試験が終わった翌日。
1週間という長い試験の疲れがたった一日で完全回復するわけがなく、同室の橋本、真田はベッドに寝そべりながら「昼までゆっくりするわ~」とのこと。鬼頭は普通に起きて椅子に座って雑誌を読んでいるが外に出歩く気はなさそうだ。
橋本や真田だけではなく、恐らく殆どの生徒が今日一はのんびりと過ごすことになるのだろう。
元気なのは試験に参加していない者か、早々にリタイアしている者である。
初日に大きな賑わいを見せていたプールも今日はとても静かだ。
日光浴を楽しんでいる金髪の麒麟児はいるが、プールの中で遊んでいる生徒は誰もいない。
つまり、プールを静かに楽しむのはこの時しかないのだ。
「遅いな…………」
オレは水着姿に着替え、プールサイドに座りながら一人で待ち続ける。
オレが爆速で着替えて来たというのもあるが、流石にちょっと遅いなと感じ始めている。
もしかして、ナンパでもされているのか?
……ありうるな。
彼女は天界から舞い降りた存在だ。
アダムとイブが禁忌を犯したように、その聖なる魅力に脳をやられてしまった愚者たちが居ても何らおかしくない。むしろやっていない方がおかしいまである。
おいおいおい、誰の許可を得て禁忌を犯そうとしてるんだ?
そんなことされてたら、もうヤっちゃうしかないぞ…………と、そんなくらだないことを考えていると、待ち人来たる。
「お、お待たせしました、清隆くん」
大丈夫だ、そんなに待ってない。
「は、可愛すぎないか?」
「っ……」
あ、逆だった。
「こほん。とても似合っている。可愛すぎて天使
可憐さと清楚が掛け合わさった、フリルのある白いワンピースの水着姿のひより。つまりカワイイ!! 水着として考えれば露出はとても少ないが、彼女が水着を着てくれたというだけで満足しかない。つまりサイコウ!!
「も、もう、変なこと言わないでください」
恥ずかしそうに耳まで赤くしながら。
「……でも、ありがとうございます。清隆くんにそう言って喜んでもらえて嬉しいです」
ひよりはそう言ってはにかんだ。
「めちゃくちゃ喜んでる。最低でも週に一回は見たい。頼めるか?」
「そ、それは流石に困りますね」
ダメだった。
非常に残念である。
ひよりは運動が苦手だ。
彼女とプールで遊ぼうにも手加減を誤れば、ただの水の掛け合いであっても一方的なものになってしまう(いや、流石に手加減するけども)
だからオレはひよりを浮き輪に上に乗せ、プールをゆっくりゆっくり泳ぐ。
「はわ~」
と、のんびりとした声を出しリラックスするひより。
はわ~、かわいい~。
たまに浮き輪をくるっと回すと「あれ~」なんて暢気な声も上げてくれる。
ついでに水を掛けるのも忘れない。
「やりましたね」と、ひよりは微笑みながら小さい掌ですくった水をかけてくる。
お互いに至近距離で、ピッチャピッチャとゆる~い水の掛け合い。それからまた、ひよりを乗せた浮き輪を押し、他愛のない会話をしながらプールの上を漂い続ける。
不思議だな。
オレが昔にイメージしたことのある水遊びとは全然やっていることが違うのに、大したことは何一つやっていないはずなのに、楽しいと本心から思えている。
「どうかしましたか、清隆くん?」
「……いや」
「ふふっ」
ひよりは愛おしそうに微笑み、水に濡れたオレの頭をゆっくりと撫でる。
それはきっと『
何をやるかじゃない。
『誰』とやるかが『楽しい』の秘訣なんだと、最近になってオレはようやく学んだ。
願わくは、その『誰』かがこれからも増え続けていく、そんな学校生活を送っていきたい。
◆ ◆ ◆
ひよりとは昼食を食べ終えてから解散した。
続きが気になっている本があるとか何とか。なら一緒に読書でもと思ったが「めっ、ですよ」と言われた。…………本当に「めっ」って言われたのだ。
ハァ~~~~~!!?
