ようこそAクラスの教室へ   作:yadooo

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4話

 入学してから1週間と少しで、プール授業がやって来た。

「4月なのにな」と会話を交わす男子達の輪から外れて、オレは着替えを終え更衣室を出る。

 

「……寂しい」

 

 2階にいる見学組。その中には当然、坂柳の姿がある。

 仕方がないとはいえ、この場に友達が……、友達がいない。ボッチだ。ボッチTHEプールだ。

 

 二人一組になってくださいと言われたらどうすればいいのだ。誰にも選ばれず、いたたまれない空気になるに決まっている。

 嫌だ。怖い。助けてくれ、坂柳……。

 

 坂柳に視線を向けると、彼女は微笑みながら小さく手を振ってくる。

 ああ、オレも坂柳と一緒に見学しておけば良かったと思いながら軽く手を振り返す。

 

「よぉ、綾小路。相変わらず姫さんと仲が良さそうなだ」

 

 振り返ると軽薄そうな外見の橋本がいた。

 まともに話したことはない、クラスの陽キャ。

 声をかけられるとは思っておらず、驚きながらも口を開く。

 

「あー、姫さん?」

 

「坂柳ちゃんのことだよ。名前もそうだけど、気品があってどことなくお姫様っぽいだろ?」

 

「……まぁ、そうかも?」

 

「つかさ、綾小路は姫さんと付き合ってるのか?」

 

「いや、付き合ってない」

 

「入学してからずっと一緒に居るのにか? それとも、もう一人のCクラスの子と付き合ってるとか?」

 

「坂柳も椎名も友達だ。付き合ってるとかの事実はない」

 

「え~、2人共可愛いのに、付き合いたいとか思わないのかよ?」

 

「どう思おうがオレの自由だろ」

 

 それに随分と不躾だ。大して親しくもない相手に詮索されたい内容でもない。

 

「悪い悪い。別に怒らせるつもりはないんだよ。ただ、お前達3人は目立つからな。俺の他にも気になってのが何人かいるんだよ」

 

「……目立っているのか?」

 

 オレも坂柳も椎名も、特に目立つようなことは何もしていないはずなんだが。

 昼休み、放課後はいつも一緒にいるが、読書かチェスぐらいしかしてないし騒がしくした覚えもない。

 

「とぼけている訳でもなく、本当に自覚がなさそうだな……」

 

 橋本がそう言って苦笑いを浮かべている。

 

「それにしても綾小路。すげぇ、引き締まった身体だな」

 

 橋本の言葉に、後ろの近い位置にいた葛城と戸塚、吉田と真田が反応しオレの身体に目を向けてくる。

 

「確かに、細見だけどガッチリとした身体だな綾小路。何か運動でもやっていたのか?」

 

「あー、格闘技を少々な。昔鍛えていた時期があったんだ」

 

「それで。綾小路くんは運動とか得意そうですね」

 

「いや、普通ぐらいだと思うぞ?」

 

「いやいや、その筋肉で普通は嘘だろ」

 

「筋肉とか関係あるのか? 運動音痴かもしれないだろ」

 

「そうは見えない雰囲気が出ていますよ」

 

 真田、吉田と、気付けばクラスの男子達と自然に会話しているぞオレ。

 

「ちょ、腹筋に力入れてみてくれよ綾小路」

 

「別に構わないが、何かするつもりか、吉田?」

 

「何かするつもりなんですか、吉田くん?」

 

「し、白石!?」

 

 スクール水着の白石飛鳥と西川亮子がひょっこりと現れた。

 

「ヨッシー驚き過ぎぃ。それに男子は綾小路くんを囲って何を盛り上がってるのぉ?」

 

「ヨ、ヨッシー?」と、戸惑う吉田の横で、橋本がオレの身体について話す。

 

「確かに引き締まった凄い身体ですね」

 

 そう言ってから突然、白石はオレの腹筋をつついてくる。

 

「ふふふ、硬いですね」

 

 色気を感じさせる笑みを浮かべる白石。

 オレを含むたじろぐ男子。

 

「あ~、私も触っていいよね綾小路くん」

 

「あ、ああ」

 

 「つんつーん」と口に出しながら白石よりも強くつついてくる西川。

 戸塚や周囲の男子達の視線が痛い。背後から「俺も鍛えていれば……」と吉田の怨嗟が耳に届く。

 こういう時、オレはどういう対応を取ればいいのか、圧倒的な経験不足を感じるな……。

 

 

 

 

「楽しかったですか、綾小路くん?」

 

「ぐぇ」

 

 プール授業が終わった後、目を細めた坂柳から腹筋を小突かれる。

 いきなり何なんだ……。

 

