分厚い鉄の落とし戸を二人がかりで持ち上げると、暗闇へと続く階段が現れた。
ユエル曰く、サヴァルの外へと繋がる緊急用の地下通路だそうだ。建物の最奥にあった落とし戸に開かれた痕跡は無く、ヒーレアラートも許容値を示している。
「やっぱりな。あると思った」
「アルレイにもあるのですか?」
「いやねぇよ。デカい居住地ならあるかなと思っただけ」
倉庫では派手に啖呵を切っていた気もするが、実のところほぼ当てずっぽうで根拠もなにもない。正直目と鼻の先に立ってなお自分の考えに自信は無かった。
ただここまで来たのだから、可能性がある限り足は止めない。見つからなかったら見つからなかったでその時だ。
「確認だけどよ、通路はここだけなのか?」
「近辺にはここだけです。他の場所に移したとは考えにくいですので」
「なるほど。中身が気になるとこ以外は納得したぜ」
道中でも箱の中身について語ってくれることはなかった。まあその時点で聞く気も失せていたため希望的観測に過ぎなかったが。
なにより申し訳なさそうに肩をすぼめるユエルを見るとこっちまで居た堪れない。
「すみません、本当に」
「だーもう謝んな。小言ぐらい言わせろよ。普段お前ぇがやってることじゃねぇか」
「私、そこまで酷いでしょうか?」
……やりづれぇ! とは口には出せないイースだった。
代わりに軽く肩を小突く。
「もはやあのしつこさが懐かしくなってきた。ほら、行くぞ」
今度はイースが先に立って、細長い通路を進む。幸い通路は一本道でかなり狭く、手元の明かりだけで全体が見渡せる。
ただしそれも途中まで。大勢を収容できる居住地なだけに、ある程度進んだ先がドーム状に開けているらしく、緊急時に持ち出す物資が保管してあるとのこと。
依頼品があるとすればそこだ。嫌に湿っぽい空気に舌打ちをしつつ、赤茶けた空間を歩いていく。
チラリと後ろを見ると、ユエルは俯いたまま歩いていた。彼女の身長では背を伸ばして歩けないのだが、それにしたって目線が下を向いている。
本当にやりづらい。心底やりづらい。昨日までの彼女なら進んでいる最中にも「頭に気を付けてください」だの「広い場所に出ても騒がないように」だの言ってくるだろうに。よっぽど見つからなかったのが尾を引いているのか。
(まさか依頼主ってこいつの知り合いか?)
倉庫のカギを持っていたということは病院の関係者なのは確定だ。それをユエルに任せて、何より彼女が我を忘れるほどに重要視している……。
もしかして、依頼主は母親か?
(いや、それなら隠す必要なんかねぇか。あいつの家に上がってんだから)
それに「勇気がいる」という発言も気になる。
……考えれば考えるほど分からない。結局、全ては依頼品を手に入れてからでないと明らかにならなさそうだ。
ぐるぐる思考を巡らせながら歩いていると、ふと明かりが強まった気がした。設定を弄ったわけでもないのに壁の些細な傷まで見える。
反面、視界がぼやけた。何度目をこすっても霞がかったような景色しか見えない。
「なんか、妙だな」
違和感に首を傾げるイース。
聞きなれない警告音が聞こえたのはその時だった。
ばっと振り返ると、そこにはヒーレアラートを持ったユエルが。
瘴気濃度を示す小さな機械、その中央に取り付けられた結晶は、赤く発光していた。
「……なあ、赤は危険域、じゃなかったか?」
「……はい」
「ははっ、まさかここで見ることになるなんてな」
小粋なジョークでも飛ばそうと思ったのに、出たのは乾いた笑い声だけ。
思えば当然だ。日が差すことのない空間を魔物が見逃すはずがない。
「でも変じゃねぇか?
瘴気は一般的に黒い霧の形をしている。危険域が出るくらいなら、今頃視界が黒に染まっているはず。
するとユエルはベルトから短剣を抜き、壁の一部へ突き立てた。
「明るくなったのは照明ではありません。この空間です」
そう言いながら刃を滑らせると、鈍色の刀身がわずかに発光した。
「ヒカリゴケの一種です。恐らく瘴気の中でも生きていけるよう変異したのでしょう」
見れば壁一面に淡い光を放つナニカがびっしり生えていた。毛玉のようにも見えるソレが群がる様は見ていて鳥肌が立つ。
「戻りましょう。ここは危険です」
「けどこの先にあんのかもしれねぇだろ。パッと行ってパッと戻りゃ平気だって」
最悪一人になっても行くつもりだ。瘴気がどのぐらいで牙を剥くかは不明だが、少なくともモルソアのところで抑制剤を打ったイースなら耐えられる。
そう説得するも、ユエルは頑として首を縦に振らない。
「行くのであれば私が行きます。あなたは家に戻っていてください」
「ヤダね。今更除け者扱いはやめろよな」
「わがまま言わないでください。あなたには危険です」
「お前ぇだって危険じゃねぇか。絶対ぇ一緒に行くからな」
ましてや憔悴した彼女を一人になんかしておけない。
睨み合いすらする気もなく、イースはぷいとそっぽを向く。
「戻んならお前が戻れよ。俺は行く」
歩き出してすぐに足音が追ってきた。言葉を紡ぐ素振りもなく無言で。
進むにつれてヒカリゴケは大きくなっていき、終いには懐中像灯無しでも明るくなった。
(魔物の巣にしちゃ明るいな)
