目の前で銀髪と桃髪がやいのやいのと言い合っている。
この緊張感の無さはもう諦めた方がいいのかもしれない。
どんなにヴァンとシンバが気配を殺そうとしてもあの二人がどうしても目立ってしまう。
これでは昼寝している棘竜も目をさまして待ち構えているんじゃないのか?
そう『棘竜エスピナス』とはその存在を限りなく自然と一体化させようとすべく進化した飛竜。
自らの持つ硬い、非常に硬い鱗と至るところに装備した猛毒のある角や棘といった強力極まりない武装を誇示することよりも平穏無事に、穏やかに生活することを望む。
その体色は深いグリーンでこの樹海にあってまさに保護色として相応しい。
彼らには長い角があり、尾や背中に生える幾本も連なった禍々しい棘、大きな翼に伸びる鋭い爪がありまさに『棘竜』と呼ばれるには相応しい様相。
ボディが緑色で角爪棘が赤紫という補色なカラーリングは一種独特の美しさをも持つ。
だがそれらの『棘』達には触れるだけで獲物を死に至らす毒腺がそなわり、その毒はなんとエスピナスの体内でも精製可能だというから厄介極まりない。
彼らのため息までもが毒気に満たされているのだ。
毒に耐性のない草食動物や前述の小型の鳥竜種ランポスは決して近づかない樹海の王者である。
ところがどっこいしょういち。
そんな毒持ちで硬くて強い棘竜、彼ら樹海の奥深くに潜み、一日の大半を丸まって寝て過ごす。
腹が減っても起きない。
呼吸すら覚醒時の三分の一まで減らしてただの物体となろうとする。
ある説によれば、睡眠時の鼓動も二分の一になっているらしい。
当然、何者かが触ったくらいでは全く動きもしない。
実は、叩いたくらいでも起きない。
なんと、乗っかって踏みつけて、騒ぎ立てたとしても起きないという筋金入り。
常に冬眠してるようなものである。
お前ら、やる気あるのか?と問いたくなる程…とりあえず樹海の王者の癖に…物凄く物臭者であるのだ。
ギルドの調査ネコすら気付けない、そのまるでちょっとトンがった岩かなんかみたいに無機物にしか見えない連中の擬態はもはや芸術の域に達していた。
ゆえに近年までその存在すら発見されなかったという徹底した隠密ぶりである。
またまたところがどっこいしょ。
エスピナスはキレると手がつけられない。
普段の温厚な姿のカケラのさらに端っこの先っぽすら見つけらないほどに『ブチギレ』るのだ。
例えるなら、そう…。
ここに、心落ち着くお気に入りの音楽が録音された『音盤』をプレーヤーで再生しながら大好きな作家の本を読書をしているとても物静かな深窓の令嬢がいるとしましょう。
彼女はとても穏やかな性格で言動も品があり人当たりもよく、素直で可愛らしかったので周囲にとても好かれていました。
彼女の家柄はとても格式が高くとってもお金持ちでしたが、それを全く意識させない彼女は本当に素晴らしい人でした。
ところが、彼女がとても落ち着いてリラックスした気分でいたその時。
彼女のお気に入りの『音盤』がチョコっと『音飛び』を起こしました。
それは些細な、本当にチョコっとだけの小さな、小さな『切欠』でした。
前触れ無く、彼女は持っていたハードカバーを背表紙のトコロで真っ二つにブッちぎります。
切れた背表紙から散々な事になった糸かがり綴じの残骸が覗きます。
両の手のひらに引き千切った上製本を持ち、眉間に深くしわを刻みこみ、こめかみをビグビグさせながら彼女は立ち上がります。
自分がたった今まで座っていた椅子をそのアスパラガスのように細い足で蹴り上げ、天井のシャンデリアにまで到達させ、そのクリスタルで飾られた照明を粉々にします。