「まあ、楽しかったぞ。プールで誰かと遊んだことは初めてだったからな」

 

  男女別50Mの競争が終わった後の自由時間。橋本、吉田、真田や、他の男子達と混じって、一緒に遊ばせてもらった。彼らとはまだ友達といえる関係ではないが、一人でポツンとしているよりも有意義な時間だったのは間違いない。

 

「……良かったですね、綾小路くん」

 

「ああ」

 

 この学校に来てから、今のところ良いことしかない。

 

 

 ◇

 

 茶道部。

 男子はオレだけであり幽霊部員候補だった訳だが、「一緒に行きませんか」と椎名に誘われて断れる綾小路清隆などこの世に存在しない。

 

 初回の集まりを含め、茶道室に入るのは2回目。

 茶道部は月に4回、指導員の先生を招いて活動しているようだが今日もいない。それでも先輩から一通りは教えられると、ジャージ姿に着替える。

 

 ジャージかぁ……。

 

 制服だと女子のスカートの丈が短いし正座が向いていないのは分かる。だからといってジャージだと、それはそれで茶道室での違和感が強い。

 まあ、今回は簡単な練習だけみたいだし、いちいち着物に着替えるのは面倒臭いからな。仕方ないよな。分かるよ、うん。…………はぁ。

 

「……綾小路くん。初めて、じゃないよね? やばっ、なんか私たちより様になってない?」

 

 一通りの作法を披露しお茶を点てたオレを見て先輩たちが目を丸くしている。

 

「はい、実は習っていたことがあるんです」

 

 初心者を装って、女子しかいない部で先輩方から手取り足取り教わるのには抵抗を感じたので、割と真剣に取り組んだ。過去に習っていたからこそ、女の子目当てに茶道部に入った邪な奴ではないとアピールにもなったはずだ。

 

「凄いですね、綾小路くん。思わず見惚れてしまいました」

 

「……ありがとう、椎名」

 

 オレはただ椎名(友達)目当てなだけである。

 

「うーん、これは私たちが綾小路()()と、後輩君に教えを乞う立場かな」

 

「……先生はやめてください。本当に」

 

 椎名のいるこの場所で、『あの男』のことなど思い出したくないから。

 

 

 

 

 

 

 チェス部。

 部長は言い出しっぺの坂柳。

 部員はオレ、坂柳、椎名の3人からの変動はなし。そもそも坂柳が部員募集をしている気配がない。恐らくこれからもする気もないと思われる。

 部室はなく、活動場所は図書室の隅っこ。

 活動日は不定だが、今のところは土日と茶道部がある日を除き、ほぼ毎日活動し、最低1回は対局している。

 

 コトコトと、対面しながら駒を動かすオレと坂柳。

 チェスの対戦相手も変わることはない。椎名は隣の席で読書をしている。

 

 椎名もチェスのルールを覚えてくれたのだが、オレと坂柳と数回対局しただけで、今はもうチェス部の活動中は読書時間となっている。

 

 本人曰く、チェスが嫌いというわけではなく、オレと坂柳のレベルが違い過ぎて申し訳なく思ってしまうそうだ。きちんと手加減するし気にしなくていいのだが、「お2人の邪魔をしたくない」とのこと。

 

「集中してください、綾小路くん」

 

「うぉ」

 

坂柳の指した妙手、サクリファイスによって形勢が逆転し、そのまま詰まされた。

 

「参った。流石だな」

 

「これで19戦9勝10敗ですね。五分五分にする為にも、次も勝たせて貰いますよ」

 

 いや、十分に互角だと思うけどな。

 

 

 

 そしてチェス部の活動が終わった後は、疲れた脳を癒すためにケヤキモールに行くことが恒例になりつつある。

 

「綾小路くん、またアイスですか?」

 

 チョコミントを手に持つオレを見ながら、椎名はどこか呆れた様子で見てくる。

 

「……美味しいからな」

 

「ふふ、すっかりハマってしまってますね」

 

「前に箱アイスを沢山買っていましたが、一日にいくつぐらい食べてるんですか?」

 

「一応、一日5つまでとは制限しているぞ」

 

「それは制限されてません。多すぎです。いくら何でも食べすぎですよ」

 

「…………だって美味しいから」

 

「シュンとしてしまましたね」

 

 オレは悪くない。どのアイスも美味しいのが悪い。

 

「綾小路くんにも何か()()があるのかもしれませんが、椎名さんの言う通り食べ過ぎですね。食べ過ぎは体に悪いですし、このままではプール授業の時に皆さんにご自慢なさっていた腹筋に脂肪がついてしまいますよ?」

