ようこそAクラスの教室へ   作:yadooo

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35話:味方

  ◆  ◆  ◆

 <side:堀北鈴音>

 

 筋違いだとはもちろん分かっているが、私から離れて行く綾小路くんを恨めしく思った。

 勝手にDクラスに介入し、勝手にDクラスの問題点を掘り起こし、後はお前の好きなようにしろと私に丸投げしていく。私や須藤くん、そして今度は軽井沢さんだ。

 

 Cクラスとの揉め事。それが大きなトラブルに発展する前に知れたのは助かるが、軽井沢さんの『過去』まで知る羽目になるとは誰が想像出来るのか。軽井沢さんの処遇を決めるなんていう心構えなどあるはずもない。

 

 いや、でも確定したわけじゃないしと……、やはり現実逃避気味に思ってしまうが、そんな自分の心に活を入れる。

 

 まずは平田くんに確認ね。

 

 

 

 ◇

 

 

「堀北さん。人に聞かれたくない大事な話って何だい?」

 

「ええ、平田くんに確認したいことがあるの」

 

 船外のデッキに平田くんを呼び出す。周囲に人がいないことをしっかりと確認し、私は一呼吸を入れてから、軽井沢さんについて尋ねる。

 とてもシンプルに。

 

「平田くん。あなたは本当に軽井沢さんと付き合っているの?」

 

「…………どうしてそう思うんだい、堀北さん?」

 

 これは、やはり黒かしら……。

 いえ、私の先入観が平田くんが驚いているように見せているだけなのかもしれない。

 

「軽井沢さんは過去にイジメられていて、あなたはそれを助ける為に付き合い始めたの?」

 

「ッ!?」

 

 流石に……これは誤魔化せないわね。

 

「知っていた……いや、軽井沢さんから聞いたのかい?」

 

 理由としては一番妥当で納得出来るものだろう。

 だけど違う。

 

「信じられないかもしれないけど、推理よ」

 

 その推理が正しかったことをたった今平田くんが証明してしまった。

 

「…………」

 

 平田くんの顔から動揺と警戒心が滲み出ている。

 

「堀北さんはそのことを知ってどうするつもりだい? 分かっていると思うけど、その情報は軽井沢さんにとっては生命線だ。それを誰かに言いふらすようなら……」

 

 分かっていると私は頷く。

 

「……正直、まだ何も決まっていないわ。それでもまずは諸藤さんに対しては謝って欲しいと思っている」

 

「諸藤さん? それってCクラスの子だね。何かあったのかい?」

 

 どうやら平田くんは知らなかったようなので、私が綾小路くんにされたのと同じように説明する。

 カフェで列に並んでた諸藤さんを軽井沢さんが突き飛ばして割り込み、それを謝らなかったこと。そのことを諸藤さんの友人である真鍋さん、藪さん、山下さんの3人が知り、軽井沢さんと同じ『卯(兎)』グループであったことから、彼女を問い詰め、軽くだが揉め事を起こしていることを。

 

「そんなことがあったんだね。知らなかったよ」

 

「軽井沢さんは伝えていなかったのね」

 

「彼氏彼女の関係になっても、軽井沢さん一人に肩入れすることはしないって最初に言っているからね。彼女に非があるなら僕は彼女に謝るように促す。そのことを軽井沢さんも分かっているからじゃないかな」

 

 平田くんらしいというか、とても納得出来る理由だった。

 

 私は何度目かの深い溜息を吐く。

 平田くんの話を聞き、軽井沢さんの真実がハッキリしただけで現状は何も変わっていない。

 じっくりとどうするか考えたい気持ちはあるが、きっとあまり意味はないだろう。

 自分が人間関係の()()()()部分の経験値が圧倒的に不足していることは自覚している。そんな私がいくら時間を掛けて考えようとも、間違っていないと自信を持った『答え』が浮かんでくるとは思えない。

 

