Pokemon Legends YAKUZ−A!   作:洋菓子職人II

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ただの日常会です。伏線も何もない平和なだけの一話ですが笑ってくれたら嬉しいです。


平和な朝

翌朝。カズマは久方ぶりに、ふかふかとした柔らかいベッドの上で目を覚ました。異郷の地での旅が続いていた身にとって、ホテルZの寝心地は格別だった。

 

 カズマはベッドから起き上がると、洗面台の鏡の前に立つ。懐から手入れの行き届いた剃刀を取り出すと、静かに刃を磨き、顎の髭を丁寧に剃り落としていく。鏡に映るその顔は、睡眠を十分に取ったことで、昨日よりもいっそう鋭く、男の色気を放っていた。

 

 「……さて」

 

 身支度を終えたカズマは、浴室へと向かう。浴槽の中を覗き込むと、そこには案の定、水の中で丸くなってスースーと寝息を立てている相棒の姿があった。

 

 「おい、ニシキ。朝だ、起きろ」

 

 カズマが声をかけるが、ニシキは尾ビレをぴくつかせるだけで、いっこうに起きる気配がない。それどころか、ぷくぷくと泡を吐き出しながら、浴槽の隅へともぞもぞと逃げていく。

 

 『う~ん……あと五分……いや、あと一時間は寝かせろよカズマぁ……。昨日の死闘で文字通り死ぬほど疲れたんだよ……。ミアレのベッドは最高だなぁ……って、これ浴槽か……』

 

 言葉にはならないが、その寝ぼけ眼とグダグダとした動きは「まだ寝かせろ」と全力で訴えていた。カズマは小さくため息をつくと、腰のモンスターボールを構える。

 

 「甘えるな。今日はタウニーの手伝いがある。……戻れ」

 

 カズマがボタンを押すと、赤い光がニシキを包み込み、抵抗する間もなくボールの中へと吸い込まれていった。

 

 カズマはボールをベルトに固定し、部屋を出てエレベーターに乗り込む。昇降機が静かに一階へと降り立ち、扉が開くと、広々としたロビーのソファーで、すでにタウニーが優雅にくつろいでいた。

 

 「あ、カズマ! おはよう!」

 

 カズマの姿に気づいたタウニーが、元気に手を振る。

 

 「昨日は本当に災難だったね。ミアレシティに着いて早々、ポケモン強奪犯に襲われたり、あんな『ZAロワイヤル』に巻き込まれるなんてさ。長旅の疲れもあったろうに、本当に災難続きでごめんね?」

 

 タウニーは申し訳なさそうに眉を下げたが、カズマの耳には、彼女の言葉の中に聞き捨てならない単語が残っていた。

 

 「……タウニー」

 

 カズマはポケットに手を突っ込んだまま、タウニーの前のソファーにドサリと腰を下ろし、鋭い視線を向けた。

 

 「昨日から気になっていたんだが……お前の言う、その『ZAロワイヤル』ってのは、一体何なんだ?色々あったもんだから忘れちまった。もう一度教えてくれ。」

 

 カズマの低い声が、まだ人の少ないロビーに静かに響いた。

 

 「あぁ、そっか。カズマは外から来たばかりだもんね。――『ZAロワイヤル』っていうのはね、今このミアレシティで大流行してるバトル大会のことだよ。街中のトレーナーたちが競い合って、上を目指すの。もちろん、あたしも参加してるんだ!」

「……バトル大会、か」

 

 カズマは納得したように頷きながらも、その鋭い眼光を緩めない。ただの娯楽にしては、昨日の強奪犯たちの様子は殺気立ちすぎていた。

 

 「だがタウニー、お前がなぜそんな危ない大会に参加する? 昨日のような連中に襲われるリスクを背負ってまで、戦う理由は何だ?」

 

 カズマの真っ直ぐな視線を受け、タウニーは一瞬だけ真面目な顔をしたが、すぐに拳を小さく握りしめて、誇らしげに胸を張った。

 

 「決まってるよ。最強のトレーナーになって、このミアレシティを守るため!」

 

 その言葉には、一切の迷いも打算もなかった。昨日語っていた「街への愛」と「AZさんへの恩返し」。彼女にとって最強を目指すことは、大好きな居場所を守るための、最も純粋な手段なのだ。

 

 「……なるほどな」

 

 カズマはフッと小さく笑った。その真っ直ぐで不器用な正義感は、かつての自分や、今も腰のボールの中で眠る相棒の魂に通じるものがある。

 

 「あ、そうだ!」

 

 タウニーが何か名案を思いついたように、ポンと手を叩いて目を輝かせた。

 

