「で、どうだよ。俺もルルに合わせてメラン装備作ったぜ?」
「どう?ペアルックだぜ?」とサムい一言を付け加えシンバは胸を張る。
確かに、いつもと違いおしゃれなスーツに身を包んでヘアスタイルもワイルドに決めている彼は割とイケメンかもしれない。
運んでこられた【ゲリョスの悪魔風ステーキ】を一口大に切り分けながらルルリアは「はいはいカッコいいね」と一応ほめておいた。
かなりつれない態度を取ってはいるが、ルルリアはシンバのことをそれなりに受け入れている。
ただ、ちょっとだけ照れくさいのでいつも気の無い素振りをしている。
その割りにシンバに対する仕草は他の男達に対するものよりやや軟らかいものだったりするのが素直じゃないルルリアだった。
「しかし、どうしたんだよ。その白いガルーダ。見たことないよ?」
【濃厚フルフルシチュー】をかき回し、中落ちの部分をさがしつつシンバが尋ねる。
ここのコックアイルーはケチだから中落ちなんか絶対に煮込んでいるはずは無いのだが、一縷の望みを掛けてつい注文してしまうのだ。
その言葉にルルリアはかちゃりとナイフを置き、ナプキンで口元を拭いてから経緯を答えた。
一見落ち着いて見えていたが、話の最後でギリリとフォークを握りなおし「あのスケベ親方め!」とステーキに突き立てる。
その衝撃でガタンとテーブルが揺れ、周囲からの好奇の視線が注がれた。
奥のほうから「アイツ口説くのに失敗しやがったぜ。ざまぁ」と余計な茶々が入り、シンバがその揶揄に「ちがぁう!」とがなり返す。
「今日はもう皆に乳、乳、おっぱいって言われ続けて、もううんざり」
鼻でため息をつき、ルルリアはフォークを皿に放る。
かきん、と硬質な音がするも周囲の喧騒にかき消され、彼女のその無作法は見咎められなかった。
「好きで大きくなったんじゃないやい」と更に続ける彼女にシンバは屈託無く微笑んだ。
「いや、でもそれ、似合ってるぜ。可愛いよ。いつものガルーダも良いけどさ、その、フィアラルだっけ?それもエッチだけど清楚な感じもして良い。ルルにぴったりだよ」
シンバは素直にルルリアをほめる。
ちょっとスカした感じのナルシストと見られがちなシンバだが、実は案外これで朴訥としたイイヤツだったりする。
二十歳前半とは思えないほどに落ち着いているのには、彼の師匠の教えが大きく影響していた。
観察と待ちと護り、を基本としたシールドを装備するガード武器の戦術を教え込まれたシンバは、対女性に関してもその基本戦法を変えたことが無い。
その爽やか系のフェイスで押せば強いはずなのに、ルルリアのように遠慮を知らない女に振り回されてしまうのが彼の常だった。
「さ、さっき揉みたいとか言ってたくせにさ」
シンバの悪意の無いほめ言葉はわかったのだろう。
ルルは珍しく照れて目線を彼から背けた。
頬を染め、照れ隠しに鼻を鳴らして悪態をつく。
しかし彼女のその台詞に「それも本心だぜ?」と、親指をグッと立てたシンバは結局テーブルの下でスネを蹴り上げられることになってしまったが。
なんだかんだとこの二人はいいコンビだ。
ヴァンとは違い年齢も近く、なによりシンバがルルリアに惚れているために彼女が主導権を取っても波風が立ちにくい。
それは性格的にも思考的にも竹割りなルルリアにとって案外心地よいものであった。
ところが意外なことに、シンバは一度もルルに自らの思慕の想いを伝えていなかった。
実はシンバにはひとつの誓約があるのだ。
師匠から教えられる技を全て完修しなければ独立することはまかりならない、非常に厳しいハンターの流派に所属しているためだ。
その流派の規則の中に【男女交際の禁止】があるのだ。
【ソレ】はおもむろにのそり、と腰を上げると二人が食後のコーヒーをすすっているテーブルに近づいていく。
「シンバよ。食事は終わったのかニャ?」
語尾の【ニャ】を冗談で言っているとしか思えないほど野太い声が彼の背中に放たれる。
その声に、シンバの体にびくっ、と緊張が走った。おそるおそる振り返るそこには、黒トラのネコマスクを被った大男が立っていた。
身の丈は2mを超え、その胸板はブ厚く、二の腕は丸太のように膨れ、その腕力の強さを用意に想像させた。
「ひ、ヒューマ団長。は、も、もう、終わりますた」
【ブラックキャッツ】の団長【黒猫のヒューマ】その人だった。
通り名のとおり常時ネコのマスクをかぶっている珍しい人だ。
だが、そのハンターとしての能力は変態な格好とは裏腹に非常に高いセンスを持っている。
しかも、彼こそシンバの師匠でもあった。
彼は思想の人であり、高尚な目的を掲げる一種特有なモンスターハンターで、自分ルールも大好きだった。
