「清隆くん。椎名さんとのデートは楽しかったですか?」
「…………」
別に秘密というわけでもないし隠し通そうとする意思はない。……ないのだが、わざわざひよりとデートすることを人に言い触らすこともしていない。それなのに昨日の今日で有栖にバレているとはこれ如何に。情報源は誰だ。
「椎名さんですよ。事前にデートすることを聞いていました」
本人からだった。
「私の時はカラオケ以外にしてくださいね」
それも本人から聞いたのか? どこまでデートの内容を知っているのか。藪蛇になりそうだから確認はしないが少し怖いぞ。
オレは空咳を零してから有栖と向き直り、彼女の視線に応える。
「有栖。良かったら今度、2人だけで出掛けないか?」
「ええ、もちろんです」
◇
オレはAクラスでの卒業に興味はない。別にDクラスで卒業しても構わないと思っているし、その考えは入学してから依然として変わることがない。しかし、だからといってクラスの足を引っ張ったり離反行為をする気は一切ない。
Aクラスでの卒業はどうでもいいことだが、クラスメイトに頼られれば素直に力を貸す気だってある。
ペーパーシャッフル試験においての問題作成。
各科目50問と、面倒だったが引き受けた以上は真面目に取り組んだ。
最初に高難易度の問題を提出し、弾かれては修正して難易度を絶妙なラインへと調整していく。正直、この作業が想定の10倍は面倒臭かった。問題作成に携わったのは数学と化学の2教科だけだったが、もし全教科任されていたら途中で手を抜いていたかもしれない。そう思うぐらいには、かなりの修正をくらって問題を作り直す羽目になった。テスト問題が完成した時には達成感よりも解放感の方が大きかったぐらいである。だが、おかげさまで葛城、真田、島崎と、Aクラスの成績優秀者たちを唸らせるほどのテスト問題が出来上がった。
有栖も同じように何度もチェックを受けては修正し「捻くれてるな」と
残りの科目も葛城、真田が高難易度のテスト問題を提出。
8教科全ての科目が、
特別試験、体育祭と結果を残せず落ち目であるからこそ、Cクラスの出してきたテスト問題はAクラスの出したテスト問題と遜色がないレベルだった。一つ一つの問題がしっかりと難しく、執念にも似た気合がひしひしと伝わってくる……気がする。
テスト問題の難易度はほぼ互角であり、クラスの学力にも大きな差はない。
これはもしかしたらマズいかもしれないなと、他人事ながらに思う。
そして結果は2点差でーー勝った。
「っぶねーっ!」
貼り出されたAクラス対Cクラスの総合点。
どちらが勝ってもおかしくはなかった。辛勝という結果にクラスメイトの多くが喜びよりも安堵が勝った様子でほっと息を吐いている。
「ふふ、圧倒的な勝利でないのは残念ですが、僅差だからこそ受けるショックもありますね」
つまり勝てたなら点差などどうでもいいということだな。
「さて、これでテストは終わりましたし祝勝会と行きましょうか」
「ああ」
「……そうね」
オレ、有栖、真澄、そしてひよりとも合流して4人でカラオケに行く。
この4人でカラオケに来たのは初めてのこと。学校の敷地内にある数少ない娯楽施設。どうして今までやって来なかったのか、その理由の一端はなかなか歌おうとしない真澄にあった。
マイクを受け取ろうとしない真澄。最初はそれでもスルー出来ていたが、1時間以上も1人だけ歌わないとなると、それはそれで周囲が気を遣う。心優しいひよりは「真澄さんは歌わないんですか?」と眉を下げ、それを横目に有栖がニコニコと微笑んでいる。「1曲ぐらいはどうだ」とオレも援護を出す。そしたら舌打ちが返ってきた。
それから逡巡の果てに真澄はマイクを手に取り歌い出す。
「…………」
彼女は音痴だった。端的に言って。
なるほど。自分でもそれを自覚してるからこそ歌いたくなかったのか。きりっとしたクール系の少女にこんな弱点があったとはかなり意外だ。
「次からは来ないから」
眉尻を上げながらぶっきらぼうに答え、真澄はマイクをオレに放り投げてくる(いや危ないぞ)でも一度はちゃんと来て歌ってくれたのだから彼女の付き合いの良さが表れていた。
◇ ◇ ◇
ひより、有栖、真澄と
扉が開かれて1人の生徒がやって来る。
「待たせたかな?」
長い銀色の髪を持つ女子生徒はそう言ってソファーに背を預けて足を組んだ。
「綾小路清隆です。来てくださってありがとうございます、鬼龍院先輩。呼び出しておいてアレですが、本当に来てくださるとは思っていませんでした」
「他の生徒なら応じず無視していただろう。ただ、私を呼び出した相手が君となれば別だ」
良く分からないが鬼龍院のお眼鏡に適ったようだ。特にこの人相手に何かをした覚えはないが。
「それで綾小路。私に一体どんな用件だ?」
「取り敢えずは、こうして顔合わせすることですね」
「ほぉ」
「今のところは直ぐに頼みたいこともありませんし、そもそも鬼龍院先輩は頼み事を素直に聞いてくれるんですか?」
彼女は協調性のない身勝手な生徒だと聞いているが。
「そこは内容次第だな。興味を惹かれれば手伝うことだってやぶさかではないさ」
「ならAクラスの卒業には一切の興味がないってことですか?」
鬼龍院はふっと笑う。
「やはり桐山から色々と聞いているようだな」
頷く。オレは桐山からいくつかの情報を得て、鬼龍院と対面することを望んだのだ。
「だがその通りだ。Aクラスで卒業すればどこにでも進学、就職が出来るというのが最大の売りのようだが、私は自分の実力でどうとでもなると確信しているからな」
大した自信だが、恐らく事実なのだろう。それ故に鬼龍院と同じクラスである桐山は、単独行動ばかりで一切クラスに貢献しない彼女を異物と認識している。鬼龍院の話を少し聞いただけで桐山は忌々しそうな顔をしていたぐらいだ。これが平均的な能力を持つ相手ならばこうも顕著な反応はしないだろう。
「この学校の仕組みからして、クラスに貢献しない一匹狼の立場は辛くありませんか? 周囲から反感を買っているでしょう」
