異世界で目覚めた俺が手に入れたスキルは【死に戻り】。

死亡時、経験と記憶を継承する。

説明を読んだ俺は、死んでも記憶を持ったままやり直せるスキルだと判断した。
なら、最初の一回は情報収集でいい。
森の魔物も、死んで覚えれば次はうまくやれる。

そう思って、俺は森へ入った。

これは、スキル【死に戻り】を勘違いした男から始まる話。
そして、その死を受け取ってしまった者たちの話。

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スキル【死に戻り】を勘違いした男、そこから物語が始まった

目を開けると、空が見えた。

知らない天井ならぬ、知らない空だ。

木漏れ日が顔に落ちている。

背中に地面の冷たさがある。

 

……ここ、どこだ?

 

体を起こす。

手をついた地面は、落ち葉が積もる黒い土だった。

顔を上げると、見渡す限りの木々。

 

森の中だ。

 

記憶はある。

名前も仕事も覚えている。

そして……死に方も覚えている。

 

これは、あれだ。

転生、ってやつだろう。

ん?生まれ変わりじゃないから転移か?

でも死んだしな……

 

まあいい。

周りを見渡しても、ここがどういう世界だかはわからない。

 

まさかな、と思いつつも、俺はあの言葉を唱えてみた。

 

「ステータス」

 

出た。

 

視界の端に、半透明のウィンドウが浮かぶ。

 

名前、HP、MP、力に耐久、敏捷、魔力。

 

……本当に出やがった。

 

そして、スキル欄を見た瞬間、俺は腹の底から湧きあがる興奮を押さえきれずに叫ぶ。

 

期待していた訳じゃない。

……いや、嘘だ、正直期待していた。

異世界転生だ。

チートスキルの一つくらい、あってもいいじゃないか、と。

 

「いょっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

【死に戻り】

死亡時、経験と記憶を継承する。

 

死に戻り。

 

俺は三回くらい読み返した

 

完璧なチートスキルだ。

俺の人生は今始まったと言っても過言ではない。

いや、転生したんだから実際に今始まったのか。

 

『死に戻り』

 

つまり……死んでもやり直せる、ってことだ。

完璧だ、主人公だ、アニメ化だ。

 

無双系のスキルではない、死ぬのは苦しい、楽な道ではないだろう。

しかし、死んでも死なない、やり直す。

死を乗り越えて成長する。

 

これほど、心躍るシチュエーションはない。

 

しばらくすると、近くを通りかかった男に見つかった。

名前はメサカル。

 

木こりだかなんだかで、鉈を腰に差している。

 

言葉が通じるのが不思議だが、頭に入っているらしい、転生ボーナスか何かだろう。

 

男に連れられて村へ行く。

小さな村だ、十数軒くらいしかない。

 

水と干し肉をもらって、空き家の納屋に寝かせてもらった。

 

完璧だ。

 

実はここまでが課題だと思っていた。

まず、活動の拠点、この世界の常識、その辺をカバーしてくれる相棒の存在。

それがなければ、相当苦労しただろう。

 

翌日、動けるようになってからメサカルに話を聞いた。

 

森には魔物がいるらしい。

冒険者でも一人では入らない。

火と音に弱い種もいるから、入るなら松明と鳴子を用意しろと。

結構丁寧に教えてくれた。

 

ちゃんと聞いた。

頷いた、ありがとうございます、とも言った。

でも、本気では聞いていなかった。

だって、死に戻りがある。

 

死んでも、記憶を持ったままやり直せるんだ。

なら最初の一回は偵察でいい。

一度死ねば、敵の配置も地形も分かる。

メサカルが知らない情報も得られるだろう。

 

初見プレイは情報収集、本番は二周目。

ゲームと同じだ。

 

二周目で、知らないはずの魔物を倒す。

そうすれば、俺は村の英雄だ。

 

三日目の朝、俺は森に入った。

メサカルには薬草を探してくると言った。

嘘じゃない。

ただ、それだけが目的でもないだけだ。

 

入口は明るかった。

木の間隔が広くて、下草も少ない。

 

なんだ、全然大丈夫じゃないか。

奴ら、大げさなんだよ。

まあ仕方ないか。

奴らは死んだらそれまでだ、慎重にしないと、生き残れなかったのだろう。

 

しばらく歩くと、大きな犬みたいな魔物が一匹出てきた。

毛が灰色で、サイズは大型犬くらい。

動きが遅い。

正面から突っ込んできたので横に避けて、落ちてた太い枝で頭を三発殴ったら倒れた。

 

……弱くないか?

