◆ ◆ ◆
「ボイスレコーダーを貸す代わりに、条件を一つ飲んで欲しい」
綾小路くんはボイスレコーダーをテーブルの上に置きながら言う。
ボイスレコーダーは携帯の機能でも使えるが、きちんとしたお店で買った物の方が音質も良くて万が一のミスも減らせるだろう。私は持っていないし貸してくれるなら素直に助かるけども。
「条件は?」
「今回の件で、Cクラスの生徒を誰も退学にさせるな」
「……理由を聞いても?」
「色々あるが、完全勝利して
「Cクラスから3人も退学者を出せれば、Dクラスは追い越せるかもしれないわよ?」
「……鈴音、今回の事件をどうしてCクラスは仕掛けたんだろうな? 自作自演までして強引に」
「須藤くん相手なら自作自演でも停学に出来ると思ったからでしょ?」
「それは須藤が選ばれた理由だろう。Cクラスは須藤を停学させて何がしたい? その目的は?」
須藤くんが聞いたCクラスの発言では「レギュラー候補になった須藤くんが気に入らないから」だが、もちろんそれが後付けの理由なのは分かっている。
「……停学、もしくは退学のペナルティを知りたかった? そしてDクラスにダメージを与えたかった」
「そう考えるのが妥当だ。ならCクラスにとって何が一番嫌で、逆にお前にとっては何が利になるか、視野を広げてしっかりと考えてみろ」
「ええ、分かったわ」
「バランスを誤るな。妥協する必要はないが、やり過ぎるなよ」
後は自分で考えろということだろう。
綾小路くんは口を閉じて、そして本を手に取って読み始めた。
綾小路くんの考えやその狙い。
私にとって、どんな決着が望ましいのか。
Cクラスをどうしたいのか。また、どうしたらいいのか。
はぁ。
明日は審議だというのに、また考えることが増えたわ。
だけど、必死に思考を回して考えなければならない。
彼に少しでも早く追いつく為にも。
◆
私は項垂れるCクラスの生徒たちを見ながら、こっそりと息を吐く。
絶望に満ちた彼らの表情。綾小路くんの手が加わっているとはいえ、訴えを取り下げを認めず、その作戦の実行を決断したのは私の意思。
彼らを絶望に叩き落したのは、間違いなく私だ。
「生徒会長、意見してもよろしいでしょうか?」
「構わない」
私と兄さんは正面から向かい合う。
ギュッと心臓が締め付けられる感覚になるも、ここまで来て怯むわけにはいかない。
「今回の件。彼らCクラスの3名が行ったことはあまりにも悪質です。素行が悪かったとはいえ、真面目にバスケットに取り組んでいた須藤くんを罠にハメ、彼を停学にさせてバスケットを奪おうとした。それに加えて、先ほどのボイスレコーダーの録音。彼らは結局、罪を自白することはなく、訴えを取り下げるなんていう姑息な手によって、反省するでもなく最後は何もなかったことにしようとした。悪質であり卑劣です」
「……それで何を言いたい? 彼らCクラス3名の退学を望むか?」
「嘘の訴えまで起こして学校を巻き込んだ。無実である須藤くんに罪を着せようとした。決して許されるべきではありません。問答無用で退学に値する行為だと思います」
私はここで言葉を区切り、Cクラスの生徒たちに目を向けた。
断頭台の上で俯く彼らは、今どんな気持ちで私の言葉を聞いているのだろうか。
「ですが、私は彼らの退学を望みません」
「えーー?」
私の言葉にCクラスの生徒たちが顔を上げて気の抜けた声を出す。
坂上先生、橘さん、須藤くんは目を丸くして驚き、茶柱先生も困惑するように眉を寄せている。
唯一、兄さんだけが冷静に、興味深そうに私を見ていた。
「ほう。何故だ?」
「今回の事件。私には彼らの気持ちが少し分かるからです」
「ど、どう意味だよ、堀北!?」
審議中は口を閉じて耐え忍んでいた須藤くんが、思わずと言った様子で声を上げた。
「須藤くんにとっては許しがたいことだと思うけど、罠にハメる相手は別に須藤くんでなくても構わなかった。須藤くんには前も言ったけど、あなたが罠にハメやすかったからターゲットに選ばれただけ」
私は再度Cクラスの生徒たちに目を向けた。
先ほどと違い、彼らの瞳には僅だが光が戻っている。しかし、同時に戸惑い困惑している様子が見て取れた。
「彼らはきっとクラスの仲間を想い、クラスの為にと、こんな暴挙に出たんだと思います。もし今回の冤罪が通っていれば、私たちDクラスはクラスポイントを減らされ須藤くんは停学になっていた。そうなれば、当然Dクラスは大きなダメージを受けることになります。それをCクラスの生徒が狙っていた理由を、この学校においてわざわざ口にするまでもないでしょう」
