31話:干支試験
無人島での特別試験が終わってから3日。
無人島生活の疲れは完全に癒え、誰もが思い思いにバカンスを楽しんでいる。
アイスをパクついていると、本を読んでいるはずのひよりと目が合った。活字を見つめていた瞳が「食べ過ぎなのでは?」と訴えてくる。
まだ三つ程しか食べていないが、ちょっとだけいたたまれないので体の向きを変え、ひよりの視線からアイスを隠す。
横を向くと、隣に座る有栖と必然的に目が合った。
彼女は本を閉じて膝の上に置き、自分の唇を人差し指でちょいちょいと示す。それからオレの方に顔を近づけ、目を閉じその小さな口を小さく開いた。
…………ぇ。
こ、これはもしかして例のやつか……!?
それは恋人同士でしか許さないような行為だと思っていたが、友達同士でもやって良いのか……!?
わ、分からない……! 普通を知らないオレには……!
ドキドキしながらたじろぐオレに痺れを切らしたのか、有栖は片目だけを開き「どうぞ」と促してくる。
オレは覚悟を決め、アイスをすくったスプーンをゆっくりと有栖の口元に運んだ。
「冷たくて美味しいですね」
アイスを口に含み、頬を赤くしておきながらすまし顔で言う。
本当に? なんか熱くないか?
「食べ過ぎはいけませんよ、清隆くん。なので、このまま残りは私がもらってあげましょう」
そう言って有栖は再び口を開く。
「そうか、ありがとう!」とはならないが、有栖が喜んでいるようでオレも嬉しい。
はい、あー……。
ガタっと音が鳴り、ビクっとなる。
見ると、ひよりが本を置いて立ち上がり、ニッコリと微笑んでいる。
「私もアイスを貰ってきますね」
「あ、あぁ、気を付けて」
トテトテと早足で移動し、すぐに戻って来るひより。そして宣言通り、手にはカップアイス。この豪華客船の中でしか食べられないマーブルホワイトチョコレート味だ。
ひよりはそれを一口食べ「美味しいですね」と呟く。
それからーー。
「ですが、一口で満足してしまいました。残りは清隆くんにあげますね」
そう言って、アイスをすくったスプーンを照れ臭そうにしながらオレに差し出す。
え、え、ええええええっ!?
そ、そんな恐れ多いことを、ほ、本当にぃ、良いんですか!?
「あ、あーん、ですよ」
「あ、あーん」
パクリ。
「お、美味しいですか?」
うん、味が分からないっ!!
ガタァッと、先ほどよりも椅子が大きく動く音。
見ると、真澄が頭痛でも押さえるように顔をしかめていた。
「どうした?」
「は?」
割と本気の殺気。友達でもビビっちゃうね。
「真澄さん。席を立ったついでに私の分のアイスを取って来てください」
「…………」
流石です坂柳さん。
空気を読まず油を注ぐような行為を平然と行えるなんて。
と、あまり真澄を揶揄って怒らせてはマズい。友達、仲良く!
3人で真澄にアイスを食べさせてあげれば彼女の機嫌は直ることだろう。やはりアイス。美味しいアイスは全てを解決する。
ーーが。
キーンと高い音がなる。マナーモード中であっても強制的に音のでる、学校から送られてくるメールの受信音だ。
『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。非常に重要な内容となっておりますのでーーーー』
舌打ちしてから(怖い)真澄は席に戻り携帯を操作する。オレも携帯を開くと、次のことが書かれてあった。
『間もなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋に、指定された時刻にお越し下さい。10分以上の遅刻をした者にはペナルティを科す場合があります』
無人島の試験が1週間もあったからもしかしたらと思ったが、残念ながら2回目の特別試験がやってきたようだ。
「3人共、どんな内容だった?」
オレは自身の携帯を見せながら、3人に問いかける。
4人分の内容を確認する。
基本となる文章は全く同じだったが、指定された場所と時間が違う。
「ふふ、私と清隆くんは一緒ですね」
有栖は喜びと期待を孕んだ声で言う。
ひよりと真澄はそれぞれ違う場所と時間。
オレと有栖は20時40分。場所は2階の部屋だった。
◇
5分前に有栖と共に部屋に入ると、葛城と西川が既に椅子に座って待機していた。
その中央に、Dクラスの担任である茶柱先生。相変わらず胸元のボタンが外れており、男子にとっては目に毒な恰好をしている。学校側から注意とか入らないのだろうか?