思わずプールに飛び込んでやろうかと思ったが、その前に携帯が鳴った。
呼び出された場所に足を運ぶ。
「こんにちは、清隆くん」
「こんにちは、有栖。それで、何かあるのか?」
「何かないと連絡してはいけませんか?」
「まさか。何かあれば手伝おうと思っただけだ。普通に有栖と居られるだけでも嬉しい」
「っ……そ、そうですか。まあ、当然ですね」
有栖は杖を持っていない方の手を、オレの前に差し出す。
オレはどこか懐かしい気持ちになりながら有栖の手を握ると、彼女はゆっくりと横向きになった。
「さ、さあ、行きましょう」
「……行き先は決まっているのか?」
「大海原を眺めながら散歩するというのも乙なものだと思いますよ」
「確かにな」
無人島生活で釣りと一緒に見てきたが、こうして有栖と共に見て歩くのも良い。
有栖の歩調に合わせてゆっくり進む。
「握手かと思った」
繋がれた手を見る。
「それだと芸がないでしょう? 誰かと一緒に手を繋いで歩く。清隆くんは初めてのことですよね。…………初めてですよね?」
疑惑の目である。
山村の手首を掴んで生徒会室まで引っ張ったことはあるが。
「初めてだ。……なるほどな……」
「なんですか?」
「前に言ってただろ。人肌のぬくもりは悪くないって。改めて、有栖の言った言葉の意味を理解し始めていると、そう思っただけだ」
ひよりの時と同じだ。
『
「温かいな、有栖の手は」
「ッ」
ぎゅっと握られている手に力が込められたが、有栖は見た目通り非力なので痛くはない。
「き、清隆くんはーーっ!」
顔を赤くした有栖が何かを言おうとしたとき、一瞬強い突風が吹く。
あーーっと声を上げると同時に、有栖が被っていた帽子が一瞬にして浮かび上がった。
「っと……」
手を繋いでいない方の手を伸ばし、帽子をキャッチする。
ぎりセーフ。最悪、大海原に飛び立っていたかもしれない。
「ありがとうございます」
「デッキで被るのは危ないんじゃないか」
「ふふ、そうかもしれませんが、でも大丈夫ですよ」
有栖はそう言って首をちょこんとオレの方へと傾ける。
杖とオレの手で有栖の両手は塞がっている。彼女のして欲しいことを理解し、オレはその銀色の髪の上に優しく帽子を被せた。
「隣に清隆くんが居てくれますから」
「それは責任重大だな」
「ええ、大切な私のトレードマークですからね。頼みましたよ」
「ま、他ならぬ有栖の頼みだからな。任せてくれ」
穏やかに微笑む有栖と共にのんびりと散歩をし、カフェで一息入れながら雑談に興じる。
別に豪華客船じゃなくても、学校に戻ってからでも出来るありふれた行い。
それでもやっぱり、オレには楽しいと思える一時だった。
◆ ◇ ◆
船外のデッキに辿り着くと、視界いっぱいに満点の星空が広がっていた。
「凄いですね、清隆くん」
ひよりがそう言って星空を見上げながら微笑む。
「ええ、都会や学校に戻ってからではまず見ることの出来ない夜景でしょう」
有栖も星空を見上げながら感慨深く言う。
「………………」
本や映像で見るものとは何もかもが桁違い。あの真っ白な場所では決して見ることの叶わなかった美しい光景だ。物語の中とかでは、登場人物が星空に手を伸ばす場面があったりするが、何となく彼らの気持ちが分かるような気がする。届かないと分かっていても、美しいものに魅入られるのは人間の性なのだろう。
ここはオレも、主役になった気分で星空に手を伸ばして浸るとしよう。
そう思っていたんだが、その前にオレの右手を小さくて柔らかい手が掴んできた。
有栖だ。
彼女はオレに視線を向けることもなく、変わらず満天の星空を見上げている。でも少しだけ、その頬が赤いように見える。
……まあ、右手が塞がったので仕方がない。
代わりに左手を上げようとしたら、華奢で神聖なお手手が控えめに添えられた。
あ~浄化される~……ではなく、
ひよりは有栖よりも分かりやすく頬を赤らめながらも、綺麗な星々を見上げている。
…………。
「………………」
いやいやいや! これもう星空どころじゃないぞ!
何も考えないようにはしたけど無理だわ、降参!
オレ達の他にも男女の生徒が手を取り合ったり肩を組み合っている場所での
「さ、寒くないか?」
「いいえ、温かいですよ」
「はい、温かいです」
両方の握られた手から、ぎゅっと心地良い力が加わった。
本当に? 温かいで済んでる?