その惨状を振り向きもせず、普段のしゃなしゃなした物腰ではなくズンズンと足音を響かせ毛足の長い絨毯を踏みにじりながら彼女は未だ音楽を奏で続けるプレーヤーに近づきます。
そして、普段の鈴を転がすような美しい声…ではなく、唸るようにドスの効いた声で『音盤』に向かってこういいました。
「…よぉ、てめーよぉ!…あのよぉ、そんなに上手く鳴けねぇーってのならよぉー!わかってンのかぁあん?…今すぐその薄っぺらいオメー様と汁気たっぷりのパイナップルすげ替えて美味しくいただいてヤンぞゴルァ!どう落とし前付けてくださいますのですかぁあぁン?」
「オメー様にどんな権利があってオレの優雅なひと時を邪魔すンですかぁン?ナメてっとオレのオトー様に言いつけてオメー様を末代まで抹殺してヤっからいい気ンなってンじゃねーっスよごのビチ○ソがッ!」
そう吠えた後、間を置かず両手のハードカバーを同時に振り下ろし、何度も振り下ろし、そのカッペリーニのような白く細い腕の筋肉が止めてと懇願してもなお振り下ろし続ける彼女。
細切れになったお気に入りの書籍の頁、高級な装飾の施された羊皮紙製の表紙もズタボロ。
幾度となく彼女を楽しませてきた『音盤』はもちろん、そのプレーヤーもとばっちりを受けて部品単位で破壊されつくしていた。
その一部始終をドアの隙間から家政婦は見ていた!
きっとタクシードライバーや温泉旅館の女将さんも知っている!
万引きGメンや舞妓さんや美人三姉妹なんかもきっと出てくる!
そんでもってみんな断崖絶壁でキレたお嬢様に詰め寄られて身投げするんだ。
閑話休題
それくらい、エスピナスのキレかたは唐突で前触れなくしかも破壊的で壊滅的な威力なのだ。
その狂おしい程に危険な暴走はいつも唐突。
今まで何をしても起きなかった棘竜が、急にその身を覆うほど大きな両翼を広げ、上半身を高く持ち上げる。
周囲にたむろするハンター達を威嚇する咆哮を轟かせ、自らは信じられない速度で突進を敢行する。
その角の赤い先端や爪の先、体に生える無数の棘に向かって体内から張り巡らされた毒腺を一気に活性化させ、猛毒の塊となってハンターに向かって猛スピードで突っ込むのだ。
その速度は強敵と名高い『轟竜ティガレックス』の突進力よりも遥かに早く、しかもただ噛み付くだけのティガレックスとは違い、突破力のある脚力に加え強烈な毒の威力も合わせた棘竜全ての力を攻撃に転化させての一撃となる。
どんなに厚い装甲の防具を持っていようと、我らがエスピナスの毒はかすっただけでハンター達の機動力を奪う。
毒に犯され動けなくなった哀れな、いや、自分を激昂させた愚かなハンターをその巨体を支える太い脚爪で引き裂きながら棘竜は言う。
『テメーは、オレを怒らせた』
まぁ、そんな振れ幅の大きいというか裏表の激しいというか強烈な個性を持つ『棘竜エスピナス』は確かに強敵である。
デイジーは自分がまた『お荷物』になってしまうのではないか、と若干不安で心もとなかった。
自分が散々イジってきたのは言わばモンスター達の『破片』である。
それらの特性を見切って武器や防具をこしらえるのも確かに素晴らしい技術ではあるが、カケラではなく生の、本物の、生きているモンスター達を相手取るのはまた全然違うベクトルのセンスが求められて、ナイーヴな彼女は少し自嘲気味であったのだ。
だからというわけではないが、彼女はその不安を一生懸命打ち消そうと普段以上にキャラに無いことをした。
ヴァンすら気付かない(まぁ、いつもニブいが)デイジーの思いは当然ルルリアに伝わるわけもなく、しつこいデイジーにだんだんとルルも我慢できなくなりつつあった。