ランゴスタハプニングから合流したパーティを遥か樹上から静かに見続ける視線がある。
樹海の大森林の年齢はそれこそ浅いものではなく数千年単位の歴史を重ねた樹齢を誇る木々がそこらじゅうに生えている。
一種独特の神々しさすら漂う原生林は樹種も多く、すっくと立つ檜系の姿が目立つがそれは普通の太さではなく、幹の周囲が巨漢のヒューマが両腕を広げて5、6人くらい必要な太さの大木が頂を競い合っているのだ。
それに混じって常緑広葉樹や果樹も数多く、肥沃な土壌を構成する林床はふかふかのコケ類が何層も世代を重ねて天然のレイズドベッドを作り上げている。
樹々だけ見ても分類など出来ない多様性さゆえに調査団が頻繁に組織されて謎に包まれている生態系を調べるために学者がうろついているのも珍しくない。
もちろん、ハンター達もそういうのの護衛とか手伝いとかの(ヌルい)依頼も多いので人影を見るとキチンと一礼と挨拶をするのだ。
しかし、ルル達を見つめる視線はそのようなものではなかった。
彼らが集まった広場のような空間に枝を張り伸ばした黒松の枝陰に潜む人影。
傍らに佇む黒い獣がついと首を上げ、隣で彼らを見張っている主に話しかける。
『ずいぶんのんびりした連中ね』
「…気配を絶って、ガガ」
『アイ、マム』
主の叱責に対し厳かに返事をして『ガガ』と呼ばれた黒い獣は伏せの体勢に戻る。
獣僕の素直な態度にソレの頭を一撫でして褒め、人影はその視線を眼下のパーティに戻す。
確かに、緊張感に欠けるハンター達…。
特にあの銀髪。
あの落ち着きの無さは目に余る…。
でも、彼女こそがヤツの…。
ルギナゼラスの求める力の持ち主だという。
「…始まる、わね…」
ぶつりと呟いた主の言葉に傍らの獣がその尖った耳をピクンとさせ首をもたげる。
毛並みは滑らかな紫黒色、緋色の瞳が爛々と輝く大型犬に酷似した姿。
その尾は細く長いスリムなもので、先端に赤い水晶のような鉱石が付いている。
同じ鉱石が額にも輝き、この存在がただの獣ではないことがうかがい知れる。
『行くの?』
黒い獣の言葉が直に聞こえる訳ではない。
主人の頭に、精神に直接語りかけるように伝わる言葉。
「…ヤツが、出てきたら、ね」
他の事にはまるで興味が無いような口ぶりで淡々と語る主。
あるじ、とは言うもののその風貌は細身の小柄な少女である。
従えている獣と同じように流れるように滑らかなウェイブヘアを腰まで伸ばしている。
その消し炭色の髪色はその言動を表すように静かで、しかし炭の奥に燻る熾き火を表すかのように一筋、朱色のメッシュが入って彼女の秘めた激情を表していた。
眼下では件のパーティメンバーが合流し、それぞれの武装のチェックなんぞをノンキに行なっている。
しかし、彼らを俯瞰で見ている少女には、既にルルリア達がその今現在だらけきっている闘争本能を引き締めなければならない状況にいることが分かっていた。
「…教えて、あげる…義理はない、けどね」
『またまた、悪いコぶっちゃって…キャン!』
相棒の余計な茶々に対して今度はその頭に結構な勢いでゲンコツを落とし視線を眼下に戻した。
連中がよっかかってクダを巻いていた岩。
樹海の真ん中に不自然に鎮座する岩。
まさに『置かれた』という表現がふさわしい、以前には無かった感じな岩。
ルルリアが立てかけていたマテンロウが派手な音を立てて倒れる。
小ぶりな地震を引き起こしながら、その『岩』が急に立ち上がって大きく伸びをしてあくびをぶちかました。
くぁぁあぁ…。
その『岩』だったものが能天気にも程がある呼気を吐き出し、その硬く広い翼を広げつつ二、三度羽ばたいた。
飛ぶつもりはまったくないその翼の動きはしかし、ヤツの足元に転がった自らの武器を拾いに行こうとするルルリアに尻餅をつかせるに十分であった。
