38話:夏休み①
生徒会長と会い、鈴音が髪を切ってから数日が経過した。
その間にイベントが2つ。
1つは葛城の双子の妹の誕生日プレゼントを、須藤と協力して郵便ポストに投函して届けた(生徒会長が何か言うかと思ったが、恐らく黙認してくれた)それに合わせて葛城の誕生日が8月29日だと分かったので、先行してケーキと万年筆を用意して渡しておいた。前の試験で有栖と共に迷惑を掛けた分のお詫びでもある。
そして2つ目のイベントといえば。
「1-Bクラス、一之瀬帆波です。若輩者ではありますが、一日でも早く先輩方のお役に立てるように頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」
一之瀬帆波。書記として生徒会に加入である。
丁寧な言葉遣いだったが、明るさと元気さを感じられる堂々とした挨拶だった。
「これからよろしくね、綾小路くん」
「ああ、よろしく頼む」
一之瀬と言葉を交わしたのはこれだけ。
その後ですぐに南雲に呼ばれ、南雲の指導の元で一之瀬は生徒会の仕事を覚え始める。
生徒会長によって生徒会の面接に落とされていた一之瀬だが、そんな彼女を南雲が生徒会入りを認めたらしい。
あまり気にしていなかったが、どうして生徒会長は一之瀬と、それと葛城の2人を生徒会から落としたのだろうか。2人共優秀だし、特段やる気のないオレよりも明らかに生徒会向きの人間だと思うのだが。
一之瀬に熱心に仕事を教えている南雲を見て何となく答えが出てきそうでもないが、タイミングを見て生徒会長に聞いておこう。
「綾小路くん」
橘がすすすっとオレに近付いてくる。「どうかしましたか」と尋ねると、彼女は声の音量を落としながら口を開く。
「会長と妹さんの話し合いはどうでしたか?」
「どうしてオレに? すぐそこに生徒会長がいるでしょう」
「もし気まずいままで終わっていたらどうするんですか。私まで気まずくなってしまうでしょう」
仮に気まずいままで終わったとしても生徒会長が気にすると思えないが。少なくとも誰かに八つ当たりする性格ではないだろう。
「オレも2人の話を聞いていたわけじゃないので細かなところは分かりませんが、3人で食事をしている時は普通でしたし悪くはなかったと思いますよ」
「ずるい!」
耳元でやめてくれ。
「……突然なんですか」
「私も会長と、会長の妹さんと一緒に食事がしたいです」
「……すれば良いじゃないですか」
「分かるでしょう、私は会長の妹さんときちんと話したことがありません。いきなり食事に誘っても驚かせてしまうだけです」
「まあ、でしょうね」
生徒会長の側近(?)的な立ち位置の橘の誘いを一刀両断することはないだろうが、滅茶苦茶困惑して戸惑うのは間違いなさそうだ。少なくとも二つ返事はないだろう。
「というか、鈴音に興味があるんですか?」
「会長の妹さんですよ? 興味がないわけないじゃないですか」
「……確かに?」
「それで協力してくれるんですよね、綾小路くん?」
「別に構いませんが、先輩の代わりに鈴音を食事に誘えば良いんですか?」
「ですです。しかし、いきなり私と2人だけだと妹さんも気まずいと思いますので、当然ながら会長と綾小路くんも一緒です。もちろん、奢ってあげますよ」
「……まあ、奢ってくれるなら」
そんなこんなで鈴音に連絡し「今度は何事か」と、もの凄く警戒してくる鈴音との約束を取り付ける。そんでオレ、生徒会長、橘の3人で鈴音と合流。
生徒会長は短くなった鈴音の髪型を見て、珍しく分かりやすい表情で驚いてた。
鈴音は照れ臭そうに「どうですか?」なんて感想を求め、横から「可愛いです!」と橘が空気を読まずに口を挟む。
「綾小路」
「何です?」
生徒会長はオレの肩を叩き、フッと意味深く笑う。
いや、だから何だ?
