底辺配信者、スキル〈TS(爆乳)〉でおっぱい系ダンジョン配信者になりバズる 〜できればおっぱいじゃなく戦いを見てほしいんですが〜   作:夏川優希

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12話 配信上手のライカさん

 

 ライカがなにかを踏んづけた後、一瞬視界が暗くなり、数秒で視界が開けた。

 瞬間、俺は膝を抱えてうずくまる。

 

 

「うえっ……」

 

 

 目が回る! 吐きそう!

 船酔いの、もっと酷いヤツみたいだった。

 が、ライカはケロリとして辺りを見回す。

 

 

「ここまでくれば大丈夫ですね」

 

「これって……もしかして」

 

「ええ」

 

 

 ライカはにっこり笑って、手の中でピンポン球のようなものを転がす。

 

 

「〈抜け道〉です。使い慣れてないと魔力酔いしますよね。ここは下層ですが比較的安全なスポットです。落ち着くまで少し休みましょう」

 

 

 血の気が引いていくのは魔力酔いのせいだけじゃない。

 〈抜け道〉――もちろん知ってはいる。

 ダンジョン内に満ちる魔力を利用した、いわゆるマジックアイテムだ。ダンジョンのある地点に"杭"を刺しておき、あのピンポン球を壊すことで杭の場所へ一瞬で移動できるという優れもの。

 じゃあなぜ俺がそれを使ったことがないかというと、非常に高価だからである。

 ダンジョンモンスターからしかドロップしない貴重な素材を使って作られている。多分あれ1個で10万円くらいするんじゃないだろうか。

 某人気配信者が「〈抜け道〉大量に買い占めてドッペルゲンガードッキリしてみたwwww」という動画を出してプチ炎上したのは記憶に新しい。

 

 

「ごごごご、ごめんね。俺のせいでそんなの使わせて……」

 

「いいんですよ。今日は下層配信するから、どうせ使うつもりだったんです」

 

 

 ライカは軽い調子で手を振ってみせる。

 さすがはトップ配信者。これくらいの金額は端金ということか……!

 と、そこでふと頭にあの仮面の男が浮かぶ。

 

 

「でも〈抜け道〉があるならベギーアデの時にも使えば良かったんじゃ?」

 

 

 〈抜け道〉は、どちらかと言えばダンジョンで危機に陥ったときにロビーへ戻るといった緊急脱出的な使い方をすることが多い。

 ベギーアデに追いかけられていたときにこれを使えば、さっさとダンジョンから逃げ出すこともできたはずだ。

 が、ライカは深刻な表情で首を横に振る。

 

 

「もちろん試しました。でも使えなかったんです」

 

「え?」

 

「そういうユニークスキルなのかもしれません。周囲の魔法を無効にするとか、そういった類いの。だからあの時は本当に危なくて……カオルさんが助けてくれなかったら、多分わたし殺されてました」

 

 

 トップ探索者というのは己の力量を正確に測り、敵わない敵と遭遇した場合即時撤退を選ぶことができる。

 つまり、ライカのこの評価はきっと正しいのだ。

 ライカにこうまで言われる力を持ちながら、やることが下半身丸出しで女性探索者を追っかけ回すことだなんて……なに食ったらそんなふうになってしまうんだ?

 

 

「ああ、大丈夫ですよ。彼は多分もうわたしたちの前に現れません」

 

 

 俺が神妙な顔をしているのを、ヤツのことを怖がっていると判断したのだろう。

 ライカはさらにこう続けた。

 

 

「自殺したので」

 

「……え」

 

「ああ、死んでませんよ。自殺したって言ってもダンジョンの中でです。多分毒か何か仕込んでいたんでしょう。自警団に連れられているときに……」

 

 

 死んだ。そうは言ってもダンジョンの中か外かでその意味は大きく違う。

 ダンジョンの中での死は本当の死ではない。ゲームの死と同じような感じだ。

 ペナルティはあれど、本当に肉体的な死があるわけではない。ということは。

 

 

「それだと大丈夫とは言い切れないんじゃないの? どうせたいした罪にならないだろうし――またダンジョンに戻ってくるかもしれないじゃん」

 

「ううん。大丈夫なんです」

 

 

 そして彼女は「ベギーアデがもう現れない」という結論に至った根拠を示した。

 それはスマホだった。

 液晶には男が写し出されている。どうやら写真みたいだ。

 畳の部屋に、丸坊主に紺の作務衣を着ている男が座っている。そのいでたちからお坊さんだろうことが分かる。

 なんでベギーアデの話にお坊さんが出てくるんだと思ったが、その顔を見て思い出した。

 仮面はつけていないが、この男、ベギーアデである。

 

 

「え? どういうこと? お坊さんだったの?」

 

「お坊さん“だった”んじゃなく、お坊さんに“なった”んです」

 

「は?」

 

 

 下半身丸出しで女性を追っかけ回して殺すのを配信していた煩悩の塊が、坊さん?