「……だから情状酌量の余地があると?」
私は頷きながら言葉を続ける。
「もう一度言いますが、彼らが行ったことはとても悪質で卑劣です。ですが、クラスの為に何かをしたいと考えた彼らの気持ちも、私は少しだけ分かってしまう。決して褒められたやり方ではありませんでしたが、入学してたったの3カ月程度で、いきなり退学させるのもまた厳し過ぎると思うのです。彼らを反省させ更生させる余地がない」
「単刀直入に聞こう。お前が彼らCクラスに求める罰は?」
「彼らの暴走を招いた原因……。いえ、目的にクラスポイントです。なので抑止の為にも、私たちDクラスに対しCクラスは1名の
「なっ!? いくら何でもそれは!」
坂上先生が声を荒げるが、私は譲るつもりはない。
「今回の件。ボイスレコーダーからも分かる通り私たちはBクラスと協力しており、昨日の審議では証人としてAクラスの生徒にも協力してもらいました。CクラスとDクラスだけでなく、結果的に1年生の全クラスが関わる事件になりました。ここまで大勢を巻き込み注目を集めている中で、この程度の譲歩も認めて貰えないなら、やはり彼らには退学してもらうしかありませんね」
「なっ、そんな、嫌だっ!!」
「ああああ、頼むよ、退学したくねえ!」
「払う払うから! 許してくれ!!」
退学という絶望の底から与えられた希望の糸。
それを再び断たれてしまう恐怖を、彼らに耐えきれるわけがない。
顔を涙で濡らし、地面に頭を擦りつける勢いで懇願してくる。
「……主に生徒間のトラブルはプライベートポイントの支払いによって解決される。クラスポイントのやり取りは
兄さんがCクラスの生徒たちと坂上先生を見ながら告げる。
「最後にCクラスからDクラスの要求に何か異議の申し立ては? なければ判決を下すが」
「ない! ないです!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、反省してます!」
「どうか、退学だけは許してくださいっ!」
「……ありません……」
Cクラスの心象は地の底。
ここで異議を申し立て余計なことを口にすれば、今度こそ彼らは退学することになるだろう。
坂上先生もまた唇を噛み締めながら項垂れた。
「CクラスはDクラスに150のクラスポイントを譲渡。石崎、小宮、近藤の3名には2週間の停学と反省文の提出。そして1週間のボランティア活動を命じる。最後に、今回の停学によるクラスポイントへの影響はなしとする」
これで2日間に渡って行われた審議が終わりを告げた。
須藤くんの、Dクラスの完全勝利によって。
クラスポイントが減り停学になろうが、退学という最悪の事態は避けられた。石崎くん、小宮くん、近藤くんの表情には強い安堵がある。
彼らは私と須藤くんを見て複雑そうな表情を浮かべながらも、最後には小さく頭を下げてから坂上先生と共に生徒会室を後にした。
「見事だったな、堀北」
茶柱先生からの賛辞。一言だけとはいえ、生徒には関心のなさそうな茶柱先生にしては珍しく、熱の込められた言葉だった。
「ああ、すげぇぜ、堀北!」
「いえ、私だけが成しえた事じゃないわ。須藤くんが私の言いつけを守って誰にも暴力を振るわなかった。この結果を導けたのはまず最初に、あなたが成長したからよ」
もし須藤くんが暴力を振るっていたら、Cクラスに訴えを取り下げることで事件を終息させていただろう。どう頑張っても完全勝利にはならなかったはずだ。
「へへ、当然だぜ。バスケットの為だし、何よりお前の為だからよ」
「? そう」
照れ臭そうに喜ぶ須藤くん。
そこから少しだけ神妙な顔つきになり、先ほどまでCクラスの生徒たちが居た場所に目を向ける。
「アイツ等が追い込まれていく姿を見て、正直ざまあみろってスッキリしてたけどよ。いざアイツ等が退学するってなった時の顔を見てると、その……、変かもしんねえけど、最後は退学しなくて良かったって、ほんの僅かに……、ほんの僅かにだけど思っちまった。小宮とか近藤とか、しょっちゅう突っかかって来てムカついてたのによ……。ほんと、変だよな」
「須藤くん……」
「あー、何が言いてえのかっていうと、オレも気を付けようって改めて思った。くだらねえことでキレて喧嘩して皆に迷惑掛けて、そんなことで退学なんてしたくないしよ」