 知ってしまった以上は、このままなあなあには出来ない。

 まだ何も決まっていないが、覚悟を持って彼女と向き合わないといけない。

 

「平田くん。もう少しだけ私に付き合ってくれないかしら」

 

「もちろんだよ。必要ならいくらでも協力する」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

「どうしたの、堀北さん。大事な話がしたいって。それに平田くんも居るし一体何の話?」

 

 軽井沢さんと同室で部屋に残っていた篠原さんには、一時的に部屋から出て行ってもらうようにお願いし、今は私たち3人だけ。

 軽井沢さんがどこか警戒した様子で私と平田くんを見ている。

 

 私はまず最初に軽井沢に諸藤さんに謝るように伝えようとしてーー止めた。

 今の()()の彼女では、素直に聞き入れることはしないだろうから。

 

「軽井沢さん。あなたと平田くんとの本当の関係も、あなたが過去にイジメられていたということも、全て知ったわ」

 

「は……? ッ、平田くん!?」

 

 軽井沢はポカンとした後で、平田くんを責めるように睨むが、彼は首を横に振る。

 

「軽井沢さん。信じられないのも無理はないかもしれないけど、僕は堀北さんに何も言っていない。彼女が……いや、彼女()が自力で辿り着いたんだ」

 

「っ……()って何? 他にも知っている人がいるっていうの!?」

 

 軽井沢さんがパニックになっている横で、私は思わず平田くんを見る。

 

「気付いていたの……?」

 

「堀北さんには失礼かもしれないけど流石に分かるよ。諸藤さんに関する情報の出所とか、この手の内容に堀北さんが鋭いとはとても思えないからね」

 

「…………」

 

 その通り過ぎて何も言えないわね。

 

「そんなことはどうでもいい! ねえ誰!? 堀北さんの他に誰がこのことを知ってるっていうの!?」

 

 軽井沢さんが叫ぶ。パニックに陥りながら、その瞳に恐怖が宿り始めている。

 

「落ち着いて。私も彼らもこの事は言い触らしたりしないわ」

 

「そ、そんなこと信じられるわけないじゃない! この話が広まったら、あ、あたしっ、あたしは……っ!」

 

 ベッドに座っていた軽井沢さんが頭を抱えて震えだす。

 イジメられたことのない私には、軽井沢さんの気持ちが真に分かることはない。しかし、彼女にとって再びイジメられるかもしれないという恐怖は、何よりも耐え難いというのは簡単に分かった。

 

 綾小路くんの言葉が思い出される。

 この情報で脅せば、軽井沢さんを意のままに従わせることが出来る。

 Dクラスの女子のリーダー。そんな彼女の力は間違いなく、Aクラスを目指すにあたって必要になるし役に立つ。『駒』として思うがままに操れれば強力な武器となるはずだ。

 

 ……だけど、そのやり方は間違っているわよね?

 

 私は龍園くんのような独裁者でもなければ、綾小路くんのように強力な能力で皆を引っ張るタイプでもない。

 

 私は私のやり方で軽井沢さんに寄り添い、無理矢理ではなく彼女の意思で私の『仲間』になって欲しいとーーーー私はようやくその答えに辿り着いた。

 

 私は軽井沢さんに近付く。

 手を伸ばそうとして、躊躇った。

 間違えていないか。これで合っているのだろうかと。今まで誰かとの関わり合いを断って来た私が、上手く寄り添えるのだろうかと臆病風に吹かれる。

 だけど、この一歩を踏み出さなければ何も出来ない。

 

「軽井沢さん」

 

 震える軽井沢さんの手を優しく握る。

 ビクリと驚く軽井沢さん。過呼吸を起こしかけ、焦点が合わなかった視線が僅かにだが定まり、目の前にいる私の顔を見る。

 

「堀北、さん……?」

 

「私が、あなたの味方になるわ。あなたの『仲間』になる。絶対に裏切らない」

 

