試験3日目、4日目。
そして5日目で、それが起こった。
朝一から軽井沢さんの下着が盗まれる事件が発生したのだ。
夜中に男子が盗ったと声高々に叫ぶ篠原さんを中心とした女性陣。
当然、池くんと山内くんを中心に男性陣が冤罪だと真っ向から反発の声を上げる。
疑う女子と反発する男子。昨日、一昨日と比較的平穏だったクラスの雰囲気が嘘のように悪化していく。
このまま一気に瓦解しそうな勢いね。
平田くんが男子たちの持ち物検査を行い、結果的に誰の荷物からも軽井沢さんの下着が見つからなかったようだけど、それだけで女性陣の疑いが晴れるわけでもない。
篠原さんが男子のポケットもチェックするように責め立て、平田くんは同じように一人ずつ確認していくが、やはり結果は変わらなかった。
男子が犯人ではなかった…………「これで解決!」とは当然なることはない。
疑惑が晴れず、不信感を高まらせた篠原さんを中心とした女性陣の気持ちが納まる訳がない。
男子達と同じ空間で過ごせないと、復活した軽井沢さんが怒りに震えながら叫ぶ。
彼氏である平田くんが落ち着かせようとするも、被害者側である軽井沢さんに平田くんも強くは出られない。
流石に、このままではマズいはね……。
私は一度目を閉じ、自身の心に活を入れる。
傍観者になってはいけない。『楽』をしてはいけない。
Aクラスを目指す為に、ここまで頑張ったクラスの皆をバラバラにさせるわけにはいかない。
「話し合いをさせてもらっても良いかしら」
私の声に、クラスメイトの視線が集まる。
「話し合いって何よ、堀北さん」
張り詰めた空気の中で篠原さんが私を睨み付けてくる。
「邪魔をするな」と、そう目で訴えてくる。だけど怯むつもりは毛頭ない。
「お互い好き勝手に感情のままに叫び合っても何も解決しないわ。私たちは小学生じゃないのよ」
「それってどういう意味よ!?」
今度は篠原さんだけでなく軽井沢さんまで噛みついてきた。
……言葉選びを間違えたかもしれない。
「こほん。このまま男女で強引に空間を別けても、結局は何も解決しないということよ。きちんとした話し合いで、事件を解決させましょう」
「堀北さんそれはっ」
要は犯人捜し。
そのことに平田くんがどこか焦ったように声を出すが、譲るつもりはない。平田くんの懸念は分かるが、
「高校生らしく理性的な話し合いをする為にメンバーを選ぶわ。まずは平田くん。それと池くんも参加しなさい」
「お、俺!?」
「濡れ衣を着せられたくはないんでしょ? ならしっかりと男子を代表してやってちょうだい」
私は困惑する池くんを横目に女性陣を見る。私と目が合い、びくりと篠原さんの肩が震えた。
「軽井沢さんと篠原さん、それと松下さん。私も含めて6人で話し合いをするわ」
「堀北っ、俺は!?」
「須藤くんと……それと櫛田さんには悪いけど、見張りをやってもらえないかしら。テントの中で話し合うのだけど、絶対に他の人には聞かれたくないから」
「おう!」
「わ、分かった」
須藤が力強く返事し、櫛田さんも戸惑いながら頷いてくれる。
それを見ていた幸村くんが、すっと手を上げた。
「堀北。俺もその
「感情的にならないのなら歓迎するわ」
私が率先してテントの中に入ると、数秒後に一人ずつ慎重に入って来る。そして全員が集まり円の形を作った。
「それで、話し合いってどんな話し合いをするつもなの? こんな狭い空間で男子と一緒に居たくないんだけど」
篠原さんが分かりやすく池くんに視線を飛ばし嫌そうな顔をする。
当然、そんな顔を向けられた池くんは反発した。
「だからやってねえって言ってるだろ! 少しは信じろよっ!」
「はあああ!? 男子なんて信じられるわけないでしょ!!」
売り言葉に買い言葉。このまま何もしなければ先ほどのリプレイが再現されてしまう。
