居住地サヴァル。依頼された品が眠る目的地であり、旅の終点ともなる場所。
広々とした草原の真ん中に位置する最大規模の居住地であり、その大きさは一つの国とも称されるほど。連日連夜訪れるキャラバンの総数は日に百はなると言われ、旅の拠点としても強固な要塞としても知られている。
なるほど。開けた大地に聳える長大な城壁を見上げていると、その噂も納得がいく。
「ここへ来たのは三回目だが、何度見ても壮観だな」
隣ではモルソアが感嘆の声を漏らす。
およそ三日の旅路を経て、イース達はサヴァルの真正面まで来ていた。道中では目立った事故に巻き込まれることもなく、ユエルによれば予定より一日ほど早くたどり着けたとのことで、相変わらず表には出さないものの喜んでいた。
一方で、モルソアは不安げな目をイースを挟んで反対に佇むユエルへ向ける。
「本当に残らなくて大丈夫なのか? これだけの広さを二人で探索するなんて無謀だぞ」
「御心配には及びません。当初の予定では一人で行うつもりだったので」
「そ、そりゃそうなんだろうが……」
青い瞳は今度はイースへと落ちる。
とはいえイースもユエルが無策で歩き回るわけじゃないことは察している。依頼主から情報提供があるのか、イースと出会う前に情報収集は済ませてあったのか。どちらにせよ用心深い腕利きの傭兵なら考えがあるはず。
なのでイースは肩をすくめて見せた。
「今まで威張り腐ってたんだし、お手並み拝見ってやつだよ」
「お前さん仲直りしてなかったか? まあどうしてもって言うなら止めはしないが……」
呆れ半分不安半分の顔をしながら、モルソアは踵を返す。すでにメンバーは出立の準備を終えており、リーダーが戻るのを待っている状態だ。
「じゃあね! イース! 元気で」
「お前もな、シモン。次下手こいたって助けてやんねぇからな」
荷台から手を振る面々に振り返しながら、イースとユエルはキャラバンが去っていくのを見送った。
……相手の行く末が不安なのはイースも同じだ。上位種に襲われた時はユエルがいたからどうにかなったものの、この先同じことが起きないとは限らない。
同じ焚火を囲み、同じ飯を食べた仲だ。訃報は聞きたくない。
そんな気持ちを察したのかユエルが、
「大丈夫です。彼らならきっと近くの宿駅へ向かうでしょう。護衛もそこで雇うはずです」
「しゅくえき?」
「宿や交易所などを兼ね備えた旅の拠点です」
説明もそこそこにユエルはサヴァルの正門へと向き直る。
錆びの浮いたいかにも鋼鉄製の堅牢な大門で、居住地を囲む石の城壁と同じくらい分厚く巨大、開けるには力自慢の巨漢が十人はいりそうだ。これといった装飾の無い無骨な構えはむしろ雄々しく、十数年が経った今なお心強い。
言ってしまえばイースとユエルの二人だけじゃびくともしなさそうだ。
「どうやって中に入んだ? ノックでもするか?」
冗談めかして言ったつもりが、ユエルは平然と頷いた。
「そうしましょう」
「は?」
考えが読めずポカンとするイースをよそに、ユエルは徐に腰の斧を抜く。剣と違って抜身のままベルトの金輪に吊るされていた片刃の斧で、刃と柄が一体化した独特な外見だ。
ユエルは正門の前に立つと、目を閉じて深く息を吸った。
「離れていてください」
「……こんぐらい?」
「もっとです」
「……こんぐらい?」
「もっと」
「……ほら」
「もっと」
「もっと⁉」
その後も注文を受け続け、最終的にユエルとの距離は百メートル以上空いた。
(一体何する気だよ)
心の中で全力で首を傾げつつユエルを待つイース。
当の本人は斧を左手で持ったままじっとしており、動き出す素振りも見せない。
ようやく動き出したのは痺れを切らしたイースが一歩踏み出した頃だ。しかしそれも随分と緩慢な動きで、斧をゆっくり後ろへ傾けるだけ。
いよいよ声を掛けようとした……その時だった。
———世界から音が消え去った。
突然のことにイースは目を見張った。視界が一瞬ぐにゃりと歪んだかと思ったら、麗らかな小鳥のさえずりも草原を波打たせるそよ風も消え去り、気付いた時には正門があった場所に巨大な穴が空いていた。
穴とは呼んでみたものの、周囲の壁は脆い土くれのように崩れており、そこに門があったことさえ記憶の中でしか証明できない。
