21:豪華客船
海だ~~ではなく、船だ~~! 豪華客船だ~!
バカンスだ~!
しかも2週間もだ~!
なんかどの施設も無料だ~~!
一体どれだけの額のお金が掛かっているんだ~?
いやもうなんか逆に怖い。
絶対に旅行だけで終わらないだろ、これ。
この旅行に関して遠回しに生徒会から話を聞いても、生徒会長や橘から何も言われなかったことが逆にそれを証明している(南雲はニヤケ面だった) 絶対クラスポイントに関わる試験とかあるなこれは。間違ってたらAクラスを裏切ってもいい。
……とまあ、今はそんなことはどうでもいいか。
裏があろうと、友達と旅行するのはもちろん初めてのこと。
楽しむぞ!
「あ、泳がない……」
「はい。私は運動が得意じゃないので……。水着も持ってきていませんし」
水着の貸し出しも無料らしいと、そう口にしようとしたが止めた。
残念ではあるが、残念ではあるが、椎名を相手に無理強いはあまりしたくない。
「私はこの体ですから泳げませんし。まあどうしても言うなら水着ぐらいは着ても良いですが」
「泳がないのに水着着てどうすんのよ。それに医者からは安静にって言われてんでしょ」
まあ坂柳は仕方がないにしても。
「神室は?」
「あんたと2人だけで水を掛け合って遊べって? 冗談でしょ」
「正直すぎて傷つくぞ。別にボール遊びとか色々あるはずだろ?」
「アレみたいに?」
神室の視線の先には、櫛田とDクラスの女子生徒たちがボールを打ち上げて遊んでいる。
きゃっきゃっとはしゃぐ櫛田の姿にーー正確にはボールと一緒に跳ね上がる物体に、周囲の男子達が鼻を伸ばしてデレデレしていた。
「あんな連中の前に水着姿を晒す気はないわね」
同じ男として彼らの気持ちは分からないこともないが、まあ女性からしたら不快に感じるのも無理はない。あの場で男子の視線を集める人気者の櫛田も、裏ではしっかり「気持ち悪い目で見てきてんじゃねーヨ!」とストレスを吐き出しているし。
「他にも色々と遊べる場所はありますし別の場所に行きましょう」
「っす」
巷で言う水着イベントまたは水着回が発生しなかったのは残念だが、まだ夏は始まったばかり。
次回に期待しておこう。
まあ他にも色々なアミューズメント施設があったので、泳がなくても楽しく過ごせて良かった。
それに豪華客船の中でしか食べられない、コンビニとかに売っていないようなアイスも美味しかったし満足である(食べ過ぎて怒られたが)
2日目。
朝食を終えてから少しして、船内に『奇妙』なアナウンスが流される。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』
2日目からか……。
もっと後かと思ったんだが、これはもしかして
「非常に意義があるそうですよ、綾小路くん」
「まあ、意義があるんなら見ておくしかないな」
「その含みを持たせる会話は必要なの? はっきり言ったら良いじゃない」
「風情、というものではないでしょうか?」
「「……」」
まあ、それっぽい「分かってますよ感」のある会話はカッコいいから……。
デッキに出ると、多くの生徒達も集まり始めていた。
もしもがあったら困るので、オレ達は坂柳を真ん中にして囲む。島が見え始めると一気に人が増え始めた。
「テメェ何しやがる!」
あー、聞き覚えのある声。
早速トラブル発生か?
「ここは実力主義の学校だ。Dクラスに人権なんてない。不良品は不良品らしく大人しくしてろ。こっちはAクラス様なんだよ」
「うわっ」
神室が声を漏らす。
オレも不思議と恥ずかしく思った。これが共感性羞恥というやつか?
