色々と試したい要素の一つ、喋るのは一人だけという試み
語り手の主人公は某大型建造艦(まあすぐ分かりますが)
見た目冴えない、明らかに胡散臭い初瀬という提督とのお話です
至らぬ点が多いかもしれませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです
今日も鎮守府は平和である…わけではないようだ。
演習場からは黒煙が立ち上り、今もなお消火活動の真っ最中である。
不幸中の幸いというべきか、付近に民間施設が無いために一般人の死傷者は皆無。
裏を返せば一般人以外には死傷者が出たという事でもある。
死傷者ではなく負傷者であり、その内訳が加害者側のみであるという事もある意味幸運だろうか。
「いやぁ…だからね、こちらとしても非は認めてるわけでしてね」
先程から物凄い剣幕でまくし立てている演習相手の提督に、どうにも締まらない対応をしている男が一人。
軍服の上着を脱いで腰に巻いてランニング姿の、いかにも冴えない男である。
付け加えるならばズボンも膝のあたりまで捲り上げ、あろうことか足元はサンダル履きである。
誰がどう見てもこの鎮守府を束ねる存在には思えないが、残念ながらそうなのだ。
初瀬大佐…昼行燈とも、舞鶴の恥とも呼ばれる見た目通りの男である。
未だ怒り収まらぬ様子の上官に対して舐めきった態度を取り続けるあたり、大した根性と称賛すべきだろうか。
手にしたバインダーを内輪代わりにひらひらと涼を取る様子はもはや挑発行為である。
「ああ、これ? いやぁ…だって暑いじゃないですか…良かったら使います?」
ついに限界が訪れたのか、相手は差し出されたバインダーを手で払いのけると踵を返す。
その後ろに続くのは、見目麗しき絶世の美女…大和型一番艦大和である。
ぺこりと初瀬に対してお辞儀をして去るあたり、なかなかに器量のよさそうな娘だ。
さらにその後に続くのは、長門に陸奥の戦艦コンビ。
続いて赤城と加賀の一航戦と蒼龍飛龍の二航戦からなる鉄板の機動部隊である。
近々発動される作戦に備えて演習相手を探していたそうだが、名乗り出たのは初瀬だけだ。
まあ、はっきり言って泣く子も黙るどころか漏らすのではと思ってしまうほどの相手である。
常日頃から切磋琢磨する諸提督にとって、むざむざ輝かしい演習履歴に傷をつけるような真似はしない。
そんな中で名乗りを上げた大馬鹿者…もとい物好きの初瀬と演習をしたのが運の尽き。
演習用の弾薬の中に実弾が混ざっていたという前代未聞の大惨事というわけだ。
まあ蓋を開けてみれば驚くほどに被害は少なく、怪我をしたのも僅か二名に留まった。
二人だけに留まったというのも、何を考えてか初瀬がその二人しか演習に出さなかったからである。
その二名にとっては、紛れもなく不幸な事この上ない状況ではあるのだが。
ボロボロになりながらもどこか軽くこの状況を楽しんでいる北上。
その隣であからさまに嫌悪感を露わにして舌打ちまでする始末の大井。
「いやいや、大井っちさあ…舌打ちすんのやめてくれないかな」
そう言って初瀬は手にしていたバインダーで大井の頭をコツンと軽く叩く。
「よかったじゃないの、これで愛しの北上さんと仲良く入渠だよ?」
何というか、この初瀬という男は人の扱いにおいて妙に小賢しいところがある。
つい先ほどまで噛みつきそうな雰囲気だった大井の顔が、一瞬にして花が咲いたように明るくなる。
機嫌を取り戻すどころか振り切りそうな大井が、北上の背中を押しながら小走りで去っていった。
「おーう、バケツなんて使わずに十分休んでおいで…どうぞ、ごゆっくり」
にやりと口端を僅かに吊り上げ、意味ありげな言葉を吐く。
どうにも下卑た事を考えているのではないかと勘ぐってしまうが、どうなのだろうか。
初瀬の周りには、そういった浮ついたりした話はあまり無い。
セクハラの類なら日常茶飯事なのだが、それも言葉によるものしか見受けられないのだ。
一部の艦娘の間では、実は同性愛者なのではないかという噂まである。
その実態はいまだ不明で、誰に聞いても最終的にはよく分からない人だ…との事である。
「さて…と、今日はどうせ呼び出しをくらうだろうし…始末書は大淀ちゃんに頼むかな」
あれほどの惨事を目の当たりにしながら、もう欠伸などしている。
始末書を当たり前のように部下に押し付けるあたり、どうやら色々と慣れているらしい。
「んじゃ、僕ぁ今から暫く暇なんだけどさ…君、何かするの?」
