祝勝会というのがあるらしい。
鈴音が言うには、今夜Dクラスでは元赤点組を含めた一部の生徒で集まり、ジュースとお菓子を用意して乾杯するとかなんとか。
だからオレも椎名、坂柳、神室に思い切って提案してみた。
「オレ達も祝勝会をしよう」と。
Dクラスと違って苦労を分かち合ったり、共に試練を乗り越えるようなことは何もなかったが、中間テストの終わった区切りとして祝勝会という青春っぽいイベントをやってみたかったのだ。
そしてやってみたら、普通の食事会で終わった。
ケヤキモールで、雑談しながら夕食を食べる。
もちろん、これはこれで楽しかったし満足しているんだが、オレが脳内で勝手に想像していた祝勝会とは何か違っていた。
オレも椎名も坂柳も神室も「ウェーイ」と騒ぐタイプではないので、祝勝会としては単純に人選ミスだったのかもしれない。もっと大勢で、賑やかし要員も誘ってやるべきだったか。次の機会があったら気を付けよう。
ケヤキモールの帰り道。
オレは一人で暗い夜道を歩く。一人でいる理由は単純で、食事の後に買い物がしたくて3人には先に帰ってもらっているからだ。
生活用品の入ったビニール袋を持ちながら、海沿いの歩道をのんびり歩く。
思えば、夜のこの時間帯には須藤との勉強会があったりと、一人の時間があまりなかった。
夜だけではない。昼休みも放課後も椎名に坂柳、神室と、誰かしらと一緒に居る時間が多い。
入学前は友達が出来るか不安で一杯だったが、振り返ってみると常に友達と過ごしている学校生活。
一人でいる時間の方が楽ではあるのに、誰かと過ごす時間も悪くないと思えている。
楽しいとーー。
そんな風に感慨に耽っていると、夜の静寂が突然に破られた。
「あーーーーーウザい」
低く重たい声。一瞬だけどちらか分からなかったが、少女の声だ。
「マジでウザい、ムカつく。死ねばいいのに……」
続けて吐き捨てられる呪詛の言葉。
怖い。浸っていた空気が台無しである。
「自分が可愛いと思ってお高く止まりやがって。最悪。ほんっと、最悪最悪最悪!」
さらに少女はフェンスを蹴り始めた。
……大分、ストレスが溜まっているようだ。
ストレスを抱え込むのは良くない。適度に吐き出すことは大切だと思うが、場所はどうにか出来なかったのだろうか? 一応は公共の場だぞ。
まあ、だからといって止めるような面倒はことはしないし、声を掛けて気まずい空気になるのも嫌だ。オレの存在は気付かれていないので、このままフェードアウトしていこう。
「死ねばいいのに、堀北なんか!」
「…………」
鈴音?
「ウザい堀北ウザい、ほんっとウザいっ。あのクソ女!」
後ろ姿だったから気付くのが遅れたが、よく見ると鈴音と一緒に須藤たちの勉強を見ていた少女だった。
入学式前のバスの中で、席に座れない老婆の為に行動を起こした人の好い少女でもある。
ピロン♪ ーーと、少女がフェンスを蹴った合間に鳴った携帯の音。
確認してみると椎名からのメッセージだった。
食事をご馳走させてもらったお礼と楽しかったとの感想。「次は私が綾小路くんに奢りますからね」と、ほっこりするメッセージも飛んでくる。