 いや、反省を見せるために頭を丸めたりボランティア活動したりするのはありがちだ。出家したのもそういうパフォーマンスの一環なのかも。

 が、そうではないとライカは言う。

 

 

「死んだ時のペナルティは知ってます?」

 

「ああ、ダンジョン内での記憶がなくなるとかだよね。確か」

 

 

 ダンジョンで死んでも肉体の死にはならない――とはいっても実際にダンジョンで死んだ人間の数はそんなに多くない。

 実際に死なないとはいっても、痛みも恐怖も本物。なにより死んでも生き返るなんて得体がしれないし不気味だ。もしかしたらとんでもない後遺症があるかもしれない。

 そういうわけで積極的に死ににいこうとするヤツはいない。モンスターにやられるなどして死んだ人間ももちろんいるだろうが、そういう人間もなぜかあまり情報発信をしない。

 よって、このダンジョンにおいても“死”とは不気味で謎に包まれた現象なのである。

 解明されている数少ないペナルティのひとつが、「ダンジョン内での記憶がなくなる」ということ。

 が、それだけではないとライカは言う。

 

 

「ダンジョンで死ぬとね、欲求がなくなるらしいんですよ」

 

「欲求って……3大欲求みたいな、ああいうの? それでお坊さん?」

 

「ええ。もともと実家がお寺だそうで、今回の騒動を受けて出家させたようです。電波もまともに通じない山寺で文字通り修行僧の生活をしているのに文句ひとつ言わないそうですよ」

 

 

 言われてみれば、写真の中の元ベギーアデは毒気が抜かれたというか、腑抜けたというか……ぼんやりした顔をしているようにも見える。

 確かにダンジョンに潜るような気概はなさそうだ。ライカの言う通り、安心して良いのかもしれない。

 話も一区切りつき、俺は立ち上がった。

 

 

「もう大丈夫そう。お待たせしました」

 

「いえいえ。それじゃあ配信を――」

 

 

 と言いかけたライカが、ふと気付いたように首をかしげた。

 

 

「……あれ? っていうか、カオルさんって〈抜け道〉使ったことないですか? この前中層ボス倒してたじゃないですか」

 

「うん」

 

「うんって……だって〈抜け道〉使わなかったら中層ボスの部屋までたどり着くのにソロだと3日くらいかかりますよね? もしかしてひとりで野営してました? いくらカオルさんでも危ないですよ」

 

「いや、学校もあるからそんなに休めないよ。普通に日帰りで行って帰ってきたよ」

 

「あはは。まだカメラ回してないんだから、そんな冗談言わなくて大丈夫ですよ」

 

「冗談……?」

 

 

 俺は首をかしげる。

 回復してきたとはいえ〈抜け道〉のせいで調子は最悪だし、そうじゃなくてもただでさえ緊張しているんだ。ライカに冗談を言う余裕などない。

 数秒の沈黙。ライカの顔からすうっと笑みが消えていった。

 

 

「え、マジで言ってますか?」

 

「? うん」

 

 

 するとライカは顔に手を当て、悩ましげな表情を浮かべた。

 

 

「……すごい……本当にすごいです。配信みてすごいなって思ったけど、本当に予想以上にすごい。すごいしか言葉が出てこないです」

 

 

 え? すごい? そんなにぃ?

 憧れのライカに「すごい」と連呼され、俺は思わず顔を緩ませた。

 が、ライカの表情は手放しで褒めちぎっている感じではない。

 やがて「けど――」と続け、そしてため息と共にこんな言葉を吐き出した。

 

 

「カオルさん、配信が下手すぎます」

 

「えっ!?」

 

 

 まさかのダメ出しに、思わず体が硬直する。

 ライカは自分のピンクのくせっ毛をわしわしとかき回した。

 

 

「中層ダンジョンボスソロ撃破も十分すごいけど、正直1日で中層ボス倒して帰ってこられる方がすごい。カオルさん、RTA動画出した方がいいですよ」

 

「いやぁ、でも俺はさぁ、速さじゃなくて強いモンスターとの戦闘を見てほしくってぇ」

 

「ううん……なんというか……歯痒いですねぇ! でも!」

 

 

 ライカはその人差し指を俺に突きつけ、高らかに宣言した。

 

 

「わたしの方が配信者としては先輩です。少なくとも今日はわたしに従ってもらいますからね!?」

 

「そ、そりゃあもう。もちろんだよ」

 

 

 俺としてはライカとコラボできるだけで万々歳なのだ。異論はない。

 が、ライカは念押しするようにさらに一歩前へ進み出る。ライカの鼻と俺の鼻がくっつきそうな距離。

 

 

「配信に関してわたしの指示に絶対に従ってください」

 

「もちろん! っていうか、あの、近くない……?」

 

 

 思わず後ずさりするが、ライカはそれを帳消しにするようにさらに距離を詰める。

 

 

「では今日のコンセプトを発表します。頭にたたき込んでください。いいですね?」

 

 

 俺は両手を挙げ、コクコク頷く。

 ライカは俺の手を掴んだ。そして高らかに言った。

 

 

「ズバリ、百合営業です!」

 

「はい……はい!?」

 

 

 それはマズいのでは!?

 俺男だよ!?

 

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