やがてゆっくりと音が戻ってきたものの、白煙さえ瞬く間に消失した現場を前にイースは立ち尽くした。
「……は?」
「驚かせてしまい申し訳ありません」
呆けるイースに、何食わぬ顔でユエルが近づいてきた。
「なに……あれ……」
震える声で問うと、彼女は手にしていた斧を金輪に戻しながら、
「クラーヴィス。我が家に伝わる家宝です」
「他に説明することあるよな?」
音が消える寸前に彼女が斧を振り下ろすのが見えた。この破壊跡が彼女の斧の所為なのは間違いない。
だが、その規模は一個人が持つ兵器のソレを凌駕しすぎだ。錆びていたとはいえ、見るからに堅牢な大門を木っ端微塵にしてしまうなど……。
「つーか像力兵器だったのか、それ」
「ええ。事前にお伝えすべきでしたね」
「そう思ってんなら最初からそうしてくれよ。心臓飛び出るかと思ったぜ」
なにはともあれ道は開けた。
イースは頭を振って気持ちを切り替え、居住地内へ目を向ける。
「んじゃ行こうぜ」
イースはサヴァルの中へ足を踏み入れた。
最大規模の居住地だけあって、内部の景観は目を見張るものがある。白に紅色、他にも複数の煉瓦を組み合わせた色合い豊かな歩道を中心に、様々な形の建物が立ち並んでいる。どれも木材や乳白色の建材を用いた幻想的な様式で、その大きさも中々のもの。
惜しむらしくは廃墟となっていることだが、旧世界の遺構と違って未だ過去の栄華を色濃く残している。
「綺麗な町だなぁ。俺もこんなとこに住みたかったぜ」
なんて呑気に話しながら隣を見ると、ユエルの顔は重く沈んでいた。
「どした? やっぱり人手が欲しくなったのか?」
「……そうではありません」
声にも元気が無い。
突然の変化に戸惑いながらも、イースは小洒落た道を歩いていく。
やがて、中心に噴水が設けられた円形広場に出た。四方向へ伸びる道との間にこれまた大きな建物が並んでいる。
ほぼ物見遊山気分で見回していたイースだったが、ふと一軒の建物に目が留まった。
黒味を基調としたシックな雰囲気のお屋敷だ。見るからに貴族が暮らしていそうな外観で、比較的崩れていない辺り造りも強固だ。加えて、門から玄関までに庭園が挟まっていて、色とりどりの花が咲き誇る中を歩けるようになっている。さながら絵本の中から飛び出て来たようだ。
だが、イースの目を釘付けにしたのは、門に掲げられた表札の文字だった。
「……『エクスコート家?』」
思わずユエルの方を見ると、彼女は仄かに頬を緩めた。
本来なら明るい気分で行うはずのその表情が、今は嫌に悲しく見えた。
「ここは私の生家です。以前はこの居住地で暮らしていました」
ユエルがそっと指を伸ばして黒い格子状の門に触れると、門は見知った持ち主の帰還を喜ぶかのようにすんなり押し開いた。
「私の父はサヴァルを守る騎士団の長でして、おかげで立派な家に住むことが出来たのです」
「……だからか」
依頼品の所在を知っているのも、彼女が居住地の中でも上の立場にいたから。
ふと、以前母親が医師であると話してくれたことを思いだした。片や居住地を守る者たちの長、片や人々の命を救う救世主の一員、これだけの豪邸に住めるのも納得だ。
「この依頼を受けたのって、里帰りがしたかったからか?」
「まあ、そうですね。久しぶりに我が家で過ごしたいと思っていたので」
「だよな。俺も過ごしてぇよ」
イースが叶えられない希望を、彼女は自力で叶えたわけだ。
となれば、その思いを無駄にはできない。
「……っし! んじゃ中を片付けるとしようぜ。どうせ埃とか被ってんだろ?」
「私がします。あなたは———」
「こういうのは一緒にやるのが良いんじゃねぇか。それともあれか? 俺に見られたくない
「そうではありませんが……いえ、ここは甘えるべきですね」
珍しくすんなり引き下がり、ユエルは自身の家へ一歩入る。
振り返った彼女はいつもの無表情に戻っていたのに、とても嬉しそうに見えた。
「では屋敷を案内しましょう。あれから十年以上は経っていますが、多少は見どころがあると思いますよ」
「面白いのがあったら触って良いか?」
「あなたって人は……まあ、構いませんよ」
「っしゃ!」
イースは喜び勇んで、ユエルの後に続いた。