ようこそAクラスの教室へ   作:yadooo

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9話:勉強

「いつもより連絡が遅れちまってわりぃな、綾小路」

 

「30分ぐらいしか遅れていないから気にするな……、と言いたいが、悪いと思っているなら一つ頼みたいことがあるんだが良いか?」

 

「おう。毎日勉強を見て貰ってるしな。何でも構わないぜ」

 

 何でも、とーー男の須藤に言われても心ときめくことはないな。

 まあ言質は取った。

 

「なら一緒に勉強会をしたい奴がいるんだが、今この場に呼ぶぞ」

 

「え、お、おう? 誰だ?」

 

 オレは答えず、須藤の部屋の扉を開け、彼女を招き入れる。

 

「……お邪魔するわ」

 

「なっ!? どういうことだよ、綾小路!!」

 

 須藤は鈴音の登場に驚愕し、そして顔を赤く染め上げる。

 

「今さっき言っただろう。オレ、須藤、鈴音の3人で勉強会をするんだ」

 

「ふざけんな! 誰がこんな女と一緒に勉強なんかするか!」

 

「…………」

 

 そう言って唾を飛ばす須藤を、鈴音は不快そうな顔で見ている。

 余計なことを言わずに黙っているように言っているが、目は口ほどに物を言うというやつだろう。口を閉じている効果はあまりないかもしれない。

 

「落ち着け、須藤。誰が一緒だろうと、赤点回避の為に勉強するのは変わらないだろう?」

 

 オレは教科書の置いてるテーブルに座ってから目で促すと、鈴音もオレの隣に腰を下ろした。

 

「何を勝手に座ってんだ! 綾小路はともかく、テメェは出ていけ!」

 

「なあ、須藤。お前は鈴音のことが嫌いなのか?」

 

「ったりめぇだ! この女は俺がバスケを、プロを目指していることを侮辱してきたんだぞ! 勉強が出来るからって見下しやがって!」

 

 鈴音は「勉強が出来ない(見下される)方が悪い」と言いたげな表情をしている。

 全てではないが図書室でのやり取りは聞いていたので、まあ予想通りの反応だ。

 

「鈴音は? 須藤のことは嫌いか?」

 

「ええ、私もあなたが嫌いよ須藤くん」

 

「なっ!?」

 

 正面からはっきりと言い返されるとは予想していなかったのか、一瞬だけ須藤は言葉を詰まらせる。

 

「けれど今、お互いを毛嫌いしていることは些細なことじゃないかしら。私は今、必要だから勉強会に参加している。あなたはあなたで、赤点回避の為に勉強を頑張ればいい。違う?」

 

「勉強はしてやる。だけど、それはテメェが部屋を出て行ってからだ」

 

「じゃあ、勉強しなくていいか」

 

 オレは開いていた教科書をパタリと閉じる。

 

「別に一日ぐらい勉強しなくたって何とかなる。まあ、ならなかったらならなかったで、その時は大人しく退学するしかない。ドンマイというやつだな」

 

 言葉を失っている須藤と、訝しんでいる鈴音の視線を感じながら言葉を続ける。

 

「須藤。今日行われたDクラスの図書室での勉強会、誰が主催者か知っているか?」

 

「……この女だろ。だからバカにされても我慢して感謝しろって言いてぇのかよ」

 

「違う。俺が聞きたいのは、何故鈴音が一部の赤点組に対して勉強会を開いたか。須藤はその理由を知っているか?」

 

「あ? そりゃあ俺たちの……」

 

 須藤は言葉を躊躇うが、恐らくその答えは間違っているだろう。

 オレは目で鈴音に喋るように促す。

 

「私はAクラスに行きたい。その為に勉強会を開いたわ。そうでなければ、誰が好き好んであなたたちと関わると?」

 

 歯に衣着せる発言。

 正直過ぎて須藤が苛立っているが、今は下手に言葉を飾って誤魔化されるよりはいい。

 

「須藤。言い方こそアレだが、鈴音は本気でAクラスを目指している。そのことにお前はどう思う?」

 

「ンなもん、俺に何も関係ねえだろ。勝手にやってろってんだ」

 

