「おはよう、新入生諸君。私はAクラスの担任を務める真嶋智也だ。担当教科は英語を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えが存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前達全員と学ぶことになるだろう」
「え?」
クラス変えなし?
3年間も椎名と別々のクラスのまま……?
初めての友達なのに!?
「どうかしましたか、綾小路くん?」
「大丈夫だ……」
オレの隣に座る坂柳に何でもないと首を横に振る。
真嶋先生の話が続き、見覚えのある、合格発表を受けてから貰った資料が回って来る。
大まかに、敷地内にある学校生活の義務付け。在学中は例外を除き外部に連絡が取れず、また学校の敷地から出ることも固く禁止されていること。
そしてSシステムの導入。
配られた学生証カード。それを使い現金の代わりに存在するポイントを消費する仕組み。
「学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」
何でも?
何でもって何でもか?
「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで使用可能だ。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。既にお前たち全員には、平等に10万ポイントが支給されているはずだ」
ざわざわっと軽い喧噪が教室内に巻き起こる。
入学早々、学校側から10万円のお小遣いが渡されたのだ。高校生に与える金額としてはかなり大きなものだろう。
「支給額に驚いただろうが、この学校は実力で生徒を測る。この学校に入学を果たしたお前達には、それだけの価値と可能性があると評価された結果だ。遠慮なく使うといい。ただ、このポイントは卒業後に全て回収される。現金化もできないので注意するように。ポイントは何に使うのも自由であり、使う必要の無いポイントは誰かに譲渡するのも構わない。だが、無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ? 学校はいじめ問題に対し厳正な対応を取るからな。……さて、何か質問がある者はいるか?」
すっと2つの手が上げられた。
一人はスキンヘッドの男と、オレの隣にいる坂柳だ。
「先に葛城から聞こうか」
「来月に支給されるポイントも10万ポイントなのでしょうか? また、支給されるポイントは変動することはあるんでしょうか?」
「いい質問だな葛城。だが現段階では答えることは出来ない。それでは、坂柳」
「残念ながら私の質問も葛城くんと殆ど同じでした」
「む、そうか」と頷く真嶋先生。しかし、その顔はどことなく満足気だ。
坂柳は続けて口を開く。
「ただ、隣の綾小路くんも何か質問したいことがあるようなので、是非聞いてあげてください」
「はいぃ?」
唐突に話を振られるオレ。横で微笑んでいる坂柳。集まる真嶋先生とクラスメイト達の視線。何故か背中から流れる冷たい汗。
「そうなのか、綾小路?」
いや、特に質問とかないんですが?
くっそ何だよその顔。「ふふ、さぁ綾小路くん」じゃないんだよ坂柳。
クッ、だがこのまま何もありませんで引き下がっていいものか?
特に頼んでもいないキラーパスとはいえ、ここで良い感じなことを言えばクラスメイト達の関心を買えるのでは? もしかしたら、友達作りの足掛かりになったりするのかもしれない。
「あー……、先ほど先生はポイントで買えないものはないと言いましたが、友達はいくらで買えるのでしょうか?」
シンーーと、比喩ではなく一瞬時が止まった……気がした。
あれ、オレなんかやっちゃいました(すっとぼけ)
ワンテンポ遅れてクスクスと笑い出すクラスメイト達。その中にはきっちり坂柳も含まれている。おのれぇ。
「残念ながら
「はい……」
ぐぅ正論。
い、いや、これはこれでクラスメイト達に強い印象を与えられたからいいんだ。
友達作りの為だったら多少の恥だって捨てられる。
「綾小路くん。私なら特別に10万ポイントで良いですよ?」
「いや、金取るのかよ……」
しかも支給されたポイント全額。
くすくすと笑い続ける坂柳。
楽しそうだなほんと。
◇
入学式が終わった教室で、スキンヘッドの男子生徒、葛城康平が教壇に立った。
3年間を共に過ごすクラスメイト。親睦を深める意味も込めて自己紹介をしていこうとの呼びかけである。
よく言った。ナイスだ葛城。
名前も知らない相手と友達になるこは不可能。自己紹介は友達作りには欠かせない。
橋本正義、真田康生、的場信二、吉田健太、西川亮子、白石飛鳥、田宮江見、六角百恵と、将来の友達候補たちの名前を脳内にインプットしていく。
「坂柳有栖です。私は先天性疾患を患っているため体が丈夫ではなく、手に持つこの杖がなければまともに歩けません。今後ご迷惑をおかけするでしょうが、どうかよろしくお願いします」
坂柳はそう言って淑やかな挨拶を行う。
そして次に回って来るオレの番。
2度目のクラスメイトから集まる視線。正直緊張している。緊張しているが、心には余裕があった。
何故なら、オレはもう今朝までのオレとは違うからだ。
もしオレが今朝のオレのままだったら、妄想に浸っている間に自己紹介がきて……失敗した! と、頭を抱え込んでいたかもしれない。だが、そんな展開はやってこないと確信している。
オレは、既に友達のいる綾小路清隆だ!
