荒んだ世界を僕らは生きる   作:華月 珠音

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第三話

 外ではすでに大勢の住民が警報を聞いて中心区域への避難を始めていた。前線に出ない訓練生が彼らの誘導を行っているものの、その表情は一様に硬く歪に歪んでいる。

 当然だ。最後に魔物の侵入があったのはおよそ二百年前。オニールどころかその祖父でさえ生まれていなかった時代だ。当時の状況なんて誰も知る由が無く、対処の仕方などもってのほか。

 人の波に逆らいながら持ち場へ急ぐイースも、緊張で喉に焼け付く痛みを味わっていた。

 

「なんで今になって入ってきやがったんだ。障壁はなんともなかっただろ」

 

 障壁はアルレイ維持の要。点検には細心の注意を払われている。ほんのわずかな異常さえ見逃されないほどに。

 考えれば考えるほどわけが分からなくなる。

 

「チッ、考えてても埒が明かねぇ。まずはバケモンどもをぶっ飛ばさねぇと!」

 

 人混みを突破して工業地区を疾走するイース。すでに夜勤組の避難は完了していたようで、もぬけの殻となった建物群にはねっとりと不愉快な静けさに包まれていた。

 その静寂を破った金属質な異音にイースは足を止めた。

 

「おでましか……」

 

 浅葱色の双眸が睨みつける先で、カリカリと金属で石を削る歪な音を立てながら、その怪物は姿を現した。腹部が異様に膨れ上がった人間の腐乱死体のような外見。しかし脚は膝関節が逆の方向へと折れ曲がり、顔面には目や鼻といった部位が無く、縦に裂けた口が中央に陣取るばかり。両手は刃物と呼ぶべき湾曲した鉤爪が三本伸び、尾てい骨から伸びる骨だけの尾の先端には鋭い針が一本、標的へと向けられている。

 

 あらゆる生命を侮辱するような醜悪な容姿、まるで他の生物を殺すことに特化したかのような不気味な存在。

 かつての人類を死の淵へと追いやったその災厄は、魔物と呼ばれている。

 

「へぇ、テメェが一番乗りってか」

 

 魔物が人語を介すかは不明だが、イースの言葉に薄汚れたいくつもの歯を見せて歪な鳴き声を発して見せた。教本通りの特徴に少しばかり緊張が解ける。

 奴らはその危険度から二種類に分けられている。この魔物———フラグマーは通常種と呼ばれる平均的な魔物に分類されていて、突出した能力が無いながらも群れで行動することが多いため侮れない種族だ。

 

(他の奴が見えねぇな。だったら、さっさと片付けちまおう)

 

 イースは背中の長剣を抜き放った。全長およそ百センチの諸刃の直剣で、短い十字の鍔の中心に青い結晶が、その下の縁頭には引き金が付いている。

 訓練生時代から共にあった相棒。その重みに確かな安心感を覚え、イースはほくそ笑んだ。

 

「さぁて、最初の勝ち星は派手にキメるとしようぜ!」

 

 戦いの火蓋は、フラグマーの先制によって切って落とされた。

 錆びの浮いた巨大な鉤爪がイースの首を刎ねようと迫る。視界の下端から向かってくる凶刃を上体を反らしながら回避、通り過ぎていく刃の側面を足の裏で蹴り上げながら一回転し、大きく空いた胴体へ一閃を叩きこむ。

 刃先が肉塊を抉る。ぬちゃりとした嫌な音とともに伝わる不愉快な感触に顔をしかめながら追撃の尻尾を躱して接近。汚らしい横っ面をぶん殴る。

 

「ハッ! 随分と柔いな。鎧でも着込んだ方が良かったんじゃないか?」

 

 嘲りを口にしながら逆手に構えた長剣を振り上げ断頭。宙に浮いた頭部を蹴って遠くへ放り、残った胴体を真っ二つに両断する。

 魔物には内臓など生物が持ち合わせる部位は存在しない。

 代わりにたった一つ、魔物を魔物たらしめている臓器がある。

 