 

「綾小路くん、そんなことしてたんですか?」

 

「してない。突然何を言い出すんだ坂柳」

 

「おや、そうでしたか? 白石さんや西川さんに腹筋を触らせて鼻を伸ばしていたと思いましたが」

 

「……綾小路くん?」

 

「断じてしていない。むしろどう対応すればいいのか分からず困っていたぐらいだ」

 

「本当ですか? それをこの場で証明出来ますか、綾小路くん?」

 

 むしろ証明の仕方を教えて欲しいぐらいである。

 

「いくらだ? 一体いくら払えば信じてくれるんだ?」

 

「賄賂だなんて、ますます疑いが強くなりますね」

 

「詰んでる……」

 

 オレを見ながらクスクスと笑みを浮かべる坂柳。

 からかわれて悔しいのに、これも友達っぽいやり取りでちょっと嬉しく思ってしまう。悔しい。

 

「結局のところ、綾小路くんは女の子に腹筋を触れせているんですよね?」

 

「……椎名もオレのに触るか?」

 

「い、いえ、そういう意味で言ったんじゃないんですっ」

 

「……若干、セクハラっぽい発言ですね」

 

 マジかよ……。

 気を付けないと。

 

「コホン、せっかく2人が心配してくれたことだし、アイスを食べる量は少し減らそうと思う」

 

「ええ、是非そうしてください」

 

 それと、脂肪をつけないように体も動かしておくか。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「綾小路!」

 

 髪を真っ赤に染め上げた、背の高い男が駆け寄って来る。

 

「おはよう、須藤」

 

「おう」

 

 1年D組の須藤健だ。

 寮の前で待ち合わせて、オレ達は共に走り出す。

 

 須藤と知り合ったのはつい最近。

 最初はお互いに朝の同じ時間帯に走っているのを認識している程度だったが、同学年ということもあり、ちょっとした会話がきっかけで一緒に走るようになったのだ。

 

「綾小路。お前が一昨日言ってくれたこと、クラスの奴等に伝えておいたぞ」

 

「どうだった?」

 

「……まあ、なんつうか。クラスの奴等の話を聞く限り、お前の言う通りなのかもなって思った」

 

「そうか」

 

 

 見た目通りというべきか、体格のいい須藤はバスケ一筋のスポーツマンだった。そして悪い意味で見た目通りなのが、須藤は勉強が嫌いだということ。

 朝のランニングによる疲労や放課後の部活動に向けて、殆どの授業を眠って過ごしているのだと、須藤本人の口から聞かされた。

 

 それを聞いて「ちょっと待て」と、オレは椎名の時と同様に須藤に説明した。

 月初に支給されるポイントが変動すること。支給されるポイントはテストの点数や生活態度によって決められる可能性が高いことを。

 

 最初は全く信じなかった須藤。

 確定した情報じゃないだろと楽観視している須藤に対し、オレは丁寧に『説得』を重ねた。

 そして半信半疑のところまで持っていってから、須藤と同じDクラスの生徒にも同じ説明をして意見を求めるようにと助言したのだ。

 

「支給されるポイントが減るのは困るけどよ。つっても授業中に寝ないでいるのは辛いぜ。一体授業中に何してればいいんだよ?」

 

「……勉強するしかないんじゃないか?」

 

「そりゃあ頭じゃ分かってるけどよ、授業を聞いても全然分かんねぇんだよ」

 

「基本的に、勉強はコツコツやっていくしかないぞ。最初は大変だと思うが、1日30分でも少しずつ勉強した方がいい」

 

「なんだお前、ガリ勉かよ」

 

「……須藤だって別にテストで赤点を取りたいわけじゃないだろ?」

 

「そりゃあ、な……。補習とかあってバスケが出来なかったら最悪だしよ」

 

「ならコツコツ勉強しておくしかないぞ」

 

 もう一度同じことを言うと、須藤は苦虫を嚙み潰したような顔になる。

 勉強嫌いに勉強しろというのが酷なのは分かるが、勉強する以外に解決策がないのもまた事実。パンを食べれば暗記出来るような便利な秘密道具は存在しない。

 

 

「1人で出来ないんだったら、誰かと一緒にやってみるのもいいと思うぞ」

 

「あー……、考えとくよ」

 

 見事な生返事だが、結局は須藤の自由だ。オレの方からも須藤に対し勉強を強制させる理由も特にない。

 そこからはお互いに無言で朝のランニングを終えた。

 

 





・須藤 → 池、山内 → 櫛田 → 平田の流れでDクラス内に情報の周知が行われた模様。
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