「綾小路清隆です。えー、これからよろしくお願いします」
どうだ、この奇をてらわないTHE・自己紹介は?
これなら失敗しようがないだろ?
「無難すぎません?」
パラパラとどこか生暖かい拍手が起こる。
ふふ、既に友達がいるな。そんなに心が痛まないZE。
「綾小路くん。一緒に帰りませんか?」
「……いいのか、坂柳?」
友達が欲しくても、オレには初日からアクティブに話しかける勇気がない。コミュ力もない。1人寂しく帰ろうとするオレに、声がかかるとは夢にも思っていなかった。
「ふふ、誘っているのは私の方ですよ? それに、この足ですからご迷惑をおかけするのも私の方です」
「い、いや、そんなの気にしなくていい。是非ともご一緒させてくれ」
やばい。嬉しい。登校だけじゃなく、下校時までも誰かと一緒だなんて。
ニヤニヤしてしまうのを堪えながら、坂柳と共に教室を出る。
廊下を少し歩くと、Cクラスの扉から天使ーーではなく、『友達』の椎名が出てくる。
そして椎名の方もオレに気付き、和やかな微笑みと共に近付いてくる。
「綾小路くん。もしよければご一緒に図書室に行きませんか?」
行く!!! と、即答したいところなのだが……。
チラリと坂柳を見る。
「綾小路くん。この方は?」
よく聞いてくれた。
「彼女はオレの『友達』の椎名ひよりだ。この学校に来て初めての『友達』なんだ」
とても大事なことだからな。2回言った。
「ご紹介にあずかりました。綾小路くんの友達の椎名ひよりです」
「へぇ……」
何故か坂柳の目がすぅーっと細くなる。
ん、気のせいか少し寒気が……?
「綾小路くんの『友達』の、坂柳有栖です。よろしくお願います、椎名さん」
「え!?」
「……何ですか、綾小路くん?」
「いや、まだ10万ポイント払ってないけど、良いのか……?」
「隣人ですので0ポイントにしておきました。感謝してくださいね?」
「あ、ああ、ありがとう」
よく分からないが友達が増えたからヨシ!
「コホン。あー、坂柳。良かったら一緒に図書室に行かないか?」
「別に構いませんよ。このまま真っ直ぐ帰るのも味気ないと思ってましたし」
「ありがとうございます、坂柳さん」
椎名、オレ、坂柳の順で並び、3人でゆっくりと図書室に向かって歩き出す。
運動の出来ない坂柳の趣味の中には読書も含まれており、椎名はとても嬉しそうにしていた。最初はどこか淡泊だった坂柳も、穏やかに椎名との会話を楽しんでいる……ように見える。
オレも頑張って会話に参加しているが、女の子の間に挟まているのはこの状況は失敗だったかもしれない。
会話し辛くない? 邪魔になっていか、オレ? どっちか場所変わるよ?
「わぁ、凄く広いですね!」
図書室に着くと、椎名は分かりやすく目を輝かせる。
一般的な図書室の規模を知らないが、椎名が言うならそうなのだろう。沢山ある本棚。この中から目当ての本を見つけるのはなかなか大変そうだ。簡単に見つける方法とかあるのだろうか?