「……どういう、意味?」

 

「そのままの意味で受け取ってもらっても良いわ。あなたがもしイジメられそうになったら必ず守るし、今まで築いてきたクラスの地位だって守ってみせる」

 

「堀北さんに、そんなことが出来るの……?」

 

 軽井沢さんはただ素朴に、思ったことを口にしただけだろう。だけど私は、思わず少し笑いそうになってしまった。

 無人島の試験といい、何も出来なかった今回といい、クラスメイトとの人間関係でさえ未熟な私の能力では不安に思うのも無理はない。私が逆の立場でも同じように思ってしまっていただろう。

 だけども、そうだとしても……それでも今は、今だけは力強く答える。

 彼女を少しでも安心させるように。

 

 

「出来るわ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「思ったよりも連絡が早かったな。明日になるかと思ってた」

 

「いくら考えても、どうすれば正しいかなんて分からなかったもの。正直、出たとこ勝負だったわ」

 

「そうか」

 

 綾小路くんはふっと、無表情ながらに笑ったような気がした(多分気のせいね)

 

「軽井沢には何て言ったんだ?」

 

「……教えないわ」

 

「なるほど。秘密をバラされたくなければ従えと脅したのか。なかなかやーーぐぇっ!?」

 

 綾小路くんを手刀で黙らせておいた。

「冗談の通じない奴……」とぼやく綾小路くんをもう一度だけ黙らせようとかと思っていると、扉が開かれた。

 出て来たのはCクラスの諸藤さん。綾小路くんは彼女に一歩だけ近付く。

 

「どうだった? しっかりと謝ってもらえたか?」

 

「は、はい」

 

「嫌々そうだったとか、謝罪の気持ちが足りなかったとか、色々と正直に言って良いぞ。後ろで睨んでいる怖い奴は気にしないでいい」

 

 睨んでないわよ。

 綾小路くん言葉に諸藤さんは控えめに首を横に振る。

 

「その、しっかりと謝ってもらいました。気持ちも、ちゃんと感じることが出来ました」

 

「分かった。諸藤がそう感じたんならそうなんだろうな」

 

「諸藤さん、私からもクラスメイトが迷惑を掛けたことを謝罪するわ。ごめんなさい」

 

「い、いえっ」

 

「おい、怖がらせるなよ」

 

 それはどういう意味かしら? 

 

「その、ありがとうございます、綾小路くん」

 

「何の感謝かよく分からないが気にす……あぁいや、感謝の気持ちがあるなら一つ頼まれてくれないか?」

 

「な、なんですか?」

 

「真鍋達に、軽井沢から謝られたことを伝えて欲しい。諸藤のことを気にして心配してたからな。3人を安心させてやってくれ」

 

「分かりました。た、助けてくれて、本当にありがとうございます、綾小路くん」

 

 ペコリと頭を下げ、諸藤さんは照れ臭そうに私たちから離れて行った。

 

「綾小路くん。今回の件、色々と言いたいことはあるけれど……、一応助かったわ」

 

「気にするな」

 

 綾小路くんはあっさりとそう言った。あっさり過ぎて少し引っ掛かったが、まあそれならそれで別にいい。

 

「それじゃあ」

 

 私は諸藤さんが出て来て、そして軽井沢さんが待つ部屋の中に入る。

 

「軽井沢さん。きちんと謝れたようね」

 

「うん……。一応……私が悪いのは分かっているし……」

 

 軽井沢さんは謝れたことに安堵しつつも、どこか不安そうにしている。

 

「大丈夫、よね? 私が謝ったことを知った真鍋さん達が私に変なことしないわよね?」

 

 正直、私にはまだ把握し切れていないスクールカースト。軽井沢さんは自分が謝ったことによる地位の下落を心配をしているようだが、それはいらない心配だとは思う。

 

