荒んだ世界を僕らは生きる   作:華月 珠音

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第二十一話:荒れ果てた故郷

 居住地サヴァル。依頼された品が眠る目的地であり、旅の終点ともなる場所。

 広々とした草原の真ん中に位置する最大規模の居住地であり、その大きさは一つの国とも称されるほど。連日連夜訪れるキャラバンの総数は日に百はなると言われ、旅の拠点としても強固な要塞としても知られている。

 なるほど。開けた大地に聳える長大な城壁を見上げていると、その噂も納得がいく。

 

「ここへ来たのは三回目だが、何度見ても壮観だな」

 

 隣ではモルソアが感嘆の声を漏らす。

 およそ三日の旅路を経て、イース達はサヴァルの真正面まで来ていた。道中では目立った事故に巻き込まれることもなく、ユエルによれば予定より一日ほど早くたどり着けたとのことで、相変わらず表には出さないものの喜んでいた。

 一方で、モルソアは不安げな目をイースを挟んで反対に佇むユエルへ向ける。

 

「本当に残らなくて大丈夫なのか? これだけの広さを二人で探索するなんて無謀だぞ」

「御心配には及びません。当初の予定では一人で行うつもりだったので」

「そ、そりゃそうなんだろうが……」

 

 青い瞳は今度はイースへと落ちる。

 とはいえイースもユエルが無策で歩き回るわけじゃないことは察している。依頼主から情報提供があるのか、イースと出会う前に情報収集は済ませてあったのか。どちらにせよ用心深い腕利きの傭兵なら考えがあるはず。

 なのでイースは肩をすくめて見せた。

 

「今まで威張り腐ってたんだし、お手並み拝見ってやつだよ」

「お前さん仲直りしてなかったか? まあどうしてもって言うなら止めはしないが……」

 

 呆れ半分不安半分の顔をしながら、モルソアは踵を返す。すでにメンバーは出立の準備を終えており、リーダーが戻るのを待っている状態だ。

 

「じゃあね! イース! 元気で」

「お前もな、シモン。次下手こいたって助けてやんねぇからな」

 

 荷台から手を振る面々に振り返しながら、イースとユエルはキャラバンが去っていくのを見送った。

 ……相手の行く末が不安なのはイースも同じだ。上位種に襲われた時はユエルがいたからどうにかなったものの、この先同じことが起きないとは限らない。

 同じ焚火を囲み、同じ飯を食べた仲だ。訃報は聞きたくない。

 そんな気持ちを察したのかユエルが、

 

「大丈夫です。彼らならきっと近くの宿駅へ向かうでしょう。護衛もそこで雇うはずです」

「しゅくえき?」

「宿や交易所などを兼ね備えた旅の拠点です」

 

 説明もそこそこにユエルはサヴァルの正門へと向き直る。

 錆びの浮いたいかにも鋼鉄製の堅牢な大門で、居住地を囲む石の城壁と同じくらい分厚く巨大、開けるには力自慢の巨漢が十人はいりそうだ。これといった装飾の無い無骨な構えはむしろ雄々しく、十数年が経った今なお心強い。

 言ってしまえばイースとユエルの二人だけじゃびくともしなさそうだ。

 

「どうやって中に入んだ? ノックでもするか?」

 

 冗談めかして言ったつもりが、ユエルは平然と頷いた。

 

「そうしましょう」

「は?」

 

 考えが読めずポカンとするイースをよそに、ユエルは徐に腰の斧を抜く。剣と違って抜身のままベルトの金輪に吊るされていた片刃の斧で、刃と柄が一体化した独特な外見だ。

 ユエルは正門の前に立つと、目を閉じて深く息を吸った。

 

「離れていてください」

「……こんぐらい?」

「もっとです」

「……こんぐらい?」

「もっと」

「……ほら」

「もっと」

「もっと⁉」

 

 その後も注文を受け続け、最終的にユエルとの距離は百メートル以上空いた。

 

(一体何する気だよ)

 

 心の中で全力で首を傾げつつユエルを待つイース。

 当の本人は斧を左手で持ったままじっとしており、動き出す素振りも見せない。

 ようやく動き出したのは痺れを切らしたイースが一歩踏み出した頃だ。しかしそれも随分と緩慢な動きで、斧をゆっくり後ろへ傾けるだけ。

 いよいよ声を掛けようとした……その時だった。

 

 ———世界から音が消え去った。

 

 突然のことにイースは目を見張った。視界が一瞬ぐにゃりと歪んだかと思ったら、麗らかな小鳥のさえずりも草原を波打たせるそよ風も消え去り、気付いた時には正門があった場所に巨大な穴が空いていた。

