◆◇◆◇ 名前 ◇◆◇◆
朝のランニングの最中、須藤がオレに質問してきた。
「な、なあ綾小路。お前、堀北と付き合ってるわけじゃないよな?」
「…………実は前にも鈴音に関して似たような質問をされたことがあるんだ」
「お、おう?」
「その理由が、オレが鈴音を名前呼びしてるからだそうなんだが須藤も同じか? 因みに付き合ってない」
「ああ、だって俺が堀北を名前呼びすると怒ーーって、付き合ってねえのかよ!」
「付き合ってないぞ」
須藤は明らかに安堵した様子で脱力している。
須藤が鈴音をどう想っているのか、人の感情に疎いオレでも流石に気付く。
「鈴音のこと好きなんだな?」
「っ、まぁなんつーか、思わず惚れちまった」
須藤は照れ臭そうに言葉を漏らす。
中間テストの時は大嫌いだったが、一緒に勉強会をして最後にはバスケットを侮辱したことも謝罪したりと、須藤は自分が鈴音に惚れた切っ掛けを口下手だったが教えてくれた。
そして先日のCクラスの冤罪事件。
堀北が自分を信じ、成長を認め「頑張れ」とバスケットを応援してくれてことに、完全にノックアウトされたと語ってくれた。
他人の恋愛話は興味深いので黙って聞いていると、須藤は真剣な表情を作り出す。
「なあ綾小路。どうすれば俺もお前みたいに堀北のことを名前で呼べるんだ? つか、お前はどうやって堀北のことを名前で呼べるようになったんだ?」
オレは鈴音との出会いと、名前呼びに至るまでの過程を思い返すがーー。
「鈴音のことは苗字ではなく、先に名前を知ったからだっていうのも理由の一つだな。それと堀北呼びは鈴音の兄である生徒会長と紛らわしいからという理由もあって……、後は割と流れでだな」
「意味分かんねーよ」
「誤魔化しているわけじゃない、本当に。深い理由もなく完全にその場の流れだ。何なら本人に確認を取っても構わない」
何なら一度は名前呼びを断られている。
須藤はまだ納得が出来ていない表情だったが、申し訳ないが本当に役立てそうな情報がないのだ。
「同じ男としてオレからも質問したいんだが……、異性を名前で呼ぶのは変なのか?」
「別におかしくはねえとは思うぞ。ただまあ、ある程度は仲良くならねえと馴れ馴れしいってなるかもな」
「異性の友達ならどうだ? 名前で呼んでも許されるよな?」
「まあ、友達で仲が良いんなら大丈夫じゃねえか? それでも変な勘繰りはされちまうかもしンねえけどよ」
「変な勘繰り? ……それは好きだとか、そういう方面のあれか?」
「お、おう、分かってんじゃねーか」
「……普通に友達だから名前で呼びたいんだが、それでもそういう方面に取られたりするのか?」
「そこは周りの反応次第じゃねのか? 実際に言ってみてだろ」
「確かに……」
オレが「友達だ!」と言い張っても、周囲が「嘘つくな!」と言い出したらそういう方面に取られてしまうのか。逆に「知ってる仲良いよね~」と言ってくれたら異性の名前呼びも問題ないわけだな。
「参考にさせてもらう。助かった、須藤」
「よく分かんねえが、助けになれたんなら良かったぜ。でよ、堀北を名前で呼ぶにはどうすればーーーー」
どうやら話は終わらず振り出しに戻ったらしい。
一応、須藤の為にあれこれと考えはしたが、鈴音がどう思っているかなどオレに分かるはずもない。結論としては「頑張れ」に行きついた。
◆◇◆◇ 茶道部へようこそ ◆◇◆◇
放課後、一人で教室を出た彼女の後を追う。
「ちょっといいか、山村」
「は、はいっ!?」
人が少ない場所を見計らって背後から声を掛けると、彼女はビクーっと背筋が伸ばして立ち止まった。
「悪い、驚かせるつもりはなかったんだ」
「い、いえ」
振り返りながら、びくびくと警戒している山村。
別に取って食べたりはしないのだが、完全に身から出た錆である。
「突然の質問なんだが、山村は一人が好きか?」
「え? あ、ど、どうでしょう……」