 

その先に薬草っぽい白い花も見つけた。

これを、持って帰れば村人に感謝されるだろう。

 

ほらな。

俺は転生者で、死に戻り持ちだ。普通の村人とは前提が違う。

 

そうそう、奴らはこれすら命がけなのだ、仕方ない。

 

この様子なら、死に戻りはもう少し先かな。

 

そう思い、俺は奥へ奥へと進んでいった。

それが間違いだった。

間違い?いや間違いじゃない、まあ言うなれば、最初のイベント。

最初の試練って奴だろう。

 

木が急に密になった。

足元に根が這い出している。

地面がぬかるんで、靴が沈む。日が差さない。

 

さっきまでと空気が全然違う。

 

引き返すか、と一瞬思った。

思ったけど、やめた。

死に戻りがあるんだから、最悪死んでもやり直せる。

 

むしろ、ここで情報を得ることが死亡回数を減らすことになる。

 

茂みが揺れた。

 

左。

右。

後ろ。

正面。

 

五匹、六匹かもしれない。

さっきの灰色の獣と同じ種類だが、一回り大きい。

低い唸り声が、地面を伝わるように響いた。

 

囲まれてる。

 

走ろうとした。

根に足を取られた。

膝から落ちた。

手をついたらぬかるんでいて、指が滑った。

 

右腕を噛まれた。

 

歯が、肉に食い込む。

振りほどこうと体を捻った瞬間、別の一匹が首に飛びついてきた。

 

喉を、噛まれた。

 

――痛い。

 

痛い痛い痛い痛い。

 

そりゃそうだ、死ぬんだ。

そりゃ痛い。

これを乗り越えてこそ、主人公だ。

 

地面が冷たい、視界の端がぼやけていく。

 

怖い。

死ぬのが怖い。

 

でも、次がある。次があるんだ。

 

次は一体狩って帰る。

それだけで、英雄だ。

 

大丈夫だ。

次は、もう少しうまくやれる。

 

そう考えながら、意識が薄れていった。

俺は死んだ。

 

次こそは……うまく……できる……

 

そこで、意識が途切れた。

 

 

……という記憶を受け取った。

 

僕は自分の部屋で倒れていた。

 

木の壁、ベッドと机だけの狭い部屋。

森にはいない、魔物もいない。

 

なのに、喉を噛まれた感覚が消えない。

右腕は無事なのに、歯が肉に食い込んだ痛みがある。

息ができなかったあの苦しさが、まだ肺の底に張りついている。

 

しばらく動けなかった。

 

天井を見つめたまま、自分の体を確認した。

手はある。

足もある。

喉に傷はない。

 

よかった、生きている。

 

でも、痛みだけが残っている。

 

あれは夢じゃない、知らない男の記憶だった。

その男が森に入って、魔物に囲まれて、喉を噛み切られて死ぬまでの全部。

 

見たもの、考えたこと、判断の理由、痛み。

全部が頭の中に入っている。

 

あの男は、最後まで次があると信じていた。

 

僕はスキル欄を確認した。

 

【死に戻り】

死亡時、経験と記憶を継承する

 

同じだ。

同じスキル。

同じ説明文。

こんなスキル、今まで持っていなかった。

 

……ここで、理解した。

 

死んだ本人は、戻らない。

前の持ち主が死んで、その経験と記憶が次の持ち主に戻る。

 

何故あの男は、自分が死んでも生き返ると思っていたのだろう。

説明を見れば、自分ではない誰かに継承するのは必然に思える。

 

……最悪のスキルだ。

 

僕は知らない男の死を、丸ごと受け取ってしまった。

死ぬということが具体的にどういうことか、自分が死ぬ前に知ってしまった。

あの苦しみ、あの恐怖、耐え難い経験だった。

あれを味わうくらいなら、僕は何もいらない。

 

