◇ ◇ ◇
試験6日目。
朝からどんよりとした曇り空から、ついに雨粒が落ち始める。
だが、オレ達Aクラスのベースキャンプは洞窟。ついに洞窟の本領発揮である。
外に出ていたクラスメイト達が慌てることなく、洞窟の中へと入っていく。
本格的に雨が降り始める前に、オレも早く洞窟の中に避難したい。
「……………………」
「…………」
「…………」
「……………………………………」
山村がオレを見る。
オレは首を横に振った。
何も言うなと。
「……………………………………」
まるで冤罪によって投獄され、そこから四苦八苦を得てようやく脱獄を果たし、両手を広げて自由と歓喜に打ち震えるようなポーズを、
「……っ」
山村がオレを見る。
オレは山村に手の平を見せ「どうぞ」と促す。
彼女はぶんぶんと首を横に振った。
どんどんと強くなる雨。
流石に嵐のように激しくなることはないが、無駄に雨に当たり続けて体を冷やすのは良くない。
ダメか。言わないと。話し掛けないとやはりダメなのか。
「……何を、しているんだ、森下」
「…………見て分かりませんか?」
分かりたくないが、分かってしまう。
オレは山村を見る。次はどうぞと。
「……雨の声を、聞いているんですか?」
「ふっ、ようやく藍ちゃんファンクラブNo.1の貫禄が出てきましたね、山村美紀。褒めてあげますよ」
「……ありがとうございます」
全然嬉しくなさそうに山村が言った。
「……森下、雨と会話中に悪いんだがオレ達も戻ろう。このままだと体調を崩してしまうかもしれない」
「そうですよ、森下さん。他の方々は洞窟に戻っていますし」
「この程度の雨で音を上げてしまうとは惰弱ですね。雨と友達になっていないからですよ」
「後半はともかく、割と強めに降って来…………何をしてるんだ?」
「見て分かりませんか?」
「泥を練って、何をしているんですか……?」
既に嫌な予感を感じているようで、山村が森下から一歩距離を取る。
「泥団子ですよ。綾小路清隆も山村美紀も、子供の頃から今まではしゃぎながら沢山作ってきたでしょう?」
「オレは経験がないな」
「私もその、あまりやったことないです……」
「山村美紀はともかく、綾小路清隆は非国民ですか」
泥団子を作ったことがないだけどそこまで言われるのか……。
ただまあ、そういう世俗と切り離されて育ってきたからな。幼くはないが、一度くらいは経験して見た方が良いかもしれない。
「え、綾小路くん!?」
オレも森下を真似て、雨によってぬかるんだ土に手を突っ込む。
「ほら、山村美紀も。藍ちゃんファンクラブNo.2がやっているんです。No.1が続かなくてどうするんですか」
「うぅ、分かりましたぁ」
押しに……同調圧力に弱い山村。
雨に打たれながら、3人で泥団子を作り続ける。
泥団子を作り始めてすぐに分かったのが、全然泥が固まらないこと。ぐちゃっと直ぐに崩れてしまう。雨が降っているのだから当然のことであった。
これは雨が降り止んだ翌日とかにやる事ではないのかと森下を見るが、彼女はせっせと『泥の塊』を作り上げている。
オレは山村を見る。
彼女もオレと同じように苦戦していた。嫌々始めた彼女が誰よりも必死に丸の形を作って固めようとしているが、その頑張りが報われることはなさそうだ。
「…………何してんの、あんた達」
オレにも良く分からなくなってきた。
真澄は「バカなの?」とオレの背中をかなり強く叩き、「風邪引くわよ」と同調圧力に屈していた山村を救い出す。その間に森下はスンとした顔で何事もなかったかのように立ち上がっていた。
だが彼女もオレ達と同じ全身はずぶ濡れで手が泥で酷く汚れている。言い訳不可だ。
真澄によって呼び戻されたオレ達3人。
スポット占有組の5人を除き、最後に洞窟に戻ったオレ達を、クラスメイト達が温かい視線で迎えてくれた。
山村は当然のようにオレを盾にし、森下は周囲の視線を気にするような殊勝な人間ではない。彼らの横を素通りする。
「お疲れ様」と労いの言葉と共にタオルを渡してくれるクラスメイトの優しさに、オレは少しだけ泣きそうになった(かもしれない)
◆
試験最終日。
夜のうちには止みかけていた雨は完全に上がり、太陽の光が明るく照らされている。
「熱があるかもしれません」
無表情のまま森下が言った。
オレも山村も特に体調は崩していない。