パンっ! とーー私は思いっ切り手を叩き音を鳴らす。
篠原さんと池くんが音に驚きながらも同時に私を見る。
「理性的な話し合いをしましょう」
「……………」
「そうだね。このまま言い争たって何も解決しないし。堀北さんは何か分かっているの?」
流れを円滑にする松下さんのフォローを受け取りながら私は口を開く。
「篠原さん、池くん。あなた達、ミステリー小説は読んだことはある」
「……ないけど」
「俺も」
あ、そう……。
「俺はあるが、それが何なんだ堀北」
「なら聞いたことぐらいはあるでしょう。
私の言葉に幸村くんだけじゃなく、篠原さん、池くん、軽井沢さんも反応をする。
「あー、俺も聞いたことはあるけど、どういう意味だっけ?」
「
幸村くんの説明に周囲が「ああ」っと納得する。
「今回の場合はまず先に、何故軽井沢さんの下着を盗んだのかという動機よ。ねえ、何故下着が盗まれたと思う?」
「そりゃあ、男子が変態だからでしょ!?」
篠原さんの言葉に池くんが反射的に言い返そうとするが、その前に私が素早く切り込む。
「なぜ、
「えっ?」
「忘れていないと思うけど、今は試験中よ? 試験中に軽井沢さんの下着を盗むメリットは何?」
「メ、メリットって、そんなの知らないわよ。男子の考えていることなんてっ」
「なら次に幸村くん質問するわ。あなたには失礼な質問になるけど、仮にあなたが誰かの下着を盗もうとして、今この試験中のタイミングで行うかしら?」
幸村くんは眼鏡の縁を一度だけ持ち上げ、落ち着いた声音で言う。
「するわけがない。先ほどのように、騒ぎが起きて犯人探しが始まるのは必定だ。それでもし犯人だとバレたら……今後周りからどう見られるかなど想像したくもないな」
同じ男性の意見として池くんも深く理解出来るのか「だ、だよな……」と震えながら言葉を漏らす。
「それに堀北の言う通り、今は試験中だぞ。女子の下着を盗み、こんなクラスを混乱させるような真似をして何の得がある。試験を台無しにして、獲得するポイントが下がって困るのは俺たち自身なんだぞ」
初日から仮設トイレ1つで篠原さんとぶつかっていた、私と同じポイント節約派の幸村くんの言葉には強い説得力があった。
「それは、そうだけど……。じゃあ誰が犯人だって言うのよ……」
「俺としては女子が犯人だって言われた方が納得出来るが……」
幸村くんはそう言って言葉を区切り、視線と共に私にバトンを渡してくれる。
「軽井沢さんには失礼かもしれないけど、動機として嫌がらせだという線は十分に考えられるわ。だけど、これもさっきと同じよ。
「じゃあ、犯人って……」
篠原さん、軽井沢さんがテントの外に顔を向け、釣られるように池くんも首を動かす。
「
「Dクラスの混乱だね。そしてDクラスを混乱させて意味がありそうなのは……」
松下さんが私を見る。
「
「Cクラス……」
平田くんがどこか気落ちした様子で呟く。
「ッ!」
被害者である軽井沢さん。そして篠原さんが怒りで立ち上がろうとするのを、私は慌てて阻止する。
「待って! ……落ち着いて、話を聞いて欲しいの」
私は敢えて深呼吸をし、数秒の間を置く。
「私の作戦を聞いて欲しい。池くんと篠原さんにはやってもらいたいことがあるの」
◇
「本当に信じられない! 男子達となんて同じ空間にいたくないわ!!」
「こっちこそ御免だね! そこまで言うなら、言う通りにしてやるよ! 後で後悔しても知らないからな!!」
「はああああ!? するわけないでしょ、後悔なんて!!」
テントの外で池くんと篠原さんがお互いに言い合う。
演技することに最初は不安がっていたが、いざ蓋を開けば問題なさそうね。なかなかの演技りょ…………本当に演技よね?