須藤くんは頭を掻きむしりながら、どこか照れ臭そうに言う。
事件に巻き込まれことや審議の内容も含めて、今回の件でやはり彼なりに色々と思うことがあったのだろう。
「んじゃ、俺部活行くからよ。またな堀北」
「ええ、バスケット。頑張りなさい」
須藤くんは一瞬だけポカンとした後で、嬉しそうに笑顔を浮かべながら去って行った。
その光景を見て、茶柱先生が意外そうに私を見る。
「まさかお前が須藤にあんなことを言うとはな」
「実際、須藤くんはバスケットの為に暴力を振るいませんでした。審議中でも余計な発言は控えてくれましたし、今回に関しては素直に褒められると思います。これぐらいの言葉で彼の機嫌を取れるなら、いくらでも言いますよ」
「ふ、そうか。少し変わったな、堀北」
「それが成長したという意味なら嬉しく思いますが、私なんてまだまだです」
まだ生徒会室に残り、橘さんと話をしている兄さん。
それに、綾小路くん。
私が認めてもらいたい、追いつきたい相手に比べれば、私はまだーー。
綾小路くんが私に、Cクラスから退学者を出させない理由。
私なりに色々と考えて得た答えの一つが、ヘイト管理。
相手側の自業自得とはいえ、Cクラスから3名の退学者を出せば、逆恨みでDクラスに対して徹底抗戦を訴えてくるかもしれない。まだ入学して3カ月。これから先に何が起こるか分からない、どうやってクラスポイントを上げるか明確にされていない現段階から、Cクラスとの仲を決裂させるのはまだ早い。
2つ目は、私の目的はAクラスに上がることだ。
仮にCクラスから3名の退学者を出し、クラスポイントを0まで叩き落したとしても、私たちDクラスのポイントが増えるわけではない。Cクラスには上がれるかもしれないが、BクラスAクラスとのポイント差は何も変わらず差が縮まることはない。
だからこそ私は、退学との交換条件としてクラスポイントの譲渡を要求したのだ。
そして3つ目。
これは私も今日まで気付くことが出来なかった理由。奇しくも須藤くんと同じで、実際に目にして初めて理解したこと。今回の件、石崎くん、小宮くん、近藤くんが退学したとしてもそれは完全に彼らの自業自得だ。私は彼らが退学しても心を痛めることは決してなかっただろう。
しかし、彼らの絶望に満ちた顔が思い浮かぶ。
だけど私にはまだ、私の意志によって、誰かを退学させる覚悟を持っていなかった。私の手によって
思い返せば私は、中間テストの過去問のすり替えをという綾小路くんの提案を断っているのだった。もちろん、今回の件とは前提も過程も何もかも違うが、退学者を自らの手によって出すという点では同じ。
腹立たしいことに、綾小路くんは
流石にそれは気持ちわ………怖いわね。
「どうした堀北、退室しないのか?」
「あ、はい。ーー失礼します」
私は最後に兄さんの方を向いて軽く頭を下げる。そして茶柱先生に続いて生徒会室から出ようとして、背中に声が届いた。
「気を付けて帰れ」
ーーッ。
生徒会室を少し歩いた所で、Bクラスの一之瀬さんと神崎くんの2人が待っていた。
私は2人の前で足を止め、茶柱先生はそのまま職員室へと歩いていく。
「今回の件。Bクラスには色々と協力してもらって助かったわ。あなた達のおかげで無事に審議で勝つことが出来た。台本とかもなかったのに、よくあれだけ上手く会話を誘導出来たものね」
「にゅはは、その場のノリというか、殆ど勢いなんだけどね。こっちもスッキリして気持ち良かったし、ありがとう堀北さん」
一之瀬さんは朗らかに笑う。
「目には目を、嘘には嘘を、そして罠には罠を、か……。偽の監視カメラを使って、敢えて自白させないように誘導し、最後には録音していた音声を審議で公開する。昨日も聞いて思ったけど、えげつないなぁ……」
一之瀬さんは苦笑いを浮かべる。
昨日はその話を聞いてドン引きしていた。それでも協力してくれたのだから彼女には感謝しかない。
「先に仕掛けてきたのはCクラスからよ。私はただ、自分のクラスを守っただけだわ」
「その結果が痛烈なカウンターだ。約束通り、審議の内容を聞かせてもらっていたが、見事という他ない」
特別棟でのBクラスとCクラスのやり取り。
それを協力してもらうに条件が、再審議の内容を一之瀬さんたちに聞かせること。先ほどの審議が終わるまで、私は通話中の状態で参加していたのだ。