 

 

その日から、僕は死を避けるようになった。

 

当然だろう。あの痛みを知っていて、わざわざ危険に近づく馬鹿がいるか。

森には近づかない、夜道は歩かない、川にも寄らない。

高い場所にも登らない、喧嘩には関わらない、危険な仕事は受けない、雨の日は外に出ない。

石段は避ける。

滑るかもしれないからだ。

 

……自分でも、少しやりすぎだとは思った。

でも、あの記憶がある。

ああなるくらいなら、やりすぎの方がマシだと思った。

 

周囲は僕のことを臆病な人間だと言った。

僕もそう思う。

 

あの男みたいに死ぬよりずっといい。

あの痛みを知っていれば、誰だってそうなる。

 

村の祭りに誘われた。

夜に広場で人が集まって、女の子との出会いもあるらしい。

 

僕は、行かなかった。

 

商隊の手伝いに誘われた。

隣の町まで荷を運べば、報酬が出る。

 

断った。

 

友人が町の若者と揉めた。

酒の席で口論になって、外に出ろと言われていた。

 

僕は衛兵を呼びに走った。

衛兵を連れて戻った時、友人は倒れていた。

命に別状はない、僕は間違っていなかったと今でも思う。

しかし、友人とはそれきりだった。

 

好意を向けてくれる人がいた。

井戸の近くでよく顔を合わせる、穏やかな人だった。

 

覚悟が決まらない、と言った。

我ながら情けないが、偽らざる本心だった。

しばらくして、その人は別の相手と結婚した。

 

母が倒れた。

台所で物が落ちる音がして、見に行くと、床に横たわっていた。

 

顔色が悪い、息が浅い、額に触ると冷たかった。

 

医者を呼ぶには、夜の森を二刻ほど歩かなければならない。

 

……迷った。

 

しかし、夜が明ければ安全に走れる。

あと数刻で明るくなる。

それまではそばにいよう、水を飲ませよう。

それくらいならできる。

 

母のそばに座って、手を握った。

水を飲ませようとしたが、飲めなかった。

手が、少しずつ冷たくなっていった。

 

朝になった時には、遅かった。

 

僕は村で雑用をして暮らした。

畑の手伝い、水汲み、荷運び。

楽ではないが、危険はない。

 

冬の夜、一人で座っていると、ふと一人目の記憶が蘇った。

あの男が森で倒れた時の地面の冷たさ。

意識が消えていく感覚。

あれが怖くて、僕はここにいる。

 

でも、ここには何もない。

 

春が来ても、夏が来ても、同じ日が繰り返される。

危険はない、痛みもない、ただ、何もない。

 

僕は一人目を馬鹿だと思っていた。

死を軽く見たから死んだんだ、と。

 

でも、僕は死を重く見すぎた。

死なないことだけを選び続けた結果、生きることを選ばなかった。

 

何も選ばないことも、ひとつの選択だった。

 

 

 

僕は死ぬことにした。

 

 

……という記憶を受け取った。

 

あたしは、宿屋のベッドから這い出した。

 

「最悪の夢」

 

夢の中では、死に様を人に送るスキル「死に戻り」によって人生を狂わされた男達の人生を追体験した。

なんでこんな夢を見たのだろう、学院へのプレッシャーか、それとも自分でも気付かないストレスでもあるのだろうか。

 

そんなことを考えながら、確かめるようにステータスを開く。

 

【死に戻り】

死亡時、経験と記憶を継承する。

 

「……さいっあく」

 

あった、あってしまった。

 

つまり、先ほどまでの記憶は夢なんかじゃない。

ただのスキルによる継承された記憶だ。

 

「はぁ」

 

まあいい、気分は悪いが問題がある訳ではない。

知らない男の人生なんて、忘れて生きていけばいいだけだ。

 

今日は学院の入学式。

私の輝かしい人生は、これから始まるのだ。

何を受け取ろうと、あたしはあたし。

あたしの人生を生きる。

 

ただ、自分の死に際が誰かに見られるのは嫌かもしれない。

 

 