「Aクラスの綾小路、葛城、坂柳、西川だな。ではこれより特別試験の説明を行う……とはいえ、優秀なAクラスの諸君等のことだ。既に聞き及んでいるとは思うがね」
Aクラスとか関係ないとは思うが、その通りだ。
既に11グループの説明が終えており、真澄やひより、同室の橋本、真田、鬼頭からも内容は聞き終えている。リーダーの葛城からも話を教えてもらったし、部屋に入る前から既に葛城と西川とも同じグループなのだと消去法で判明していた。
「今回の特別試験では、1年全員が干支になぞられた12グループに分け、そのグループ内での試験を行う。試験の目的はシンキング能力を問うものとなっている」
シンキング。
既に多くのクラスメイトから聞いているが、つまり考える、考え抜く力が必須となる試験。そこからも既知の情報を聞いていると、茶柱先生は『辰(竜)』グループのメンバー表を見せてくれる。
Aクラス:綾小路清隆 葛城康平 坂柳有栖 西川亮子
Bクラス:一之瀬帆波 神崎隆二 津辺仁美
Cクラス:小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔
Dクラス:櫛田桔梗 平田洋介 堀北鈴音
錚々たる面々だな。
隣のいる有栖がクスリと笑い、葛城も「ふむ」と得心するように頷いている。オレの正面に座る西川が「えぇ……」と困惑するような呟きを漏らしていた。
そこから基本ルールの書かれたプリントも見せられる。
『夏季グループ別特別試験説明』
本試験では、各グループに割り当てられた『優待者』が基点とした課題となる。定められた方法で学校に解答することで、4つの結果のうち1つを必ず得ることになる。
・試験開始当日午前8時に一斉にメールを送る。『優待者』に選ばれた者には同時にその事実を伝える。
・試験の日程は明日から4日後の午後9時まで(1日の完全自由日を挟む)。
・1日に2度、グループだけで所定の時間と部屋に集まり1時間の話し合いを行うこと。
・話し合いの内容はグループの自主性に全てを委ねるものとする。
・試験の解答は試験終了後、午後9時30分〜午後10時までの間のみ優待者が誰であったかの答えを受け付ける。なお、解答は1人1回までとする。
・解答は自分の携帯電話を使って所定のアドレスに送信することでのみ受け付ける。
・『優待者』にはメールにて答えを送る権利が無い。
・自身が配属された干支グループ以外への解答は全て無効とする。
・試験結果の詳細は最終日の午後11時に全生徒にメールにて伝える。
これが基本的なルールとして目立つように書かれてあり、更に細かく、ルールの説明や禁止事項なども記載されている。
次に4つの定められた『結果』
〇結果1
・グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合、グループ全員にプライベートポイントを支給する。(優待者の所属するクラスメイトもそれぞれ同様のポイントを得る)
〇結果2
・優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合、優待者には50万プライベートポイントを支給する。
・結果1・結果2の2つの結果は、試験3日目の最終日午後9時に試験が終わった後、午後9時30分から午後10時の間にだけ解答を受け付ける。
「見て分かったと思うが、この試験の肝が『優待者』の存在だ。グループには必ず優待者が1人だけ存在する。そしてその優待者の名前が試験の答えというわけだ」
全員で『優待者』を共有し、全員が報酬50万ポイント。さらに優待者にはプラス50万の100万ポイントを得られる『結果1』か。
『優待者』が最後まで正体を悟られずに試験を終わらせ、1人だけ50万プライベートポイントを得る『結果2』か。
ここまでの説明なら『優待者』が得をするだけのルールだが、これは残り2つの結果にカラクリがある。
〇結果3
・優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ正解していた場合。答えた生徒の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得ると同時に正解者にプライベートポイントを50万ポイント支給する。また優待者を見抜かれたクラスは逆にマイナス50クラスポイントのペナルティを受ける。及びこの時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが正解した場合、答えを無効とし試験は続行となる。
