いつも朝は憂鬱だった。ベッドから起きて、ご飯を食べて、退屈な仕事に取り掛かるだけ。来る日も来る日も変わることのない毎日に辟易していた。
だが今日は———いや、今日からは違う。
「おはよう!」
毛布代わりのマントを勢いよく跳ね飛ばし、全身の筋肉を総動員して立ち上がる。
これから始まるのは新たな毎日、新たな冒険。胸躍る数多の出会いがイースを待っている。興奮のせいか若干頭が痛い。
「おはようございます。昨夜はあれほど寝付けなかったというのに元気ですね」
「ったりめぇだろ! 今日という日を待ち望んでたんだ。寝不足だろうが何だろうが俺は止められねぇ!」
寝起き早々はしゃぐイースに、朝食の支度をしていたユエルは呆れたようにため息を吐いた。
「興奮するのは構いませんが羽目を外し過ぎないようお願いします」
「分かってるよ。俺だってガキじゃねぇんだから、やって良いことと悪いことの区別ぐらい付くっつの」
「だと良いのですが。さ、起きたのでしたら板を外してください」
「あいよ」
イースは袖を捲って窓を塞いでいた板を外しにかかる。どうやら魔物は夜間になると活発的になるらしく、野宿する際は廃墟の中に身を潜めて、外に繋がる窓や扉は塞ぐ必要があるらしい。魔物除けのお香まであるというのだから、案外旅人は多いのかもしれない。
仕事を終えて火が消された香炉を一瞥して、外した板を片隅に寄せる。
タイミング良く朝食も出来たようで、二人は小さな鍋を囲んで食事を始めた。供されたのはユエルが旅の途中で見つけた様々な缶詰を鍋にぶち込んで完成したありあわせシチューと乾パン。中身が何かは不明だが、人生初めての傭兵食は酸味が効いててそこそこ美味い。
「目的は昨日お伝えした通りです。覚えていますね?」
乾パンの未知の食感に四苦八苦しているとユエルが訊ねてきた。
彼女の目的は魔物の襲撃を受けて放棄された廃居住地『サヴァル』へ赴き、依頼された品を持ち帰ることだ。魔物どもは情報収集の結果によるとサヴァルにいないらしく、比較的安全に見つけられるだろうとのこと。
距離もおよそ一週間あれば着くそうだ。仕事がある日の一週間は長すぎるが、楽しい時間に満ちた場合だとあっという間に過ぎてしまう。
(一か月ぐらいありゃよかったな)
ユエルと依頼人には悪いが、イースはそう思わずにはいられなかった。尤も、依頼が終わった後は未定なため、もしかしたら旅は続くかもしれないが。
「ちゃんと覚えてるよ。サヴァルに行って目当ての物をかっぱらってくんだろ?」
「はい。形状はこちらの通りです」
そう言って差し出されたのは擦り切れた一枚の写真。日に焼け折れ目もついて見づらいが、銀色のケースが辛うじて見える。
「大きさは懐に収まる程度とのことです。厳重に保管されているので誰かに盗られている可能性は低いでしょう」
「となると見つけ出す方法も考えなきゃなんねぇのか。楽しくなってきたじゃねぇか」
「遊びではありません。真面目にやっていただけないのであれば、昨日の約束は無かったことにしますよ」
「楽しむぐらいいいだろ。お前も表情筋をサボらせてねぇで楽しもうぜ」
「余計なお世話です」
ユエルが口を閉じてしまった。そのまま黙々と食べ進めて朝食は終了。荷物の確認へと相成った。
とはいえイースの持ち物は愛剣レイラと警備隊の修繕の痕が痛々しい制服のみ。使える収納も上着とズボンのポケットが数個あるだけだ。
「近いうちにあなた用の一式を揃えないといけませんね。いつまでも私のお古を使わせるわけにもいきませんし」
「そうか? お前のマント、結構温かいぞ」
「あくまで予備の品なので。水筒などもあなた専用の物を見繕わないといけませんね」
自分だけの冒険道具……なんとも胸躍る響きではないか。
「どうやって手に入れるんだ?」
「基本的にはキャラバンから購入するか、廃墟を探索した際に手に入れるかになります。あなたの場合は一つ二つの補充では足りないので、キャラバンを頼りましょう」
「了解。んで、キャラバンって?」
「主に居住地間を行き来する行商人の部隊です。私たち傭兵は彼らの護衛を主な仕事としています」
つまりはユエルと同じ旅人ということか。しかも居住地を渡り歩くと言うのだから、イースの知らない他所の話をたくさん知っているはず。
未だ会えぬ人種に妄想を膨らませているイースをよそに、ユエルはイースの背に堂々と背負われているレイラを見ながら言った。
「あとはあなたの剣も何とかしないといけませんね。服は最悪探索で手に入れるとして、像力兵器は専門家に見てもらわないと修理のしようがありませんし」
「ん? こいつはどこも壊れてねぇぞ」
昨日の午後に軽く素振りをしたから間違いない。能力の発動も問題なし。
ところがユエルは小さく首を振る。
「リミッターが外れていました。そのままでは肉体への負荷がかかりすぎて倒れてしまいますよ」
「平気平気。俺は普通の奴とは違うからな」
イースは得意げに胸を張る。
「そういや言ってなかったな。俺は他の奴より像力の量が多いんだ。確か……常人の三倍とか言ってたな。だからリミッターなんか要らねぇんだぜ」
イースが持つたくさんの自慢の中でもとびきりの自慢。実戦での戦績はもちろんのこと、レイラの力を十全に引き出せる才能は誰に対しても誇れる特技だ。
と、熱弁したにも関わらず、ユエルは額を押さえて深々とため息。
「そうですか。それはすごいですね」
「おい、もっと感情込めろよ」
「でしたらもう少しマシな嘘を吐くべきでしたね。そんな馬鹿げた数字に騙される馬鹿はいませんよ」
「馬鹿馬鹿言いすぎだぞお前ぇ!」
もはや信じる信じない以前の問題だ。
その後の必死の弁明さえも聞いて貰えず、終始わがままを言う子供を受け流す大人ムーブをかまされた。
(ちくしょう。こいつ像力兵器が嫌いなのか?)
彼女の武器はベルトの後ろに差した肉厚の剣と、左に差した片刃の斧の二種類。どちらも像力兵器のようなパーツは付いておらず、まさしく金属を叩いて作られた前時代の骨董品のような代物だ。
魔物が蔓延る時代、手軽に火力や安定性が確保できる像力兵器を使わないのは彼女なりの拘りだろうか。
あんまり押し付けないで欲しいものだ。
「分かったよ。信じたくなきゃ信じなくて良いさ。でも
「ですからあなたの言い分は理解したと言っているではありませんか……」
押し問答に辟易してイースが先に折れてやる。大人だから。
ユエルがぶつぶつ言ってくるが無視だ無視。
「まあいいです。どのみち私も用事があるので、キャラバンと出会えることを祈りながら行くとしましょう」
ため息を吐いてユエルは会話を断ち切った。
「では出発しましょう。準備は良いですか?」
「おう!」
ひと悶着こそあったが、これから新たな人生が始まる。
期待を胸に抱きながら、イースは我先にと廃墟を飛び出した。