「耳障りですね。真澄さん、黙らせてきてください」
「何でよ。ここは綾小路の出番でしょ」
オレだって行きたくないんだが。
とはいえ、知り合いだし同じクラスだしで渋々足を運ぶ。だが、オレが辿り着く前に須藤たちDクラスは追い出されるように離れて行った。非はAクラス側だったと思うが、喧嘩に発展しなかったのは成長の証か。
「お、どうした綾小路?」
「いや、何でもない」
とはいえ、ここまで来たら同じAクラスとして軽く謝罪ぐらいはしておくべきか。
須藤たちが移動した方向へと進む。
しかし須藤たちを見つけるより先に櫛田を見つけた。
周囲には友人らしき者は居らず一人で海を眺めている。
「一人だなんて珍しいな」
「わ、綾小路くん」
いつものーーではなく表の元気で明るい表情でオレに気付く。
「私にだって一人になりたい時ぐらいはあるよ」
まあそれもそうか。
「須藤たちを見なかったか?」
「須藤くん? 見てないよ」
ん、もしかして船内に入ったのを見落としたか。
「何かあったの?」
「今さっきAクラスが須藤たちに失礼な真似を働いてしまったからな。一応、その謝罪をしようと」
「不良品のクセに生意気だ―、みたいな?」
「そんな感じだ」
あははと櫛田が苦笑いを浮かべた。
表の櫛田は苦笑いすら様になっている。不快感もなく可愛らしい。
部屋に来ている時の櫛田だったら苦笑いなんて取り繕う真似はせず「つまんな」と冷めた顔で吐き捨てていただろう。
「今何か失礼なこと考えてない?」
「考えてないぞ」
「なら信じてあげる。感謝してね」
にこーっと眩しい笑顔を浮かべる櫛田。
それが作っていると分かっていも、なかなかの破壊力。櫛田がモテるという話も納得だな。
「ん」
オレは視線の先に須藤を見つけた。須藤の他にも先ほどの2人。中間テストでは赤点組だった池と山内も見える。その中で池が挙動不審な態度で近付いてくる。
「ね、ねえねえ櫛田ちゃん。ちょっといいかな……」
お邪魔っぽいオレは櫛田から離れる。
池と向かい合う形になる櫛田。
「そのさ、なんつーか、俺たち出会って4カ月くらい経つじゃん? だからそろそろ、し、しし、下の名前で呼んでもいいかなぁっ!?」
お、おおっ!?
「だ……ダメかな? き、桔梗ちゃんって呼んだら」
櫛田はポカンとした顔で池を見た後で、屈託のない笑みを浮かべた。
「もちろんオッケーだよ。私は寛治くんって呼べばいいかな?」
櫛田がそう答えた瞬間、池は膝を崩しながら両手を天に翳しながら感激の咆哮を上げた。
まるで映画のワンシーンのような光景。
須藤も山内もそれを見て「良かったなぁ」と涙を流している。
凄い熱量だ。
名前呼びにはここまでの効果があるのか?
異性だからか? それとも友達だからか?
どっちにしろ彼の勇姿(?)見て思う。そろそろオレも覚悟を持つべきなのかもしれないと。
「…………」
ふと櫛田と目が合った。
池たちが感激で見てないとはいえ凄い冷めた目だ。温度差がエグくて風邪引きそう。
まあ池や山内に対しても裏ではしっかり罵詈雑言を吐いてるからな。むしろよくあんな対応が取れるものだと、相変わらず感心してしまう。
取り敢えず、須藤たちにAクラスの無礼を謝罪した後で(「気にすんなって」とあっさり言ってくれた須藤の成長を感じた)オレは3人の元に戻る。
「神室、ちょっと良いか?」
「構わないけど、意義のある光景は見なくていいわけ?」
「ずっと見てる必要もないからな」
取り敢えず神室を引っ張りだし、向かい合う。
「あー、コホンコホン」
オレが空咳を零していると「さっさと言えや」みたいな表情をしてくる。
「これから真澄って呼んでも良いか?」
「……良いか悪いかで言ったら別に良いけどーー何? 急にどうしたわけ?」
「いや、その、友達だしな。友達なら別に名前で呼んでもおかしくないよな?」
「…………」
珍獣でも見るかのような目で見てくる真澄さん。
「ど、どこかおかしかったか?」
やはり、名前呼びも相手が異性なら勝手が違うのか?
「おかしくないわよ。別に名前で呼ぶぐらい友達なら普通なんじゃない? ただ、友達を相手にわざわざ確認を取って来るのは少しおかしいとは思うけど」
そうなのか?