〇結果4
・優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ不正解だった場合。答えを間違えた生徒が所属するクラスはクラスポイントを50ポイント失うペナルティを受け、優待者はプライベートポイントを50万ポイント得ると同時に優待者の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得る。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、答えを無効とし受け付けない。
・結果3・結果4の2つの結果のみ、試験中24時間いつでも解答を受け付ける。
要は『優待者』は『裏切り者』にバレないように気を付けましょうというルールだ。
他クラスに『優待者』がバレてしまえば、自クラスのポイントを失うだけでなく他クラスにポイントを与えることになる。ついでに50万のプライベートポイントもだ。
「今回学校側は匿名性についても考慮している。試験終了時には各グループの結果とクラス単位でのポイント増減のみ発表する決まりになっている。つまり優待者や解答者の名前は公表しない。また、望めばポイントを振り込んだ仮IDを一時的に発行することや分割して受け取ることも可能だ。本人さえ黙っていれば試験後に発覚する恐れはない。もちろん隠す必要がなければ堂々とポイントを受け取っても構わない」
匿名性もあって優待者や解答者にとっても至れり尽くせりの配慮だ。
そこからも禁止事項に関しての細かな説明をされた。
どのグループも午後1時、午後8時に最低1時間の話し合いが強制されている。
「それからグループ内の優待者は学校側が公平性を期し、厳正な調整している。優待者に選ばれた、もしくは選ばれなかったに拘らず変更の要望などは一切受け付けない。また、学校から送られてくるメールのコピー、削除、転送、改変などの行為は一切禁止とする。この点をしっかりと認識しておきなさい。以上で試験の説明は終了とする」
茶柱先生から退室されるように命じられ、オレ達4人は部屋を出た。
同じようなタイミングで、部屋からB、C、Dと他クラスの生徒が出てくる。
部屋に入室する前からも軽い顔合わせはしている、同じ『辰(竜)』のメンバー達だ。
まず最初に一番近い場所にいたBクラスの一之瀬が声を掛けてくる。
「にゃはは~、凄いメンバーだね。今回も一筋縄ではいかない試験だけど、Aクラスに負けるつもりはないよ」
一之瀬の決意表明、いや、宣戦布告か。まあどちらでもいいのだが、少し困ったことに一之瀬は誰に話し掛けているのかがハッキリと分からない。
オレを見ている気がするし、オレが答えて良いんだよな?
話し掛けて「え、あ、うん、そうだね……(葛城くんに言ったのに)」とか、気まずそうにされたらとても傷つく自信があるんだが。
だが、沈黙が長くなって「綾小路くんがガン無視してきた酷い……」とかなられても困る。人気者の一之瀬を敵に回したくはない。
ええい、ままよ。
「ああ、今回もよろしくな。お互いに頑張ろう」
無難に返すと「よろしくね!」と明るい声が返ってきた。良かった、嫌な顔されなくて。
オレが内心でホッとしている間に、一之瀬は体の向きを変えた。
「堀北さんも龍園くんも、明日はよろしくね」
人気者だけあって社交性が高いな一之瀬は。
鈴音は兎も角、龍園はスルーしても多分誰も何も思わないのに優しい。
「ええ、よろしく、一之瀬さん」
「クク、せいぜい遊んでやるさ」
龍園はそう言って一之瀬の横を通り過ぎ、オレ達に近付いてくる。別にオレ達に用があるとかではなく、単純に通り道だからだろう。そのままオレの横を通り過ぎようとする龍園の足を、足を前に出して引っ掛けた。
「ッ!?」
バランスを崩しながらも倒れるような無様は見せず、龍園は体を強引に捻って壁に当てながら体勢を固定する。
「龍園。
よりにもよってオレの前でするなよ。
「ハッ、その
「
「ナイト気取りは結構だが、女を見る目はなさそうだな、綾小路」