単に瘴気が溜まっているだけ……なのだろうか。
不安が拭えないまま歩みを進め、やがて開けた空間に出た。
まるで昼間のように光が満ちる半円形の空間には、無数の瓦礫と棚が山を成していた。納められていた箱も地面にばらまかれているのがほとんどで、広いはずが足の踏み場が少ししかない。
「こん中から探すのか。かくれんぼも一筋縄じゃいかねぇな」
なんて軽口を叩きつつ、イースは依頼品探しに取り掛かる。ユエルも別の場所へ歩いていくのが見えた。
懐中像灯要らずなのは幸運だ。息苦しささえ我慢すれば日の下とそう変わりなく、積み上がった残骸から黒い箱を見つけるのにもそう時間は掛からなかった。
倉庫にもあった金属製の箱はきちんと蓋が閉じられており、持ち上げるとかなりの重さがある。
「さてと、無きゃ困るんだからな……」
息を整えながら蓋の留め具を外し、一息に開く。
そこには、綺麗に並べられた銀色のケースが収められていた。
「ッッッッシャァァァァァァァァッッッッ‼」
「っ⁉ どうしました⁉」
「どうしたもこうしたもねぇよ! 見ろよこれ!」
慌てて走ってくるユエルに箱の中身を見せる。
途端に、曇っていた表情に光が。
「これは……!」
「探し物だろ? ここに来て勘違いってのはやめろよ」
冗談めかした発言にユエルは首を振った。
「それです。ようやく見つけましたね」
「へっ、言っとくが俺の手柄だからな。俺の!」
「ええ。分かっています。あなたには感謝してもしたりませんね」
「へへ~ん。だろぉ~?」
依頼品も無事に見つかった。あとは依頼主に届けるだけ。
まだ一仕事残っているのだが、イースは言葉に出来ないほどの達成感を噛みしめていた。今ならなんでも出来そうだ。手からビームだって出せるかもしれない。
「何個いるんだ?」
「全部です」
「ハハージョウダンキツイゼゆえるサンヨー」
「全部です」
「……マジかよ」
本当に一仕事残っていた……。地下通路はかなりの距離だったのだが、箱を持って往復となると結構ツライ。
(まあいいや。ちょっとしたトレーニングだと思えば)
振り返ってみればかなり苦労した。荷物が増える程度の苦労はなんてことない。
と、自分に言い聞かせながら、ケースを戻して蓋を閉じる。
———直後、視界が白に染まった。
「は?」
思考が追い付かない。まるで頭の中まで白に染まったようだ。目の痛みだけが、辛うじて現実との乖離を阻んでいる。
次の瞬間、全身を激しい衝撃が打った。どこから来たのか、どこへ向かうのか。最低限の情報さえ受け止められず、やがて体は激痛と共に静止する。
ようやく光が収まった時、イースは瓦礫の山に倒れていた。打ち据えた体からは血が滲み、息を吸うごとに骨が軋む。
霞んだ目で見据えるその先には、醜い巨体が立っていた。筒状の長大な胴体に三対の腕が並ぶ蛇のような外見で、顔面は無く代わりに断面を甲殻が蓋しており、開くたびにずらりと歯が並ぶすり鉢状の口が見える。
魔物……それもこの威圧感は……。
「……っ、上位種か!」
瓦礫を押しのけて立ち上がり、イースはレイラを引き抜く。まだ腕がじんじんと痺れるが構っている暇はない。
刹那、視界の端に斧を振り上げるユエルが見え、踏み出した足を逆方向へ向ける。
直後に訪れる爆音。瓦礫諸共吹き飛ばす一撃に上位種は壁に打ち付けられる。
「こちらです!」
通路の前で手招きするユエルを目指し疾走。伸ばされた手を受け取って細い通路へ滑り込み、二人は出口へとがむしゃらに走る。
落とし戸を抜けて外へと出たとき、ようやくイースは痛みを実感した。
「はぁ、くっそ痛ぇ」
「大丈夫ですか」
「ああ、多分な。でもどうする?」
まさか上位種の住処だとは。おまけに依頼品があるのが確定したため、もう一度潜らなければ依頼は果たせない。
こうなると見つかったのが逆に不運だ。
「明るいのは苦手なんじゃなかったのかよ。魔物にルールは無用ってか?」
「はぁ……はぁ……あ、あれはイェルベクト、言わば例外です」
「ははっ、運悪すぎだろ」
しばらく息を整えた後、イースはうんと背伸びをする。
痛みは残っているが動きに支障はない。
「とにかく戻ろう。少し休みたい」
「ええ……そう……ですね……」
「ユエル?」
見ると、ユエルは膝に手を置きながら肩で息をしていた。顔にはびっしりと冷や汗が浮かび、目の焦点も定まっていない。
「おい、大丈夫か? どっか怪我したのか?」
「い、いえ……そうでは……っ……」
言葉は続かなかった。
突然、糸の切れた人形のようにユエルは倒れ込んだ。慌てて支えたイースは、手のひらに伝わる体温に背筋を震わせる。
風邪なんか目ではない。火傷しそうなぐらいの高熱だ。
「急にどうしたんだよ」
「……っ……はぁ……」
「と、とにかく帰るぞ」
内心焦りながらも、何とか歩かせようと腰を支える。
しかし、返ってきたのはぬめりとした感触だった。
嫌な予感が脳裏を過る。
「まさか———」
ユエルを仰向けに寝かせて、返事も待たずにシャツを捲る。
否定したかった。拒絶したかった。
なのに、柔肌があると信じていた腹部は———どす黒く膿んでいた。
「これって……腐蝕……」
息を呑むイースの腕の中で。
今まさに、一人の命が尽きようとしていた。