最終日までの3日間だけ、開放されることとなった水泳部専用のプール。
授業で使うのよりも更に広く充実した設備のあるプールに、オレは初日から足を運んでいた。
仕事である。
この3日間だけ出店を出せることを知ったので、茶道部の先輩方と一緒に出店を出すことにしたのだ。
販売する物はかき氷とドリンク。これなら簡単だし、暑い中で熱いジャンクな料理を作る必要もない。「茶道部要素は皆無だけど、面白そうだしやってみよっか」とあっさり茶道部の参戦が決まった。
テントを張り、レンタルしたかき氷機を設置。容器と飲み物も用意する。出店を提案した側であり茶道部唯一の男子なので積極的に動き、準備が終わった頃には普通に汗がだらだらだ。
「流石は男の子、凄く助かるよ。ほらこれ上げる」
礼を言いつつ先輩から飲み物を貰いながら周囲を見る。ホットドック、焼きそば、お好み焼きなど色々あるが、オレ達と競合している店は今のところなさそうだ。
「先輩方すみません。少しの間離れます」
「生徒会でしょ? 頑張ってね~」
初日から大勢の生徒で賑わうと予想されるプール施設の開放。
その分トラブルも多いと危惧され、生徒会メンバーも交代で巡回することになったのだ。
やることは監視員の真似事、その補佐だが、それでも強制参加の仕事である。これがなかったら茶道部をそそのかして出店を出さなかった。貴重な夏休みを削られているのだ。マルチタスクぐらい許されるべきだろう。
◇
「おや、綾小路清隆ではありませんか。お一人で寂しそうですね」
「……森下もな」
「私は先程まで山村美紀と一緒にいました」
「過去形が許されるならオレもだぞ」
山村とは先程すれ違っている。残りの時間は茶道部の手伝いをするとも。
「森下は帰らないのか?」
「邪魔くさいから帰れと。なかなか言うではありませんか」
周囲が多く賑わっている中で、一人プカプカと浮いている森下。
森下のことだからトラ柄の水着とかでも不思議ではなかったが、スクール水着だった。それはそれで目立っているような気もするが、周囲の目を気にしない森下には関係のない話か。
「藍ちゃんの魅力にメロメロなのは分かりますが、胸ばっかり凝視して相変わらずムッツリですね。触られたって叫びますよ」
「凝視してないし冤罪は止めてくれ」
森下はスーっと近付き、オレに手を差し出してくる。その手を掴むと、水中に引っ張り込まれた。特に踏み止まる理由もないので、抵抗せずにプールに落ちる。
「前々から思っていましたが、綾小路清隆は体幹が良いですね。こちら側に引っ張ったのに、自然な動きで躱してきましたし、運動神経も悪くなさそうです」
森下はそう言いながら水中の下でオレの腹筋を小突いてくる。
「そんなことを確かめる為にやったのか?」
「それはついでですよ。せっかく2人だけなので聞いておきたいことがあっただけです」
周囲に人はいるが、わざわざオレ達の会話に耳を傾ける者はいないか。
「綾小路清隆はAクラスで卒業することに興味はないようですね」
確信を持った言い方だった。
「どうしてそう思った?」
「どうしても何も試験の立ち回りを見ていれば分かります。2回目はともかく、1回目の無人島試験であなたは最後まで勝ち切ろうとはしなかった。Cクラスのようにリーダーを変更するか、あるいはプライベートポイントを支払ってリーダー当ての不干渉を行うか。色々方法はあったはずです」
Cクラスがリーダ―変更の戦略を取っていたのに気付いていたのか。それにリーダー当ての回避方法も適確だ。
「そこまで分かっているなら森下が助言を送れば良かったんじゃないか?」
「終わった後だから言えることでもあります。正直、私もDクラスが執念を見せつけてくるとは思っていませんでしたし」
言葉選びはともかくDクラスが頑張ったのは事実だろうな。
「一応言っておきますが、責めているわけではありませんよ。露骨に足を引っ張ったり裏切り行為をしていれば苦言を呈しますが、何はどうあれ現状は綾小路清隆がAクラスの最高戦力であるのは変わりませんからね」
「なら一応、礼でも言っておこうか」
「最高戦力という言葉を否定しないとは自惚れていますね。日本人としての謙虚な心をどこへ捨ててしまったんです。やはり非国民を貫く気なんですか」
森下はどうしてもオレを非国民にしたいようだ。確かに普通の環境で育って来たわけではないが。
「森下もやっぱりAクラスでの卒業に拘っているのか?」
「確かに好きなところへの進学、就職出来るというのは素敵な文言だとは思いますが、今の段階から進路が決めている人は少数でしょう。しかし、だからといってどうでもいいわけでもありません。それに、『Aクラスで卒業出来なかった』というレッテルは要りませんしね」
「意外と森下もそういうのは気にするんだな」
正直かなり驚きだ。
「貰える物は貰っておく。要らない物は要らない。普通のことですよ、綾小路清隆」
「お、おう」
オレの知る素っ頓狂な森下は一体どこへ行ってしまったというのか。まとも過ぎて、変な意味でドキドキしてしまった。これがギャップというやつか。
オレは森下の意外な一面を知るのだった。
◇
2日目。
今日も出店の手伝いと生徒会の仕事だ。
初日から入場制限が掛かる程に、今日も大勢の生徒が群となって集まっている。人が増えればその分だけ出店の売り上げが上がるので大歓迎だが、やはり忙しさも増える。