「過ちを認めて謝るのと、謝ることで相手側が増長するのとは別の話よ。もしそうなったら非は相手側になるわけだし、何よりもその時は私が必ず味方となって軽井沢さんを守る」

 

「本当、よね……?」

 

「ええ。私はあの発言を違えるつもりはないわ」

 

「ありがとう……。その、堀北さんのことーーーー」

 

 軽井沢さんが何か言おうとした途中でガチャリと扉が開かれる。

 部屋に入って来たのは綾小路くんだ。軽井沢さんが反射的に身構える。

 

「どうしたのよ、綾小路くん」

 

「どうしたも何も、オレの用件はまだ終わっていない」

 

「用件って何?」

 

「ポイントはいくら払ってくれるんだ?」

 

「ポイントを払えって、どうして?」

 

 意味が分からず思わず聞き返す。無表情ながらも、彼はどこか呆れるように息を吐いた。

 

「軽井沢の件に決まっているだろ。オレにいくら払ってくれるんだ?」

 

「…………は?」

 

 一瞬、綾小路くんが何を言っているのか、言葉の意味を理解出来なかった。なのに、背中から嫌な汗が流れるのを感じる。

 

「特別に教えるが、オレはAクラスの生徒だ。軽井沢のイジメられていた過去を暴露したところで何のダメージも負うことはない。困るのは、お前達(軽井沢)だけだ」

 

「ひっ!?」

 

 私の後ろで軽井沢さんが悲鳴を漏らす。

 私も、ハンマーで頭を殴られたような衝撃が襲ってきた。喉がカラカラと乾き始める。

 

「お、脅しの、つもりなの……?」

 

「どう受け取ろうが自由だが、それで? お前は軽井沢を守る為にオレにいくら支払ってくれるんだ?」

 

「っ!?」

 

 分からない。綾小路くんが何を考えているのか。いや、違う。分かりたくないのだ。

 何だかんだで手助けしてくれた綾小路くんが、突然にこちらに牙を向けて来たことを。こんな非情な手段で私を脅してくるなんてことを。

 

「回答はなし。なるほど、1ポイントも支払う気がないなら仕方がないな」

 

「ほ、堀北さんっ!」

 

「ま、待って!」

 

 軽井沢さんの涙声に背中を押される形で、この場を立ち去ろうとする綾小路くんを慌てて呼び止める。

 

「い、いくらポイントが欲しいの?」

 

「それをそっちで決めて欲しいんだが……、まあ1千万ポイントで良いぞ」

 

「そ、それはいくら何でも無理よ!」

 

「とぼける必要はないだろ。この試験が無事に終われば、どのクラスも2千万近くのポイントを得る。1千万ぐらい簡単だ」

 

「綾小路くんこそ分かっているでしょ!? それはあくまで一クラスの受け取れるポイントの総数であって、個人で受け取れるポイントではないのよ!?」

 

「……これ以上とぼけるつもりならこの話は終わりだ」

 

「ッ」

 

 分かっている。Dクラスから1人25万。半分の額を徴収すれ達成出来ることぐらいは。でも、徴収するにしても理由はどうすれば良い。「軽井沢さんの秘密を暴露されない為です」と馬鹿正直に言えるわけがない。

 

「ああ、なるほど。ワザととぼけているのは軽井沢を助ける気がないからか。まあ、それも一つの選択肢だな」

 

「い、いや、いやっ! ほ、堀北さん、助けてよ!!」

 

 軽井沢さんが縋るように背中から私の服を掴んでくる。

 

「綾小路くん!」

 

「…………」

 

 声を荒げるが、綾小路くんの表情は変わらない。むしろ、冷酷な目付きで私と軽井沢さんを見据えている。それは私も初めて見るもので、膨れ上がった熱が呆気なく鎮火していく。

 

「好きな方を選べ。軽井沢を助ける為にオレに1千万のポイントを支払うか、それとも軽井沢を見捨てるか」

 

「わ、私は…………」

 