いつも一人でいるから、そういう可能性も若干疑っていたが別に違うようだ。
万が一にでも鈴音のように「友達なんて必要ないわ」と、孤高を気取られたらどうしようかと思ったが、安心した。
たったの数日だったが、山村と関わって改めて思ったことがある。
喋ることが苦手な山村は、環境や状況は大きく違えど、オレと近い境遇だったのではないのかと。幼い頃から独りの時間が多く、口を開けるより閉じている方が長かったんじゃないかということだ。だからこそ誰かと話す能力を養うことが出来ず悪循環になっていく。
オレも偉そうに言える立場では全然ないことは自覚しているが、それでもこの学校で友達が出来た事で、人と会話する機会が増え、ちょびっとずつでも成長出来ている(はず)
「山村は何かの部活に所属しているか?」
「どこにも所属してませんけど……」
「なら茶道部に入らないか?」
「ま、また無茶ぶりですかっ!?」
驚き過ぎでは?
「無茶ぶりじゃなくて勧誘だ。オレは生徒会に入ったからな。茶道部の退部だけは免れたが、来年はどうなるか分からない。今年はオレと椎名の2人しか新入部員がいないし、来年も同じように続けば廃部になる可能性だってあるかもしれない。入部希望者は常に募集中だ」
「だから私を勧誘するんですか?」
「茶道部には椎名がいるし先輩方だって優しい。運動部と違ってのんびりとした部活だし、是非山村も一緒にどうだって思ったんだ」
「…………か、考えさせてもらっても良いですか?」
「今日は茶道部の活動日なんだ。考えると言わず体験入部した方が色々と分かるだろう。実はもう、椎名や先輩方には山村と一緒に茶道部に行くことを伝えてあるんだ」
「や、やっぱり無茶ぶりじゃないですかぁっ!?」
「あの時に比べれば今回なんて全然のはずだ。心配するな。誰一人威圧感なんて放っていないし、皆ニコニコしているはずだぞ」
「そ、そういう問題じゃないんですぅ」
それでも一緒に付いて来てくれる山村。
やっぱり押しに弱い山村にはゴリ押しが有効だな。それともオレを相手に逃げても無駄だと悟ったか。まあ、茶道部に連れて来られたのでヨシ!
今日は別に指導員の先生がやってくる日ではない。
それでも
椎名の着ているは、彼女が最近購入した空色の着物だ。
椎名にピッタリの色だ。彼女は何を着ても似合っているし可愛いが…………、いや可愛いなおい。
流石は天使の生まれ変わりである。一度見ているから既に耐性があるが、これが初めてだったら今回の主役をほったらかしてはしゃいでいたかもしれない。
「とても似合ってますよ、山村さん」
「あ、ありがとうございます……」
「ああ、似合ってるぞ」
「っ」
着物姿に着替えた山村が、恥ずかしそうに縮こまっている。
実際、お世辞でも何でもなく似合っていた。山村らしさと言うべきか、落ち着きを感じさせる(本人は落ち着いていないが)恰好になっている。地味とかではなく、人に見せたら一目で「茶道部だ」と分かるような、そんなピッタリな雰囲気なのだ。
「綾小路くんから聞いてるよー。よろしくね、山村さん」
「は、はい」
「あははは、緊張するのは仕方がないけど、誰も怒らなしリラックスしてくれて良いからね」
「今は指導員もいなくてゆる~い日だしね。あ、お菓子食べる?」
山村が先輩方に囲まれているの見ながら、椎名がオレの隣にやって来る。
「綾小路くん、ありがとうございます。土曜日の話、覚えていてくれたんですね」
「お礼を言われることじゃない。椎名だけじゃなく、オレも山村と関われたらと思ったからな。オレ自身の為でもある」
椎名やオレだけじゃなく、山村もこれを機に少しでも誰かと接して話せるようになったら、まさに一石三鳥だ。
茶道部効果が凄い。
「綾小路くんのそういうところも好ましく思いますが、ほどほどにしてくださいね?」
「んん?」
え、今好きって言った? 言われた?