「退学者を出したところで自分たちのクラスポイントは上がらないし、後味も悪いからねぇ……。それに堀北さんも生徒会長さんも言っていたけど、この判決は今後のトラブルの抑止にもなる。Cクラスのポイントが下がってBクラスも助かったし、結果として良いこと尽くしだよ」
一之瀬さんは私に敬意を示すように笑顔を浮かべる。
「だけど参ったなぁ。Dクラスにこんな凄い人がいるなんて、完璧計算外。堀北さんたちがCクラスに上がって来たら、手ごわいライバルになりそう」
「ああ、改めて気を引き締める必要があるな」
一之瀬さんと神崎くんがそう言って私を褒めてくれる。
だけど私は、純粋に喜ぶことが出来ない。
分かっているからだ。これが私一人の力ではないことを。
偽の監視カメラで訴えを取り下げる作戦も、事前に考える時間が沢山あったから思い付けた作戦だ。心構えもなくいきなり今回の事件に対処させられていたら、限られた時間の中で作戦を思い付けていたかは分からない。
それにボイスレコーダーのことだって、私は
Cクラスからクラスポイントを譲渡させることだって、悔しいことに綾小路くんの言葉が切っ掛けだ。
「私はーー決して私だけの力じゃないわ……」
一之瀬さん、神崎くん。
協力してくれたBクラスには恩がある。だからこれは、今出来る最低限の感謝の証。
「Bクラスの他にも、協力者が1人いるの。彼の存在なくして、この結果は絶対に出せなかった」
言葉を発しながら、私は不義理を働こうとしているんじゃないかと思った。
目立った行動を取らず裏で暗躍しているなら、それを邪魔することになるから。
それでも、知らせるべきだと思った。
2人にも、知って欲しいと。
「Aクラスの綾小路清隆。私たちがAクラスを目指すに当たって、強力なライバルとして立ち塞がる相手よ」
一之瀬さんと神崎くんの2人と別れた後で、私は一人の男子生徒と遭遇していた。
紫がかった黒髪と癖のあるやや長めのヘアースタイル。
面識はないが、名前は知っている。
一之瀬さんからCクラスの警戒するべき相手として、今回の黒幕として既に話を聞いていたから。
「カメラを仕掛けるだけじゃなく、録音とはな。面白れぇ。認めてやる、今回はお前たちの勝ちだ」
「ならついでに感謝して欲しいわね。事件の
「クク、アイツ等が勝手にやったことだ。俺が命じた証拠などどこにもない」
今日の再審議ではいかなる状態であっても判決が下されるのは確定していた。
白を切られれば時間切れになり、彼を退学まで持っていけた保証はない。逆に下手に時間を稼がれ、今回のような結果を得られなかった恐れもある。
「今度は俺が相手してやるから、楽しみにしてな」
そう言って彼ーー龍園翔が去って行く。
狡猾で大胆、他人を陥れ傷つけることを迷わないCクラスのリーダー。
綾小路くん以外にも、手強い相手はまだいる。
だけど負けられない。
・Cクラス:650 → 500
・Dクラス:157 → 307
◇Dクラスから見た堀北鈴音
・過去問を配ったり櫛田と共に赤点組の面倒を見たりと、孤高(笑)ではあるものの、成績優秀なこともありクラス内からそこそこ評価が高かった。 今回の件でCクラスに勝ちクラスポイントを150も増やしたことにより、クラス内の評価が一気に高まる。孤高(笑)から普通の孤高になりつつある(「堀北さんて凄い」との評価)
因みに鈴音の活躍に比例して櫛田のストレスも増大していく模様。
◇須藤
・「他クラスだし最悪嫌われてもいいや」の考えでいる綾小路との交流により成長が早い。綾小路が只者じゃないと感じ取っており、素直に彼の話を聞いているのも成長の秘訣。そこに鈴音の力も合わさって成長率が2倍である。
・退学かもしれないと涙を流すCクラスの3人を見て、明日は我が身かもしれないと気を引き締め直す。因みに原作の須藤だったら「ざまあみろギャハハ」と笑っていたはず(多分)
◇龍園
・今回の敗北で求心力が少し下がったが、椎名を通して得た生活態度によるポイントの変動。また過去問を配っていたことにより、原作に比べてややプラスの状態。
・石崎たちには折檻なし。あの状態で追撃したら流石に離反される恐れがあるから(そもそも停学するので殴りに行けない) ノコノコ罠にハマりにいった間抜けさに頭を痛めつつも、あの状況に持ち込まれた時点で、連絡を受けたとしてもどうしようもないことを理解している。