それから橘の奢りで4人で焼肉に行った。
焼け上がった肉をニコニコと鈴音の皿に乗っけていく橘。最初は控えめに礼を言う鈴音も、絶え間ない接待が続けば戸惑いへと変わっていく。それでも兄の前であるのと、ニコニコ顔の橘の善意を無碍に出来ないのか、へっっったくそな作り笑いでお肉を消化してく鈴音。
それを横目に、初めての焼肉にテンションを上げながら生徒会長と平和に肉を焼いて食べるオレ。
正面から「助けなさい」と視線が飛んでくるが無視。自分で何とかするべきだ。それに、将来の義妹と仲良くしたいという橘の邪魔もしたくはない。そんなオレの優しい気遣いに対し「後で覚えていなさい」と睨んでくる鈴音。
大変理不尽であった。
◆
……今のところはそれぐらいか。
一人で大人しく読書したり、新しく買ったノートpcで人狼ゲームをやってみたり。
ひよりや有栖、真澄たち一緒に食事をしたりもしているが、それは別に夏休みじゃなくてもやってるしな。大切な日常の一つだがイベントという程でもない。
兎にも角にも、夏休みの終わりが見え始め、改めて残りの日々をどう過ごすかオレは考えた。
何か夏休みらしいことがしたいとノートpcで検索もした。花火やお祭り、旅行なんて単語が出てきたが、後ろ2つは学校の敷地内での生活を余儀なくされているので不可能そうだ。
なので消去法として、オレは花火を買いにケヤキモールに足を運び、そこで森下で出会った。
「この私としたことが汗顔の至りです。どうしてソレの存在を忘れていたのでしょう」
「忘れていたということは大した重要じゃなかったてことだろ? 気にする必要はない。それじゃっ」
「待ちなさい、綾小路清隆。まだ話は終わっていませんよ」
「……何だろうか」
「その袋に入った大量の花火。そしてウキウキなその様子から、綾小路清隆は早速今日の夜に花火をするつもりですね?」
ウキウキしていたかどうかはオレには分からないが、沈黙を選んだ。
「私も一緒に混ざらしてもらいますよ。藍ちゃんファンクラブNo.2としても、この藍ちゃんが花火で戯れる姿は目に焼き付けておきたいでしょう?」
森下と花火。
既に嫌な予感しかしない。
「それでは、花火を始める前にはきちんと連絡してください。もしすっぽかしでもしたら、綾小路清隆の部屋の前で癇癪を起して喚き散らしますからね」
森下なら本気でやるかもしれないという嫌な信頼感がある。つまり、断るという選択肢が消えた。そして森下は言うだけ言って、ぴゅーっとオレが花火を買った店の中に駆け込んでいった。
くそぅ……ひよりや有栖、真澄達とのんびり花火でもと思ったのに、森下が加わったらのんびり出来る気がしない。仕方がないのでそれは別の日にし、それからリスク分散だ。
「丁度良かった、山村。今日の夜、森下と一緒に花火をするんだが、同じファンクラブの会員としてもちろん参加してくれるよな?」
「ひぇ」
自販機の隙間でのんびり一息吐いていた山村を見つけたので、そのまま花火の約束を取り付けた(居なかったら普通に連絡しただけだが)
*
夜。
オレ、森下、山村の3人が、だだっぴろいグランドに集まる。
「一応、真嶋先生や生徒会長から許可は貰っているが、爆竹類の大きな音を出すのは止めてくれとのことだ。それと勿論だが、片付けもしっかりな」
オレは用意したバケツを置き、花火の袋を開ける。森下も自分で買ってきていた手持ち花火を、片手に2本ずつ持った。
「何をしているのです、綾小路清隆。火を私に寄越すのです」
「……先に言っておくが森下。花火は人に向けてはいけないらしいぞ?」
「わざわざドヤ顔で言う必要はありませんよ、綾小路清隆。そんなことは常識です」
「そ、そうか」
ハラハラする山村に見守られながら、オレはチャッカマンの火を慎重に花火に近付け、点火する。
シュボっと音を鳴らし、シャーっと火花を吹き出す。森下の手に持つ4本の花火が全て点火されると、彼女は両手を振り回しながら走り出す。
あっちこっちと、自由にグランドを駆け巡る森下。彼女が何を思っているのかは分かるはずもないが、楽しそうにはしゃいでいるのは十分に伝わって来る光景だ。
てっきり追い回されるかと思って警戒していたが、見事に予想を裏切られた形でもある。こんな裏切りなら大歓迎だが、少々拍子抜けした感が否めない……毒されてきているなこれは。