「あんまり女の子とばかり仲良くなっちゃダメですよ」
「…………き、気を付ける」
急募・男友達!
因みに2回の体験入部の末、山村は茶道部にきちんと入部しました。
一度引き込んでしまえばこっちのもんである。山村は押しに(以下略)
◆◇◆◇ 副会長と期末テスト ◆◇◆◇
生徒会副会長、南雲雅。
彼はどうやらオレに興味があるらしい。
生徒会に加入した後で知ったことだが、どうやら葛城と一ノ瀬は生徒会を希望し、そして生徒会長に面接で落とされていたようだ。
だからこそ、
オレが生徒会入りするのを条件に出したのが学校側か生徒会側か。そのどちらかは未だに判明していないが、あの件は他言無用なので事情を知らない者から見たらオレが生徒会長に推薦された形になっているのだろう。
そのせいでちょくちょく突っかかり、挑発するような発言をしてくるのが普通に面倒臭い。
オレを試しているのか、それともオレがどういった反応を返すのかを見て楽しみたいのか、どちらにせよ、大してモチベーションのない生徒会が更に怠くなる。
ただまあ、おかげで南雲に関しての理解は進んだが。
何というか、南雲は退屈しているんじゃないかと思う。
2年生の状況はそこまで詳しく知らないが、どうやら南雲は2年生全体を殆ど掌握しているらしい。2年Aクラスの独走。2年生の中では既に敵なしといった状態だ。
だからこそ彼は退屈し、そして『楽しい』ことを求めている。
オレが南雲の挑発に乗らずに適当に返しても、彼が一度も気分を害さずにいるのもその為だろう。その反応ですら、恐らく南雲には面白く見えているのだ。
だからこそオレは、彼の理解度を深める為に分かりやすく餌を提供してみる。
「そろそろ期末テストですけど、もしかして生徒会に所属したなら何点以上を取れとか、そういったノルマみたいのはあるんですか?」
個人ではなく、生徒会室にいる全員に質問するように言う。
「何だ綾小路? まさかテストに自信がないのか?」
予想通り、南雲が食らいついてきた。
「普通に質問しただけです。これでもAクラスですからね。恐らく誰にも負けないんじゃないかと思います」
「ははっ、大した自信だな。なら勝負でもするか?」
「勝負? 賭けとかじゃなくてですか?」
「お前が何点以上取れるかとかか? それも悪くはなさそうだが、それだと俺が参加出来ないからな」
「まさか……、南雲副会長とテストの点で勝負するってことですか?」
「分かってんじゃねえか。そうだな、一教科ごとに点数を競って、俺に勝った分だけ5万ポイントやるよ」
「構いませんが、勝負と言う割には南雲副会長に対してあまり平等ではありませんね。一教科ごとに勝った方が負けた方に15万ポイントでどうですか?」
オレの言葉に同じ生徒会室で話を聞いていた、桐山と溝脇が「ん?」と眉を顰めた。生徒会長は無言で橘はどこか不安そうにオレを見ている。
「いくらお前がAクラスといえ、個人ではそこまでのポイントはまだ持っていないだろ。仮に全教科で俺が勝ったら75万。お前にきっちりと支払えるのか?」
「それはいらない心配ですよ。なんならもっとポイントを釣り上げて良いぐらいですが、流石にそれだと南雲副会長に悪いですからね」
オレの挑発とも取れる生意気な発言にも、やはり南雲は気分を害することはなく、むしろ楽しそうに笑った。
「面白ぇ。なら1教科ごとに20万だ。これでどうだ、綾小路?」
ハイリスクハイリターン。
1教科でも負け越したら相手に20万も支払うことになる。全教科負けたら相手100万。クラスメイトからポイントを徴収しない限り、1年生の9割以上は決して支払えない額だろう。