 鈴音がピクリと肩を震わせ、口を開きそうになるのを手で制する。

 

「全くもってその通りだな。Aクラスを目指すのも目指さないのも個人の自由だ。それを強制された方はたまったもんじゃない。くっだらないよな?」

 

「あ、ああ。くだらねぇ、俺を巻き込むんじゃねえぜ」

 

「同じように、勉強を疎かにするお前もくだらない。バスケットがあるから勉強出来ない? 勉強しない理由をバスケットのせいにして逃げるなよ。ある意味で、お前が最もバスケットを侮辱しているぞ、須藤」

 

「なっ!? 綾小路、テメェ!」

 

 オレの胸倉を掴もうと伸ばされた右手首を、オレは直前で掴み取る。

 

「立ちっぱなしは疲れるだろ。いい加減お前も座ったらどうだ?」

 

「っ!」

 

 須藤はオレの手を振り払おうとするが、手首を掴む力を強めて抑え込む。一瞬だけ苦痛に顔が歪んだのを確認し、オレは手を放した。もう一度だけ「座れ」と短く告げる。

 

「オレは別にAクラスにこだわりはないし、バスケットもやったことはないから、勉強を疎かにしてまでバスケットのプロを目指す夢にも共感は出来ない。だから、オレにとっては正直どちらもくだらないことだと思っている。だけど、鈴音や須藤にとっては『大切なこと』なんだというのは、今ハッキリと理解した」

 

「…………」

 

「鈴音。須藤はバスケットのプロを目指すぐらい、真摯にバスケットに取り込んでいるんだ。バスケットは須藤にとって大切なことだというのを知っていたか?」

 

「……知っているわ」

 

「須藤。鈴音は嫌いだと公言したお前と関わってまで、本気でAクラスを目指している。そのことは本人にとっては大切なことだというのを、きちんと伝わっているな?」

 

「あ、あぁ。それが何だよ……」

 

「最終確認だ。須藤は別に赤点を取って退学をしたわけじゃない。それで間違っていないか?」

 

「……バスケットは大事だけどよ。そりゃあ俺だって退学したいわけじゃねえよ」

 

「なら問題ないな。自分自身の為にお互いを利用し合うべきだ。『大切なこと』の為なら、それぐらいは我慢して出来るだろ?」

 

 鈴音と須藤は顔を見合わせる。

 数秒ほど見つめ合……いや、睨み合ってから鈴音が口を開いた。

 

「私は初めからそのつもりよ。私は私の為にあなたに勉強を教えるわ」

 

「ちっ、分かったよ。バスケの為だ。それと綾小路に免じて、堀北と一緒に勉強してやる」

 

 須藤は教科書を開き、鈴音は追加でノートを取り出す。図書室でも開かれていた、須藤や赤点組の為に作られたノートだろう。試験範囲の問題がまとめられてある。

 一度は切り捨てる考えに至っているが、それでも最初は赤点組の為に準備していたのには好感が持てる。

 ただーー。

 

「鈴音、須藤。中間テストの範囲は変更になってるぞ? 大丈夫か?」

 

「え?」

 

 驚く鈴音と須藤に、今日のHRに真嶋先生からテスト範囲が変更されたことを伝えた。

 どういうわけか、Dクラスにその話はされていないらしい。

 

「本当なの、綾小路くん?」

 

「嘘をつく理由もないが、こんなすぐバレるような嘘をつくと思うか?」

 

 他クラスの生徒でも先生でも誰でも良いが、確認すれば一発で真偽が分かる。

 

「それもそうね……。明日、急いで確認してみるわ」

 

「クソ、なんだよそりゃ……」

 

 須藤は怒りで顔を歪めている。

 理不尽だと、そう思っているのだろうか。

 

「一週間分の勉強が無駄になったな、須藤。どうだ、テストまで2週間あるが、勉強はもうやめて諦めるか?」

 

 オレの言葉に須藤は乱暴に頭をかき、シャーペンを握り直す。

 

「っわーてるよ。俺は俺の為に勉強する。諦めるつもりはないぜ」

 

「そうか。なら頑張れよ」

 

「…………」

 