どうやら彼女だけが雨と友達ではなかったようだ。
試験終了時間は正午。
後片づけを終えたAクラスは、最後の集合場所に向かって移動を始める。
「いきなり1週間も無人島で生活しろって言われた時はどうなるかと思ったが、結構何とかなったな」
「これも綾小路くんがポイントを確保してくれたおかげですね」
橋本と真田がオレを持ち上げてくれる。
「役に立てたのならオレも嬉しいが、あまり褒めないでくれ。照れる」
「無表情のままで何言ってんだよ」
橋本がツッコミを入れ、真田が穏やかに笑う。
「誇っても良いと思いますよ。綾小路くんのおかげで260ポイント分の物資を得られたのですから」
「そーそー、私も含めて他の女子達も感謝してるよ」
白石、西川までも加わってきた。
周囲を見ると、近くにいたクラスメイト達(特に女子)がウンウンと頷いている。
Bクラスの60ポイントはともかく、Cクラスの200ポイントは皆で買ったモノなので、本当にそこまでの感謝は必要ないんだけどな。
とはいえ、この無人島生活を通しクラスメイト達と多くの時間を過ごし、以前よりもAクラスに馴染めたような気がする。
終わりを直前に少しだけ名残惜しいと思ってしまうぐらい、この1週間の無人島生活は悪くなかった。
◇
Aクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラス。
約1週間ぶりに、4クラスが一カ所に集まる。
ある一つのクラスを除いて、どのクラスも40人近い数が残っている。
Cクラス側に残っている生徒はたった2人。短髪の少女と眼鏡をかけた男子。
龍園の姿はどこにも見えない。
それに対してのBクラスとDクラスの動揺を見て、オレはCクラスの、龍園が取った戦略を把握した。それが成功したことも。
どうやらオレが無人島生活を楽しんでいる裏では、しっかりとクラス間の攻防があったようだ。
「異様と言うか、BクラスとDクラスは変な空気ね」
「そうだな」
「私たちはどうなるかしらね」
真澄がそう言って余裕を見せるAクラスを、自信を持った表情の戸塚に目を向ける。
「その答えはこれから分かる」
真嶋先生が拡声器を持って発言する。
「これより特別試験の順位を発表する。最下位はーーーーBクラス、30ポイント」
オレからーーAクラスから60ポイント分を引かれたことを加味しても、あまりにも少ないポイント数。「少なっ」と真澄も思わず声を漏らしている。
Cクラスのスパイに
「続いて3位はーーーーCクラス、50ポイント」
注目するべき点は100ポイントじゃないことだな。
Dクラスは見事にリーダーを守ることが出来たようだが、Dクラスの反応からして問題はそこではないのだろう。
「2位はーーーーDクラス、130ポイント」
Dクラスから「やっぱり」と悔しさを滲ませる声。しかし、爽やかイケメン平田が「僕たちは十分に頑張った」と、クラスメイト達を鼓舞した。それに続くように、須藤たちを含めた数人も声を上げ始め、それが波紋のように広がっていく。例え強がりだとしても、彼らはこの結果を喜んだ
「……なんか良い雰囲気ね」
「ああ」
Dクラスで一体何があったかは分からないが、この試験を通して何かを得たのかもしれない。
「そして1位は…………」
残されたクラスは当然一つ。
3クラスの視線がAクラスに集まり、何人かの生徒が胸を張った。
「Aクラスーーーー206ポイント」
文句のない結果。本来ならば、声を上げて喜んでも良いポイントのはずだ。
しかし、広がったのは戸惑いと困惑。そして動揺だった。
「なぁっ!?」
あんぐりと目を見開いて驚く戸塚。
同じくうろたえる戸塚と一緒にスポット占有に回っていた4人の男子達。
オレの横で真澄が「ぷっ」と吹き出す。こらこらと、オレは真澄の腕を肘で小突いておく。流石に空気は読むべきだろう。
その間に戸塚に多くの視線が突き刺さっている。
全員が理解したのだ。リーダーを当てられ、占有ポイントを見事に失っていることを。
戸塚が「う、ぁ……」と声にならない声を漏らし顔を青くしている。リーダーを当てられなければ恐らく400ポイント近くは稼げていた。期待していた分だけ、その落胆が大きいのも分かるが、ここで戸塚を責めるのは筋違いだ。
助言しなかったオレもだが、スポット巡りの方針を立てたのはAクラス全体の意思なのだから。