「それで問題ないですが……勝負を受けておいて今更ですが、1年と2年じゃテストの中身や範囲は違いますよね? 仕方がない部分とはいえ、南雲先輩はそれで良いんですか?」
「ここに来て興覚めなことを言うなよ。それを承知の上での勝負だろ」
「なら最後に一つ。ポイントでテストの点数を買うとかは止めてくださいね? 101点とか取られると流石に勝てませんから」
「ポイントでの水増しが発覚したら相手に100万。これで良いか?」
「ありがとうございます」
こうしてオレと南雲との勝負が行われることになった。
少し意外だったのが、大っぴらなに勝負事の話をしていても誰も口を挟まなかったことだ。
生徒会長ぐらいは一言ぐらい言ってくると思ったが、終始無言で逆に関心を持っていたように思えた。
*
期末テスト当日。
隣人の坂柳がオレを見る。
「綾小路くん。勝負しませんか?」
「それは構わないが、オレは真面目にやるぞ?」
坂柳は一瞬だけ目を丸くし、それからフフフと笑う。
「でしたら、罰ゲームは不要ですね」
「どんな罰ゲームなんだ?」
「別に大した内容じゃありませんよ。負けた方が勝った方に食事を奢るとか、その程度の内容です」
おぉ、なんか学生っぽい普通の罰ゲームだな。
どこかの副会長も見習うべき平和さ。
綾小路清隆 500点
坂柳有栖 496点
葛城康平 482点
501点でも取られなければ敗北しようもない点数。
この結果に南雲は驚き、悔しそうにしながらも、それでもどこか嬉しそうに、まるで玩具でも見つけた子供ような目をしていた。
因みに獲得したポイントで椎名、坂柳、神室の4人で、兼ねてより気になっていた回転寿司に行ってきた。
レーンの上をぐるぐる回るお寿司にワクワクしていると、どうやら最近の回転寿司のお店はお寿司を回転させなくなっているらしい(回転寿司とは?)
タッチパネルでポチポチ。残念である。
ただ、寿司は美味しかった。
◆◇◆◇ 料理 ◆◇◆◇
自室にて。
「綾小路くんって料理するの?」
戸棚を物色してティーパックを取り出しながら櫛田が聞いてくる。
「興味はあるんだけどな。まだしたことがない。櫛田は料理出来るのか?」
「得意だって威張れるほどじゃないけど出来るよ」
「ならやっぱりここでも自炊とかしてるのか?」
「ポイントの節約の為にも偶にね。いくら無料の定食があるとはいえ、そればっかり食べるわけにはいかないし。それに知ってる? スーパーにも無料で提供されてる食材があるんだよ」
スーパーには度々足を運ぶが初耳だ。
冷蔵庫の中だって飲み物とアイスが大半で食材は何一つとして入っていないしな。
「ま、Aクラスの綾小路くんにはそんなことをしなくても美味しい物は食べ放題だよね。Dクラスと違ってポイントが沢山あって妬ましいよ」
「実際にその通りだから何も言えないな。とはいえ、これを機に料理でも始めてみるか」
いつかやろうとは思っていたし、これも切っ掛けだ。
「ふーん。でも料理とかやったことないんでしょ。一人で出来るの?」
「不安がないと言えば嘘になるが、本とかネットを見ながらやれば出来るんじゃないか?」
「…………教えてあげようか?」
「教えてくれるなら素直に助かるが、良いのか?」
「まあ、友達だしね」
オレから顔を背けながらぶっきらぼうに櫛田が答える。
「じゃあ早速明日から頼む。食材はどうしたら良い?」
「まずは何を作るかによるよね。何か食べたい物、作ってみたい料理はあるの?」
「…………カレーとか?」
「思ったより長考してたね。もちろん構わないけど、どうしてカレー?」
「何となく、学生がワイワイ皆で作るイメージがあったからかな」
「まあ野外学習とかでは定番だよね」
櫛田がそう答えながら、急に「ぷっ」と吹き出す。
突然どうした?