 オレは変更されたテスト範囲を2人に教え、ようやく勉強会が始まる。

 取り敢えず、オレの役目はここまで。主に須藤に勉強を教えるのは、同じクラスである鈴音の仕事だ。

 

 図書室で一度失敗しているからだろう。

 鈴音は「こんな問題も解けないの?」と言わんばかりの表情を時々しているが、口には出さずに何とか抑えている。何だかんだで教え方は自体は悪くない。

 須藤が問題に集中して鈴音の顔を見ていないのも幸いだ。美少女とはいえ、鈴音の顔を見ながら勉強していれば、須藤の低い沸点は再び沸騰してしまっていただろう。

 

 

 そんなこんなで、2時間近く勉強会が行われた。

 

 

「……今日は、今日も助かったぜ、綾小路。ありがとな」

 

「どういたしまして。まあ、オレはいいとして、鈴音には言わないのか?」

 

「…………」

 

 須藤は渋面を浮かべ、それを鈴音は無表情で返す。

 

「仲良くしろとは言わないが、人として最低限の礼儀は必要だと思うぞ? 理由はどうあれ、鈴音がお前の勉強を見ていたのは間違いないんだからな」

 

「…………助かった

 

「この調子で、しっかりと勉強しなさい」

 

 上からの物言いに須藤の眉がピクリと反応するが、鈴音は構わず口を開く。

 

「大切なバスケットの為に、ね」

 

 そう言ってから鈴音は扉を開け、須藤の部屋から出て行った。

 口を開けてぽかんとしている須藤に、オレも別れを告げ部屋を出る。

 

 部屋を出てすぐに鈴音と目が合った。睨むような鋭い目付きだったが、オレは無視して歩き出すと、彼女もその背中に付いてくる。

 

 寮のロビーまで下り自販機からお茶を2本購入。その内の一本を鈴音に差し出す。彼女は逡巡しながらもお茶を受け取った。

 

「おごりだ」

 

「……あなた、本当に須藤くんと一緒に勉強していたのね。実際に目にするまで信じられなかったわ」

 

「成り行きでな」

 

「それと思い出した。綾小路くん、あなたが須藤くんに教えたのね? 生活態度や抜き打ちテストが振り込まれるポイントに影響があるかもしれないってことを」

 

「あぁ、それも成り行きだな」

 

 今思うと利敵行為である。

 まあ、その時はまだクラス対抗のことやSシステムのことも何も分かっていないから仕方ない。セーフだセーフ。

 

「もっと早く教えてくれても良かったんじゃないかしら? おかげでクラスポイントが70ポイントしか残らなかったわ」

 

「いや、それはおかしいだろ。逆にどうやったら70ポイントまで減らせるんだよ? 学級崩壊でもしてたのか?」

 

「……似たようなものね」

 

 ひぇ、Dクラスこわぁ……。

 

ーーと、夜も遅いしさっさと本題に入ろうか。

 

 

「Aクラスを本気で目指すにあたって、何か参考になれたか?」

 

「ふざけてるの? ただ須藤くんと一緒に勉強会をしただけ。それだけで分かるわけないでしょ?」

 

「…………本気で何も感じなかったのか?」

 

「須藤くんは私が思っている以上にバスケットに真剣なのは分かった。でも、それがAクラスを目指すのにどう関係あるというの? まさか今後はバスケットの試験があって、そこで須藤くんが大活躍するとでも言いたいつもり?」

 

 オレは溜息を吐きそうなのをぐっと堪える。

 視野が狭いとは思っていたが、思った以上に狭いかもしれない。

 オレも人のことは言えないが、これも『孤独』が長い弊害か。

 

「なあ、今日の図書室での勉強会はどうして失敗したんだ?」

 

「それは、彼らが本気で勉強に取り組まず逃げたからよ」

 

「なら、今さっきの須藤との勉強会が成功した理由は分かるか?」

 

「……あなたが間にいたからよ」

 

「そうだ。オレが仲裁したからだ」

 

 少なくとも、あの場で一方だけの味方をしたつもりはない。

 

「確かに図書室での須藤たちの態度は悪かったかもしれない。バカにされても仕方がないぐらい情けない姿だったのかもしれない。だけどそれでも、お前が本気でAクラスを目指しているなら、怒りを抑えて、彼らに歩み寄らなければならなかったんだ」

