ところで、ハンター達が戦闘態勢を立て直しつつあるまさに今。
先ほど立ち上がったその棘竜エスピナスはというと。
なんと立ち上がったままである。
羽ばたいたからどうこう言うわけでも無し、立ち上がったからなんだと言うわけでも無し。
その場で若干の方向転換を繰り返すものの、ぶっちゃけ目立った動きは見られない。
お前さん、そのうち立ったまま眠り出すンじゃぁないかね?
いやさ、この大胆にも豪胆な肝っ玉の持ち主である棘竜兄さんならそれもあながち冗談ってぇわけじゃねぇとしたらどうでぇ?
…ありうるからこそ無いわぁ…。
『さすが樹海の王、パネェわね』
「…まったく、ね…大物、だわ」
頭上の一人と一頭が呆れるのも無理からぬこと。
ついさっきまであたふたしていたデイジーまでもが小首をかしげてヴァンにエスピナスの調子を尋ねるようになっても、このものぐさな棘竜はあくびを続けるのだった。
「ねねね、アレ絶対あたしたちのことナメてるよね?」
ものすごく嬉しそうなテンションでルルリアが言う。
とはいえ、そのこめかみをヒクヒクさせ口の端っこをプルプルさせながらシンバの胸ぐらをひっつかんでのセリフであったが。
「ま、まぁ、落ち着け。ピナはいつもあんな感じだろうが」
どうどう、と彼女をなだめるシンバはエス「ピナ」スよりルルリアの方がとりあえず怖い様子。
ストレガの首にあしらわれているマフラーをぐじゃぐじゃにされているにもかかわらず両手上げで戦わずして降参状態なのは男としてどうなのよ、キミ。
眼前ではいぜん、巨大な棘竜が意味も無く翼を上下させてはあくび、のしのしとあるいてはえげつないトゲが仰山生えた尻尾をぶらぶら。
そんなのんびりした様子のエスピナスも実は当然、ルル達が自分を狙っているのに気づいている。
だが、彼ら棘竜は人間なんぞ眼中に無い。
何といっても自分たちの祖先は古龍達と死闘の末に樹海の覇権を得ているのだ。
いくら徒党を組もうが所詮は脆弱なサル、ドドブランゴやババコンガやゴゴモアといった牙獣種連中になりかけた奴らとは到底思えませんから。
だからこんな連中なんて気に止める必要は全くもってこれっぽっちも無いのだ。
へへん。
「…にゃろ。今笑いやがったな。いーや、完全に馬鹿にした(笑)だった」
ルルリアさんが犬歯を剥き出す。
自分たちはとっくに戦闘モードなのに、当のエスピナスはまるでやる気が無いのが丸わかりですごく腹立たしい。
なんであれ、相手に無視されるというのはこう、なんというか、裏寒いというか物悲しいというか。
せっかくボケたのに失笑すらもらえない芸人の心の痛みってなんか伝わって来ませんか?
「命懸けのハンターと芸人を一緒くたにするなよ、ルル」
ところが、ヴァンがため息と一緒に吐き出した言葉に思わぬ人が噛み付く。
「それは違うわヴァン」
「彼らだって舞台の上で命懸けで笑いを追求しているのよ」
「日毎に違うお客さんを相手取って笑いを取るためにそれぞれのツボを考慮にいれながら必死にネタを生みだすのよ?」
「それがどれだけ、血を吐くような努力と寝る間を惜しんだ稽古によって作られたか、あなた分かるの?」
「彼らの世界を知りもしないで無責任な言葉は控えた方がいいわ」
いつになく饒舌にセリフをまくし立てたデイジーをパーティの三人があんぐりと口をあけて見つめる。
まさか、ディズがお笑いに対してそんな情熱を持っているとは露にも思わなかった彼らは文字通り言葉が出ないほど驚いていた。
顔を紅潮させてお笑い芸人に対して熱く語ったデイジーにどんなコメントを返せばいいのかルルリアまでもが真剣に考えているまさにその時。
ぶふっ、くしゃん。
間の悪いくしゃみをする棘竜。
エスピナスは続いてあくびと鼻すすりの間のような息遣いをしつつ後ろを向いてしまった。
さて、見方によっては非常に空気を読んだその一連の動きに心底憤慨したディズであるが、彼女は先程まで心底ビビっていたことも忘れてエスピナスに向けて矢を引き絞るのだった。