「すみません、本を見てきていいですか?」
「もちろん構わない。オレもオレで色々見てみたいしな」
「はい」と元気に頷いてから、甘い蜜に誘い込まれるように本の森の中へと向かって行く椎名。まさに本の虫といったところか。
「手が早いんですね」
「ん、何がだ?」
「綾小路くんが入学早々に友達を作っているとは思ってもみませんでした。しかも、相手は可愛らしい女の子です」
「そうだな。オレ自身驚いてるよ。まさか初日から2人の可愛い女の子と友達になれるとは夢にも思っていなかった」
やばいよな。初日からこんなミラクルが起こってしまい、明日は果たして大丈夫だろうか? 取り敢えず車には気を付けよう。
「……綾小路くんは……ハァ……」
何故か深い溜息を吐かれた。
坂柳も歩き出し、オレはその一歩後ろでゆっくりと本棚を眺めていく。
「綾小路くん、あれをご覧ください」
坂柳に示された方を見ると、カウンターの横にはチェス盤が置かれていた。
「一局どうですか?」
「まあ、構わないぞ。ルールは知っているしな」
2人掛け出来る小さなテーブルにチェス盤を置き、とても嬉しそうな顔の坂柳と対面する。
「先手をどうぞ、綾小路くん」
「ああ」
お互いに駒を動かし無言で指し合う。
コトコトと乾いた音を響かせて約20分。オレは自軍の駒が詰まったのを確認する。
「参った。強いな、坂柳」
「……綾小路くん」
目を細める坂柳。その表情は怒っているのだと、流石のオレでもなんとなく伝わってくる。
「中盤からワザと手を抜きましたね」
「い、いや。そう感じたのは坂柳が強いからだろ。今のがオレの精一杯だ」
「私を相手にそんな嘘が通用すると? はっきり言って不快です」
「っ、すまない」
坂柳はオレが本気を出さなかったと確信している。
出来るだけ自然に、バレないように手を抜いたつもりだったが、しっかりと見抜かれていたようだ。
「次は下手な手加減はしないでくださいね。入学早々、友達を一人減らしてしまいますよ」
「ほんとうに、すまない」
深々と頭を下げるオレ。
それを見て坂柳の纏っていた空気が緩む。
「これが遊びとはいえ、明らかに手を抜かれていては楽しめませんからね」
「反省した。是非、オレの方からもう一局頼む」
満足気に頷く坂柳を見ながら、先手を譲って再スタート。
一戦目と同様、特に待ち時間は決めていない。しかし、お互いにテンポよく駒を動かし、盤面の上で様々な攻防を繰り広げる。
一戦目でも感じていたが、強いな。決してお世辞なんかではなく、強い。
それに面白いくらいに実力が拮抗している。お互いにまだ
「ふふ」
長考しながら坂柳が笑う。
盤面から顔を上げると目が合い、坂柳はまた笑った。
「楽しいですね、綾小路くん」
「……ああ」
長考のすえに置かれたビショップの駒は絶妙な位置で、今度はオレが長考することになる。
「……楽しいな、坂柳」
「ええ」
これが、友達との遊び……!
「……参りました。流石ですね、綾小路くん」
「いや、どっちが勝ってもおかしくなかった。坂柳も強いな」
「お疲れ様です、2人共」
「椎名、待たせて悪かったな」
「ありがとうございます、椎名さん」
勝負の最中に椎名が近付いてきたのは分かっていたが、彼女は水を差すことをせず読書しながら待っていてくれたのだ。優しい。
「謝罪やお礼を言われるようなことじゃないですよ。私はチェスに詳しくありませんが、お2人共強いんだなってことは何となく分かりました」
「良かったら今度一緒にチェスをやってみないか?」
「そうですね。楽しそうなお2人を見ていて、私も少し興味が出てきました」
内心でガッツポーズ。
やったぞ、上手くいけば、椎名ともチェスで遊ぶことが出来る。
読書仲間でありチェス仲間ともなれば、お友達度のレベルが上がり、親友にまで成れてしまうのではないだろうか。
「ん?」
机の下から、脛に軽い衝撃が走った。
「坂柳?」
今、杖で叩いたか?
「綾小路くん、椎名さん。日が暮れてきましたしそろそろ帰りましょうか」
「はい」
まあ、よく分からないが、お友達と楽しい時間を過ごせたのでヨシ!