「綾小路くんが、わいわいとカレーを作ってる姿が想像出来なくて。なんか端っこでポツンと野菜を洗ってるイメージが思い浮かんできたよ」
「……普通に傷つくぞ」
だけど強くも否定しきれないのが悔しい。オレだって自分が皆の中心に立ってカレー作りに励む光景はあまり想像出来ない。
「てか、綾小路くんが小学生だった頃や中学生だった頃の姿がまるで想像出来ない。いったいどんなだったの?」
「櫛田が何を想像してるのか不明だが、別に普通だったぞ」
「絶対嘘でしょ」
櫛田が笑う。
その通りだが、いくら詮索されても正直に答えるつもりもない。
「逆に櫛田の中学校時代はどうだったんだ? やっぱり、今みたいに皆の人気者か?」
「私は……」
てっきり「当然でしょ」と答えられるものだと思っていたが、櫛田は口ごもる。
「もしかして不良だったのか?」
ヤンキーの櫛田か。
想像は……割と簡単に出来るな。初めて会話したあの夜の櫛田は大分迫力があった。
「何見てんだ〇すぞ!」とか相手の胸倉掴みながら普通に言えそう。いや、鈴音を限定に「死ね」とか言ってるな既に。何なら過去にカツアゲをしたことがあると聞かされても特に驚きはない。
「綾小路くん、今とっっっても失礼なこと考えてない?」
「割と失礼なことは考えたが、妥当だと思うぞ?」
櫛田がクッションをオレの顔面を狙って投げてきた。
そういうところも含めてな。
「はぁ……。とにかく、明日はカレーね」
「ああ、よろしくな」
料理か。
いつもは学食だが、友達に手作り弁当を用意するのもなんか学生っぽいイベントだよな。
料理のスキルを上げた暁には、是非とも振る舞いたいものである。
◆◇◆◇ 不穏 ◆◇◆◇
それは夏休み前の休日、ケヤキモールでの出来事だった。
坂柳は来週にある、2週間の豪華客船の旅行に向けて病院で診察。神室はその付き添い(母親かな?)
オレは椎名と2人……ではなく山村の3人でケヤキモールに来ていた。
目的は茶道部に入った山村の着物の購入である。
椎名が空色の着物を持っているように、オレも自分の着物を既に購入している。先輩方は言わずもがな。
備品としてある着物でも似合っていたが「やはり自分の着物を持っていた方が良い。一緒に買いに行きましょう」と椎名が山村に提案。最初はあわあわしていた山村だが、そこにオレが加わり(以下略)
椎名は何着かの着物を選び、それを山村に試着させていく。戸惑い恥ずかしがりながらも、山村はしっかりと試着してその姿を披露してくれる。
オレ達におすすめの本を紹介する椎名はいつも嬉しそうだが、山村の為に着物を選んでいる今も同じように嬉しそうで楽しんでいる。
椎名は誰かの為に何かを選ぶのが好きなのかもしれない。
山村も何着か試着していく内に緊張が薄れてきたようで、僅かにだが笑う場面が増え、楽しそうにしていた。
1時間半ぐらいの試着の末に、山村は着物を購入。
照れ臭そうに「ありがとうございます」と山村はお礼を言った。
そのまま解散するのも味気ないので、3人でカフェに行く。
休日ということもあり、カフェはそこそこ混んでおり列を作っていた。
1時間以上ならともかく、十分程度なら普通に待てる。オレと山村だけならともかく、椎名も居るし待ち時間が気まずいとかもない。むしろ、こういうちょっとした合間に話をするのもまたアリだとすら思う。
列に並び始めてすぐに、前の方で並ぶ女子2人の様子がおかしいことに気付く。
一体何だろうと、そう疑問に思うより先に、ポニーテールの女子が眼鏡をかけたお団子頭の女子を突き飛ばした。
そして突き飛ばされたことによって出来た空白地帯に、ツインテールの女子が堂々と入り込む。
ポニーテールの女子は「私が正しい」と言わんばかりの毅然とした態度であり、眼鏡をかけたお団子頭の女子は俯いて黙り込んでいる。
何となく、友達同士のトラブルには見えない。
もしかして、割り込みか?