「山村、オレ達もやろう」
「そ、そうですね」
山村も一本の手持ち花火を手に取り、オレはそれにチャッカマンで火を付ける。そしてオレの番だ。
「火の、お注分けです」
「助かる」
山村の手持ち花火がオレ持つ花火と接触し、シャーっと色の付いた火花が吹き出る。
花火。ネットの情報曰く、夏の風物詩の一つ
森下のようにはしゃぐことはないが、初めてのことなので新鮮な気持ちではある。
「花火なんて、とても久しぶりにやりました」
オレと同じように手持ち花火を眺めながら山村が呟く。僅かにだが口角が上がっている。
「楽しんでくれてるなら誘った甲斐がある」
「強制だったような気がしなくもないですが……そうですね。ありがとうございます、綾小路くん」
「礼なら森下に言ってくれ」
森下が居なかったら、いつものメンバーで花火をやっていただろう。
「綾小路清隆、山村美紀、火を寄越しなさい」
森下の新たな6本の手持ち花火を両手に持ち、オレと山村の元に駆け寄って来る。
オレと山村の花火の火で、点火される6本の花火。森下は再びグランドを駆け巡り、火花と煙を撒き散らしていく。
「森下さん、凄く楽しそうですね」
「山村も真似して来たらどうだ? 凄く、楽しめるかもしれないぞ」
「い、いえ、流石にそれは……。私は今のままでも十分です。綾小路くんこそ良いんですか、前みたいに森下さんの真似をしなくても?」
無人島での泥団子の件を言っているのだろう。
オレがそれをやったら山村も強制的に参加させるんだが……本心では森下のようにはしゃぎたいのか?
「オレも今のままで十分だ」
「そうですか」
花火を噴射しながらグランドを駆け巡る森下を見守りながら、山村と2人で花火を楽しむ。
…………。
うーむ、平和。
これならひよりや有栖、真澄を呼んでも何の問題もなかったな。今から呼んでみようか。そう思っていると森下が再び戻って来た。手持ち花火ではない、新しい花火が握られている。
「次のステップに行きますよ」
小さい輪っかの花火。確か、名称はねずみ花火だったか。
彼女はそれをオレと山村の足元にひょいっと投げてくる。花火で火を付けると、ねずみ花火はグルグルと回りながら火花を散らし、最後にパンっと破裂した(びくっとする山村)
どこら辺にねずみの要素があったのかは分からなかったが、変わった挙動だったので面白い。
「もしかしたらと思っていましたが、綾小路清隆は花火をやるのが初めてですか?」
「よく分かったな」
「そんな顔をしていれば分かります。全く、非国民が極まっていますね。綾小路清隆はアメリカ産の人間ですか?」
「生粋の日本生まれで日本育ちだが」
「猶更ヤベー奴ですね。仕方がありません。この藍ちゃんが花火の魅力を知らしめてあげます。きっと最後には綾小路清隆も花火の魔性に取り憑かれ、雄叫びを上げることになるでしょう」
ホラーかな?
森下がそう言って様々な種類の花火を取り出し、手当たり次第に火を付けていく。
てっきり花火の魅力でも語ってくれるのかと思ったが、そんなことは別に起こらなかった。
「も、森下さん!?」
あっちこっちでクルクル回って破裂音を鳴らすねずみ花火。もくもくと煙を上げて黒く伸びる蛇玉。オレと山村の間を通過するロケット花火。噴き出し花火まで上がり始め、カオスになり始めてきた。音と、何よりも本当に煙が酷い。
夏の風物詩も森下の前では形無しである。風情が全くない。
……これ、火事と間違われて通報されないよな?
◇
あちこちに散らばった花火の後片付けを終え、部屋に戻ると携帯が鳴った。
真澄だ。
「綾小路、明日少し付き合いなさい」
「別に構わないが、どこに行くつもりだ?」
「占いよ」
◇橘茜
・会長の妹さんと焼肉を食べた。
「仲良くなれました♪」
◇堀北鈴音
・
「疲れた……」
◇堀北学
メガネクイッ 「やはり綾小路になら任せられる」
◇綾小路清隆
・初めての焼肉。花火を経験。通報は免れたが花火の後片付けは大変だった。
◇山村美紀
・線香花火をやりたかったが、後半はそれどころではなかった。でも楽しかった。
◇森下藍
・花火の煙を吸込み過ぎて気分が悪くなった。