オレが何かしなくても葛城が何とかするだろうが、オレはオレの気持ちを優先して、両手を叩いて大きな音を出す。隣にいた真澄がビクリと驚き、戸塚を中心に向けられていた視線がオレに集まり始める。
「206ポイント。十分に良い結果だとオレは思っている。確かにリーダーを当てられたことは残念かもしれないが、終わったことはもう仕方がない。ここはオレ達Aクラスに一矢報いた、Dクラスの健闘を称えよう」
オレはDクラスの方を向き、パチパチと拍手を鳴らす。
オレの隣で真澄が軽い溜息を吐く。
「確かに。Dクラスもやるじゃない」
そう言って仏頂面を浮かべながら拍手を鳴らす。
後ろからも、パチパチと小さい拍手が聞こえてくる。軽く見ると、山村が恥ずかしそうに手を鳴らしていた。それを見た白石も微笑みながら拍手を鳴らし、隣にいた西川も「え~」と困惑気味に彼女の真似をする。近くにいた吉田も2人に追随した。
「まっ、それもそうだな。終わっちまったもんは仕方ないし十分に結果も出てる。最後の最後で気落ちしたまま終わらせる必要はないだろ」
橋本も軽い調子でそう言ってから拍手を鳴らす。
「そうですね。せっかく皆で乗り越えた試験です。最後は笑って終わらせましょう」
真田も続く。
「この結果は俺たち全員が出した結果だ。十分に満足出来る良い結果だと俺も思っている」
リーダーである葛城がそう言って拍手を鳴らしたことで、他の生徒達も続々と続いて行く。
「そもそも1位だし」「200ポイントもあるしな」「戸塚くん達だけを責めるのは違うよね」「ああ、全員の責任だ」
最終的にはAクラス全員が拍手をして「お疲れ様」と笑顔でお互い労り声を掛け合う。戸塚の元にも葛城を含め何人かの男子達が肩を叩き励ましていた。
自分が思っていたような形には誘導出来ていないが、これはこれで良い。
Aクラスでの卒業に拘りはないが、だからといってAクラスの仲がギスギスになって欲しいわけでもないからな。仲良しが一番というやつだ。
*
試験が終了して船に戻ると、ロビーには有栖が待っていた。
入学してからここまで顔を合せなかったのは初めてのことだ。
だからだろう。1週間ぐらいしか経っていないのに、久しぶりという感覚が強く込み上げてくる。
自然と足が動いた。
「ただいま、有栖」
「っ」
微笑みを作っていた有栖の頬が赤くなった。
それを隠すように彼女は下を向き、こほんと空咳を零す。
「おかえりなさい。き、清隆くん」
◆ ◆
Bクラスは完敗した。
表情には出さないように気を付けながら、一之瀬帆波は己の迂闊さを呪った。
Cクラスの、金田の発言。龍園が取っている戦略。神崎を含めた数人が疑問を抱いていたが、最終的にリーダー当てを実行してしまった。
BクラスはAクラスによって初手から60ポイント分の損失をくらっている。それを少しでも取り返せたらと、気持ちが急いてしまった。人を信じることが悪いことだとは思わない。人を信じるべきだと今も思っている。
それでも、こうして後悔してしまうぐらいなら、しっかりと信じられるまで
それをせず、リーダーとして安易な決断をしてしまった。
その悔しさと情けなさを堪えるように両手を強く握り締める。
拍手の音が聞こえてくる。
見ると、一人拍手をする男子生徒。
彼に続くようにAクラスの誰もが拍手し始め、不穏だった場の空気を持ち直していく。
Aクラスも予想外のトラブルに見舞われたみたいだが、それでも結果は200ポイントを超えている。文句なしの一人勝ちだ。
その立役者の一人は間違いなく、綾小路清隆。
自分と葛城が落とされた生徒会に、1年生の中で唯一所属する生徒。期末テストでただ一人満点を取った生徒。彼の実力がどれほどのものなのか、まだ見極めることは出来ていない。
それでも、BクラスがAクラスを目指すに当たり、巨大な壁になることは、確信できた。
◆ ◆ ◆ ◆
<side:堀北鈴音>
薬は飲んだが熱はまだ治っていないし、身体も少しだるい。
それでも私は、皆が戻って来るのをデッキで待った。待ち続けた。
平田くんを先頭に1人2人と、クラスメイトが続々と戻って来る。
私が彼らに気付いたように、彼らも私の姿に気付き、真っ直ぐ近付いて来た。
「……ごめんなさい。私のせいで、私が龍園くんの罠に嵌まってしまったせいで、大きくポイントを減らしてしまった」
私は謝罪の言葉を口にし、俯きながら目を閉じる。