それにしたって突き飛ばす必要性はなかっただろう。割り込みだけでもアレなのに印象最悪である。
いや、それよりも流石に見て見ぬふりは出来ないか。
面倒臭いが、これでも一応は生徒会に所属している身。生徒達の模範となり規律を正す側の存在だ。しかも、椎名や山村も居る。彼女たちの前で「ケケケ、どんくさぁ。関係ねえし放っておこうぜ」と薄情な姿を見せられるわけがない。
溜息を堪えながらオレは2人の元に足を運ぶ。
「大丈夫か?」
眼鏡をかけたお団子頭の子は涙目のまま顔を上げる。
「あ、え……?」
「大丈夫ですか、諸藤さん?」
「あ、し、椎名さん……」
どうやら、椎名と同じCクラスの生徒のようだ。なら、彼女の方は椎名に任せよう。
オレはツインテールの女子を見る。流石に彼女の方も2人の男女がやって来るとは思っていなかったのか、毅然だった態度は幾分か薄れている。それでも強気な、挑むような目をしていた。
「何があったのかは分からないが、突き飛ばすのはやり過ぎだ」
「ぅ、うるさい。分からないなら部外者は黙ってなさいよ」
言い返してくるなよ、面倒臭い。
非を認め、素直に「ごめんなさい」をしてさっさと終わらせて欲しいのに。
「軽井沢さん、何かあったの?」
ポニーテール女子ーー軽井沢の友人なのか、離れていた場所から2人の女子が追加される。
というか、軽井沢?
櫛田の吐く暴言にたまに出てくる少女の名だ。つまりはDクラスの生徒か。
「退いてもらったのに、何かいきなり難癖つけてきてさー。マジ最悪」
おぉ、何か逆に凄いな。
櫛田が「女王みたいに振る舞ってマジムカつく」と暴言を吐いていたが本当にそんな感じの態度である。
「……彼女に謝るつもりはないか?」
「は? だからアンタには関係ないでしょ。それにあたしは悪くないし、部外者はどっか行ってくんない」
「ならそうしよう」
謝る気持ちのない奴に謝られても相手は納得しないだろう。
もちろん、言い負かすことは可能だし、何ならポイントすら巻き上げてもいいが、労力に釣り合わないし面倒臭いがやはり勝る。人目の多いこの場所では外聞も悪いしな。
それにしても、流石はDクラスといったところか、だからこそDクラスなのか、なかなか愉快な性格だ。
鈴音がAクラスを目指すなら、
まあ取り敢えず今は諸藤を連れて撤退しよう。
カフェは残念だが、別に他にも店はあるしな。
◇山村美紀
・茶道部に入部。椎名と少し話すようになった。先輩方も優しい。人と会話するのは苦手だし緊張もするが、入部したことに後悔はしていない。結果的に綾小路には感謝しているが、色々ともう少し手加減して欲しいとは思っている。
◇綾小路清隆。
・Aクラスだし、生徒会に加入したし、自分の実力を知る坂柳もいるしで、露骨なセーブは止めた。無駄に目立つのは変わらず好きではないが「Aクラスで生徒会だから」と言い訳があるので開き直りつつある。