一夜が明けて。
「本日はこの世で生き抜くための術を一つお教えいたします」
なんてことを言いだしたユエルに連れられてやってきたのは、町の外れに位置するそこそこ大きな建物だ。
四方のうち三方が窓張りという中々攻めた外観だが、肝心の窓はほとんど板で塞がれており役目を放棄している。角に設けられた入り口の真上には『ハイリーヒュージ商店』と銘打たれた巨大な看板が掲げられており、周囲には物々しい装いの物体がいくつも散乱していて当時の混乱が想像できた。
腰に手を当てて教官スタイルに移行したユエルに、イースは手を挙げて訊ねた。
「ここで昼飯食うのか?」
「いいえ。あなたには生きていく術を学んでいただきたいと思いまして」
扉越しに内部を一瞥してユエルは言った。
「ここはかつて商店として使われた建物です。末期には軍需品の保管庫としても用いられ、現在も物資が取り残されている可能性が高い場所となっています」
「他の奴に取られたりしてねぇの?」
「もちろん、すでに荒らされている場合の方が多いです。とはいえ世界は広いですから。それに民家などを漁るよりずっと可能性が高いので」
つまるところ、物資の有無は運で決まるということ。
「ま、必ずあるって決まってんのもつまらねぇか。こういうのは見つかるまでのワクワクが大事だってオニールも言ってたしな」
「ワクワクするのは構いませんが、今からお教えすることをきちんと頭に叩き込んでくださいね」
冷ややかな眼差しをしながらユエルは入り口の扉を開ける。錆びついたアームを響かせながら開いたその先にはいくつもの棚が乱雑に並んでおり、中には横倒しになっているものや、なぜか逆さまになっているものまである。
どう考えてもすでに荒らされた後だ。疑問と不信を目線に乗せてユエルを見上げると、ユエルは懐から何やらヘンテコな物体を取り出した。
「なにそれ」
「ヒーレアラートです。内部の瘴気濃度を調べる道具です」
ヒーレアラート、と呼ばれた道具は手のひらに収まる程度の大きさで、工具めいた輪郭に橙色の塗装、中心には無色の結晶がはめ込まれている。どことなく像力兵器を連想させる見た目だ。
「中央の結晶は瘴気濃度によって色を変えます。青なら安全、黄色なら注意、赤は危険域に達していることを示します」
説明をしながら側面のスイッチを入れて屋内へと入れるユエル。やがてピピっと機械音がして取り出すと、結晶が黄色に光っていた。
「注意……ヤバくねぇか?」
「このような廃墟で黄色以外を示すことなど滅多にありません。要は魔物の不在が確認できれば良いのです」
「瘴気濃度で分かるもんか?」
「ええ。例外こそありますが、基本的に魔物の住処の瘴気濃度は危険域を示します。日陰の多い廃墟は彼らの避難所として用いられる場合が多いので、事前に調べておく必要があるのです。とはいえ、小規模の群れが仮の宿として使っている場合もあるので、警戒は怠らないように」
魔物は日光を忌み嫌う。イースらが夜間に窓を塞ぐのと同様、奴らも休む時は閉鎖空間の方が落ち着くようだ。
「んじゃ平気だって分かったことだし、宝探しと行こうぜ」
イースは腕を捲りながら言った。新世界初の仕事だ。気分だって勝手に高まるというもの。
溢れんばかりのやる気にはユエルも呆れを通り越して諦観の域に達したようだ。現に今も気合十分なイースを見て小言の一つも飛んでこない。
慎重に歩を進めるユエルに続いて、イースは建物の中へと足を踏み入れた。
瞬間、真っ先に感じたのは空気中を舞う無数の埃の存在だった。鼻腔をダイレクトに刺激する微細なゴミに神経が反撃を開始、くしゃみという名の砲撃で何度も何度も迎撃を試みる。おかげで肉体に負荷がかかっているのでやめて欲しい。
おまけに明るい日光の下から来たせいか辺り一面真っ暗。ユエルから借りた
加えてなんだか息苦しい。窒息するほどではないにしろ、まるで水の中を泳いでいるかのような錯覚に陥るほどだ。