「ねぇ……ここで……何してるの」
「何って友達にメッセージを送り返してるところだ」
携帯に目を向けている間にどこかに行ってくれることを期待していたのだが、残念ながらそうはならなかったようだ。溜息を吐きながら携帯を仕舞い、距離を詰めてきた少女と向き合う。
目を細めて冷たく鋭い視線だ。
少女のことは詳しく知らないが、鈴音と一緒に勉強会をしている時はもっと温和な表情を浮かべていたような気がする。
「聞いたの……?」
「聞きたくなかったと心底思ってる」
面倒事は普通に嫌なんだが。
絡んでこないで欲しい。
「今聞いたこと……誰かに話したら容赦しないから」
「言われずとも、わざわざ誰かに話したりなんかしない」
「ふーん、そう。でも私は信じない」
「どうしろと?」
「もし話したら、あんたにレイプされそうになったって言いふらしてやる」
「冤罪だぞ、それ」
やっぱり面倒臭いことになってる。気付かれる前にダッシュして逃げれば良かった。
「大丈夫、冤罪じゃないから」
有無を言わせぬ迫力と共に、少女はオレの右手首を掴んだ。
何をされるか気付くより前に、直感が働いた。
「やめろ」
「っ!?」
少女がオレの手を動かそうとするのを力を込めて拒み、足を動かし強引に距離を取って振り払う。
狙いを阻止された少女は、顔を歪めたままオレを強く睨み付けてくる。
「余計なことはするな。言わないって言ったんだから信じろ」
「信じられないって言った。あんたも私に弱味を握らせろ」
んな滅茶苦茶な。
「はっきりと言わせてもらうが、こんな誰が通るかも分からない場所で、あんなことをやっていたお前が悪い。知られたくなかったんならきちんと場所を考えろ。自業自得だ」
「ッ、黙れ!」
少女は焦りと共に怒りの形相で、オレに飛び掛かる勢いで迫って来る。
片手には手荷物があるが、それでも少女の身体能力でオレに敵うはずがない。距離を詰められた分だけ距離を離して立ち回る。
「勘弁してくれ……」
寮に帰り自室に戻っても、そのまま追って来そうなほどの必死さ。
呼吸を乱す少女を見ながら、オレは再び溜息を吐く。
「なあ、お前の名前は?」
「……私を知らないの?」
「知らない。同学年だし初対面ではないかもしれないが、お互いに話したことはないだろ」
「櫛田桔梗」
「……お前が?」
オレでも名前ぐらいは聞いたことがあった。
Bクラスの一ノ瀬帆波と同じく、クラスの垣根を越えて男女の友人を多く持つ人気者の名前だ。
なるほどと、櫛田桔梗の態度に理解を得る。
同時に、大して関心を持たなかった彼女に、一定の興味が湧いてくる。
「オレの名前は綾小路清隆だ」
「知ってる。あんた、うちのクラスじゃそこそこの有名人よ」
「そうなのか?」
鈴音と須藤の2人ぐらいしかDクラスと関わりがないのだが。
「まあそれはいいとして、櫛田。お前はオレを信じられないと言った。弱味を握らせろと」
「当然でしょ。あんたが言いふらさないという保証がない」
「生憎と弱味を握らせるつもりはないが、取引は出来る」
「何、身体でも要求するつもり?」
女の子が真っ先にその言葉を言うのはどうなんだ?