「見っけ」

 

 断面から覗くどす黒い球体。やや楕円を描くその表面は網目模様が出来ていて、不規則な突起が全体を覆っている。

 デイル。奴らにとっての心臓であり、これを破壊しない限り再生し続ける。

 逆に言えば……デイルを破壊さえすれば、魔物は死亡する。

 

「運の悪ぃ奴らだ。大事なもんがこんな簡単に奪われちまうなんてよ!」

 

 イースはデイル目掛けて剣を突き刺した。肉を抉った時とは違う乾いた感触を残してデイルは破裂した。すると、息絶えたフラグマーの肉体はたちまち黒い霧となって消えてしまった。

 

「これが瘴気か。初めて見たな」

 

 魔物は瘴気から生まれ、デイルは肉体の維持に使われる、と教本には書いてあった。逆に生命には毒となるらしく、デイルを破壊したからといってすぐに無力化されるわけではない。ある意味奴らの悪足掻きなわけだが、死体の片付けをせずに済むのはむしろありがたい。町の修繕が控えていることを考えると素直に喜べないが。

 

「結局、邪魔なだけの奴だな。手土産くらい持って来いってのに」

 

 ぶつくさ零しながらイースは長剣を仕舞う。

 ———より先に、素早く振り下ろした一撃によって奇襲を弾いた。

 

「ま、だよな」

 

 体を反転させつつ距離を取るイース。見つめる先にはフラグマーが———二体。

 

「さすがに消耗無しじゃ厳しいか?」

 

 引き金を指先で撫でつつ観察。新たな侵入者は敵意全開でイースを捉えており、易々と命を差し出してくれそうにない。

 悠長にしている時間もない。さっさと済ませるに限る。

 

「ってわけだ。出番だぜ、レイラ」

 

 そう呟くとともにイースは柄頭の安全装置を解除する。瞬間、鋼鉄の剣身に青白い光が宿り、無機質な空間を照らした。

 

 像力(しょうりょく)は全ての生命体が保有する可能性のエネルギーだ。かつての人類は像力を研究・応用することで数多の発明品を世に送り出し、大陸全土に行き渡るほどの文明を築き上げた。

 

 汎用長剣型像力兵器。イースの愛剣———レイラもまた、そんな科学技術の結晶だ。

 

「来いよ太っちょ。ダイエットに付き合ってやる」

 

 指先での挑発にフラグマーは突進で返答。姿勢を低くした状態での突撃を横に跳んで避けるも、見越したかのように尻尾の針がイースの顔面へと突き出される。

 頭を横にずらして避けつつ反撃の切り上げで尻尾を切断。しかし仲間の隙を潰すように、もう一体のフラグマーが側面から鉤爪を振り下ろす。

 ところがその攻撃は、半透明の壁によって妨げられた。

 

 レイラには二種類の能力が備わっている。像力盾(しょうりょくたて)は鍔の青い結晶に触れることで展開する盾で、その強度は鋼鉄の壁を凌駕する。

 強引に受け止めた一撃を逆に押しのけ、イースは飛び退ったもう一体のフラグマーへ切りかかる。身軽な動きで振り下ろしを躱されるも、刃先を地面に激突させ反発力で鋭い切り上げを放ち片腕を切り飛ばした。

 後頭部に刺すような気配を感じて首を傾け回避、頬を掠めた針の根元を握り体を反転し伸びきった尾を叩き切る。二度も尻尾を斬り落とされたフラグマーは怒りの咆哮を上げるも背を向け、文字通り手負いの一体の顔面へ深々と剣身を突き刺す。

 

「歓迎の一発、取っておきな!」

 

 高らかに宣言しながら引き金を引く。直後、フラグマーの体内から青い光があふれ出し、破裂した。

 像力破(しょうりょくは)は引き金を引くことで剣身に溜めた像力エネルギーを発散させる能力だ。その威力はダイナマイトに劣るものの、長剣という特性上突き刺したうえで発動すれば、敵を内側から破裂させることが出来る。