意気揚々とクラスメイトに指示を出しておきながら、結局は欺かれて失敗してしまった。
何を言われても言い返せないミス。私の能力不足が招いた結果だ。
「ぷ、ふふっ」
「?」
「あははははっ、本当に松下さんの言った通りになった!」
目を開けると、軽井沢さんが笑っていた。軽井沢さんだけじゃない、平田くんや須藤くんも、他にも多くの生徒が笑っている。だけどその笑みは嘲笑とは程遠い、温かさを感じさせるものだった。
「な、なにっ?」
「松下さんが言ったんだよ。堀北さんなら自分が全部悪かったって、そう言って絶対に謝って来るって」
「ね、その通りになったでしょ」
平田くんの説明に、松下さんがどこかお茶目に笑って見せる。
「堀北。そりゃあ龍園にしてやられて悔しい気持ちはあるが、だからと言ってお前一人だけを責めるつもりはない」
幸村くんがそう言うと、須藤くん、池くん、篠原さんのも大きく頷いた。
「ったりめーだぜ!」
「ああ、堀北を責める奴なんていねーって」
「そうだよ。堀北さん、この試験に勝とうって一生懸命だったの知ってるもん」
三宅くんや小野寺さん、他にも何人かが後ろで同意するように頷く。
「みんな…………」
えも知れぬ感情が胸から込み上がって来るのを感じる。
それを誤魔化すように何かを言葉にしようとするも、上手く言葉が出てこない。
口ごもってしまう私に、皆が不思議そうな目を向けてくる。
一生懸命に考えて、零れ落ちた言葉は何の変哲もない一言だった。
「……その、ありがとう……」
◆
「
「Dクラスだ」
「堀北さんですか」
Dクラスが集まるデッキの、その更に上のデッキにオレと有栖が並んで立つ。
Dクラスの生徒に囲まれ落ち着かない様子の鈴音。戸惑いながらも、嬉しそうな表情で笑っている…………ように見える。思い返せば、鈴音が笑顔を浮かべているところを見た覚えがないな。
「彼女では無理ですよ。清隆くんを超えられません」
「まあ、そうだろうな」
鈴音の能力の全てを把握しているわけではないが、オレが彼女に敗れる姿は想像出来ない。
オレは彼女に期待しているが、同時に不可能だということも頭のどこかでは分かっている。
「ただそれは、一人ならの話だ」
「……なるほど」
有栖は少しだけ興味深そうに鈴音を見た後で、杖でオレの脛を軽く小突いてきた。
「しかし、今はせっかくの2人きりです。あまり余所見をするものじゃありませんよ」
「悪い」
「話を聞かせてください、清隆くん。あなたがこの1週間、無人島でどう過ごしたのかを」
「あまり面白い話ではないかもしれないが、良いか?」
「もちろんですよ」
潮の匂いがする涼しい風を浴びながら、オレは有栖に話し始める。
クラスメイトと共に過ごした1週間の無人島生活の話を。あの施設にいた頃のオレでは想像すら出来なかった、貴重な経験、体験も全て。楽しいと思える日々を過ごしたことを。
「……女の子とばかり一緒にいませんか?」
「そんなことはなくは……なくもないだろ……」
◇Aクラス試験結果。
・Aクラスリーダー当て『攻撃』:0ポイント
・Aクラスリーダー当て『防御』:ー50ポイント(Dクラス成功)
・Aクラス最終ポイント:206ポイント
・Aクラスリーダー:戸塚弥彦
*反省点:序盤の幸先が良過ぎたせいで油断を招いた。
◇Bクラス試験結果
・Bクラスリーダー当て『攻撃』:ー50ポイント(Cクラス失敗)
・Bクラスリーダー当て『防御』:ー50ポイント(Cクラス成功)《Aクラスの物資提供ー60》
・Bクラス最終ポイント:30ポイント
・Bクラスリーダー:白波千尋
*反省点:序盤のミスを取り返そうとCクラスの甘言に乗ってしまった。
◇Cクラス試験結果
・Cクラスリーダー当て『攻撃』:+50ポイント(Bクラス成功)
・Cクラスリーダー当て『防御』:0ポイント
・Cクラス最終ポイント:50ポイント
・Cクラスリーダー:伊吹澪
*反省点:綾小路を相手にのこのこと
◇Dクラス試験結果
・Dクラスリーダー当て『攻撃』:0ポイント(Aクラス成功 ・ Cクラス失敗)
・Dクラスリーダー当て『防御』:0ポイント
・Dクラス最終ポイント:130ポイント
・Dクラスリーダー:幸村輝彦
*反省点:自力で『
<クラスポイント>
◆Aクラス:1024→1230
◆Bクラス:663→693
◆Cクラス:500→550
◆Dクラス:307→437