まあ、オレも男なので興味がないわけでもないが。
「違う。言いふらされたくなければ、オレと友達になれ」
「ーーーーは?」
身構えていた櫛田が、ポカンと口を開いて固まる。
「オレと友達になってくれたら、友達になってくれる対価として、今見たことを絶対に言いふらさないと約束しよう」
「……友達にならなかったら?」
「もしかしたら、誰かに言いふらすかもしれないな」
「私に選択肢ないでしょ、それ」
「もともと自分で蒔いた種だろ。オレはお前のことなんて本当にどうでもよかったし、言いふらす気なんて微塵も
それに関しても、藪をつついたのはお前からだ。
「……一つ聞かせて。どうして私と友達になりたいの?」
「もちろん打算もあるが、単純にオレがお前と友達になってみたいと思ったからだ。むしろそれ以外に友達になりたいと思う理由とかあるのか?」
「っ、そう」
櫛田は意表を突かれたように一瞬だけたじろぐが、すぐに何事もなかったように気を取り戻す。
「いいわ。あんたと友達になってあげる。でも、裏切ったら容赦しないから」
「分かってる。取引成立だ。よろしく、櫛田」
「…………」
握手する為に手を差し出したオレを見て、櫛田は戸惑いながらも慎重にオレの手を握り返す。
「それじゃあブレザーを脱げ」
「は?」
「別に直接触ってもいいなら触るが、友達でも流石にそれは嫌だろ?」
「っ、当たり前でしょ!」
櫛田は声を荒げながら、オレの指示に従ってブレザーを脱ぐ。
オレは櫛田が脱いだブレザーの、左胸当たりに手の平を接触させた。
「取り敢えずはこれでいいか?」
「どういうこと? 弱味を握らせたくなかったんじゃないの?」
「櫛田とは友達になったからな。友達の役に立つことはしたいだろ」
「……ほんと、意味分かんない」
櫛田はぶっきらぼうに呟く。
「ついでに友達としてのアドバイスだが、ストレスを吐き出すにしても場所は考えた方が良いぞ。周りに知られたくはないんだろ?」
「言われなくても分かってるわよそれぐらい」
分かってないからオレに見つかってるんだが。
「だから今度からはオレの部屋を使ってくれていい。壁に穴を開けられるのは困るが、愚痴ぐらいは聞いてやる」
「っ、綾小路くんが何を考えているのか本当に分からない! 一体何なの!?」
キレながら言うことか?
「さっきも言ったが打算があってのことだ。別に嫌なら部屋に来なくていいし櫛田の自由だ。ただ、来る時は連絡をくれ。よし、友達だし連絡先を交換するぞ」
「はぁ……。やっぱり綾小路くんて変な人だったんだね」
「やっぱりって何だ。友達になったとはいえ、お互いによく知らないだろ」
「さっきも言ったけど、綾小路くんはDクラスの中じゃそこそこの有名人だよ」
「オレもさっき思ったが、
「……だからだよ」
「ん?」
「それに須藤くんを通して、1カ月前に生活態度や抜き打ちテストがクラスポイントに影響するって話もしてくれたでしょ? 結果的に70ポイントしか残せなかったけど、それでも数人は感謝してたわよ」
「櫛田もか?」
「もっと早く教えるべきだよね。そうすればもう少しポイントを残せたかもしれないのに」
コイツも鈴音と同じようなことを言う。
「それと、Dクラスとは関係なしに、いっつも女の子を侍らして目立ってる」
「侍らすって人聞きが悪いな。友達だぞ」
「綾小路くんがどう思おうが関係ない。周りがそう思って見てるってことが事実なの」
「マジかよ……」
知りたくなかった事実。
もしかしてAクラスのクラスメイトにもそう思われてるってことか?
誤解である。オレは男友達だってきちんと募集しているぞ。
「……まあいい、帰る。そもそもオレはまだ帰り道の途中なんだ」
「そんなこと知らないわよ。こんな道通らないで真っ直ぐ寮に帰ってれば良かったじゃない」
「別に愚痴ったわけじゃない。櫛田からしたら不本意だろうが、結果的にはこの道を歩いていて良かったと思っている」
「あっそ、私は最悪よ」
そう言って櫛田は歩き出し、オレも彼女の隣に並ぶ。
何かを言いたげな表情でギロリと睨んでくるが、口を開くことはせず彼女は仏頂面を貫いた。会話はない。だけど別に気まずいと感じることはなく、櫛田と共にエレベーターに乗り込む。
櫛田桔梗。
優しくて男女ともに多くの友達がいる人気者という、そんな評価を得ている少女。
オレは普段の櫛田を知らないが、人伝に伝わってくる話からも彼女が皆からそう思われているは間違いないだろう。
そんな人気者の少女にも裏の顔があった。それに驚くことはあっても、別におかしなことではない。人は周囲の環境や相手によって、いくつもの仮面を使い分ける生き物だからだ。そのことを知識では知っていたはずなのに、いざその実例を前にしてオレは改めて思った。
人は、面白いなと。
オレはまだまだ沢山、学校生活を楽しめるようだ。