「……一応聞くが、どうして分かった?」
真澄は露骨に嫌悪した表情で、オレのベッドを目で示す。
「髪の毛」
あぁ。
物を隠してくれた桔梗もだが、オレもすっかりと見落としていた。
そうか。結局は気付かれたか……。
「きっと一度や二度じゃないんでしょ。あんた、何考えてんのよ」
桔梗と友達になれたのは偶然だったが、後のことはオレの意思によるものだ。
桔梗を部屋に招き入れたのも、ほぼ毎日やって来る桔梗を拒まなかったのもオレの意思。言い訳のしようもない。
「悪い……」
「私に謝っても意味ないでしょ」
真澄は苛立ちを隠さずに舌打ちを零す。
「所詮は当人たちの問題だから、私はこれまで何も言わなかったし聞こうともしなかった。それでもね……敢えて言わせてもらうわ。あんた、坂柳と椎名のことをどう思っているのよ」
「大切に思ってる」
「ならどうして他の女を部屋に連れ込んでんのよ」
「と、友達だからだ……」
「は?」
表情が険しく軽蔑の眼差しが止まらない。かつてないほど真澄がキレているのが分かる。
「……あんたさ、坂柳と椎名の好意には気付いているわよね」
「……まぁ、はい……」
人の心の機微にはまだ疎いとは思うが、それをカバーする為に処世術を習い観察眼も養われている。だから場の空気だって読めるし、あんな分かりやすい好意に気付かないほど鈍感でもない。
「2人のどちらかと付き合えって言うつもりはないし、あんたが誰と選ぼうが自由だけどね。せめて、あんたを慕っているあの2人にはきちんとした誠意を見せなさいよ。坂柳も椎名も大切な友達なんでしょ? 下手に希望なんて持たせないで、振るならしっかり振りなさいよ」
「はい、ごめんなさい。……あと別に誰とも付き合ってません……」
「黙れキープ野郎」
そんなつもりも本当に全くないんだが、真澄の目からはそう見えているのだろう。
真実はどうあれ、外から見た光景が現実だ。
「どうすればいい……?」
ひよりも有栖の2人を悲しませるのはオレだって本意ではない。しかしだからといって、異性との関わり合いを断つことは出来ないし、また、したくもない。2人のこともちろん大切だが、他の
「もうこの際だからハッキリ言うけど、どっちかに告白してさっさと付き合いなさいよ。別に嫌ってないんでしょ」
「嫌いなわけがない。ひよりも有栖も好きだし大切に思っている。……だが…………」
「だが……なによ?」
オレは小さく息を吐き、不機嫌な真澄の目を見る。
「……これが恋愛感情かどうか分からない」
「この期に及んでふざけてんの? 漫画みたいなテンプレ台詞なんて口にして、あんたいったぃ…………マジで言っているわけ?」
「…………」
恋愛をテーマにした物語は世の中に溢れるぐらいに存在し、その内の何冊かは読んだことがある。記された描写を見て「そういうもの」なのかと一応知ってはいるのだ。だが、それを知恵に変えたことは一度もない。また、それを学べる環境でもなかった。
「……椎名は? あんた、椎名の前では特に気持ち悪いじゃない。あれは恋愛としての好きってことじゃないの?」
確かにひよりがオレの1番だ。それは間違いない。
しかし、彼女に向ける想いの十割が本心なのかと問われれば、それは違うと断言出来てしまう。
別にひよりに対して性格を偽ってるとか、全く素を見せていないだとか、そんなのとは少し違う。
オレという個体、人間は正直言って『生まれたばかり』だ。この学校に入学した瞬間に形成されたもあって、
特に人の接し方、同年代との関わり方は完全に手探り状態であり、同じく『普通』の男子高校生がどういった感じなのかも分からなかった。分からなかったから、イメージするしかなかった。
入学初日から
液状だったオレという個体が徐々に固形化するにあたり、椎名ひよりに対しては『普通』の男子高校生のような心持ちなる。それは一種の『刷り込み』であり、真澄の言う『気持ち悪く』なるのはきっとそのせいだろう。
「何あんた……椎名のこと実はそんなに好きじゃなかったわけ?」
「凄く好きだが」
「蹴り飛ばすわよ」
待て、揶揄っているわけじゃない。
好きか嫌いかで聞かれれば、当然ひよりも有栖も好きだ。好きに決まっている。
しかし、繰り返すようで悪いが、その好きが『恋』であるかが分からないのだ。
「何、今度は本物の愛とか言い出すつもり?」