 

あれから、五年経った。

学院はそれなりの成績で卒業したが、満足できる就職先が見つからなかったので、腕一本で稼げる冒険者になった。

 

そして、あれ以来、初めて私の前に死んだ男のことを思い出していた。

 

なぜなら、私が今、死にそうだからだ。

慣れている森の、慣れている洞窟。

いつもここで休憩をとる。

 

警戒はしていた。

それでも、目の前にいる透明な蛇には気付けなかった。

気付いた時には身体が動かなかった。

 

蛇の口が迫る。

喉の奥が見える。

 

油断、だったんだろう。

私の人生は幕を閉じた。

 

 

……という記憶を受け取った。

その老人は、冬の山道で死んだ。

 

 

……という記憶を受け取った。

その兵士は、故郷に帰る途中で死んだ。

 

 

……という記憶を受け取った。

その若者は、盗賊に殺された。

 

 

……という記憶を受け取った。

 

 

……という記憶を受け取った。

 

 

……という記憶を受け取った。

 

 

……………………

 

 

……という記憶を受け取った。

 

私は、冒険者ギルドの掲示板の前でぶっ倒れていた。

受け取ったのは冒険者達の記憶。

誰も彼も、失敗ばかりだ、成功者の記憶は一つもない。

全員が、無念の中で死んでいった。

 

何人もの死の記憶に、クラクラする。

起き上がって周りを見回す。

 

依頼票が何枚も貼られている。

森の薬草採取、街道の護衛、下水道のネズミ駆除。

 

ギルドの受付が寄ってくる。

 

「大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫だ。立ちくらみかな」

 

言いながら私はステータスを開いた。

 

【死に戻り】

死亡時、経験と記憶を継承する

 

なるほど、夢ではなかったらしい。

さて、どうするか。

 

「気をつけてくださいね!期待の新星なんですから!たまには休んだ方がいいです!」

 

やたらと元気のいい受付嬢が言う。

 

「……そうだな、今日はちょっと休もうか」

「はい!その方がいいです!」

 

冒険者ギルドを出て、酒場へ向かう。

堅いパンと、何が入っているかわからない煮込みを頼むと、ほどなくして運ばれてくる。

 

スキル。

単純なものでも持っているものは少ない、特殊な技能だ。

 

それが急に生えてきた。

それはいい、冒険者としてスキルが欲しいと思ったことは一度や二度じゃない。

 

しかし、このスキルは役に立つのか?

 

自分が死んだら、知らない誰かに死に様を託すスキル。

どう考えても役に立たない。

 

そう結論付けて、家路についた。

 

 

 

次の日、私は冒険者ギルドの掲示板前にいた。

 

報酬だけ見れば、森が一番いい。

だが私の頭の中には、森で喉を噛み切られた男の記憶がある。

洞窟で蛇に呑まれた女の記憶がある。

 

ありとあらゆる失敗を見てきた。

自分でもびっくりするが、私は森が怖いらしい。

 

森の依頼票に手を伸ばして、止めた。

 

「悩んでるなら、組まねぇか」

 

声をかけてきたのは、隣に立っていた男だった。私より頭一つ大きい、腰に手斧を差している。

更に奥には斥候だろう、すばしっこそうな小さな男がこちらを見ている。

 

「俺はガルドだ。あんた、噂のルーキーだろ。そろそろソロじゃきつくなる時期だ」

 

ガルド、私もこの男を知っている。

私と同じ頃に冒険者になった男で、強さが評判になっていた。

面識はない。

 

「森は一人じゃきつい。三人いりゃ、だいぶ違う」

 

悪い話じゃない、しかし一人目の記憶が蘇る。

 

「一つ条件がある」

「なんだ」

「余裕があるうちに引き返す。そこは譲らない」

 

ガルドは少し目を細めた。

 

「臆病だな」

「死ぬよりマシだ」

「……まあいい。その代わり、判断は早くしろよ。グダグダされると困る」

 

奥の男はロスといった。

口数は少ないが、身が軽く、罠を見抜くスキル持ち。

 

三人で森に入った。

 

「引き返すぞ」

「待てよ、まだ余裕だ。大して奥までも来てない」

 