 「カズマもすっごく強いんだし、この『ZAロワイヤル』に参加したらどうかな? カズマとニシキなら、きっとすぐに勝ち上がれるよ!」

「俺が、か……。悪いが、俺は別に最強の称号なんて――」

 

 カズマが断りの言葉を口にしようとした、その瞬間だった。

 

 ピピッ、ピロッ。

 

 カズマのジャケットのポケットから、電子音が鳴り響いた。『スマホロトム』だ。画面を見ると、一通の新着メールを受信していた。

 

 「……メール?」

 

 タウニーが不思議そうに首を傾げる中、カズマは画面に表示された文字を静かに追った。

 

 『カズマ様。現在ミアレシティでは、最強のポケモントレーナーを決めるための戦い、ZAロワイヤルが開催されています。――各トレーナーにはランクが設定されており、バトルを勝ち抜くことで昇格していきます。最高の「Aランク」に到達した者には、最強の称号と名誉、そして……【叶う範囲であらゆる望みが叶います】』

 

 「あらゆる、望み……」

 

 カズマはその一文のみを、低く呟いた。

 

 ――ポンッ。

 

 その時、カズマの意思とは関係なく、腰のボールから光が放たれ、床にニシキが姿を現した。さっきまでの寝ぼけ眼はどこへやら、ニシキは丸い目を限界まで見開き、スマホロトムの画面を凝視している。

 

 『おいおいおいおい、カズマ! 見たか今のメール!? 「望みが叶う」だってよ! 最強の称号とか名誉なんて堅苦しいもんはどうでもいいが、何でも望みが叶うってんなら、俺たちでこのミアレの一等地の一番いい美味いもん、全部食い尽くすこともできるんじゃねえか!? なあカズマ、こんな面白そうな話、乗らねえ手はねえだろ!?』

 

 ニシキの尾ビレは激しく左右に振られ、その瞳には、相棒のカズマと共に新しい大舞台へと飛び込めることへの、純粋なワクワク感と期待が爆発していた。

 

 カズマはスマホロトムをポケットに仕舞い、床の上でハァハァと息を荒くして自分を見上げる相棒を見つめる。そして、再びタウニーへと視線を戻した。

 

 「……タウニー」

 

 カズマはソファーから静かに立ち上がると、グレーのジャケットの襟を軽く正した。

 

 「その『ZAロワイヤル』……俺も一口、乗らせてもらうぜ」

 

 カズマが静かに告げると、タウニーは「待ってました!」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、ソファーから勢いよく立ち上がった。

 

 「いいね! そうこなくっちゃ! それじゃあ、まずはZAロワイヤルに参加するための専用アプリを入れちゃうから、そのスマホロトム、ちょっと貸して!」

 

 「あぁ。頼む」

 

 カズマが手のひらのスマホロトムを差し出すと、タウニーはそれをひょいと受け取り、慣れた手つきで画面をタップし始めた。隣では、ボールから出たままのニシキが、何が始まるんだと言わんばかりに丸い目をパチクリさせながらその様子を覗き込んでいる。

 

 「よし、これでアプリのインストールは完了! ……っと、ついでにこれも……はい、できたよ!」

 

 タウニーからスマホロトムを返され、カズマは画面へと視線を落とした。確かに画面には新着のバトルアプリが入っていたが、カズマの鋭い目は、アドレス帳の画面に見慣れない名前の連絡先が一件、新しく追加されているのを見逃さなかった。

 

 「……タウニー。アプリの他に見慣れない連絡先があるんだが、これは一体何だ?」

 

 カズマが訝しむように眉根を寄せ、低い声で尋ねる。するとタウニーは、悪戯が成功した子供のように、ペロッと可愛らしく舌を出して笑った。

 

 「あはは! それ、あたしの連絡先! これから一緒に頑張るんだし、困ったことがあったらいつでも連絡してね!」

 「……フッ、お節介な奴だ」

 

 カズマは呆れたように小さく息を吐き出したが、その口元はどこか優しく綻んでいた。腕の中のニシキも「やるじゃねえか、お姉ちゃん!」とでも言うように、尾ビレをパシャリと小気味よく揺らしている。

 

 しかし、タウニーの笑顔はそこまでだった。彼女はふっと表情を引き締めると、まっすぐカズマの目を見つめ、静かに、しかし熱を帯びた声で語りかけてきた。

 

 「……それでね、カズマ。最後にもう一つだけ、あたしから大切なお願いがあるんだ」

 

 「ホテルZの宣伝活動とは別に……あたしたち『MZ団』のメンバーとして、その力を存分に振るってほしいの。そして、あたしたちと一緒に、このミアレシティを助けてほしい!」

 「MZ団……」

 