上手く言語化出来なかったモノが、その言葉によって輪郭を得る。
「……恐らく……そいうことなんだろうな。オレは『本物』が欲しい」
「……」
真澄は舌打ちを零しながら後ろ髪を雑に掻き、それからゆっくりと息を吐く。
「さっきから意味が分かんないわよ。だから……この際だから全部吐き出しなさい。あんたが何を思っていて、どうしてそんな考えに至っているのか。私が聞いておいてあげるから」
肌を刺すような雰囲気が少しだけ緩和される。
きっといつまでも先延ばしには出来ない。オートクライン効果というのもある。相談とは少し違うが、自分の考えを整理する意味でも良い機会なのかもしれない。
真澄なりの気遣いを感じ取りながら口を開く。
「薄々気付いていると思うが、オレは普通じゃない環境で育ってきた。そこでは様々なことを教え込まれ、オレはそれを血肉に変えてきた。けれど、『普通』じゃなかったからこそ学べなかったこともある」
不要とされるものを極限まで切り捨てられた環境。俗世から隔離された過酷な場所で、友人関係の構築など叶わない。長い年月をずっと1人で過ごしてきた。
「オレは『生まれたばかり』だが、オレは心の奥底に在るモノを知っている。理解している」
櫛田桔梗が承認欲求の怪物であるように、オレにもあるのだ。無限に湧き出てくる
「それは探究心であり知識欲。オレはそれが満たされる度に悦びを感じる」
ひよりや有栖に隠し事をして、罪悪感を覚えた時もそうだ。罪悪感を覚えながらも、オレはその感情を味わえたことに悦びを感じていた。
「別に今のままでも告白して付き合うことは出来る。もしかしたら、恋人関係を続けていく中で『本物』だと気付けるかもしれない。『本物』になるのかもしれない。……だが、もしそうならなかったら?」
恋人関係を続けても『恋』に至れなかったらどうなるのか。
恋愛感情を知ることが出来なかったらどうなるのか。
恋愛形式だけを学習して、
「一冊の教科書を読み終えたように、あっさりと
いや……
物心ついた時から『あの施設』で育て上げられてきたオレの『本質』が、如何に恐ろしく冷酷であるか誰よりもオレが知っているから。そして愚かにも、それを
「オレは、そんなオレのエゴに彼女達を巻き込みたくない。利用したくないんだ」
オレと初めて友達になってくれたひより。
2番目に友達になってくれた有栖。
彼女達のおかげで、オレは友達と過ごす楽しさを知った。ずっと1人だったオレが、人と触れ合うことで得られる温もりを知った。
決してオレ1人では知ることの出来なかったことだ。
「あぁ、そうか……」
改めて言葉にしていて、自分が思っている以上にずっとーーーー。
「2人のことが好きなんだな」
心の奥底にある、飽くなき探求心と貪欲な知識欲。
その2つを抑え込んでても、ひよりと有栖には傷ついて欲しくない。オレのエゴによって傷つけたくないと思える。
オレが、オレ以外の誰かを『優先』しているその事実に、形容し難いくすぐたったさを覚えた。
これが恋なのか、本物なのかはまだ分からない。たがらこそ、この気持ちを本能の赴くままに解剖し、細部まで探究したいという欲求が湧き起こってくる。
しかし、それではダメなのだ。
心の奥底で蠢く
初めて大切だと思える相手の為にも、この怪物を
彼女達が芽吹かせてくれたこの想いを、決して喰い尽くされないように。
それが出来てようやくオレは『恋』は知り、誰を本気で好きだと言える。
掛け替えのない相手と共に手を繋いで歩んでいけるーーその資格を得られるんじゃないかと、そう思った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
<side 神室真澄>
綾小路が坂柳と椎名のことを大切にしている……そう思っていたのに、その裏では女を部屋に連れ込んでいた。別に2人が綾小路と付き合っているわけでもないし、綾小路もまた2人の気持ちに応える義務もない。誰と付き合おうが綾小路の自由だ。
そう頭では理解していても、自分でも驚くぐらいの怒りを感じた。最低最悪の裏切り行為だと。
だから一体どういうつもりなのかと問い詰めると、綾小路が変なことを言い出す。
恋愛感情が分からない?
本物が欲しい?
心を与えられた機械でもあるまいし、イタイ奴……自分に酔ってんの?
