1話:ようこそ『普通』の学校生活へ
オレには世間に疎く、一般的な『普通』を知らない。
『自由』を知らない。
それはオレが生まれ育った施設のせいーーつまり環境のせいなのだが、それを嘆いたことはないし理不尽だと感じたこともない。何故ならそれがオレにとっての『普通』だったからだ。
それでも、ふとした瞬間に考えることがある。
もしもオレが、『普通』だったら。『自由』だったら。
同じ年の少年少女達と一緒に学校に通っていたら、それはどんな生活になるのだろうか。
青春という、言葉でしか聞いたことない、夢と希望に溢れた未知を体験出来るのだろうか。
そればっかりは「最高傑作」と持て囃されているオレでも、実際に経験してみなければ流石に分からない。
でもいつか。いつの日か。IFが現実となった時の為に、少しだけ思考を回してみよう。
青春ーーは兎も角、学校生活を満喫する為に必要不可欠なものは?
それはきっと『友達』だ。
驚くことに、世俗には「一年生になったら友達100人出来るかな?」なんて歌詞のある
100人なんて正気か?
オレには絶対無理だと思わなくもないが、まあ
◆
4月。入学式。
オレは学校に向かうバス中、座先に座りゆらゆら揺られていた。乗り合わせた殆どの乗客は、オレと同じ高校の制服を身に纏った若者たち。もしかしたらこの中の何人かがオレと知り合い、そして友達になってくれるかもしれない。
そんな淡い期待と妄想を膨らませながら、オレは変わりゆく景色を穏やかな気持ちで眺めていた。
「席を譲ってあげようとは思わないの?」
OL風の女性とガタイの良い若い金髪の男とのやり取り。それに介入し、場を納めた人の好さそうな少女。
そしてバスを降りた先の校門前でーー
「私は自分の信念を持って行動しているに過ぎないわ。事なかれ主義と、ただ面倒事を嫌うだけの人種とは違う。願わくばあなたのような人とは関わらずに過ごしたいものね」
そこまで言わなくても良いのでは?
ーーと、オレと同じ傍観者だった黒髪少女による事なかれ主義の誹謗。
穏やかだった気持ちはとっくの前に消し飛んでいた。
初めての学校生活。そのワクワクドキドキだった勇の一歩も、先ほどの黒髪少女によって出鼻を挫かれている。
小さくなっていく黒髪少女の背中を眺めながら溜息をこぼす。
なんか急に不安になってきたぞ。
上手く会話出来るだろうか。人間関係をきちんと築き、友達を作れるだろうか。
もしかしたら3年間の学校生活をずっとボッチで過ごしてしまうんじゃないのか……。
まだ学校に到着したばかり。教室の中にすら入っていないのに、上辺だけ取り繕っていたコーティングが剥がれ落ちていく。ほんの数分前までワクワクドキドキだった心は、ハラハラドキドキになっている。
「あの、大丈夫ですか……?」
「えっ?」
気付けば隣に、淡い水色の髪を持つ少女が立っていた。
「…………天使?」
「えっ?」
やばい、声に出てた。
「あ、ああ、いや、何でもない。それで、何が大丈夫なんだ?」
オレが慌てて誤魔化しながら、少女に言葉を返す。
「いえ、5分近くも動きもせずジッと立ち続けているので、何かあったのかと思いまして」
5分!?
「あー……、別に体調が優れないとかじゃないんだ。ただ、これからのことを考えて急に緊張してしまってな……」
「分かります。私もこんな立派な学校を前に緊張してしまってますから」
「そう、なのか?」
柔和な表情からはとてもそう見えないが。それにオレが緊張しているのとは別の事柄だし。
いや、5分近くもジッと動かなかったオレを見ていたということは、彼女も同じく動かなかったということだ。 実は彼女の内面も、オレと同じく嵐のように荒れ狂っているのかもしれない。
「とはいえ、いつまでもジッとしている訳にはいかない。……その、良かったら一緒に行かないか?」
「はい。是非、同行させてください」
内心でガッツポーズ。
断られなくて良かったぁ! 断られてたら入学早々ポッキリ逝ってた!