 カズマはその見知らぬ組織の名を、喉の奥で反芻した。タウニーがただのホテルマンではなく、街の裏で何か大きなものと戦っていること。そして、彼女たちの掲げる正義が、このミアレの未来に深く関わっていることを確信する。

 

 カズマはスマホロトムをジャケットのポケットへと仕舞うと、ニシキの頭をそっと撫で、タウニーに向かってドッシリと胸を張った。

 

 「MZ団か。大層な名前だが……お前たちがこの街を守るために血を流すってんなら、俺のこの拳、いくらでも貸してやるぜ」

 

 「本当?!やったぁ! ありがとう、カズマ!」

 

 カズマが快諾した瞬間、タウニーは子供のように飛び跳ねて喜んだ。

 

 「それじゃあ、期待の新メンバー歓迎の証として、これを受け取って! MZ団の特製アイテム一式だよ!」

 

 タウニーが誇らしげに差し出してきたのは、団のロゴがあしらわれたお揃いの服装だった。しかし、それを受け取ったカズマは、衣装と自分の身体を交互に見比べ、静かに眉をひそめる。

 

 「……タウニー、気持ちはありがたいが。これは少々、俺には窮屈そうだ」

 

 カズマの圧倒的な体格、鍛え上げられた分厚い胸板と広い肩幅に対して、手渡された服はどう見てもサイズが小さすぎた。そこら辺にいる観光客ならばぴったりサイズなのだろうが…無理に着れば、一瞬で生地が弾け飛ぶのは目に見えている。

 

 「あちゃー……そっか、カズマってば体格が良すぎるんだもんね。うーん、じゃあ……このポーチだけでも使ってよ! 腰につけるだけなら、サイズは関係ないし!」

 

 「あぁ。これなら動きを阻害されることもなさそうだ。ありがたく頂戴する」

 

 カズマは無骨な手でポーチを受け取ると、グレーのジャケットの腰元へとしっくり馴染むように装着した。それを見て、足元のニシキも『お、なかなか似合ってんじゃねえか』とでも言うように、尾ビレをパタパタと揺らす。

 

 「よし! じゃあ次は、ZAロワイヤルのアプリにプレイヤー登録をするから、カズマの写真を撮らせてね。はい、こっち向いてー!」

 

 タウニーがスマホロトムのカメラを構える。だが、レンズの前に立つカズマの顔は、幾多の修羅場を潜り抜けてきた男のそれ――威圧感すら漂う、完全な仏頂面だった。

 

 「……カズマ、その顔じゃ指名手配犯だよ! もっとこう、爽やかにニッコリ笑って!」

 

 「笑う、か……。俺は昔から、カメラの前で愛想を振りまくのは苦手でな」

 

 腕を組み、彫刻のように微動だにしないカズマに、タウニーは「もーっ!」と頬を膨らませてムッとした。

 

 「堅物だなぁ、もう! だったら、こっちにも考えがあるんだから!」

 

 タウニーはスマホロトムをソファーに放り出すと、指をわきわきと動かしながら、邪悪な(しかし楽しげな)笑みを浮かべてカズマににじり寄った。

 

 「こうなったら、無理矢理にでも笑わせてあげる! 覚悟しなさい、カズマ!」

 「おい、何を――」

 

 タウニーが鋭い踏み込みと共に、カズマの脇腹を目がけて「くすぐり」を仕掛けに飛びかかってくる。

 普通の人間なら不意を突かれて捕まるところだが、カズマの肉体に染み付いた野生の闘争本能が瞬時に作動した。

 

 シュッ…!

 

 カズマは上半身をわずかに後ろへ傾け、タウニーの指先を紙一重でかわした。ボクシングの高等技術――「スウェーバック」である。

 

 「あ、かわされた! じゃあ、こっちはどう!?」

 「おい、やめろタウニー!ロビーで暴れるな!」

 

 タウニーは諦めず、今度は左右から同時に手を伸ばしてカズマを追いかけ回す。しかしカズマは、ポケットに手を突っ込んだまま、最小限のフットワークと、流れるようなスウェーだけで、タウニーの猛攻をすべて完璧に見切っていく。

 

 静かなホテルのロビーで、一人の男が超一級品の回避ステップを繰り出し、それを少女が必死に追いかけるという、奇妙極まりない鬼ごっこが繰り広げられた。

 

 (ぎゃはははは! おいカズマ、何やってんだよ! 相手はポケモンじゃねえんだ、さっさと降参して笑っちまえよ!)

 

 足元では、ニシキが床の上で激しくのたうち回り、腹を抱えて大爆笑するかのように尾ビレをパシャパシャと打ち鳴らしていた。




本作が実際に発売された場合、回避のチュートリアルはくすぐりに来るタウニーを『スウェー』で避けることになりますね。
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