そう言って蹴り飛ばしてやりたいのに、無駄に一緒に過ごしてきたせいで分かってしまう。
無表情ながらに、綾小路が本気でそう言っていることに。
前々から変な奴だと思っていたけど、想像以上よ。
私は坂柳のように頭はよくないし、
それでも、話ぐらいは聞くことが出来る。
どうしてそんな訳の分からない思考に至っているのかも、少しは理解出来るかもしれない。
そう思って話を聞いているが、やっぱり話の半分も分からない。
それでも、綾小路でも人並に悩みを抱える普通の人間なんだと思った。
そして、かなりの『バカ』なんじゃないのかともーー。
「2人のことが好きなんだな」
綾小路が、笑う。
今初めて気付いたみたいな顔で可笑しそうにしているが、あんたは今更何言ってんのよ。そんなの知ってるわよ。
綾小路の気持ちは確かに『恋』でじゃないのかもしれない。
けれど、相手を傷つけたくないという気持ち。あんたの言う心の奥底に在る
「ありがとう、真澄。話を聞いてくれて助かった」
「……あっそ」
どこかスッキリした表情で綾小路。ハァ……良かったわね。
これで一件落着……にはなっていない。
このまま帰りたいけど、結局何も解決してないのよね。
「あんたが坂柳と椎名の2人を大事にしたいってことは改めて分かった。……で、女を部屋に連れ込んでいる事実は変わらないわけだけど、結局どうするうつもり?」
「隠さずひよりと有栖にも正直に伝えた方がいいよな?」
修羅場でも起こしたいの? それは誠実と違うわよ。
「普通にその女を部屋に連れ込まなければ良いだけでしょ」
「……そうするしかないか?」
綾小路が少し困ったように眉を下げる。
コイツ……。
「再確認するけど、その女と付き合っているわけじゃないわよね?」
「付き合ってない。友達だ」
「……
「怪しいのは自覚しているし信じてもらえないからもしれないが、誓って
ならいいわ……とかなるわけないじゃないバカなの? ーーと、普通はなるんだけど、コイツは『普通』じゃないのが厄介ね。
回転寿司にも行けなかった環境で育った綾小路が、
どうやらその女との交友も断ちたくないと思うほどには楽しんでいるようだし……。
…………面倒臭い。
私にしては随分と踏み込んだわけだし、それに言いたいことは言った。
綾小路の方も何かしらの答えを見つけているようだったし、後は自己責任でしょ。これ以上はもう知らない。坂柳と椎名の2人に不義理さえ働かなければ、いっそ修羅場でも何でも好きにしないよ。
もし刺されたら、その時は「いつか刺されると思っていました」ってインタビューで答えてやるわ。
あー、どっと疲れた。
早くシャワーでも浴びて寝よう。
◇神室真澄
・三角関係に口出ししないと決めていたが、怒りによって口を出す(綾小路が100悪い) 綾小路の出方次第によっては普通に絶交していた。
◆彼女はただ綾小路の話を黙って聞いていただけ。しかし、人に自分自身の
この出来事によって綾小路は一つの気付きを得て『白い殻』を破る切っ掛けとなる。
それがどれほど信じ難く驚くべきことなのか、坂柳が知ったらハンカチを噛み締め嫉妬するほどの瞬間に立ち会っているのだが……当然ながらそれを神室が知る由もない。
◆綾小路清隆
・原作1,2巻の初期小路は、原作4.5巻の軽井沢とのやり取りから『生まれたばかり』のモノであり、液状化……つまり試行錯誤しておりキャラが定まっていない状態だった。そこに茶柱先生が脅迫と共に『勝利』することを強要し、綾小路はホワイトルールで培った『人格』をインストールせざるを得なかった。そして液状したものが固形化し……後はそのまま『機械化』が一気に進行したーーーーと勝手に解釈してます。勝手に解釈してます(2回目)
◇この世界線の綾小路は入学初日から椎名ひより、坂柳有栖といった最高の友人に恵まれ、脅されることもなく『情緒』をガンガンぶち込まれ、そのまま固形化しているので『機械化』は殆ど進行していない。だが、
しかし、それは『心』に疎いが故に自覚していなかっただけで、大切な友達との交流により既に種は蒔かれ『芽』は出てきている。
心の奥底にある怪物を
もっと登場して絡んで欲しいと思うキャラは?(参考程度に)
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椎名ひより
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坂柳有栖
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神室真澄
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堀北鈴音
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櫛田桔梗
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山村美紀
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森下藍
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その他