「おい。デカいぞこのナス」
「な、ナスはお味噌とお砂糖で油炒めにすると美味しい。うん」
ヴァンの言葉をデイジーが笑えない中途半端なボケで返す。
元々、サイズ的には飛竜種の中でも比較的巨躯の部類に入るエスピ「ナス」ではあるが、それにしても大きい。
棘竜の名の由来にもなっている体を覆うトゲトゲも彼らが既知のエスピナスとは異なる多さ、また鋭さであった。
それが分かっただけで彼らは『ババを引いた』と全員が直感出来たのだ。
「すっごくヤな予感がする」
「いや、コイツの狩猟にヤな予感は付き物だろが」
ルルがぼやき、シンバが答える。
だが彼らはまだシールド装備だからまだ良い。
「いざとなったらあんた達リアルで盾役だからね」
「俺はともかく、ディズはルルの後ろから射かけてろ」
ヴァンとデイジーはそれぞれハンマーと弓装備である。
ただでさえ装甲の薄い弓装備のデイジーは既にビビりの境地であった。
噂に聞く急突進がいつ来るか、今来るのか、できればこないでとオドオドするディズを尻目にヴァンは両肩の装甲を外しグルグルと腕を回す。
その表情は彼女とは正反対に生気に満ち、重そうなエクエスアルベルをバトントワリングかなんかのようにブンブンと振り回し、最終的にそのハンマーヘッドをエスピナスの眼前にビタリと突きつけた。
「うわ、ヴァン兄やる気だ」
戦槌を最大限振り回すための準備運動をした兄貴分を見て、ルルは自らも口裂け女のようにニンマリと唇を曲げて拾い上げたマテンロウのグリップの目盛りを「0」から「1」へと捻る。
ルルリアのそのささやかな指先の動きは眠っていたそのランスを目覚めさせる。
かきん、かきん、かきん…。
槍の躰の中でいくつものギアが噛み合う音が響く。
ソレは小さなノイズから段々と規則正しいリズムに変わり、ぎちぎちぎちッ…とマテンロウのボディが伸びてゆき、さっきまでの不格好な短い鉄の棒は、そのからくりのスイッチをオンにされたと同時に自らを戦用に変貌させた。
螺旋と逆螺旋の伸縮溝を交互に伸ばしつつ、あまりにもメカニクスなサウンドをあたりに響かせながら太古の槍はその封印を現代に解き放った。
その銀色に光り輝く『ドリル』を意気揚々と天空に(樹海の木々でまるで見えないが)向かって突き立てたルルリアはなんとも誇らしげである。
「っしゃオラぁッ!棘比べじゃコラぁ!」
「…なんだよ棘比べって」
自らは既にデッドウィングSPを戦闘形態に組み上げエスピナスに向けていたシンバが苦笑する。
こういう底抜けにポジティブな時のルルリアは見ていて飽きない。
それどころかルルの元気が自分にも半ば無理矢理強引に押し付けられているような気がしてくるから不思議だ。
それも、全然嫌な感じはしないのも不思議だ。
彼は激戦に備え足場を確認する。
落ち葉や小枝が幾層にも積み重なった大地。
それこそ何代も命を産み出し、受け入れてきた積み重ねてきた大自然。
そんな世界を相手に自分は自分の生命を今感じている。
ふと目が止まった銃口は幾度となく放たれた竜撃砲の燃焼ガスにあてられてブルーグリーンの焼け跡が目立っている。
美しさと力強さを兼ねたガンランスは敬愛する師から受け継いだもの。
そして隣にはつい最近とはいえ自分の想いを受け止めてくれた最愛の少女。
シンバは思う。
自分は恵まれている、と。
本当に、恵まれている、と。
「な、ルル」
「あん?」
「帰ったら、ちょっと遠出しないか?」
「…う?どしたのシンバ?」
「あ、いや。なんでもない、うん。またあとでな」
ルルとはこれからも一緒だ。
ずっと一緒にいるんだから。
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