見開く。

だけどすぐにいつもの優しい顔になった。

 

「ありがとう、いろは。そう言ってくれるだけで私は⋯」

 

「ヤチヨ」

 

セリフを遮るようにあえてヤチヨの名前を呼ぶ。

たくさんの出会いと別れを経てかぐやはヤチヨになった。

その全てを知った今、私がヤチヨを否定するようなことはしたくなかった。

なにより、かぐやがヤチヨとした大切な約束。

その約束をかぐや自身に破らせるわけにはいかない。

 

「私はヤチヨの全てをみたよ。かぐやがヤチヨになるのも、かぐやがヤチヨの想いを継いだのも。全部、全部見たの。⋯ねえヤチヨ。私にお願いしたいこと、他にもあるよね」

 

「それ、は⋯」

 

「聞かせて、お願い。私はヤチヨの口から聴きたい」

 

ヤチヨが困ったような、泣きそうな顔を浮かべる。

すると、それまで黙って見ていたかぐやがヤチヨの空いてる手を優しく握った。

 

「いろはなら大丈夫、だよ」

 

ヤチヨが大きく目を見開き、まぶたを閉じる。

たっぷりと時間をかけて何かを思案したあと、ゆっくりとまぶたを開いた。

 

「いろは」

 

「うん」

 

「ヤチヨを⋯助けて⋯」

 

「うん、まかせて」

 

私はヤチヨと繋いでいた手を離し、人差し指と中指の先をヤチヨに向ける。

ヤチヨもまた、おずおずと同じように指の先を向けた。

かぐやの考えた仲良しの合図。

何度もやったそのサインの最後にヤチヨの手を優しく包みこむ。

震える手を、もう二度と離さないと約束するように。

 

「私、やりたいことができた。2人とも、本当のハッピーエンドまで付き合ってよね?」

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 

 

あれから10年が経った。

いろははヤチヨの記憶で見た経験をもとに、あっという間にかぐやとヤチヨを繋ぐアダプターを開発した。

いろは曰く、月の世界とツクヨミを繋ぐ門の技術で何とかしたらしい。

正直、記憶の中とはいえ、実物を見ただけでヤッチョも理論を知らないものを数年で作り上げたいろはが本当に人間なのか疑ったくらいだ。

大魔王いろは⋯、案外与太話でおさまらないかも⋯。

 

 

かぐやとヤチヨの記憶共有も問題なくできている。

16000年という膨大な時間も月の技術の前では形無しだ。

なんなら追加の8000年についても、かぐやいわく無問題らしい。

退職金代わりにって軽くお願いしたけど、どうやら月人はだいぶ奮発してくれたみたいだ。

相変わらずサービスが行き届いている。

ちなみにかぐやとヤチヨの仲はとても良い。

なんせ根元は同じうえに記憶まで共有してるのだ。

だいたい圧縮言語という名の古のネットミームで会話が成立するし、8000年の間の暇つぶしで考えたブラックジョークも互いにドッカンドッカン笑いが取れる。

ただこれやるといろはが寂しそうな顔をするから、いろはの前じゃあまりやらないけど。

 

ヤチヨの身体はみるみる回復し、活動限界ももとの時間まで戻って毎日の配信もできるようになった。

復活ライブの時なんか、ばたばたしてたいした告知もしてなかったのに同接が100万を超え、トレンドも1位になっていた。

『私の復活ライブより話題になってる!!!』と拗ねてしまったかぐやをいろはと慰めた記憶はまだ新しい。

たくさんのヤチヨの復活を喜ぶコメントで埋め尽くされたあの光景を、ヤチヨが忘れることはないだろう。

 

ツクヨミも大きく変わった。

なんと、五感が実装されたのだ。

⋯というのも、いろはが『なんかできそう』といってヤチヨの記憶で見た経験を頼りにパパっと実装してしまった。

流石にあの日曜大工感覚でやられた時はヤチヨは凹んだ。それはもう凹んだ。

ヤチヨが何年も試行錯誤して、この時代では無理だと諦めていた技術は天才博士酒寄彩葉にとっては路傍の石程度の障害だったのだ。

つい闇落ちしたYachi8000が復活し夜な夜なアンチとレスバをしても仕方ないよね。

パンケーキ食べた時に浄化されて消えたけど。

 

更に天才博士酒寄彩葉伝説は留まることを知らない。

急に専攻をロボット工学にしたいろははヤチヨの現実世界での身体を作り始めた。

やっぱ現実でも美味しいもの食べたり、花火の音や匂いを全身で感じたいよねーなんて言い出したと思ったら次の日には研究テーマが変わっていた。

 

「もうヤチヨのこと、追い越しちゃったかもよ?」

 

 

ある日、いろはが言い放ったこの言葉は、嬉しかったと同時にヤチヨを心底戦慄させたのはかぐやとヤチヨだけの秘密だ。

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

 

そしてついに運命の日が来た。

月にいるヤチヨの引き継ぎが終わり




超かぐや姫!二次創作において、酒寄彩葉はどれだけ盛っても許される法則、あると思います。
⋯酒寄彩葉、逆に貴様は何を持ち得ないのだ!!

あと何作か、超かぐや姫!小説を投稿予定です。
よろしければこちらもご覧ください!


最後に、「推しの子」と「ゾンビランドサガ」のクロスオーバー小説も投稿しています。
続きも執筆中なので⋯
もしどちらも読んだことがある方、片方しか読んでないけど興味がある方、推しの子のアニメ第一話、Mother and Childrenを観てアイ推しになった方がいれば読んでもらえるとありがたいです!
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