背の高い建物が乱立する地区をイースは疾走する。町の中心へ近づくにつれて建物は規模も密度も増していき、だだっ広く感じた青空もほとんど灰色の人工物に遮られている。
音はすでに止んでおり、現在は大まかな発生地点へと進んでいた。ここからは純粋な直感頼り。土地勘が無い中での人探しはまさしく暗中模索、時間制限付きということもあって焦燥が喉を焼く。
(頼むから無事でいてくれよ……!)
ユエルの言いつけを破ってまで来て無駄骨になるだなんてまっぴらごめんだ。
人を助け、ユエルの機嫌も直し、あわよくば称賛を貰う。そんな理想に活力を貰いながら、イースはとうとう発生地点と思しき建物へと到達した。
奇妙な外観の建物だ。他が縦に伸びている中、これだけ横に広く建てられている。ぐるりとベージュの壁を囲む幾本もの柱は装飾が施された見事なものだが、緑の三角屋根といい童話から飛び出したかのような外観をしている。
十数段の階段を上った先に佇む巨大な両開きの扉。その手前の地面には金色の筒がいくつも散らばっている。
イースは深く息を吐き、扉を押して中へ入った。入ってすぐは受付なのか、正面に半円を描くテーブルが置かれ、その後ろに複数の扉が横に並んでいる。内観も外と概ね一緒で、ガラス天井からは陽の光が差し込んでいる。
奥へ続く扉の上部には掠れた字で『集会部屋1』と彫られた看板が。
「集会部屋? ここ集会所か」
アルレイの物とは規模感がまるで違うが、言われてみれば集会所に見えなくもない。
となれば、奥にはきっと倉庫や準備スペースがあるはずだ。
(俺ならそのあたりに隠れるが……)
一縷の望みにかけてイースは奥へと進んでいく。
百人近くは収容できそうな大広間を抜けると、読み通り、奥には小部屋へと続く扉が並んでいた。
そのうちの一つ、『応接間』と札が掛けられた扉だけ、僅かに開いていた。
「おい、大丈夫か?」
声を掛けるも返事はなし。
「誰かいるか? 助けに来た」
「……」
「近くに魔物はいねぇよ。ビビってねぇで出てこい」
「……」
再三の呼びかけにも返事は無かった。
痺れを切らして応接間へ歩み寄り、半開きの扉を一息に開く。
「ひっ⁉」
「んだよ、居んじゃねぇか」
呆れが口をついて飛び出すイース。その視線の先には、一人の青年が椅子や机で構築されたバリケードの中で身を縮こませていた。
線の細い少年だ。日に焼けた肌や手にしている奇妙な道具から察するにユエルと同じ旅人タイプなのだろうが、気弱な顔立ちに不安げに揺れる瞳と、頼りない印象を受ける。
背中に伸ばしていた手を引いて、イースはバリケードへとゆっくり近付く。
「落ち着けよ。助けに来た」
「……君は? 一人なのかい?」
「連れがいる。つっても置いてきちまったから、出来れば一緒に来て説明してほしいんだけどな」
イースが手を差し出すと、青年も恐る恐るといった様子で手を伸ばした。
握ってみると以外にも固くタコの浮いた感触が返ってきた。
「助けてくれてありがとう。でも、まずはリーダーのところに戻りたいんだけど、いいかな?」
「リーダー?」
「キャラバンのリーダーだよ。予定の時間をだいぶ過ぎちゃったから心配してるかも」
(っしゃぁ!)
イースは心の中で歓喜の雄たけびを上げた。ついでにほぼ無意識のまま手をぶんぶん振ってしまい青年も困り顔。
顔をしかめた辺りで振り回していたことに気付いて慌てて離し、誤魔化すようにコホンと咳払い。
「ちょうど良かったぜ。俺らもキャラバンに用があったんだ。お前名前は?」
「え? し、シモン」
「シモンね。俺はイースだ。んじゃ早速お前んとこに行こうぜ———」
「ッ⁉ 危ないっ!」
イースが言葉を終える刹那、シモンが大声で叫んだ。
———よりも早く、抜き放ったレイラの剣身が金属質の凶手を弾き返す。
「……チッ、人が良い気分な時に邪魔しやがって」
イースはゆっくりと振り向き、不意を突いてきた闖入者へ視線を向ける。
肥大化した腹部を持つ人型の怪物。アルレイで散々見た魔物———フラグマーだ。
見える範囲では一体だけ。しかし廊下からはカツカツと地面を鉤爪が突く音が三体分聞こえてくる。
「シモン、お前はそこに隠れてろ。こいつらは俺がやる」
「わ、分かった。気を付けて……」
がしゃがしゃと音を立てるシモンに背を向けて、イースは緊張に乾く唇を舐めた。
応接間は戦いに使えるほど広くない。かといって廊下に飛び出れば四体を同時に相手取る羽目になる。
ならばどうするか。
(
イースは地面を蹴って駆け出した。低姿勢での突進に相対するように、フラグマーは鉤爪で床を削りながら大きく振り上げる。
鼻先を錆びついた刃が掠めるほんの一瞬、イースは素早く足を突き出しながらスライディング、勢いを活かしながら膨れ上がった腹部へ蹴りを見舞う。
グゲッと奇怪な声をあげながらたたらを踏むフラグマーへ、すかさず体勢を立て直して喉元を勢いよく殴打。負けじと股を通るように突き出された尻尾の針をジャンプで避けて中空から顔面を踏みしめ、後方へ跳躍。宙返りの要領で着地し再度突撃、水平に構えたレイラでフラグマーの胸部を串刺しにする。
「あばよ!」
剣先で捉えたデイルにトドメとばかりの像力破。内側から爆ぜ散った魔物の血肉をマントで防ぎながら、イースは廊下へ躍り出た。