 

 像力兵器は使用者の像力を使う。故に過剰な負荷がかからないようリミッターが設けられており、能力使用には猶予時間(クールタイム)を挟む必要がある。

 汎用長剣型の猶予時間(クールタイム)は本来三十秒前後。

 ところが……、

 

「あとはテメェだ」

 

 振り向くと同時に像力盾を展開し尾による刺突を防ぎ、横から迫る鉤爪を手首から切り落とす。ならばと言わんばかりに反対側で振り上げられた鉤爪を像力盾で強引に弾き返し、膨れ上がった腹部へレイラを突き刺し発破。

 イースが保有する像力は常人のおよそ三倍。そのため本来必要な猶予時間(クールタイム)を無視しての運用が可能となっているのだ。

 

 下半身が消し飛んだフラグマーはべちゃりと地面に落ちてなお歯を剥き出して威嚇する。動物なら死ぬ程度の怪我でも平気どころか再生できるのだから、旧文明が滅んだ理由にも納得が行く。

 だが、アルレイまでも滅ぼされるわけにはいかない。

 

「悪ぃがアルレイ(うち)にテメェらの居場所は無ェんだよ。とっととあの世に消え失せな」

 

 イースは死に体のフラグマーをレイラを振り下ろした。

 絶命を確認してようやく、自分が緊張していたことに気付いた。いくら訓練を積んでいようと実戦とは別。改めてそれを実感する。

 

「ははっ、ま、悪くない感覚だな」

 

 イースはレイラを仕舞って防壁へと駆け出す。

 初の実戦で圧勝。それも複数の魔物を相手取った結果にイースは浮かれていた。悪名高い魔物も大したことない、どんな相手だろうと余裕で追い返せると。

 その驕りは、防壁にて広がる地獄絵図によって儚く散った。

 

「……なんだよ、これ」

 

 おびただしい量の血が鈍色の地面を染め上げるそのうえで、隊員たちは必死に魔物の襲撃を凌ごうとしていた。力及ばず倒れた隊員の体を躊躇なく踏みつけながらフラグマーは続々と防壁を乗り越えて侵入し、懸命に長剣を振るう者たちをその凶刃で切り裂いていく。

 それは日常から逸脱した狂気の世界。濃密に香る血の臭いに、視界の至る所で映る亡骸に、腹の奥から嫌な何かがこみ上げてくる。

 

(嘘だ……こんなの現実じゃない……)

 

 五感が伝える全ての情報を遮断すべく、心は勝手にも体をその場で蹲らせる。耳を塞ぎ、目を閉じ、鼻を隠し、全てが夢の中だと言い聞かせる。

 それを破ったのは、聞き馴染んだ男の声だった。

 

「イースッ! ボケッとすんな!」

 

 防壁の通路にて、一人大勢の魔物と対峙するオニール。彼もまた複数の敵に囲まれながらも善戦していた。しかし一体が倒れるごとに二体三体と増えていく様はまさしく焼け石に水だ。

 だからって、父を見捨てるつもりはイースにはない。

 

「今行く!」

 

 レイラを引き抜いて防壁を上り、通路上にいるフラグマーを崖下へ叩き落とす。

 続けざまに後ろの一体の口を串刺しにして盾代わりに構え、後続の二体の攻撃を防ぎつつ他方の個体を突き落としに掛かる。

 仲間が盾にされているのにフラグマーの攻撃は衰えることを知らない。むしろ勢いは増すばかりだ。

 

「お仲間なんざ眼中にないんだな」

 

 どこまでも生物と違う魔物どもに吐き捨てて、イースは盾にしていたフラグマーのデイルを破壊しつつ周囲の魔物を像力破で蹴散らす。

 

「大丈夫か?」

「なんとかな」

 