完全に執務をサボタージュするつもりでいるらしい初瀬が、唐突に尋ねる。
「…トレーニング? ふぅん…あ、そう…真面目だねぇ」
初瀬からすれば、そりゃあ誰だって真面目になってしまうだろう。
作戦発動まであと僅かだというのに、ただ暇を食い潰すだけだというのは感心できない。
まあ実際に戦うのは艦娘であって、提督の仕事は管理をする事にある。
その唯一の仕事すら、明石と大淀の二人に殆どを放り投げてしまっているから呆れたものだ。
こんな男に、よくもまあこの鎮守府の面子は従っているものだと思う。
いいように扱われている…さっきの大井のような場合ならまだしも、それ以外はどうなのだろうか。
どう考えても大淀や、龍田のような人が理由も無く慕っているとは思えない。
「あっ…ちょっと待ってくれよぉ」
のそのそと歩き出す初瀬。
「いや、君の訓練っての見てみたくってさ」
そんな暇があるならば、もっと他にやるべきことがあるはずである。
「ちょっと待ってってば…始末書? だぁから大淀ちゃんがやってくれるって」
のそのそとしていた足取りが、やがて小走りに変わる。
「規律ぅ? そんなもん守って何に…ちょっと何で走るのさ?」
既に小走りどころか、本格的なランニング状態である。
「大体さあ、規律規律って言う奴ほど執務室で腰振ってるもんだよ」
遂に走るスピードは短距離走並になってしまう。
あっという間に引き離されるだろうと思われた初瀬だったがしかし、訓練施設まで並走してのけた。
サンダル履きで、それも息ひとつ乱さずにやってのけるとは…一体どういう鍛え方だろうか。
「いやぁ…怒っちゃった? 君そういう話ほんと苦手だねぇ」
肩で息をしている相手に、バインダーで扇いであげる余裕っぷりだ。
それは優しさなのか挑発なのか、すっ呆けたような表情からは読み取ることはできない。
もしかしたらこの男、カナヅチというのは嘘で海の上を走れたりするんじゃないだろうか。
そんな事すら思わせる不気味な男である。
ともかく、付いて来てしまったものは仕方がない。
こういう時はなるべく意識の外に弾き出して対処するべきだ。
黙々と訓練メニューを開始する視界の隅では、相変わらずにやにやと初瀬が突っ立っている。
「柔軟、手伝おうかぁ?」
返事は無いし、する必要もない。
セクハラをされるのは嫌だが、それ以前にセクハラをする価値も無いと思われているのはもっと嫌だ。
着任初日の艦娘に対して初瀬が放った無神経な言葉は、忘れようにも忘れられない。
そもそも艦娘というのだから、女性型しか存在しないのが大前提である。
思い出すに胸の悪くなるような話だが、お蔭で柔軟体操に熱がこもったのは怪我の功名だろうか。
「あー…やっぱ下手くそだねぇ、君」
的から大きく外れてしまった矢を見届けると、またしても無神経な言葉が飛んでくる。
事実は事実だが、こうも見事におっぴろげて言われると怒りすら生まれてこない。
続けて放った第二射は、今度はうまく的に命中した。
中央からは大きく逸れているが…最初に比べれば、随分と進歩したようにも思える。
「お、可愛い顔できるじゃない…あ、戻った」
何やら聞こえたが、カラスのほうがもっと綺麗な声で鳴くと思う。
気を取り直して放った三射目は、どういうわけか狙った隣の的のど真ん中を射抜いてしまった。
「おう、ぶらぼーぶらぼー…次はちゃんと左の的を狙ってね」
どうやら初瀬はお見通しのようだ。
「まあ、人には向き不向きってもんがあるんだからさぁ…今のままでいいじゃない」
そうは言っても、これは半分プライドの問題でもある。
他人に出来て自分だけ出来ないというのは、屈辱以外の何物でもないではないか。
「気持ちの問題ってんなら…まあ、好きにやんなさいな」
そう言うと、初瀬がポケットから煙草を取り出すと口に咥えて火を点けた。
「んー? ここ禁煙? うっそぉ…じゃ、今日から無しで」
酷い職権乱用を見た気がする。
「どうにもこれが無いと落ち着かなくってさぁ…ほら、ちゃんとこれも持ってるし」
初瀬が見せたのは、どこにでも売っているような簡素な作りの携帯灰皿だ。
まあ確かに最低限のマナーは守っているようだが…そういえば工廠の保管庫でも吸っていた気がする。
危険物が勢揃いなあの場所は当然ながら禁煙どころか火気厳禁である。
明石がその件に関して文句を言わないのは…多分、色々と諦めたからだろう。
「…そういえば君、それ要るの?」