案の定、廊下からは三体のフラグマーが呼気荒く迫っていた。目が存在していたらギラギラ血走らせていただろうぐらいに。
「ハッ、キッショ。テメェらに迫られても反吐しか出ねぇよ」
逆手に構えたレイラを振り上げ、先頭を突っ走っていたフラグマーへ斬撃を見舞う。予備動作も攻撃動作も遅い一撃に当然のごとく避けられる。
———が、回避したフラグマーを待ち受けていたのは像力盾による側面からの横薙ぎだった。
「ざ~んねん!」
壁にべちゃっと張り付いた動く腐肉を嘲弄しつつ、仲間の復讐を目論む一体の攻撃を後ろに退いて躱す。
二体目のフラグマーは尻尾による刺突を中心に攻めて来た。突いては引いて、突いては引いてを繰り返す攻めは知能の高さが伺えるも所詮は通常種、避ける方向を側面にするだけでがら空きとなった本体が露わとなる。
懐へと飛び込んだイースを待ってましたとばかりに鉤爪が迎え撃つも、像力盾による
もはや遮るものなどなにも無い胸部へレイラを突き立て発破。肉体が霧散する寸前に最後尾の一体へ蹴飛ばし、仲間の体液をモロに喰らった憐れなフラグマーを尻目に壁に張り付いていた一体へ横一閃。
ところが、壁を利用した跳躍によって回避され、大きく空いた左半身目掛けて鉤爪が振り下ろされる。
「キヒッ、やるじゃねぇか。負けてらんねェなァ!」
すぐさまクルリと反転して紙一重で躱し、反撃とばかりに頭部目掛けて大上段からの一撃を食らわせる。両手で振り下ろされた攻撃は縦に裂けた口の中へクリーンヒット、筋繊維を断ち切る感触を軌跡に肉体を裂いてデイル諸共真っ二つに。
最後の一体は仲間の体液を残しながらも懸命に攻撃してくるも、その動きは単調かつ隙だらけ。
イースの顔面を切り裂かんと横に振られた鉤爪を小さく屈んで避けながら胸部へ拳を叩きこむ。体をくの字に曲げて怯んだフラグマーへレイラを叩きこみ、側面から像力破を放つ。
衝撃で地面に倒れ伏したその胸部へ深々と剣身を突き刺して再び発破。甲高い爆発音を最後に廊下は静まり返り、戦いの終わりを告げていた。
「ふぅ、すっきりした」
積年の恨み……というほどではないが、防壁での雪辱を一部果たせたような気がして爽やかな気分だ。
イースが振り返ると、終わったことを察したシモンが部屋から出てきていた。
「す、すごいね。あっという間にやっつけちゃうなんて」
「こんなの朝飯前だぜ。それより早く行こう。ユエルにどやされんのはごめんだしな」
「ユエル? それって———ちょちょっ」
なにか言いかけたシモンの手を引いてイースは足早に出口を目指す。とうにユエルもイースの不在を知っているはず、人助けとはいえ弁明は早い方が良い。
そう気が急いたまま進んでいたイースの足は、大広間へと続く扉の前で止まった。
大広間には、夥しい数のフラグマーがたむろしていた。
「チッ、隠れろ。フラグマーだ」
急いで壁際に身を隠し、イースはそっと中の様子を覗く。
五体、十体、十五体……両手じゃ数えきれないほどのフラグマーが、出入り口へと続く道を塞ぐように立っている。獲物を探している素振りを見せてはいるが、気付いているのだ。獲物が自分達のいる場所を通ることに。
(腐ったバケモンのくせに多少は頭が回るみたいだな)
問題は、出口があそこ一つしかないこと。他の建物と違って外に面している窓はガラス天井一つしかなく、それさえもユエル三人分は必要なぐらい高く位置している。
抜け出すには、フラグマーの群れを突破するしかない。
「まさかこんなにいたとはな。お前、人気者みたいだぞ」
冗談めかして話しかけるもシモンは顔面蒼白。ガタガタと震えながらか細く呟く。
「どうして……痕跡はちゃんと消したはずなのに」
「……」
イースは口を噤んだが、なんとなく理由は察していた。
こいつらはシモンを追って入ってきたのではない。イースが無思慮に突入した跡を追って入ってきたのだ。
要はイースの不始末が原因。故に取るべき行動は……一つ。
「シモン」
自分でも驚くぐらい冷静な声が出た。
名を呼ばれたシモンは顔を上げてイースを不安そうに見つめる。
……ここまで来たのだ。彼を死なせるわけにはいかない。
「走れるか?」
「う、うん」
「ならいい。俺が先に飛び出して奴らの注意を引き付ける。お前はその隙に逃げ出せ」
「なっ、何言って……⁉」
「それが一番ラクなやり方だろ? 最低でも一人は生きて抜け出せんだからな」
「変なこと言わないでくれ! 元はと言えば僕のミスでこんな目に遭っているんだ! なのに」
「いいからいいから。お前はただ走って逃げりゃ良いんだよ」
イースはシモンに笑って見せた。
本音を言えば心臓は痛いほど鼓動を刻んでいるし、緊張で干上がった口内がネチャネチャと音を立てて気持ち悪い。叶うなら今すぐ逃げ出したいぐらいだ。
だがイースには出来ない。自らの不始末は自らが片付けるのが責任というものだ。
何よりも……防壁の二の舞を演じるつもりはさらさらない。
「俺はあいつらを左に寄せる。その隙に右を通って逃げろ。分かったな?」
「無茶だ。死んでしまう———」
必死に説得しようと声を荒げるシモン。彼だけでも脱出させるべく恐怖を押し殺すイース。
二人の言い合いの最中、その声は聞こえた。
「———イースさん?」