 オニールの問いかけに突進してきたフラグマーを崖下へ受け流しつつイースは応じる。

 

「なんで急に入ってきやがった? 障壁は万全だっただろ」

「さあな。強固な壁っつったって障壁は年代物だ。急に壊れることだってあり得る」

 

 口ではそう言いながらもオニールの表情は晴れない。

 それでも強引に頭を振って、

 

「とにかく今はこいつらを追い返すのが先だ。お前も手当たり次第にぶちのめせ!」

「了解!」

 

 イースは首肯しながら近くのフラグマーを倒す。

 そのまま通路上を駆け抜けつつ通り抜けざまに魔物どもを落としていく。通路という比較的狭い場所だからか魔物の動きは制限されており、数が増えれば増えるほど身動きが取れていない。

 問題は際限なく湧いてくる援軍だ。無から生じているかのような湧き具合に人間側の疲労ばかりが蓄積していく。

 

「チッ、無駄に多いな」

 

 額の汗を拭う暇さえ無く目に付くフラグマーを斬り伏せるイース。

 その視界の端に、胸を裂かれて倒れる隊員が入った。

 考える余裕なんて無い。すかさずイースはその隊員の下へ駆けつけ、とどめの一撃を刺そうと腕を振り上げたフラグマーの胸部を叩き切る。

 

「イース……」

「話はあとだ。さっさと後ろに退いて手当てして来い!」

「わ、分かった。ありがとう」

 

 隊員を引き下がらせつつ続々と侵入してくるフラグマーを片端から切り捨てる。

 だが、着実に疲労は溜まっていき、気付けば視界が霞み始めた。

 故に、普段なら避けられる攻撃さえも体が動かなかった。

 

「がっ⁉」

 

 背中に生じた激しい痛み。焼き鏝を押し当てられたような酷い熱に、イースは小さな悲鳴を上げる。

 

「くっそ……! ふざけんじゃねぇ!」

 

 反撃とばかりに横へ振りぬくも、刃先が相手を切り裂くより早く腕に深々と鉤爪が突き刺さる。

 落としたレイラを左手で掴んで強引にデイルを壊し、ぐったりとした体を持ち上げて鉤爪を抜く。その間も別のフラグマーが狙いをすましていて、朦朧とする意識の中で正面から鋭利な針が突き出される。

 鉛のように重くなった体を動かして回避するも、正面には数えきれないほどのフラグマーが狙いをイースへと向けていた。

 

「怪我してっから弱ってるとでも思ってんのか? 甘ぇんだよクソが!」

 

 血反吐を吐きながらがむしゃらにレイラを振り回して目に付く肉塊をひたすら切り刻む。

 しかし滾る闘志に反して出血は増していき、指先の感覚が無くなっていく。自分が立っているのか転がっているのかさえ判断できず、目尻に涙を浮かべながらも抗い続けた。

 そんなイースの背中に硬いナニカがぶつかった。それが崩れかかった胸壁だと気付いた時には、全てが手遅れだった。

 

「うぐっ……!」

 

 正面から体当たりを受け、背中に押し当てられていた胸壁ががらがらと音を立てて崩れ落ちる。

 次の瞬間、ふわりとした浮遊感に見舞われた。内臓全てが動き回るような感覚に吐き気を覚え、肺がしぼんだかのように息が出来ない。

 次いで頭頂部からつま先へと駆け抜ける冷風。眼下に崩れた胸壁が見える。

 

「イースッ!」

 

 瓦礫の隙間からオニールの顔が出て来た。周囲で隊員たちが攻防を振り広げる中、必死の形相で腕を伸ばしている。

 思考の片隅で、自分が落ちているのだと察した。

 

「オ……ニール……」

 

 感覚の失せた手を伸ばすも、直後に全身を衝撃が打ち据え視界は暗転。

 間際に見えたのは色味の失せた世界と、絶望に歪むオニールの顔だけだった。

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