明けの日差しは強く、外へ飛び出た瞬間にかすかに立ち眩みが起こった。
平時であれば些細な変化だが、日光初心者のイースにとっては予想外のダメージ。両目を押さえながらその場で悶絶する。
「うぉっ、なんだこりゃ……! 世界が回るぅぅ!」
「ただ光に過敏に反応しただけですよ。すぐに落ち着きます」
ユエルの分析が終わる頃には確かに収まったが、初めての感覚というのは尾を引くものだ。
とりわけ陽の光を完全に味方だと思っていたイースにとっては裏切りと不意打ちのダブルコンボを決められたのだから若干の文句が湧いてくる。さすがに口に出すほど恩知らずなわけではないが。
「くそっ、してやられたぜ」
「妙なことを言っていないで私の話を聞いてください」
「ん? なんか話していたか?」
「あなたって人は……」
朝っぱらから何度もため息をするユエル。
額を押さえながらも絞り出すようにして。
「必要ないとは思いますが、旅に同行する上でいくつか忠告があります」
神妙な顔をするユエルに、さすがのイースも真面目に傾聴の姿勢をとる。
イースは旅初心者、世の中のルールさえ分からない素人だ。対してユエルは傭兵として長い一人旅を行ってきたはず。想像もつかないような気まりがあるに違いない。
若干のワクワクを抱きながら言葉を待つイースに、ユエルは重々しく口を開く。
「1、見知らぬ物を拾わない。2、無闇に動物に触らない。3、分からないものを食べようとしない。以上を厳守してください」
「おい舐めてんのか」
真面目に聞いたのがバカみたいだ。まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるような内容にはさすがに不満を言わずにはいられない。
一方、真正面から睨んでいるにも関わらずユエルは涼しい顔で先に出発してしまう。
「見てろよ。俺が頼りになるってとこを見せてやる」
忠告を守った程度では見直されないのだが、そんなことはどうでもいい。
ユエルが言ったことを全部守って、彼女の認識は間違っていると証明できれば勝ちだ。
やる気で燃え上がりながら、イースはユエルの後に続いた。
———一時間後。
「おいユエル! 変なの見っけたぞ!」
「どうしました?」
振り返ったユエルの眼前に、イースは手に入れたばかりの戦利品を掲げた。道端に生えていた細長い草の一本だが、これだけ先端に泡状の白い塊が張り付いていた。ちょんと突くと弾力があり、揺すっても中々落ちない。
「なんだこれ⁉」
「それはコハクダイラの卵です。分かったら捨てなさい———」
「虫の卵⁉ デカくねぇか?」
「卵嚢ですから、そこから複数の幼虫が一斉に孵るのです。いいから捨てなさい」
「一斉⁉ どんぐらい———」
「捨てなさい」
謎に語気を強めてきたユエルに根負けし、イースは元の場所に戻した。
持って帰りたかったのに……。
「じゃあな。元気に生まれろよ」
若干の祈りを込めつつきちんと戻し、なぜか歩幅が広くなったユエルの後を追った。
———三十分後。
「おいユエル! デケェの見っけたぞ!」
「……はい?」
やや気怠そうに振り向いたユエルの眼前に、イースは木の幹に張り付いていた生物をむんずと掴んで突き出した。
見たことのない生物だ。見た目はすべすべした老緑の肌を持つトカゲだが何十倍と大きく、体長の三分の一を占める尻尾は先端がクルンと丸まっている。ついでに顎もデカいし目もデカい。
トカゲモドキは
「誰だお前ぇ」
「……ギャァ」
喋った⁉
「カメレオンの一種でしょう。本来は高温多湿の地域に生息する爬虫類ですが、滅亡前にペットとして飼われていた種が繁殖したのでしょう。いいから近づけないでください」
「お前背ぇ高ぇんだからよく見えねぇだろ。ほら———」
ガシッ
「近づけないでください」
「……わ、分かったよ」
もはや殺意の領域に達しつつある気迫に圧され、イースは渋々カメレオンに別れを告げて、明確に歩調が速まったユエルを慌てて追いかけた。
———十分後。
「んだこれ、食えんのかな」
「イースさん!」
木の根元に生えていたキノコに手を伸ばした瞬間ユエルが叫んだ。
「勝手な行いは控えるようお伝えしたはずです。それとも聞き分けの悪いお子様なのですか?」
「しゃ、しゃーねぇだろ。気になるんだから」
ましてやこのキノコ、艶のある白い傘に肉厚の柄と美味しそうな見た目をしている。焼いたら良いステーキになりそうだ。
「ほら、美味そうだろ?」
「毒キノコなので食べたら死にます」
「嘘だろっ⁉」
慌てて飛び退き両手を確認。直接触れてはいないが近づけたのだ。何かしらの影響を受けた可能性が高い。
……のだが、一向に変化は訪れない。
首を傾げてユエルを見ると、呆れたように目を細めていた。
「嘘ですよ。ヒメシロタケは毒性こそありませんが苦みが強く食用には適していません」
「なんだよびっくりした……お前ぇ俺を揶揄ったのか?」
「危機感を抱いてほしかっただけです。今回は毒性はありませんでしたが、毒キノコの中には近づいただけで炎症を起こす危険な種もあるのです。あなたは一時の幸運で助かっただけ、それを肝に銘じておいてください」
厳しい声音に興奮も一気に冷める。
ここはアルレイではない。目に映った物体がどんな特性を持つかなんて分かるはずもなく、万一には危害を加えてくるかもしれないのだ。
人間に優しい世界ではないことは、あの夜で骨身に染みている。
「ごめん。調子に乗ってた。気を付けるよ」
「ご理解いただけたようで何よりです」
ユエルの後に続く傍らで、考えなしな行動は控えようと、イースは厳しく自戒を刻んだ。