「あら、それはどういう意味ですか龍園くん?」
ウフフとワザとらしい微笑みを浮かべながら無駄に威圧感を放つ坂柳に、龍園が調子を取り戻したように鼻で鳴らして笑った。
「そういうところだろ、ゲテモノ女」
はて、オレの知らない所で何かあったのか、なかなか酷い言葉を残して龍園は去って行く。
「無人島での試験といい、龍園くんはなかなか面白いですね」
「有栖」
オレは有栖の額を人差し指で軽く小突く。
オレにそんなことをされるとは思っていなかったのか、有栖は一瞬だけ目を丸くする。
「無意味に挑発するな」
僅かではあるが、有栖は龍園の進路を塞ぐように前に出ていた。オレは見ていないが恐らく表情だって
オレがあのまま何もしなかったら、龍園は
「清隆くんが隣に居たからですよ。助けてくれるって分かってましたから」
「もちろん助けるが、
「ええ、清隆くんに嫌われたら元も子もありませんしね。程々にしておきます」
「最後にしてくれよ……」
有栖との会話が一区切りついたので横を向くと、BクラスにDクラス、ついでに葛城と西川も含めた全員がこちらをじっと見ていた。何だ……。
「どうした?」
「い、いや~、綾小路くんと坂柳さんは仲が良さそうだなって……」
何故か照れ臭そうにもじもじ答える一之瀬。葛城は何とも言えない顔をしており、西川は「無自覚?」とか何とか言ってちょっと引いていた。
「綾小路くん」
そんな空気を切り裂くように、鈴音が背筋を伸ばしながら近付いてくる。
彼女はオレの前に立ち、小さくだが息を吸い込んだ。
「あなたに勝たせてもらうわ」
堂々とした宣戦布告。
瞳に力を宿した良い表情だ。本気でオレに勝つ気でいるのだろう。
「ふふっ」
「…………何かしら、坂柳さん」
それに対し、横から割り込まれるクスリとした笑い声。
無意味に挑発するなと言ったそばからなんだが、有栖は否定する。
「すみません、堀北さん。
やっぱり挑発してないか、その言い方だと。
「堀北さんは真っ直ぐで、可愛らしいですね」
「……どう言う意味……」
有栖にその気がなくても、言われた本人がイラっとしてる。
有栖は「本心ですよ」と口にするが、それはフォローになっているのだろうか……。鈴音の態度が軟化することはない。女の子には「可愛い」と言っておけば良い……みたいなイメージを勝手に抱いていたが、流石に空気も読まずどんな場面でも通用する魔法の言葉ではないようだ。
「取り敢えずまた明日な。有栖も行くぞ」
鈴音と、彼女の後ろでこっちを見ている櫛田も含めた全員に別れを告げ、オレと有栖も移動を始める。
*
「清隆くん。勝負しませんか?」
「……言いたいことは分かるが味方だよな? 普通は協力し合うものじゃないのか?」
「それも魅力的ですが、今回はどちらが先に優待者を見つけ出すか勝負しましょう」
「分かった。有栖がそう望むなら」
「ありがとうございます、清隆くん」
有栖は心の底から嬉しそうにしながら部屋に戻っていく。
話し合いが必要になる今回の試験。オレには向いていなさそうだし、相手は有栖だ。正直厳しいんじゃないかなぁ、という思いしかないが、友達の為だ。きちんと真面目に取り組もう。
◆◇◆
『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人としての自覚を持って行動し試験に挑んでください』
「葛城、頼みたいことがあるんだが良いか?」
◆◇◆
「あなたは酷い人ですね」
「その……、すみません」
「ええ、本当に酷い人です、清隆くんは」
「いや……、でもこれはオレが悪いわけじゃないと思うんだ」
「……まあ、そうですね。私も少し冷静になりました。悪いのはこんな試験を考えた学校側です。一捻り加えたかったんでしょうが、おかげで台無しですよ、ええっ」
「…………」
「私の楽しみを奪った責任はきっちりと取ってもらいましょう」
◆◇◆
「葛城、すまない。先に謝っておく」
「どういう意味だ、綾小路」
「後でもう一度謝ると思うが、すまなかった」
「……一体何が起こると言うのだ……」
◇坂柳有栖
・ふふ、間接キスですよ。
◇椎名ひより
・間接キスしてしまいましたね。
◆神室真澄
・目の前で急にいちゃつきだした3人を見て普通に
◇西川亮子
・「えぇ……どうして私が『辰(竜)』のグループなのぉ」と、とても疑問に思っている。