 軽井沢さんを守る。

 先程まで確かにそう思っていたはずなのに、決心していたはずなのに、私の心はぐらぐらと大きく揺れ動いているのが分かる。

 

 1千万は確かに支払える。平田くんとも協力すれば、今後の為にと様々な理由でポイントは徴収出来るだろう。だけど、やはり1千万ものポイントが減っていれば、いずれ必ず理由を追求される。それを嘘で誤魔化せたとしても、色々な面で大きなリスクを抱えることになる。

 それに、これで本当に終わるの? また強請られないという保証は? 綾小路くんだけじゃなく、椎名さん、坂柳さん、神室さんの3人もこの話を知っている。彼女たちに同じような理由でポイントを要求されたら素直に渡すつもり? 

 3人だけじゃない。もしかしたら、綾小路くん達の他にも軽井沢さんの過去に気付く者が現れるかもしれない。その度に、これからポイントを支払って口止めしていくの?

 

「…………」

 

 ああ、私は今、必死に軽井沢さんを『見捨てる』ための言い訳(理由)を考えている。

 だけどそれは仕方がないことよ。だって、このままでは彼女は『お荷物』なんだから。今のようにAクラスを目指す私の足を引っ張られたくはないもの。

 イジメられていた軽井沢さんの過去には同情出来るけど、今回の件は彼女が蒔いた種によって引き起こされたこと。自業自得だ。

 

「ほりーーた、さーー!」

 

 うるさい。煩わしい。 

 そもそも、どうしてこんなことになっているのだろうか。

 今までの私なら、こんなことでいちいち迷いはしなかった。不要だと感じたらすぐに切り捨てていた。どうでもいいと関心すら向けていなかった。ずっと一人で、私のやりたいようにやっていたはずだ。

 一人で『楽』をしてきたはずなのに……。

 

 それなのに、()()()()と関わるようになってから、急に沢山の気苦労を抱えるようになった。腹立たしい。その誰かさんのせいで新たな気苦労が舞い込んできたと思ったら、今度は誰かさん自身の手によって追い詰められている。

 

 ……。

 …………いや、本当に腹立たしいわね。

 

 

 凄くムカついて来たわ。

 

 

「何も言わないということは見捨てるということだな」

 

「…………な……わよ」

 

「ん? すまない、今な「見捨てないわよ!!」

 

「…………なら、1千万支「支払うわけないでしょう、バカなの!? 例え1ポイントだろうとあなたには渡さないわ!!」

 

「ほ、堀北さん?」

 

「ぉ、おぉ、そうか……。あー……じゃあ、つまりは軽井沢の過去をバラして良いってことだな?」

 

「ふざけてるの? 良いわけないじゃない」

 

「えぇ……?」

 

 綾小路くんは無表情ながらも……というか殆ど表情が変わらないのも腹が立つわね。もっと感情を面に見せなさいよ。

 

「取引よ、綾小路くん」

 

「……内容は?」

 

「1年……いえ、半年待ちなさい。そして半年後に、もう一度同じ内容で私を……私たちを脅しなさい。その時は2千万のポイントを()()してあげるわ」

 

「そうか。……そうか……」

 

 綾小路くんは納得したように深く頷きながら、ちょっとだけ……本当にちょっとだけ可笑しそうにーー笑った。

 

「………………」

 

「どうした?」

 

「い、いえ……その……綾小路くんって笑えたのね……」

 

「え?」

 

 綾小路くんは一瞬だけキョトンとし、口角の辺りに指先を触れる。

 

「オレは今、笑っていたか?」

 

「え、えぇ」

 

「そうか…………まあ……話を戻すか」

 

「そうね……」

 

 何というか、毒気を抜かれてしまったわね……。

 

「取引成立だ。半年後に、オレはまた同じことをお前達に言う」

 

 綾小路くんがいつものような無表情に戻ったので、私も気を引き締め直す。

 とはいえ、あっさりと取引が成立してしまったわけだけれども。

 