 穴とは呼んでみたものの、周囲の壁は脆い土くれのように崩れており、そこに門があったことさえ記憶の中でしか証明できない。

 やがてゆっくりと音が戻ってきたものの、白煙さえ瞬く間に消失した現場を前にイースは立ち尽くした。

 

「……は?」

「驚かせてしまい申し訳ありません」

 

 呆けるイースに、何食わぬ顔でユエルが近づいてきた。

 

「なに……あれ……」

 

 震える声で問うと、彼女は手にしていた斧を金輪に戻しながら、

 

「クラーヴィス。我が家に伝わる家宝です」

「他に説明することあるよな?」

 

 音が消える寸前に彼女が斧を振り下ろすのが見えた。この破壊跡が彼女の斧の所為なのは間違いない。

 だが、その規模は一個人が持つ兵器のソレを凌駕しすぎだ。錆びていたとはいえ、見るからに堅牢な大門を木っ端微塵にしてしまうなど……。

 

「つーか像力兵器だったのか、それ」

「ええ。事前にお伝えすべきでしたね」

「そう思ってんなら最初からそうしてくれよ。心臓飛び出るかと思ったぜ」

 

 なにはともあれ道は開けた。

 イースは頭を振って気持ちを切り替え、居住地内へ目を向ける。

 

「んじゃ行こうぜ」

 

 イースはサヴァルの中へ足を踏み入れた。

 最大規模の居住地だけあって、内部の景観は目を見張るものがある。白に紅色、他にも複数の煉瓦を組み合わせた色合い豊かな歩道を中心に、様々な形の建物が立ち並んでいる。どれも木材や乳白色の建材を用いた幻想的な様式で、その大きさも中々のもの。

 惜しむらしくは廃墟となっていることだが、旧世界の遺構と違って未だ過去の栄華を色濃く残している。

 

「綺麗な町だなぁ。俺もこんなとこに住みたかったぜ」

 

 なんて呑気に話しながら隣を見ると、ユエルの顔は重く沈んでいた。

 

「どした? やっぱり人手が欲しくなったのか?」

「……そうではありません」

 

 声にも元気が無い。

 突然の変化に戸惑いながらも、イースは小洒落た道を歩いていく。

 やがて、中心に噴水が設けられた円形広場に出た。四方向へ伸びる道との間にこれまた大きな建物が並んでいる。

 ほぼ物見遊山気分で見回していたイースだったが、ふと一軒の建物に目が留まった。

 黒味を基調としたシックな雰囲気のお屋敷だ。見るからに貴族が暮らしていそうな外観で、比較的崩れていない辺り造りも強固だ。加えて、門から玄関までに庭園が挟まっていて、色とりどりの花が咲き誇る中を歩けるようになっている。さながら絵本の中から飛び出て来たようだ。

 だが、イースの目を釘付けにしたのは、門に掲げられた表札の文字だった。

 

「……『エクスコート家?』」

 

 思わずユエルの方を見ると、彼女は仄かに頬を緩めた。

 本来なら明るい気分で行うはずのその表情が、今は嫌に悲しく見えた。

 

「ここは私の生家です。以前はこの居住地で暮らしていました」

 

 ユエルがそっと指を伸ばして黒い格子状の門に触れると、門は見知った持ち主の帰還を喜ぶかのようにすんなり押し開いた。

 

「私の父はサヴァルを守る騎士団の長でして、おかげで立派な家に住むことが出来たのです」

「……だからか」

 

 依頼品の所在を知っているのも、彼女が居住地の中でも上の立場にいたから。

 ふと、以前母親が医師であると話してくれたことを思いだした。片や居住地を守る者たちの長、片や人々の命を救う救世主の一員、これだけの豪邸に住めるのも納得だ。

 

「この依頼を受けたのって、里帰りがしたかったからか?」

「まあ、そうですね。久しぶりに我が家で過ごしたいと思っていたので」

「だよな。俺も過ごしてぇよ」

 

 イースが叶えられない希望を、彼女は自力で叶えたわけだ。

 となれば、その思いを無駄にはできない。

 

「……っし! んじゃ中を片付けるとしようぜ。どうせ埃とか被ってんだろ?」

「私がします。あなたは———」

「こういうのは一緒にやるのが良いんじゃねぇか。それともあれか? 俺に見られたくない(もん)でも隠してんのか?」

「そうではありませんが……いえ、ここは甘えるべきですね」

 

 珍しくすんなり引き下がり、ユエルは自身の家へ一歩入る。

 振り返った彼女はいつもの無表情に戻っていたのに、とても嬉しそうに見えた。

 

「では屋敷を案内しましょう。あれから十年以上は経っていますが、多少は見どころがあると思いますよ」

「面白いのがあったら触って良いか?」

「あなたって人は……まあ、構いませんよ」

「っしゃ!」

 

 イースは喜び勇んで、ユエルの後に続いた。

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