「それが? 他人からの採点など、何の意味も持たないものだ」
堂々と答える鬼龍院を見て思う。やはりこの人と接触しておいて良かったと。
そんなオレと視線を合わせてまま、鬼龍院は顎に手を当て考える素振りを見せる。
「なるほど。君は私に2年の目と耳を担って欲しいと思っているわけだな」
内心で感嘆とする。たったこれだけの会話でオレの目的を推理し正解を導いた。
「ええ、学年が違う以上はどうしても得られる情報が限られますから」
「ふ、
桐山生叶は元生徒会長ーー堀北学を尊敬し、彼の意思を受け継ぎ南雲の暴走を止める為の協力者。つまりはオレの味方でもある。確かに副会長である桐山から南雲の行動や情報を教えてもらえる手筈にはなっている。しかし、桐山が堀北兄を尊敬していることを南雲が知っていないとは思えないし、その桐山を信用して重要な情報をそのまま流すとも思わない。また簡単に掴ませるとも思えない。
「まぁ居ますが、情報源は1つでも多い方が良いですからね」
「それに、私なら裏切る心配もないからな」
「……流石ですね」
桐山が堀北学に味方し南雲と対立する立場にあるのは、学を尊敬しているから。学の理念に共感しているから。敵対者を容赦なく退学にさせるという南雲を止める為。それは間違いないだろう。だが、きっとそれだけではない。大半の生徒のように、桐山もAクラスに返り咲きたいという"欲"を持っているはずだ。
学が在学中の今は問題ないだろう。しかし当然ながら来年には学は卒業して居なくなる。そうなれば南雲は完全に自由となり、同時にまた桐山も
だが鬼龍院ならその点は問題ない。いや勿論絶対ではないが、桐山や他の生徒に比べれば懐柔される可能性は低いだろう。まあ、気まぐれで寝返られる可能性もあるが、性格からして南雲の
「面白い情報があれば教えて欲しいですし、また手を貸して欲しい時には協力して欲しいですね。ポイントは支払いますんで」
「ポイントはあればあるだけ困ることはない。私はポイントを特に温存したりはしないからな」
光熱費を支払わなくて良いとはいえ、ポイントの有無は生活の質に直結する。自由人だからこそ、自由に振る舞う為のポイントはより重要なはずだ。
「もしもの時はよろしくお願いします」
再度、今回はただの顔合わせだ。協力者になってくれれば助かるが、あくまで
「君とは長い付き合いになりそうだ」
「出来ればそうなって欲しくないですね」
いつまでも生徒会ーー南雲関係の面倒事に関わり続けたくはない(自分から首を突っ込んでいる部分もあるにはあるが)
◇
鬼龍院にフードメニューを奢り、カラオケを出たオレは見知った生徒を見つけ出す。
いつも友人に囲まれている少女にしては珍しく、1人で俯いたままベンチに座っていた。
「あっ、綾小路くん」
オレの視線を感じ取ったようで、顔を上げた彼女と目が合った。
「ああ。……一之瀬は1人か?」
「さっきまで皆と一緒に居たんだけどね。うん、今は1人。そう言う綾小路くんは?」
「オレも似たような者だな。ちょっと用事があったから先に帰ってもらった」
「私もそんな感じかな。ちょっと1人になりたくて……」
一之瀬の表情に普段のような明るさ、元気はない。原因はやはり試験で負けたからだろうか。有栖の狙い通りになっている。
今回の試験結果で、翌月にはCクラスは”Dクラス”に落ちることが決まった。
元Bクラスが1年も経たずにDクラスへと落ちる。確かにショックはあるだろう。だが、逆に言えばまだ1年も経っていない。卒業まで2年以上の時がある。挽回出来る時間は十分にあるはずだし、必要以上に落ち込まなくてもいいとは思うのだが……これはオレがAクラスの卒業に興味はなく、またリーダーとして抱える責任感がないからこその考えか。
「……」
ふと、冷徹な思考がよぎる。
このまま一之瀬を取り込み、手駒にしてしまおうかと。
いや……この考え、やり方は堀北学の理念と反するか。他にも弊害はありそうだ。
「またな、一之瀬」
「うん、また明日。生徒会でね」
Aクラス……というより有栖の考えと嚙み合わせが悪かった。体育祭の時は一度防いだが、このままだと一之瀬は結局
手を打つべきか、それとも放置すべきか。
《ペーパーシャッフル試験結果》
・Aクラス vs Cクラス → Win:Aクラス
・Bクラス vs Dクラス → Win:Dクラス
<クラスポイント>
◆Aクラス:1230 → 1330
◆Bクラス:550 → 450
◆Cクラス:543 → 443
◆Dクラス:537 → 637
*クラスポイントの変動は翌月頭(1月)になる。
◇鬼龍院楓花
・綾小路と接触した理由は1年生で他学年に名前が知られているほどに知名度があったから。生徒会所属で文武両道、堀北兄とのリレーでの一騎打ちを見て興味が湧いた模様。
もっと登場して絡んで欲しいと思うキャラは?(参考程度に)
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椎名ひより
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坂柳有栖
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神室真澄
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堀北鈴音
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櫛田桔梗
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山村美紀
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森下藍
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その他