「ダメだ、約束だ。俺だけでも引き返す」

「くそっ、わかったよ。だがよ、理由だけ聞かせてくれ」

「……経験」

 

その日、奥まで行った冒険者が死んだらしい。

出るはずのない強力な魔物が付近を徘徊していたとのことだ。

 

「よくわかったな」

 

ガルドが声をかけてくる、ロスも一緒だ。

 

「ああ、死にすぎてな。理由はわからんが危険が感じられるようになったらしい」

「死にすぎてって、なんだそりゃ」

 

ガルドが豪快に笑う。

ただの事実なのだが、まぁいい、訂正する気もない。

 

「助かったぜ。これからもよろしくな」

 

そうして、私たちは正式に仲間になった。

 

 

 

それから数年ほどたった、ある日。

ギルドに女が駆け込んできた。

 

「妹が——妹が、森に入ったまま戻らないんです——」

 

冒険者たちが集まったが、顔を見合わせるばかりだ。

 

「もう暗い。夜の森は無理だ」

「朝になれば明るくなる。それからの方がいい」

「魔物が出たらどうする。こっちまで死ぬぞ」

 

正しい、全部正しい。

何より、私の直感が警報を鳴らしている。

絶対に何かろくでもない危機が待ち受けている。

 

だが、私には二人目の記憶がある。

 

危機があることは、何もしない理由にはならない。

 

「私が行く」

 

声が出ていた。

全員がこっちを見た。

 

「ガルド。危険なのはわかってる、それでも私は行きたい」

 

ガルドが舌打ちした。

 

「……しょうがねぇな」

 

ロスは何も言わず、準備を始めた。

 

暗い森を松明の明かりだけで進む。

 

見つけた。

子供は、沢の近くの木の根元にいた。

丸くなって震えている。

 

「よし、今行くぞ!安心しろ!」

 

ガルドが叫ぶ。

 

しかし、直感が最大級の危険を察知している。

この気配は、知っている。

 

子供の向こう、暗闇の奥。

そこにいる、透明の大蛇。

 

何人目か、記憶の中でこいつに食われた覚えがある。

 

「ガルド、ロス……子供を連れて逃げてくれ」

 

声が震える。

 

「奥にヤバい奴がいる、私が食い止めるから、子供を連れて逃げろ」

 

恐怖はある、しかし恐怖に押しつぶされたら死ぬ、それも経験済みだ。

 

「私はなんとかして逃げ切る、あとは頼んだ」

 

そう言って、私は飛び出した。

 

一足飛びに子供を超えて、大蛇に向かう。

胸から火薬玉を取り出し、放る。

とっておきだ。

 

爆発音。

 

爆炎に紛れて、大蛇の後ろにまわる。

毒を仕込んだナイフを投げる、効くかはわからないが、やらないよりマシだ。

 

備えはある、いつ自分より強い敵にあってもいいように、道具はたくさん持っている。

 

大蛇がこちらを向いた瞬間を狙って、再度火薬玉。

顔の目前で弾ける。

 

蛇は熱で世界を見る、多少は効くだろう。

 

大蛇は身をよじり、周囲を見失ったようだった。

その隙にガルドたちが子供を連れて、逃げるのが見えた。

ガルドたちなら大丈夫だろう。

 

後は無事に、私が逃げ切るだけ。

 

倒せれば一番いいが、それは無理だろう。

私の記憶は失敗の記憶、死なないようにすることは得意だが、敵を倒すのにはあまり役に立たない。

 

そうして、長い夜がはじまった。

 

 

 

朝。

 

ガルドの声が聞こえる。

ギルドの連中の声もだ。

 

「おい、あんた!ガルド、見つかったぞ!」

 

「お前!大丈夫か?」

「……ああ、大丈夫……だ」

 

ガルドの声に安心したからか、私はそのまま気を失った。

 

 

 

私は、その事件で片足を失った。

怪我で冒険者は引退したが、代わりに助けた娘の家で働かせてもらえることになった。

 

商人相手の商人、つまり卸売商。

金はいいが危ない連中も多い、私の腕っ節と危険察知能力は重宝された。

 