オレはぐるぐるとレバーを回し、ひたすらかき氷を製造していく。ポイント節約の為に手動式をレンタルしたが、これなら電動式にした方が良かったかもしれない。客足が落ち着くまで、オレはひたすらレバーを回し続けていた。
「やー、助かるよ。綾小路くん。交代交代でやっているんだけど、やっぱり腕が疲れちゃうからね」
「ちょくちょく抜け出させてもらっていますし、これぐらい気にしないでください。大変だと思ったら遠慮なく呼んでくれても構いません」
「うんうん、綾小路くんは本当に気遣いの出来る子だねぇ。そんな出来る後輩に、先輩が何か奢ってあげましょう」
「やった~」「ありがとうございます、先輩」「ご馳走になりまーす」
「貴方達は自分で支払いなさい。先輩にたかるなんて許しませんよ」
「ぶーぶー」「ケチですね、先輩」「ご馳走になりまーす」
「貴方達ねぇ……」
それでも何だかんだで先輩が全員分を奢ってくれることになり、オレもお好み焼きを奢ってもらった。それを食べ終えてから一息吐き、生徒会の仕事として店を抜ける。
「お疲れ様、綾小路くん!」
適当に巡回していると、周囲から視線を集めながら一之瀬が近付いてくる。
優れた容姿に可愛くてスタイル抜群の美少女。注目を集めるのは当然か。
「昨日はごめんなさい。1人で任せちゃって」
「用事があったんだろ? 気にする必要はない。オレも大して真面目にやってないしな」
「あはは。午前中は思いっ切り出店を手伝ってたしね」
「トラブルが起きたら駆けつける気ではいるし、生徒会長も黙認してくれてるから大丈夫だ」
「だから綾小路くんは3日間とも出るんだね」
「ああ」
この生徒会の仕事。毎回全員が参加する必要はなく、監視の目は1人か2人居れば十分事足りる。当初は交代制だったが、参加毎にお小遣いが貰えるのと、出店があるのでオレは3日間全て出ることにしただけだ。それを知り「綾小路が居るならわざわざ出なくても良いっスよね」と南雲、および溝脇は参加を見送っている。
因みに昨日は午後から、一之瀬の代わりに生徒会長と橘がやって来て共に巡回した。今日と明日は来ないとも言っていた。
さて、別に合流する必要もなかったが、せっかく一之瀬と合流したので何か話したい。そう思っているが、何を話せば良いのか分からない。コミュ障なのも勿論あるが、そもそもオレは一之瀬のことを大して知らないからだ。ここはテンプレートに趣味から聞いてみるか。
「綾小路くん、もし良かったら少し泳がない?」「いち……」
「お、おう」
「あ、ごめんね。今何か遮っちゃった?」
「大丈夫だ」
共にプールに入ると「冷たくてやっぱり気持ちいいね」と一之瀬は朗に笑う。
「前々から気になっていたんだけどさ。綾小路くんはどうして生徒会に入ったの?」
「……質問を質問で返すようで悪いんだが、一之瀬が生徒会に入った理由は?」
「私? 私は学校のために、皆の役に立ちたいって思ったからかな」
聖人か?
「凄い……いや、偉いな」
能力は勿論、人格まで優れているそんな一之瀬を、生徒会に入れず何回も落とした奴がいるらしい。
何を隠そう生徒会長である。
その理由も生徒会長から既に聞き及んでいる。何でも葛城含め一之瀬が純粋な面を持ち、南雲の思想に染められてしまう可能性があったこと。勢力下に入らなかったとしても、南雲に対抗出来る力を持てずに、潰されてしまうことを危惧したとのことらしい。
「にゃはは。私が好きでやりたいことなんだし、別に偉くなんてないよ」
まあ、結局は南雲の手によって生徒会入りしているのだが。
これは放置していると一之瀬は南雲勢力に入って個人主義に走るのだろうか? それに南雲が一之瀬を通じて1年生にまで干渉してくるようになるのは面倒だな。
「綾小路くん、どうかした?」
「いや、謙遜しているのが何となく一之瀬らしいと思ってな。普通に良い理由だしもっと自信を持ても良いんじゃないか?」
「ほんと、そんなんじゃないのにー」と照れ臭そうにする一之瀬を見ながら考える。こんな『良い子』に対し「オレ? 成り行きっスよ」と生徒会入りした理由を馬鹿正直には話せないな。
「オレの場合は……実は鈴音繋がりで生徒会長とは何度か話すことがあってな。その内に生徒会に興味を持って、後は流れで生徒会に入れたって感じだ。まあ、コネみたいなものだな」
「堀北会長はコネなんて認める人じゃないと思うよ? 単純に綾小路くんが凄いから生徒会に誘ったんじゃないかな」
「……オレを持ち上げても何もないぞ」
「本当にそう思っているんだよ。特別試験はAクラスの、綾小路くん達の独壇場だったしね」
どう返したら良いか反応に少し困るな。無人島試験では開幕から先制パンチを与えているし、もしかして根に持たれてるのか?
「にゃはは、ごめんごめん。反応に困る言い方だったね。一応言っておくけど、根には持っていないよ。あれは私たちの油断が招いたことだから」
「……顔に出てたか?」
オレが内心で驚いたように、一之瀬も「わっ、当たってた」とちょっと驚きながらも笑う。
「手強い相手だけど、同じ生徒会で心強くも思っているんだよね。1年生は今のところ私たちだけだし、改めて一緒に頑張ろうね」
一之瀬はそう言って手を前に差し出してくる。
「こちらこそよろしく頼む。クラス間では競い合う関係だが、手を取り合える場所では協力していけたら嬉しい」
特に生徒会の雑務とかな。
仕事が分担されているので大変助かっていると、そんなことを思いながらオレは一之瀬と握手を交わした。
*長くなったので分割