荒んだ世界を僕らは生きる   作:華月 珠音

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第二話

 居住地アルレイは山脈の中腹に建てられた居住地だ。円を描くように建つ防壁の内側は三層構造となっており、外周から工場・住居・重要な施設と纏められ、至る所に設置された街灯が薄闇にぼんやりと輪郭を浮かび上がらせている。

 イースの家は住居地区の中ほどにあった。見慣れた通りを歩きながら、何千何万と見た景色を後ろへと追いやっていく。

 白色灯の無機質な光を反射するのっぺりとした岩の壁、家々はそこにトタンの天井を乗せただけの簡素な作りで、似たような形の建物が住居地区を占めている。石材が豊富に採れる土地柄がよく出ているが、逆に言えばそれ以外の素材は不足しているということ。絵本に出てくるような木造の家やら色彩豊かな町並みとは無縁だ。

 過去のアルレイは外部と積極的に交流を図っていたそうだが、オニールが生まれたときには既に近隣の居住地が魔物に破壊されており不可能に。かつての名残りは錆びついて動かない正門のみとなってしまった。

 まだかつてのアルレイであれば退屈に喘ぐことも無かっただろう。障壁に囲まれた世界じゃない、もっと大きな世界をこの目で見られたのだから。

 今更嘆いたところでどうしようもないが。

 

「ただいま」

 

 疲労を吐き出すように言いながら我が家の玄関を開けると、出かける予定だったらしい母親と目が合った。

 クリッとした栗色の瞳はやや垂れ目で人懐っこい印象を与える。三つ編みにした髪は後ろに流していて、笑顔が絶えないからか頬には笑窪が出来ている。

 母親———ノルメアはイースを見るや否や笑顔を浮かべた。

 

「おかえり~。ちょうど良かった。今日は久しぶりに三人でご飯を食べましょ」

「だから準備してたのか」

 

 アルレイでの夕食は時間内に食堂で摂るのが決まりだ。しかし仕事の関係で遅くなる者もいるため、時間はかなりゆとりがある。

 近頃はそれぞれのタイミングが合わずにバラバラで食事をすることが多かった。故に「今日こそは」と張り切っていたのだろうが……。

 

「悪ぃが今日も無理そうだ。オニールが仕事で遅れるってさ」

 

 帰り際に同僚の男に呼び出され本部にとんぼ返りしていた。あの時のイヤに真面目な顔はなぜか瞼の裏に張り付いて離れない。

 ともかく、期待していた母親の想いを裏切った気がして、イースは後頭部を掻きながらぼやく。

 

「別に良いだろ。どうせ教官は定時に帰れねぇんだから。さっさと食べに行こうぜ———」

「駄目よイース」

 

 ノルメアの眼差しが鋭くなる。

 

「オニールもあなたも大事な家族だもの。邪険にはしないわ。あと一時間ぐらいは待って、帰ってこなかったらにしましょ」

「……分かったよ。ごめん」

「ん、よろしい。お腹空いた?」

「別に。部屋に戻ってるよ」

 

 気まずくなって会話を断ち切り、逃げるように自室へ駆け込む。

 明かりをつけて壁際に背負っていた剣を置き、真っ先にベッドに飛び込んだ。フカフカのクッションに身を委ねて少しの間うつ伏せになり、やがて体を回して天井を仰ぎ見る。

 

「はぁ、気持ち悪ぃ」

 

 無意識に苦々しく零していた。

 アルレイを出るのは簡単だ。何より息が詰まり想いをしながら日々を惰性で過ごすぐらいなら、危険を冒してでも自由を手に入れたほうがずっといい。

 ……けれど、家族を置いて出ていくなどイースには出来なかった。共に過ごした時間は一時の気の迷いや鬱憤なんかで壊せるほど安いものではない。ましてやそれが家族であればなおさら。

 

 外へ出たいという欲求と、家族を大事にしたいという想い。イースが単純な生き物であれば、身を引き裂くような葛藤をせずに済んだだろう。

 今はただ、ただただ、生きているこの瞬間が苦しかった。

 

「疲れてんのかな」

 

 仕事のし過ぎかオニールの相手のし過ぎだろう。

 どうせ彼が帰ってくるのに一時間以上は掛かる。仮眠をとっても間に合うはずだ。

 イースはクッションに身を委ねて目を閉じた。点けたばかりの照明が次第に意識の外へと押し出されていき、睡魔が変わって心身を支配していく。

 

 ———警報が鳴ったのはその時だった。

 

<緊急事態発生。魔物の侵入を確認。市民は避難所へ避難を始めてください……>

 

「は?」

 

 壁にかけたスピーカーから聞こえてきたのはにわかには信じがたい報せだった。

 聞き間違いかと耳を澄ませるも、警報は一字一句違わず同じ台詞を繰り返す。

 

<魔物の侵入を確認。市民は避難所へ、警備隊員は各所属エリアへと出動してください。これは訓練ではありません。これは訓練ではありません……>

 

「誤報……じゃねぇよな」

 

 警報の管理は徹底されている。些細な行き違いで発動するようなものじゃない。

 混乱する思考を一先ず放って剣を手に部屋を飛び出す。降りた先では放送を聞いたノルメアが荷物を纏めて立っていた。

 イースの姿を見ると息をのんで抱き着く。震える体に沸々と怒りが湧いてきて、そっと抱き返した。

 

「行くのね?」

「ああ。警備隊員だしな」

「そう。……気を付けて。絶対に、オニールと二人で帰ってくるのよ」

「約束する。まだ夕飯も食えてねぇしな」

 

 最後に頬にキスをして、イースは防壁へと駆け出した。

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