それは彼女にとっては珍しく先走った行為で、狩猟において生まれて初めての先制攻撃の瞬間でもあった。
ぎりりと弦を引き絞り、噛み締めた奥歯の隙間から色っぽい鼻にかかった力んだ声が漏れると同時に彼女は右人差し指を開放する。
びゃう、と五枚の矢羽が唸り、デイジーが放った矢は一直線に棘竜の横腹に向かって飛んだ。
彼女が所持する弓の名は『エクエスアルク』。
その名の通りディズの装備しているエクエスシリーズの防具と同系列の弓である。
昨今主流になりつつあった多弦式や自動式の弓ではなく昔ながらのスタイル。
上ハズから下ハズまでのラインが艶かしく流麗で、弦輪部分にエクエスのシンボルとも言えるパールホワイトにゴールドのエッジが彩られた装飾があしらわれている。
その鳥の翼を模した装甲は上部と下部それぞれの姫反の部分を強化し、彼女が弦を引き絞る度にまるで羽ばたくように広がって周囲のマナを取り込み、その力は弓束を通って矢に伝達される。
『エクエス』の武器や防具は絡繰を用いた物理的な強化ではなく、自然界の力を強化する武装を目指したひとつの答えであった。
無論、ヴァリオンが携えた『エクエスアルベル』も同じ理念に基づいている。
エクエスアルベルもまた所持者の動きに合わせて攻撃力を増加する細工が施されているのだ。
デイジーが突っかけたのを契機に、パーティの面々の表情が引き締まる。
彼女が放った第一射はエスピナスの信じ難い堅さの甲殻に弾かれて逸れ、向こうの大木の幹に深く突き刺さった。
「気にするなディズ!射続けるんだ!」
己はグリップを握り直し、二の腕に詰め込まれた筋肉をこれでもかといわんばかりに盛り上げながらヴァンはデイジーの切欠を肯定する。
「ルル!」
「あいよっ!」
盾持ちの二人がそれぞれ左右に別れ、得物を同時にエスピナスの両足を貫こうとする。
がきぃん!がちぃん!
まるで鋼の塊に槍先を突き入れたかのように硬質な衝撃が二人の腕を走り抜け、ルルリアとシンバは思わす呻いた。
「痛ってぇ…!」
「あうぅ…痺れたぁ」
どれだけ頑丈なんだコイツの体は!
解ってはいたけど、実際ありえない堅さだよ本当に!
「うおぉ、らぁ…っ!」
ざくざくと助走を付け、ヴァリオンが棘竜の頭上めがけて飛び上がった。
大柄で長身の彼でもそうやって跳ばない限り頭部に攻撃を加えることが出来ない程キングサイズなエスピナス。
重いハンマーを振り上げながら、それに自らの体重も加わるゆえに大ジャンプとはいかないもののヴァンの攻撃は見事棘竜の即頭部を捉えた。
ばがん、とクリーンヒットした衝撃が辺りに広がりはしたがなんとダメージを受けて地面に叩きつけられたのは攻撃を加えたはずのヴァリオンであった。
エクエスアルベルがその頭を打ち付けようとした瞬間、樹海の王はその巨体に不似合いな程素早く方向転換に入った。
それだけでなくそのまさに凶器と呼ぶにふさわしいトゲがいっぱいついた尾というフレイルを強烈にしならせ、ジャンプ中で身動き出来ないヴァンをハエかなんかをひっぱたくように叩き落としたのだ。
戦槌を振るいやすくするために装甲を外したことが早速アダとなったヴァン。
鋭い棘でしたたかに打たれた彼の剥き出しの腕にざっくりと切創が刻まれる。
「ぐぅッ…ぬかったっ」
「ヴァンっ!」
叩きつけられた衝撃からやおら立ち上がろうとするヴァリオンにデイジーが血相を変えて駆け寄る。
ウエストポーチからブランデーの入ったフリスクを取り出しつつ、彼の腕の傷についた落ち葉を払ってゆくデイジー。
「そんなに大したことじゃないぞデイジー。奴さんの毒腺はまだ」
「ダメ!エスピナスの毒の怖さは私もよく知ってる。凄いからこそ装備に利用しているんだから!」
弓を傍らに置き、自身の腕を止血処置してくれる彼女の必死さを受け止めたヴァンは口から出そうになった経験則をぐいと呑み込んだ。
遅れました