オレは今とても熱いぞ。それに手汗とか凄い気になってくるんだが。
「清隆くん、今日はありがとうございます。久しぶりに、とても楽しい1日でした」
ひよりは可憐に微笑む。
彼女の笑顔の前には満天の星空すら目ではない。星空よりもひよりを見ていた方がオレの幸福指数はぐんぐん上がる。やっぱり彼女は天使なのだ。
「そうですね。やはり清隆くんが居ないとどこか味気ないです。試験で離れていた分はしっかりと還元してくださいね?」
有栖がちょっと含みを持たせるような笑みを浮かべる。
変なところで素直じゃない、ある意味で彼女らしい表情だ。不思議と安心感があってほっとする。
1週間の無人島生活はとても満足して楽しめるものだった。けれども2人も居れば、一緒に過ごせたらもっと楽しめただろうとは何度も思った。
ひよりだけじゃない。有栖だけじゃない。オレも同じ。
また2人とこうして過ごせるようになった時間は、オレはとってはかけがえのないものなのだと改めて実感する一日だった。
◆ ◆ ◆
「待たせたかしら」
「オレも今来たところだ。何か頼むか? 奢るぞ」
「元々無料でしょ」
言ってみたかっただけある。
カフェの一角。
オレは鈴音と共に、外の景色を見られない不人気な奥のテーブルに座る。
「風邪は完治したのか?」
「おかげさまでね。話がしたいって言ったけど、試験の話でいいのよね?」
「別に雑談でも構わないが、それは今じゃなくて良いからな」
鉄は熱いうちにというやつだ。
「それで、私から何を聞きたいの?」
「何でもだ。試験中のDクラスがどんな感じだったのか。鈴音がどんなことをしたのか。どういう戦略を取ったのか。そして、どう思ったのか。本当に何でも良いんだ。自由に話してくれ」
「…………それに何の意味があるのよ」
「単純にオレが知りたいだけだ。何だったらポイントを支払っても構わない」
「10万ポイントよ」
たかぁ……。
「冗談よ。特別にタダにしてあげるわ」
鈴音は店員にコーヒーを注文する。ついでにオレも同じものを頼んだ。
「私が特別試験の内容を聞かされた時、最初に思ったのが『向いていない』、よ」
それから鈴音は語り出す。
自身を含めて協調性に難のあるDクラスが、どうすればこの試験を乗り越えるか。しかし、ただ乗り越えるだけではいけない。これはクラス対抗の試験。どうすれば他クラスに勝てるのか。
「協力者が、仲間が必要だと思ったわ。平田くん、軽井沢さん、櫛田さん。それに須藤くんに、私は弱味を見せた。私の考えを話した。……あの時は本当に緊張したわ。これで本当に合っているのかって何度も悩んだ」
今までの私じゃ考えられなかったと、鈴音はどこか自嘲気味に笑う。
「お前からきちんと歩み寄ったんだな」
「そうなのかしら。良く分からないわね……」
そこから鈴音は各クラスの偵察に行ったと口にする。そして全てのクラスを回って情報を得たことで、4クラスがどういう状況下にあるのかを把握した。そこからクラスメイトに助言を受け、一つの作戦を立てる。
「Bクラスと契約を結び、Cクラスがリタイアしている状況なら、警戒するべきクラスは私たちDクラスのみ。油断しているならAクラスのリーダーを特定出来るかもしれないと思ったわ」
「そうだな。BクラスとCクラスの2クラスと契約を結んだことによって、Aクラスは士気が高く、良くも悪くも前のめりだった。付け入る隙は十分にあっただろう」
「Cクラスとも契約を? でもそうよ。多くのスポットを占有してくれていたおかげで、最後にはAクラスのリーダーを特定することが出来た」
「木でも登ったか?」
「知っていたの?」
「適当に言ってみただけだ。Bクラスには契約内容は口止めしていないし、有効な待ち伏せ手段の一つだからな」
木々の多い森の中でわざわざ上を見て歩く者はいない。慣れていない道なら殆どの者が足元を気を付けながら歩くだろう。
「……悔しくはないの? 私たちの手によってAクラスはリーダーを当てられ、結果として多くのポイントを失ったのよ?」
恐らくリーダーを当てられていなかったら500に届きそうな程のポイントを獲得出来ていたはずだ。それを不意にしてしまった戸塚のショックは計り知れないだろう。ただ、オレは別に何とも思わないが。
「まあいいわ」
ちょっとムスっとした表情で鈴音が続ける。
「き~っ」とか言いながら悔しがった方が良かったか?