結論、
「暗っ! 埃っぽ! 息苦しい! ここヤダ!」
「わがままを言わないでください。先ほどのやる気はどこへ行ったのですか?」
「だってこんな嫌な場所だとは思ってなかったんだよ。倉庫の中だってこんなんじゃなかったぞ」
「当たり前でしょう。密閉空間な上に誰も足を踏み入れなかったのでしょうから。逆に物資が残されている可能性が高まったのです。喜んではいかがですか?」
「喜べるかぁ!」
魔物がいたら一発アウトな声量でイースは叫んだ。宝探しというのはこんなにも辛い環境で行うものだったとは……。
一転して気分が落ち込んだイースを尻目にユエルは探索を継続。目を皿のようにして辺りを見回している。
「さすがに商品はありませんね。奥の倉庫を見てみましょう」
「奥ぅ? 倉庫ぉ⁉ 行くのヤダ」
「まったく……ではあなたは商品棚を担当してください。もしかすると見落としていた品があるかもしれません」
「何を探しゃ良いんだよ。ぬいぐるみとかか?」
「構いませんよ。他にも使えそうな道具や衣類、食材……は無いでしょうし、あなたが有用だと感じた品であれば」
冗談さえも取り合ってもらえず、ユエルはスタスタと奥の方へと消えてしまった。
さすがにわがままが過ぎたか……と一瞬脳裏を過ったものの、改めて考えても奥へ行くのは体が拒んだ。
それにユエルが奥へ進んだということは、他の旅人も同様の考えを持つことだってあり得る。となれば大抵、入り口近くを見落とすものだ。
(これで俺が良いモン見つけた日にゃ、あいつも見直すだろうな)
子供扱いをやめて対等に見てくれるかもしれない。そう思うと衰えたやる気も燃え上がる。
「っしゃ、やってやるぜ」
声に出して発破をかけ、イースは商品棚の探索に乗り出した。
五分ぐらいで諦めた。
「全然無ぇ!」
どの棚も綺麗に空っぽだ。もはや通り抜けざまに見ていくだけで無いのが分かる程度に空きが目立つ。というか空きだらけ。
考えてみると末期には保管庫として用いられていたのだから、取りやすい入口付近は滅亡前の人間がかっさらっていったはずだ。
策士策に溺れるとはこのことか。
「くっそぉ、これじゃあいつを見返せねぇ。どっかに何かねぇのか?」
曖昧な目標を掲げつつ、イースは商品棚のエリアを抜けて更に奥へと進む。
建物の奥はイースでさえ知っている家電が並び、多種多様な商品を扱っていたのが窺える。商店とやらは大層住民に重宝されていただろう。
もしかしたら家族連れか夫婦かが和やかに選んでいた時期があったかもしれない。大きな商品を選ぶドキドキも、自分の物となる感動も、決して一人だけで味わったものではないはずだ。
あったかもしれない幸せな日々、それが瓦礫の下に埋もれた現実に、胸がツンと痛む。
「シャキッとしろ、俺」
今は物資を見つける時間だ、感傷に浸っている場合ではない。
頬をパチンと叩いて気合を入れ、家電のエリアを適当にぶらつく。コンロや流しなんかがあるのだから、上手くいけばユエルが使っていたような小型の鍋も見つかるかも。
などと考えていたイースの足が止まった。
「……なんだ」
ポチャリ、ポチャリ。
水滴が落ちる妙な音が鼓膜をかすかに揺らす。だがそれは清水のように滑らかではない。粘着質で、耳障りな異音だ。
音のする方へ足を向けて歩くと、一台の冷蔵庫が現れた。大容量と宣伝されたソレは確かに大きく、けれど中身が詰っているのか扉がわずかに開いている。
滴る音は冷蔵庫の足元、隙間の開いた扉から鳴っていた。
開けてはならない、と本能が警告する。なにか嫌なことが起こる、と。理由も根拠もないが、漠然とそんなことを思った。
しかし本能の制止に、愚かな好奇心によって伸びた手を引き留める力は無かった。
上部に設けられた取っ手に指をかけ、一息に扉を開く。
中に入っていたのは———黒く爛れた人間の死体だった。