「オレは綾小路清隆。よろしくな」
「椎名ひよりです。よろしくお願います、綾小路くん」
学校に来て、初めての自己紹介。そして一緒の登校。
出鼻を挫かれて焦ったが、逆にそれが思わぬ出会いを呼び込んだ。ありがとう、名前の知らない黒髪少女! しかし、まだ喜びに浸るのは早い。
この降ってきたチャンスを活かし、椎名との関係の構築。友達まで行かずとも、良い感じの知り合いになり、次回には友達になれるように少しでも親密度を稼いでおきたいのだ。
「あー、椎名は何か趣味とかあるのか?」
口にしながら、失敗したかもしれないと内心で後悔した。
世間から隔離されていたオレは同年代の好む娯楽を知らず、サブカルチャーの知識も疎い。そもそもオレ自身、趣味と聞かれてパッと思いつくモノがないのだ。
「私は読書が趣味です」
「!」
なんということだ。
この子は本当に天使なのかもしれない。
これが流行りの音楽やゲーム、アニメといった答えが返ってきたら早々に話題が途切れていただろう。
「オレも読書はするほうだ」
むしろ、あの隔離された場所においては唯一の娯楽、趣味といっても良いのかもしれない。
そう答えたオレに、椎名は分かりやすく嬉しそうな顔した。
「綾小路くんはどんなジャンルの本が好きですか?」
「え、えっと、ミステリーだな。叙述トリックを読み解いて犯人を当てたりするのが楽しいと感じる」
「自分で推理して楽しむのもミステリーの醍醐味ですよね。どんなトリックが使われているのかドキドキしたりします。それに自分の推理が間違っていても物語としてきちんと楽しめるのが良いですよね」
「そうだな。よくこんなトリックが思いつくなって感心させられたりもする」
「はい。すごいって思いますよね」
よほど本が好きなのだろう。
目を輝かせて楽しそうに本を語る椎名を見て、不思議とオレまで楽しいと、そんな気持ちになってくる。
ずっとこんな時間が続けばいいのに……なんてことを思わなくもないが、残念ながらそんな時間は長く続かない。
校舎に入り、一学年のクラスが揃っている廊下にやってくる。
「その、椎名は何クラスなんだ?」
「Cクラスです。綾小路くんは?」
ガッデム!!!
「『A』クラスだ……」
「……残念です。せっかく読書の趣味が合う『友達』が出来たのに、別々のクラスなんて」
「……トモ、ダチ?」
「あ、ごめんなさい。馴れ馴れしかったですよね?」
「い、いや、違う。勘違いしないでくれ。その、あまりにも驚き過ぎて混乱しただけなんだ。嫌なんて微塵も思っていない」
「本当ですか?」
「ほ、本当だ。むしろオレの方から頼む。是非、友達になってくれ」
「ふふ、はい。改めてよろしくお願いします、綾小路くん」
オレの慌てように椎名はクスリとはにかんだ笑みを浮かべる。
は~、天使(3回目)
椎名がCクラスに入っていく姿を最後まで見送ってから、オレは天井を見上げる。
え、まさかの初日からお友達獲得? しかもこんなにも速く?
「先を越された……!」とか自分の不甲斐なさに猛省する必要もない?
いやいやマジで? 入学初日からこんなミラクルが本当に!?
夢とかじゃないよな?
なんか急に不安になってきた。追いかけて確認しなければ。
「綾小路くん?」
「いや、何でもない。間違えた」
「はぁ?」と困惑する椎名に背を向けてCクラスから出る。他の生徒達からの視線が突き刺さるが全く気にもならない。
夢じゃなかった!
「ふふふ」
スキップしたくなる気持ちを抑えながら、オレはAクラスに向かって歩く。
幸先が良い。良過ぎる。もしかしたら友達100人も夢ではないのかもしれない。……いや、流石にそれは無理っぽい。
落ち着け、オレ。
調子に乗り過ぎてはいけない。友達100人を目指さなくてもいい。ただ着実に、少しずつ人間関係を構築し友達を増やしていくのだ。
例えばそう、オレの前を歩く銀色のセミロングの少女。
片手に細い杖を持ちゆっくりと歩いている少女は、Cクラスの隣にあるBクラスに入る素振りを見せない。つまりはオレと同じ、Aクラスの生徒の確立が極めて高いということだ。
やるんだな!? 今! ここで!
と、頭の中で誰かが叫んだ気がした(幻聴)。
頼む椎名、オレに勇気をわけてくれ!
「同じAクラス、だよな?」
オレは足を早め、なるべく驚かせないよう心掛けながら少女の隣に並ぶ。
オレの顔を、銀髪の少女はゆっくりとした動作で見上げた。
「オレは綾小路清隆だ。よろしく」
「ーーーー」
手に持っていた杖も手放しており、手首に紐がなければ地面に転がしていたことだろう。
「っ」
「っと」
しかしそのせいでバランスを崩した少女の身体。それをオレが腕を伸ばしてカバーする。
「す、すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」
「い、いえ。私の方こそ支えていただきありがとうございます」
オレの手から離れ、銀髪の少女はコホンと空咳を零す。
「私の名前は坂柳有栖です。ふふ、これからよろしくお願いします、綾小路清隆くん」
椎名とはまた違う、艶やかで柔和な笑みを坂柳は浮かべた。
・入学したての綾小路くんなので原作基準でテンションが高め(初期小路)
・Aクラスだからといってヒロインが坂柳だと決まっているわけではない。
・ある意味で最も出鼻を挫かれた天才少女。