 

「足を引っ張られるのを耐え続けろって意味? そもそもの原因が彼らにあるのに、どうして私が気遣わなければならないの?」

 

「何度も言わせるな。お前が本気でAクラスを目指しているからだろう?」

 

 思考が凝り固まっているな。

 目先の、自分のことしか見えていない。

 

「A、B、C、Dと、クラス対抗の意味を改めて真剣に考えるべきだ。個人がいくら優秀だろうと一人では限界がある。友達を作れとは言わない。彼らと馴れ合えとも言わない。だが、これからの3年間に向けて、共に協力し合える『仲間』は作っておくべきだ」

 

「仲間……」

 

「どうやって仲間を作るんだとか、今更そんな事は聞いてくるなよ? 散々言ったし、ヒントも十分あったはずだ」

 

「……………」

 

「堀北学が、お前の兄が言っていた言葉を思い出せ。自分自身から逃げずに、決して『楽』をしようとするなよ」

 

 言いたいことは言った。

 オレはお茶を一口飲んでから、エレベーターに向かって歩き出す。

 今日はよく喋った。明日、喉が枯れてなきゃいいんだが。

 

「ーーどうして?」

 

「ん?」

 

「綾小路くん。あなた、Aクラスでしょう? 須藤くんの勉強会だってそう。敵である私に、どうして助言なんて送るの? あなたの真意は何?」

 

 真意なんて、そんな大して深い理由はない。

 鈴音には椎名と出会わせてくれた恩があって、たまたま堀北兄妹のやり取りの後に、その恩を返す機会があっただけ。

 

 それだけのはずだが、確かにオレにしては、友達でもない相手に随分と踏み込んでいるとは思う。こんな面倒事に首を突っ込まず、食事を奢ったりなど恩を返す方法はいくらでもあったはずだ。

 

 

「……見てみたいと、思ったのかもしれない」

 

 

 鈴音を見ながら……、彼女の瞳を見つめながらポツリと言葉が零れた。

 

 

「お前が……、堀北鈴音が、不良品と揶揄されるDクラスが、本当にAクラスに上がれるのかどうか。オレの『敵』として立ち塞がれるほどに、成長出来るかどうかを」

 

 

 頭の中では上手くまとまっていなかったのに、言葉にしてオレは理解する。

 

 オレは期待しているのだと。

 誰よりも『不良品』であるオレが、どういうわけかAクラスに配属されている。

 同じ不良品(Dクラス)である鈴音が、そんなオレを倒すことが出来るのか。Aクラスに上がりたい意志を、最後まで貫けるかどうか。

 『不良品』から『良品』へと生まれ変わるかどうかを。

 

「ま、今のままでは到底不可能だけどな」

 

 普通に成長しても、オレはおろか坂柳にすら届かない。

 最低限、勝負の土俵に上がれるように手助けは必要か。

 

「相変わらず、何様のつもり?」

 

 鈴音はそう言いながらオレの隣に並んだ。

 格下扱いにプライドが傷つけられ、怒りを抱えていると思ったが、彼女はムスっとしていた。

 怒ってはいないが不満気だ。

 

「見てなさい。必ずあなたを倒して、Aクラスに上がるわ」

 

「ああ、頑張れよ」

 

 オレがそう答えると、鈴音は眉間の皺を寄せ、更に不満気な表情を浮かべる。

 

「言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだ?」

 

 鈴音は「別に」と短く答えてから、深くて長い息を吐く。

 

「……あなたのこと、よく分からないわ」

 

「今日知り合ったばかりだろ。オレだってお前のことは詳しく知らないさ」

 

「そうね。当然よね」

 

 鈴音と一緒にエレベーターに乗り込み、「じゃあな」と4階でオレが先に降りる。

 そして少し歩くと、背中から声を掛けられた。

 

「……おやすみなさい、綾小路くん」

 

 振り返った時には、エレベーターの扉は既に閉まっていた。

 

「ああ、おやすみ、鈴音」

 

 聞こえていないのを承知で、オレも言葉を返して、自室に戻った。

 

 




・強制堀北鈴音育成計画の始まり。
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