先ほどの池は思いっ切り確認をーーあぁ、櫛田と池は別に友達じゃなかったのか。
「友達だから名前で呼ぶぞ、なんていちいち確認を取られる方が野暮よ。逆に友達っぽくない。名前で呼びたいんなら勝手に呼べば良いじゃない」
「ま、真澄先生……」
坂柳に
櫛田のように友達に囲まれる人気者の真澄か…………。
「あんた今失礼なこと考えてない?」
「考えてない」
覚悟は出来たし真澄のおかげで自信もついた。
ついにこの時が来るのか。
「言っておくけど自然に言うのよ。あんまり身構えてると相手も何事かって警戒するから。自然に言えば相手も自然に受け入れてくれるわ」
真澄のアドバイスに力強く頷き、オレ達は椎名と坂柳の所まで戻る。
「思ったより長かったですね。真澄さんと何を話していたんです?」
「ちょっとタメになることをな」
坂柳は真澄に目を向けるが、彼女も「大したことじゃない」と素っ気なく答えている。
オレと真澄が話している間に、船は島がはっきりと肉眼で確認できる距離まで近付いており、ぐるっと島の周りを回り始めている途中だった。
……まあ、葛城とか他の優秀なクラスメイトが見ているはずだから問題ないか。
『当学校が所有する孤島に上陸します。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れずに持ちデッキに集合してください』
アナウンスが流れる。
プライベートビーチの上陸に近付く。
生徒達が意気揚揚と船内に準備しに戻っていく。
オレ達も準備しようかと足を踏み出そうとしたところで、坂柳が口を開いた。
「私はここまでですね。流石に、医者から下船することは許されませんでした」
「ま、当然よね」
これから具体的に何が始まるかは不明だが、坂柳の体では無人島での活動が厳しいのは確かだろう。
果たして何日間やるのか。当分の間は坂柳とお別れかもしれない。
「それじゃあ行ってくる。またなーーーー
「はい、あやの……はわっ!?」
「!?」
「ぷっ」
椎名が凄い勢いでオレの方を振り向き、神室が吹き出す。
有栖は変な声を上げてそのまま固まってしまった。
あの、真澄先生、全然自然な感じになっていないんですが……。
「っ、有栖」
「は、はいっ」
「これから名前で呼ぶ。良いよな?」
「も、もちろん、構いませんよ」
ぐ、なんかこそばゆい。
有栖の方も普段と違って落ち着かなそうにそわそわしているし、この場に留まり続けていると何かマズいぞ。
「それじゃ」
「はいっ」
頬の赤い有栖と別れて船内に入るオレの隣に、椎名が並んでくる。
そして、何かを期待するような無垢な瞳で、オレの顔をじーっと見つめてきた。
「……前を向いて歩かないと危ないぞーーーー
「っ」
彼女は表情を隠すように俯く。
それからゆっくりと顔を上げて、照れ臭そうに微笑んだ。
「はい、清隆くん」
*
1年生全員が準備を整えデッキの上に集まると、拡声器を持った教師が次の指示を飛ばす。
「これよりAクラスの生徒から順番に降りてもらう。それから島への携帯の持ち込みは禁止だ。担任の先生に各自提出し、下船するように」
葛城を先頭に客船の階段を降り始め、オレと真澄も列に並んで移動する。そして出口の付近では両脇を先生たちが固め、入念な荷物の検査が行われていた。
1人2人と、検査を終えたAクラスの生徒が下船していき、オレと真澄まで後少しという所で1人の少女ーー有栖が近付いてくる。
「きよ……こほん。最後にお見送りに来ました」
お見送り。
島には有栖も一緒じゃないのは残念だが、こういうのも何か友達っぽくて良いな。
「あなたなら大丈夫だと思いますが、それでも怪我には気を付けてくださいね。…………き、清隆くん」
「ああ。有栖も体調には気を付けてな」
「っ、もちろんです。それではっ」
有栖はくるりと振り返り、来た道を戻っていく。その後ろ姿を眺めていると、突然背中を叩かれる。振り返ると橋本がニヤニヤしており、その隣で真澄がどこか呆れるような表情を浮かべていた。他にも周囲にいるクラスメイトがオレを見ている。
「……どうした?」
「別にぃ、何でもないぜ。なあ、神室ちゃん?」
「私に話を振らないでくれる」
外気温とは別にちょっと生暖かい空気に包まれながらも、オレは荷物の検査を終えて下船する。
A、B、C、Dと全クラスが下船して点呼を終えると、真嶋先生がバカンスの終わりを告げた。
「ではこれよりーーーー本年度最初の特別試験を行いたいと思う」