高架下の駐車場跡。そう説明するシモンに続く形で、イースは斜陽に照らされた彼らのキャンプ地に足を踏み入れた。ぐるりと囲む形で張り巡らされた金網には青いシートが掛けられていて中が見えなくなっており、空に昇っていく白い煙だけが中に人がいることを示している。
シートを潜った先はちょっとした広場になっていて、ひび割れの酷い青鈍色の地面を覆うように壁と同様のシートが敷かれている。広場の中心には大きめの焚火が設けられており、きちんと椅子まで完備されている。しかし座っている人間は誰一人おらず、キャラバンのメンバーは壁際に纏められた車輪付きの家みたいな建物を出入りしながら作業をしていた。
物珍しさにキャンプ内を観察していたイースは、広場の一角で草を食む謎の生物に釘付けとなった。
「なあ、なんだあいつ?」
「ん? ブルーマのこと?」
「ブルーマ?」
「荷車運搬用の
シモンの解説を聞きながら、イースはもさもさ草を食べている獣をじっと見つめた。
一言で言えば四足歩行の哺乳類だが、地を踏みしめる四つ足は樽のように太く逞しい。筋肉が隆起している胴体は短めの毛に覆われており、黒く煌めく眼光は男心を擽る猛々しさに溢れている。
「強そう」
「実際強いよ。それに気性も荒いから一頭あたりも高くて。ブルーマを飼うってことは、うちのキャラバンはそれぐらい儲けてるんだ、って証にもなるぐらいさ」
どこか自慢げな語り口に感心していると、ブルーマの傍にある荷車から一人の男が出てきた。
こちらも中々の体格だ。半袖のシャツから伸びる腕は血管が浮き出ており、その太さは傍にいる輓獣に引けを取らない。一見すると斧でも持って暴れまわっていそうな容姿だが、鍔の広い帽子の下では青い瞳がギラギラと輝いていてまさしく商人といった雰囲気だ。
男はシモンを見るや否や安堵と怒りが混ざった複雑な表情をした。
「おいシモン! 今までどこにいた。心配したぞ」
「すいません、リーダー。ちょっとドジ踏んじゃって」
「で、そこの二人に助けられたのか? それとも勝手に巻き込んだのか?」
「違ぇよ。俺が勝手に首を突っ込んだだけだ」
イースの反論に男は顔を向け、申し訳なさげに言った。
「どちらにせよ迷惑をかけてすまなかった。悪いんだが焚火の傍で待っていてくれないか。こいつの手当てもしてやりたいし」
「大丈夫だよリーダー。どこも怪我してない」
「お前の『大丈夫』は信用ならん。いいから行くぞ」
男はシモンの腕をむんずと掴むと足早に荷車の一つへ行ってしまった。
仕方なくイースは焚火の傍の椅子に腰かけ戻ってくるのを待つことに。夕暮れ時ということもあって若干肌寒く、パチパチと跳ねる炎の温もりが肌身に染みる。
手をかざして当たっていると、不意に隣に座ったユエルが口を開いた。
「なぜ言い返すような真似をしたのですか? 彼の言っていたことが正しいことなどあなたにも分かっていたはずです」
「うるせぇよ。黙ってろ」
会話は終わり、と言わんばかりにイースは吐き捨てた。
分かっている。リーダーの男が口調を荒げたのもシモンが心配だったからに過ぎないと。
だがシモンだってキャラバンのために探索をしていたはずなのに、危険な目に遭って、あまつさえ責められるなんておかしい。
何より彼の言葉がユエルの発言と重なって聞こえ、イースには耐えられなかった。
「先ほどの件が納得いかないのですか?」
「だから黙ってろっつの。いちいち話しかけんな」
「はぁ……不貞腐れていないで、言いたいことがあるのでしたら口に出していただきませんと」
「何度も言ってんだろ。その邪魔くせぇ口を閉じてお利口にしてろ」
そっぽを向いて突っぱねる姿にユエルも諦め、ため息とともに目線を外してじっとし始めた。
五分ほど経っただろうか。そろそろ薪の燃える様にも飽きてきたころ、ようやく荷車からリーダーの男がやってきた。
「いやぁ遅れてすまんな。シモンの奴、ふくらはぎを切ってやがってな。手当てに時間が掛かっちまった」
「道理で魔物に追われていたわけです」
「なんで怪我したら魔物に追われんだよ?」
イースは「あっ」と声をあげてすかさずそっぽを向いた。
「お前に話しかけてなんかない」と言わんばかりの態度に、ユエルも注意する気力が湧かず、同じく反対方向を向きながら呟く。
「魔物は血の臭いに敏感ですからね。大した怪我ではなかったようですが」
「俺が気付かなかったぐらいの怪我で良かったよ。出来れば早めに教えて欲しかったけどな」
「……なんで顔を合わせないんだあんたら」
どう考えても喧嘩中の二人にはリーダーも困り顔。後頭部を掻きながら苦笑して。
「まあいいや。自己紹介がまだだったな。俺はモルソアだ」
「ユエル・エクスコートと申します。こちらは連れのイースです」
ユエルが名乗った途端、モルソアの目が好奇に輝く。
「へぇ、やっぱりあんたがあの傭兵様か」
「そんなに有名なのか?」
「むしろ知らない奴の方が少ない。よっぽど田舎の居住地で暮らしてるんでも無けりゃな」
モルソアは不思議そうな顔でイースを見つめた。
「そっちこそ見ない顔だが、家族ってわけでもなさそうだし、何かの依頼中か?」
「彼は私の同伴者です」
「協力者の間違いだろ。手伝ってやってんだから」
「押しかけたの間違いでは? 私は頼んでいません」
「んだとてめぇ———」
「はいはい。事情は分かったよ」
ヒートアップしかけた二人を仲裁して、モルソアはぎこちない笑みを浮かべた。
「折角だし、うちの商品でも見ていってくれ。入用な物があればすぐに用意しよう。自慢じゃないが、品揃えには自信がある」
「では……」
顎に手を当て思案中のユエル。群青の瞳が商品倉庫と思しき荷車に向けられてからしばらくして、イースの背中をそっと押し出した。
「彼に旅用の服を見繕ってはいただけませんか?」
「お安い御用だ。なら先に採寸を済ませちまおう。その間、あんたは商品でも見て時間を潰しててくれ」
モルソアは手招きをしながらキャンプ地の一角へと歩き出す。
付いて行っても良いものか。イースはユエルの方を見るも当人は一切視線を合わせず彼方を見ていた。
「……行ってくる」
念のための呼びかけすらも無視されて、イースは頬を膨らませながらモルソアの後に付いて行った。