「軽井沢恵」

 

「な、なに」

 

「半年後にお前がどうなっているか、勝手にだが楽しみにさせてもらう」

 

「ど、どういう意味よ」

 

「綾小路くん、あなた……」

 

 軽井沢さんには分からなかったようだけど、私にはすぐに分かった。

 その言葉が出て来るということは、彼は私の狙いをきちんと理解している証拠だからだ。

 

「願わくば、今のままで居て欲しいとは思うけどな。そうすれば2千万だ」

 

「さっきも言ったでしょ。あなたには1ポイントだって支払う気はないわ」

 

「それは残念だな」

 

 綾小路くんはワザとらしく肩をすくめ、部屋から出て行った。

 再び、残ったのは私と軽井沢さんの2人だけ。

 

「な、何だったの、あいつ……? そ、それに堀北さん。一体どうするつもりなの?」

 

 不安と怯えを抱える軽井沢さんと向き合う。

 私は震える彼女の手を、両手で包み込んだ。

 

「軽井沢さん。あなたは強い人よ。イジメられていたという過去を持ちながら、それでもあなたは平田くんと協力してその過去から脱却した。誰にだって出来ることじゃない。強靭な、強い心があったからこそ、それを成し遂げることが出来た。そんなあなたに尊敬の念すら覚えるわ」

 

「あ、ありがとう……?」

 

「軽井沢さんがいつも強気に、自分勝手に振る舞っていた理由は分かったつもり。それが軽井沢さんにとって必要だったことも。だけど、今のままじゃいけないわ。このまま何も変わらなければ、あなたはいつか取り返しのつかないトラブルを引き起こす」

 

「そ、その時は堀北さんが助けてくれるんでしょ!?」

 

「助けるわ……助けるけど、私は完璧でも万能でもない。……さっきのやり取りを見ていたでしょう? 私はいきなり、あなたを助けられないところだった。私に出来たのは、半年後まで猶予を引き延ばしただけよ」

 

「じゃ、じゃあ、やっぱり、半年後にはまたあいつに脅されるっていうの!?」

 

 再び顔面を蒼白にさせ、パニックを起こし掛ける軽井沢さんの手に、私はぎゅっと両手に力を込める。

 

「もう一度言うけれど、軽井沢さん。あなたはとても凄い人よ。過去にイジメられながらも、立ち直った強い少女。だからちゃんとそれを、美談にして誇れるようになりましょう」

 

「美談……?」

 

「ええ。イジメられていた過去なんて霞むくらい、沢山の人から認められ、そしてあなた自身が胸を張っていけるように、成長していくのよ。そうすれば、過去をバラされたところで大した痛手にならないわ」

 

 むしろ、過去を乗り越え奮起した軽井沢さんに対して、多くの者が味方についてくれるはずだ。そうなれば非難の視線はバラした相手側に向かって行くだろう。

 

「……あたしはバカだから、堀北さんが何を言いたいのか半分も理解出来ていないと思う……」

 

 軽井沢さんは私の両手に握られている自分の手を見る。

 

「だけど、また昔のように戻るのだけは嫌。脅されたくなんかないし、びくびく怯えながら過ごしたくもない。だからあたしは……堀北さん、あたしを……っ!」

 

「言ったでしょ。私はあなたの味方だって。一緒に成長していきましょう」

 

「…………ありがとう、堀北さん」

 

 軽井沢さんは私の両手に、もう片方の手を重ねてくる。

 そして一筋の涙を瞳から零しながら、彼女は淡く微笑んだ。

 




◇堀北鈴音
・ただでさえ苦手分野である人間関係、人の心の機微に関する問題を一生懸命頑張っていたのに、綾小路が構わず負荷をかけ続けたせいでブチ切れた。


◇軽井沢恵
・強制サクセスストーリーの開始。結果は半年後のお楽しみ。
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