そのはた迷惑なルールのおかげで彼の率いる猟団には女性ハンターは一人もいない。
【キャッツ】担当のギルド受付も男性。
給仕もウェイター。
コック猫も雄。
徹底している。
「ます、か。ました、か。どっちだニャ?ん?」
シンバの眼前にネコマスクが迫る。そのぎらつくネコ目ににらまれてシンバは「うひぃ」と情けない声をあげてしまう。
どうにもヘビ睨なシンバが気に食わず、彼の立場も事情も解っているルルリアはすっと立ち上がり助け舟を出した。
いや、助け舟と言うよりは駆逐艦と言った方がしっくりくる言葉だったが。
「ました。ですよ。というか、いいかげん女の子に慣れたらどうですか?いい歳してカノジョも見つけられないなんてどうにかしてますよ?あ、男の子が好きなんでしたっけ?んで猫だけに右っスかそのなりで」
がたたっ!と周囲の席に座っていたキャッツの団員がイスを倒したまま逃げ出す。
今の挑発は絶対に血の雨が降るレヴェルだ!とおよび腰。
その一言に、無言でシンバからルルリアに目を向けるヒューマ。
団長が無言でいきなり【練気ゲージ】を溜めはじめているのをシンバを含むナイツの団員はわかっていた。
この人に冗談は通じない。
そう、通じないったら通じないのだ。
このままではルルが危ない。
「お、オレは身を挺してでも彼女を護るぞ!」と思った次の瞬間、シンバを含む居合わせた人々は信じられない光景を目にした。
「ほい」
と、ルルリアはその皆の憧れのおっぱいをヒューマに押し付ける様に抱きついた。
“ふにゅん”と柔らかそうに形を変え、屈強な筋肉に圧力をかける柔肉。
ごくり、と誰かの咽がなり、皆が固まっていた。
いったい、あの女の子は何をやってるんだ!?
と、次の瞬間である。
ヒューマの力強い膝が砕け、彼はそこらのテーブルを巻き込みながらその場に倒れこんでいく。木のテーブルが足から外れるメキメキという音に続き、受身を取らないヒューマが倒れこんだ振動が響いた。
床の埃が舞い上がり、傾いた午後の陽に照らされ輝いている。
ヒューマは微動だにしない。
誰もが自分の目を疑っていた。
この人は【イャン・クック】程度なら素手でひねり殺せる人なんだぞ?そ、それが、なに?おっぱいに、負けた!?負けたのか!?
「ふむ。やはり“乳は強し”か……良しとするしかないかな」
「モンスターばかり相手にしてないで、もう少し女の子にも慣れといたほうがいいぜ、坊や」と鼻血を出して気絶しているヒューマに声を掛け、呆然とするキャッツの面々を尻目にルルリアは酒場のドアをくぐるのだった。
その背と腰に光る白眠鳥の羽毛は誇らしげに揺れ、今日繰り返された“乳騒動”の幕切れが、ルルリアにとって満足の行くものだったことを静かに語っていた。
ルルリアは建物の外で、ぐぅっと伸びをした。
とたんにぱきり、と背骨が鳴りちょっと面白い。
午後の緩やかな暖かさと満腹感、それに何かに大勝利したような晴れ晴れとした気分で気持ちがスカッとしている。
ディズが上手くやっていれば、ヴァンの午後の予定は丸つぶれのはずだし、ソロでババコンガ狩りにでも行ってくるかな。
「あ、でもこのカッコのままで行くとナツミさんと同じ結果を招きそうだな。それはヤだな……着替えるか」
と、これからの予定を勝手に組み立てつつ、ルルは自分の部屋がある【鋼鉄のリューシェ】の女子向けアパートに向かって歩き出した。
とりあえず、ヴァンとは親子でも兄妹でも、ましてや恋仲などではないので彼女には単身部屋があてがわれている。
メイドネコのパインちゃんが一匹、週に二回掃除整頓に来てくれるだけのただ着替えて、寝るだけの部屋だ。
「あ、でも面倒だから【モノデビル一式】でいいや。無双刀の切れ味も確かめたいし。うんうん」
自分の持っている装備の中から、太刀の切れ味スキルのことだけを考えて防具を選ぶルルリア。
そんな適当な独り言を言っている彼女に、騒ぎが収まらない酒場からやっと抜け出して追いついたシンバは苦笑いしながら提案する。
「なんか狩りにいくなら、ついていくぞ。午後の用事は誰かさんのおかげで丸つぶれだからな」
そう言って、面白そうに笑いを反芻する。
「師匠が鼻血出して気絶するなんて、どんな凶器使ったンだよ」とうれしそうだ。
心底楽しそうな友人に「こんな凶器だぜ!」と胸を突き出すルルリア。
その仕草はシンバのツボを捕らえ、彼はますます笑い続けるのだった。
そんなシンバを見て、ルルリアもなんだか嬉しくなってくる。
ハンター達に宛てた依頼が沢山貼り出されている掲示板がある広場にたどり着くまで二人は楽しそうにじゃれあい、笑いあっていたのだった。