それと指さされたところで、一体何の事を言っているのか分からない。
長年連れ添った夫婦でもあるまいし、それで通じるはずがない。
「だからぁ…これだよ、これ」
とんとんと胸のあたりを指さす初瀬の仕草に、しばらくの間を置いてようやく理解した。
返答の代わりに、キリキリと弓を引き絞る音が響き渡る。
「やめときなって、どうせ狙ったって当たりゃしないんだか…らぁ!?」
問答無用で放たれた四射目は、見事に狙い通りの場所へと突き刺さった。
惜しむらくは、そこにあったはずの初瀬の頭が無い事か。
「ひっどいなぁ…因果応報? じゃあ僕も因果応報しちゃおうかなぁ」
両手をまるで何かの生き物のようにわきわきと動かしながら初瀬がにやりと笑う。
「あっ…でも君の場合こうか」
人差し指を突き出して、何かを突っつくような仕草。
ズドン…と鈍い音を立てて五本目の矢が壁に突き刺さる。
またしてもひらりと逃げおおせた初瀬が、珍しく声をあげて笑っていた。
「はっはぁ! こりゃいいや…今度から的を僕の似顔絵にしたらどうだい?」
それは妙案だと思ってしまった時点で負けである。
そもそもその理論なら、まだ見ぬ深海凄艦相手に全く効果が無いではないか。
いや、それなら深海凄艦に初瀬の似顔絵を…やめよう、馬鹿らしい。
弓術の訓練がてら、初瀬を射掛ける事小一時間。
何やら不機嫌そうな表情の大淀がやってきた。
手にしている封筒と会話の内容から察するに、どうやら本当に始末書を作成してきたようだ。
「えぇ~…もう行かなくちゃいけないのかい?」
そしてどうやら、大本営からの呼び出しのようだ。
「めんどくさいからそれも大淀ちゃんが…だめ? あ、はい」
本当にとんでもない男だ。
さらに大淀が大本営からの電文とそれに関する報告を口頭のみで述べている。
相変わらずというか、凄まじい記憶力である。
「だからさぁ、うちにはもう資源無いの! 陽動部隊出しただけで精一杯なんだよもう」
近々発動される二正面作戦についてだ。
かなりの大規模な作戦で、この鎮守府からも龍驤や隼鷹などが陽動作戦に参加する予定になっている。
残念ながら、練度が足りない場合は鎮守府で待機だそうだ。
どうやら現在この鎮守府は、重度の資源難であるらしい。
その原因は、大型建造…別名溶鉱炉などと呼ばれる資源の大量消費だ。
「そんなこと言うなってば、まるであの子が悪いみたいじゃないか」
ちくりと胸の奥が傷む。
大淀は大淀で、そんな意味で言っているのではないとまくし立てている。
そもそも作戦が差し迫ったこの時期に資材を乱用するなどもっての外だそうだ。
一理どころか、常識である。
本当にこの初瀬という男は一体何を考えているのだろうか。
だが、初瀬の気まぐれが無ければこうしている事すら無い…そう、無いのである。
「いいのいいの! 別に僕が頑張らなくたって…そういうのはやりたい奴にやらせておけばいいの!」
この鎮守府で初瀬に勝てるといえば、そのひとつが大淀の水攻めのような容赦ない言葉責めだ。
もはや勝ち目無しと判断した初瀬が大淀の手から封筒を引っ手繰ると、逃げるようにして走り出した。
ちなみに初瀬に有効な残りの手段は、鳳翔の兵糧攻めと明石の土竜攻めらしい。
兵糧攻めは容易に想像できるが、土竜攻めとは一体どういうものだろうか。
以前明石にその事を尋ねたら、ただにやりと笑って物理…とだけ言っていた。
「天龍ぅ…今から大本営行ってくるけどさぁ…チビどものお土産何がいい?」
訓練場の外から、なんとも気の抜けた声が聞こえてくる。
今から確実に説教をされに行くというのに…まるで遠足気分だ。
「おう…おーう、分かった…うるさいよでち公、はやく行ってきなって」
どうやら遠征から帰ってきたのか、天龍率いる通称天龍幼稚園の面々の声が聞こえる。
きゃいきゃいとはしゃぐ声…どうやらお土産は随分な量になりそうだ。
全く…本当にここは平和すぎて自分が戦うために生み出されてきた事を忘れてしまいそうになる。
軽い自己嫌悪のようなものに囚われて溜息をつくと、大淀が声を掛けてきた。
どうやら初瀬に対して溜息をついてしまったのだと勘違いしているようだ。
大淀が言うには、以前は大将に昇進するほどの有能な人物だったらしい。
今となっては抜き身の通り名も返上ですねと大淀は語るが、一体どういう意味だろうか。
どんな意味にせよ、こうして見ている限りは初瀬が優秀だったとはとても思えなかった。