その日、本当に久しぶりに、苦痛の無い目覚めを迎えられた。
目を開けたユエルが最初に感じたのは、全身の筋肉が解れたような心地よさ。窓から差し込んだ光が金色のカーテンを作り、眠気を誘う陽気も相まってすぐにでも夢の世界へ旅立ってしまいそうだ。
しばらくうつらうつらしていたユエルだったが、次第に脳が動き始めると焦燥感に襲われた。
「イースさん……イースさんっ!」
がばっと跳ね起きたのも束の間、未だ記憶にこびりついた苦痛に全身が硬直する。
しかし、肉体を苦しめていた痛みも熱も襲ってこない。
恐る恐る袖を捲ると見慣れた肌が露わに。
「まさか……治まった?」
「……くひ~」
気の抜けた寝息でユエルはベッドに突っ伏して眠る少年が目に入った。あどけない寝顔を晒しながら、手には空の注射器が二本握られている。
無事な姿を見て、ようやく実感が湧いてきた。
「成功したのですね」
再び時間を得たユエルは己の身を抱いた。
倒れてからどれほどの時が経ったのだろう。両親の死の瞬間と肉体が溶けゆく感覚とを行き来しながら、とても長い時間を過ごした気がする。一秒でも早くこの苦しみから解放されたい、そのためなら死すらも望むと、混濁した意識の中でそれだけが浮かんでは消えていた。
「あなたに救われたのは、これで
イースの前髪をそっとかき分けながらユエルは呟く。
屋上で彼の言葉を聞いた時、本当は心の底から嬉しかった。やっと孤独な旅が終わると。けれど喪う恐怖が湧いてきて、突っぱねるようなことばかり言ってしまった。
なのに、彼は諦めなかった。今振り返っても素っ頓狂な言い草だったが、おかげで自分は彼を失わずに済んだ。
それにイースは、ユエル自身ですら目を背けた思いを言葉にしてくれた。去り際にかけてくれた言葉がどれほど嬉しかったか、彼には分かるまい。
「あなたにとっては、これも自分のためなのでしょうね」
小さな笑みが口元に宿り、ユエルは気恥ずかしくなって窓の外へ目を向ける。
外は綺麗な晴れだ。青々とした空には雲一つなく、照り付ける太陽が彼方まで届いている。
ふと、幼い頃に両親と公園でピクニックをしたのを思い出した。あの日も今日のような快晴で、珍しく両親の休みが重なったことで一日中遊んでいた。
あの公園は今も残っているだろうか。
「元気が出たら、行ってみましょうか」
きっと彼も気に入る。
イースの手から注射器を抜き取ってベッド脇の机に置き、ユエルは柔らかな頬を撫でながらその身を倒した。
今は眠ろう。来ないかもしれない目覚めに怯える必要は無いのだから。
「おやすみなさい、イースさん。それから……ありがとう」
「んん……ひひっ……ゆえるぅ……」
指先で擽る頬を揺らしながら、イースは満面の笑顔を浮かべた。
快晴の中で照る太陽のような笑顔だった。
これにて第一章は終了となります。次章は今月末か今週末ぐらいに投稿します(多分今月末かな)。引き続き楽しんでいただければ幸いです。
ひとまずの区切りとなるので、今までありがとうございました。今後もよろしくお願いいたします。