後はCクラスとの攻防。
伊吹が仕掛けたトラブルを解決し、そこから龍園の存在を導き、クラスメイトと協力して罠を仕掛けたことを。
「鈴音の方も楽しい無人島生活を送っていたようだな」
「ずっと熱があったのよ? 自分には不向きだし考えることは多いしトラブルは起こるしで、楽しんでいる余裕なんて全くなかったわ」
ジト目で睨まれた。
「でも充実してただろ?」
「っ」
思わずといった様子で鈴音は言葉をつまらせる。
苦労したのは本当だろう。大変だったのは十分に伝わってきた。しかし、声音にはそれ以外にも様々な感情が乗っかていることに、彼女は無自覚だったようだ。
「鈴音は船の中にいて見ていなかったと思うが、試験結果が発表された時のDクラスの雰囲気はとても良かった。そして、その理由は今の話を聞いて納得した。あの光景は、お前が頑張ったからこその光景なのだろう」
「……でも勝てなかったわ。龍園くんにも裏をつかれしまった……」
「確かに結果だけ見ればそうかもしれない。だが、クラスメイトは一人でもお前のせいで負けたと、お前のことを責め立てたりしたか?」
「いいえ、誰も責めなかったわ……」
結果も大事だが、世の中の何もかも結果が全てというわけじゃない。まだたった一回の試験。今回は勝てずとも、この試験を経て鈴音もDクラスも、成長に繋がる何かを得られたはずだ。
「良かったな」
「っ、良くないわ、勝てなかったって言ったでしょ」
鈴音はやや声を荒げながら、表情を引き締め睨んでくる。
素直になったら負けだとか、そんなルールを己に課しているのだろうか。
「私の話はもう十分でしょ。次は綾小路くんの話を聞かせなさい。Cクラスの契約とか、あなたは何をしていたの」
オレは簡潔に龍園がAクラスに来た時のことを話した。
チームワークの不安定さを0ポイント作戦で隠そうとしていたので、それを武器に
「1日で大体の問題は解決したからな。後の指揮は葛城に丸投げして皆と一緒に悠々自適な無人島生活を楽しませてしまった」
「坂柳さんのリタイア分もありながら、リーダーを当てられてもなお200ポイント以上も残っていた理由が分かったわ。あなたは……たった一日も経たずに今回の試験を支配してしまったのね……」
「BクラスとCクラスを封じ込めただけだ。支配だなんて大袈裟すぎるだろ。Dクラスに一杯食わされてるしな」
「………………色々言いたいことはあるのだけど、もういいわ」
鈴音は溜息を吐き、コーヒーに口をつける。オレもコーヒーを飲む。
ぬ、ぬるい……。
鈴音も同じように思ったのか、少しだけ眉を寄せていた。
「ところで友達は出来たか?」
「は、いきなり何なの?」
「そんなに強く睨んでくるな。たた単純に、今回の試験でクラスに少し馴染めたんじゃないかと思ってな。実は友達が出来たんじゃないかと思っただけだ」
「協力はしていくけれど、馴れ合うつもりはないわね」
まぁ1人が気楽なのは分かるが。
「勿体ないな。誰かに誘われたりしないのか?」
「…………誘われたわ」
「……断ったのか?」
「いいえ」
なら何故そんな渋面を?
「……話が合わないのよ。質問されたら答えるけど他は全然。彼女たちが何を話しているのか半分も分からなかったわ」
「あぁ」
オレと同じで世間の流行とかサブカルチャーに疎そうだもんな。オレもクラスメイトがゲームの話とかで盛り上がっているのを偶に耳にするが、いつもちんぷんかんぷんだ。
ただ一応、彼女なりに頑張ってクラスメイトと歩み寄ろうとしているのが分かったので改めて成長を感じさせてもらった。
鈴音がDクラスで何を成していくのか、今後も楽しみにさせてもらおう。
◇堀北鈴音
・中間テスト、須藤の冤罪事件、そして今回の試験でクラスの求心力は一気に高まった。クラスのまとめ役は平田のままで変わることはないが、Dクラスのリーダーとして認められ始める。孤高(笑)→孤高→暫定的なDリーダー。
□綾小路清隆。
・原作と違い友人に恵まれて周囲の人間関係も悪くはなく「Aクラスにならないと退学ね♪」と脅されこともないので機械化は殆ど進行していない。ただAクラスに居る為、一部の他クラスの生徒から『ラスボス』扱いはされている。