「や、止めるんだ、2人共。言い争っても何も解決しない」
「平田くんには悪いけど、私も信用出来ない。最低限の距離はおかせてもらうわ」
「わ、分かったよ、軽井沢さん」
平田くんの演技は少し棒だが、軽井沢さんも問題なさそうね。
まだテントの内に残っている幸村くんが立ち上がる。
「じゃあ堀北。行ってくるぞ」
「ええ、お願い」
幸村くんは伊吹さんと話す役目をお願いした。
伊吹さんに容疑者の一人として疑われてことと、だからといって今更追い出す真似もしないと伝える役だ。
「はあ……」
「堀北さん、お疲れ様。熱があるんだよね、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ」
「凄いね、堀北さん。私も正直、伊吹さんが怪しいとは思っていたけど、あそこまで理論立てて皆を納得させることは出来なかったかな」
松下さんはそう言って労いの言葉を掛けてくれる。
「
「それなら、おすすめの本を貸すわ」
綾小路くんが椎名さんにおすすめされ、そして私に回ってきたミステリー小説が、丁度船の中に持って来てあるのだ。
「それにしても凄い作戦だね。いつから考えてたの?」
「最初からよ。あくまで保険の一つだったけど、向こうから行動を起こしてくれて
熱があることは平田くん達に伝えてある。そんな私を気遣ってくれ、他の人よりも多くテントの中で休ませてもらった。勝つ為の戦略を練らせてもらった。
「勝負は明日ね」
◇
試験6日目。
朝からどんよりとした灰色の曇り空。
昨晩も一度雨が降っていたが、これから本格的に雨が降りそうね。
この悪天候が恵みとなるか、それとも…………。
昨日に引き続き男女間の空気は悪いが、男子と女子で別けて見れば、そこまで空気は悪くない。軽井沢さん、篠原さんも普通に談笑しているし、男子の方も3バカと呼ばれている彼らが騒がしい。
そんな様子に平田くんもどこか少しだけ安心しているように見える。
今日一日だけは、テントで休むことはしない。
私は軽井沢さんに声を掛け、キーカードを軽井沢さんに手渡す。
「シャワーを浴びてくるわ」
「はーい」
私がシャワーを浴び終わると、空から雨粒がぽつぽつと落ち始めていた。
「軽井沢さん」
「はいはーい」
軽井沢さんがキーカードを私に手渡そうとして、そのまま地面に落としてしまう。
「ちょっと!?」
私は慌てて地面に落ちたキーカードを拾い上げ上着のポケットにしまう。
「ご、ごめんごめん」
「ごめんじゃないわ。ッ、どうするつもりだったの!?」
私のキツい言い方に軽井沢さんが分かりやすくムッとした。
「ワザとじゃないって、謝ったでしょ!」
「謝って済む問題じゃないわ。試験の終わりが近いからって気を抜かないでちょうだい」
「うざっ! もう行こ、篠原さん、森さん」
軽井沢さんはそう言って、戸惑う篠原さんと森さんを連れ私から離れて行った。他の女子達から集まる視線を無視しながら、私はキーカードの入ったポケットの中に手を入れ、硬い感触を確かめる。それから深い溜息を吐いた。
それから少しして、伊吹さんはDクラスの前から姿を消した。
◆
「堀北っ!」
雨の降る中、ジャージを酷く汚してずぶ濡れ状態の男子生徒が近付いてくる。
彼の声音と表情を見て、私の作戦が上手くいったことを悟る。
「三宅くん、分かったのね!?」
「ああ、Aクラスのリーダーが分かったぞ!」
自分の恰好など気にせず、彼は喜びと興奮を隠さずに笑みを浮かべた。
私の近くにいた平田くん、軽井沢さん。そして少し離れた位置にいた須藤くんや他の生徒達も何事かと関心を向けてくる。
「ありがとう、三宅くん。あなたが頑張ってくれたおかげよ」
「はは、確かに大変だったな。だが、堀北の作戦があってのことだろ」
「凄いじゃないか、三宅くん!」
「Aクラスに一泡吹かせられるってことでしょ、やばっ!」
私だけじゃなく平田くん、軽井沢さんも喜び、三宅くんに労いの言葉を送る。
「おいおい、もしかして……」と、男女関係なくクラスメイト達が集まって来る。
そして私が三宅くんがAクラスのリーダーを特定したことを伝えると、Dクラスの誰もが喜びの声を上げた。
「うぉおおおおおっ!!」
「凄いよ、三宅くん!」
まるで胴上げするかのように皆は三宅くんを囲みながら褒め称え、三宅くんは照れ臭そうにしながら鼻の下を擦っている。
「油断もあったと思うが、この雨のおかげでもあるかもな。ガードが緩くて最後はあっさりだった」
その様子を少し離れた位置で見守っていると、松下さんは「やったじゃん」と笑いながら私の肩を軽く叩く。須藤くんとも目が合い、彼も笑顔で親指を立てた。
「あれ、何か凄い盛り上がってるじゃん」
そんな中、短髪の女子生徒が近付いてくる。
三宅くんと同様、笑みを携えながら嬉しそうに。
「小野寺さん、見たのね?」
小野寺さんはニヤッと笑いながら、須藤くんと同じように親指を立てた。
「しっかりと見つけたよ、龍園くん」
・頑張る堀北さん。