始めは恩で雇ってもらっただけだったが、一年もすると、本格的に仕事を任されるようになった。

 

そして、その家の娘と恋仲になった。

娘と言っても助けた方ではない、あの日ギルドに助けを求めに来た、姉の方だ。

 

ガルドたちは冒険者を続けた。

私譲りの慎重さで、危なげなく、しかしゆっくりと名をあげていっている。

 

 

 

数十年が経った。

私はもうすぐ死ぬだろう。

 

この数十年で色々なことがあった。

 

いいことばかりじゃない。

金を預けたら持ち逃げされたこともある。

本気で殺しに行こうかと思った。

 

結婚もした。

式ではガルドが飲みすぎて暴れた。

それをロスが黙って片付けていた。

 

生活は楽じゃなかった。

金が足りない月もあった。

危ない取引を受けたこともあった。

 

ガルドたちはそれなりに名をあげて、衰える前に引退した。

 

子供は育った。

家を出て、遠い町で働き始めた。

妻とは、若い頃ほど話さなくなった。

喧嘩した翌日も、黙って同じ鍋のものを食べた。言葉は減ったが、代わりに分かることが増えた。

 

目が悪くなった。

手が震えた。

仕事は若い者に引き継いだ。

 

ガルドが先に逝った。

葬式の帰り、ロスと二人で飲んだ。

 

「……静かだな」

「うるさい奴がいなくなったからな」

 

それだけ言って、黙った。

 

通りですれ違う人に、知っている顔が減っていった。

 

それでも孫が来た。走り回って壺を割って、叱られて泣いた。

 

やがて、私は起き上がれなくなった。

部屋に妻がいた。

子供が遠い町から帰ってきていた。

孫もいた。泣いている者もいれば、泣くまいとしている者もいた。

何もわからず遊んでいる小さいのもいた。

 

最近よく考えるのだ。

このスキルのこと、私が死んだ後のこと。

私が受け取った記憶は、全て失敗の記憶だった。

幸せな死など一つもなかった。

 

このスキルは、無念や後悔を、次は失敗するまい、という想いを引き継ぐものだったのではないか。

 

そうであれば、私の死はきっと引き継がれない。

 

窓の外で鳥が鳴いている。

妻が手を握っている。

 

……ああ。

悪い人生じゃ、なかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という記憶を受け取った。

 

ぼくは、うずくまったまま泣いていた。

絶望に打ちひしがれていた。

 

ぼくを絶望の底に叩き込んだのは、数々の人たちの無念の死、ではない。

最後の男の、幸せな死だ。

 

外はまだ暗い。

隣で弟が寝ている。

薄い布を被って、丸くなっている。

 

今日、ぼくは知らない町へ行く。

奉公に出る、そう言われている。

 

奉公と言えば聞こえはいい。

でも、実際は売られるだけだ、何をされても文句は言えないし、生きて帰れることはないだろう。

 

しかし、それを拒否することはできない。

拒否したって子供一人で生きていくことなんて出来ないからだ。

 

最後の男は運がよかった。

失敗を活かせる下地があった。

 

現実は非情だ。

人間は数日食わなければ死ぬ。

数日分の食料を確保できない人間に、生き方を選ぶ権利はないのだ。

 

ぼくはここを出て、奉公に行き、数年間生きて死ぬだろう。

しかし、奉公に行かなければ、数日後には死ぬのだ。

 

彼の人生は、ぼくから見れば茶番のようだった。

恵まれている人間が、戯れに危ない橋を渡ってみせただけに見えた。

 

ぼくみたいに、生き方を選べない人間にはあんな死に様は訪れない。

 

それが、なによりも悔しく、つらかった。

 

しかし……二人目。

彼は自ら死を選んだ。

あれだけ恐れていた死の恐怖にうち勝って、死を選んだのだ。

 

ぼくにも、死に方は選べるのかもしれない。

 

そして、もしかしたら……生き方も……

 

 

 

そうして、ぼくは家を出て歩き始めた。

 

町へ行く道とは、反対へ。

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
感想などあれば助かります。
後日、別作品としてダンジョンマスターものの長編作品を投稿予定です。

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