「……不安定な、ちからね…」
『アレが、例のちからかしら?』
樹上から見下ろす少女の目が捉えた、わずか輝いた金色の光。
「…さあ…だとしても…まだ、ね」
その瞳をすぅ、と細めた彼女は静かに立ち上がる。
後ろ髪を右手で一度かきあげ、右耳のインダストリアルピアスのリング連が奏でる小さな銀の音を楽しんだ。
「ガガ。準備して」
『アイ、マム』
相棒にそっけなく告げた彼女は次いで前髪を集めねじってヘアピンで挟む。
両目にかかっていた髪をポンパドールに纏め上げた彼女の額には相棒の黒い獣と同様の紅い鉱物が輝いていた。
「だい、じょう、ぶだよ…はぁ、はぁ」
エスピナスのブレスで抉られた地面の遥か後方でルルリアは大きく肩で息をしていた。
彼女は大きく疲労しているようだが、目立った外傷は無く、どうやら無事なようだ。
皆は緊張の中少しだけ安堵する。
だが彼女のストレガグリーヴの布部分やそれを覆う装飾もいくらか弾け飛んでしまいグレーシルバーのニーソックスは引きちぎられたかのようにズタズタになってルルリアのむちっとした両の太ももが露になってしまっている。
ニーソックスの繊維が幾らか残っていて、それが彼女の肉感的な部分を拘束しているようで若干、扇情的ではあったが。
「ルル、ダメージは?」
心配そうに駆け寄ったシンバの言葉にルルは肩で息をしながら無言でかぶりをふった。
パーティは気づいていなかったが、ルルリアはブレス着弾の瞬間に足だけ『竜化』するという離れ業を見せていた。
殆ど無意識下の行動とはいえ、自分の変化に戸惑うルルリア。
それと同じくらい、あのエスピナスのイレギュラーな行動。
そして、さっき『竜化』した時に過敏に尖った感覚が捉えた誰かの視線…。
「イヤな、予感が…はぁ、はぁ、すっごく、する」
「ああ…あのピナ、なんかヤバいな」
シンバはそう言ってガンランスを構え直すが、ルルはそんな彼に聞こえないように「それだけじゃないよ」とつぶやいた。
鋭い牙の間から毒煙を燻らせ、棘竜はその視線をルルリア達に向け続ける。
疲労困ぱい、という感じで動けないルルリアを中心にメンバーが周りを囲み間合いを図っていた。
「…る、ルル、あなたそれ…」
ゆっくりと顔を上げたルルを見てデイジーが息を飲む。
ルルリアの瞳は赤と金が混じり合い、オレンジ色のマーブルとなって渦巻いていた。
「…だいじょうぶ。大丈夫だから。デイジー」
ルルリアはそう言いながら笑みを無理矢理作ったつもりだったが、橙色に濁った視線を向けられたデイジーが少しだけ引いたのがわかった。
『竜化』について話に聞いただけだったディズが実際にルルリアの抱えた闇を垣間見て恐怖を感じること責められない。
それ程、ルルリアの持つ『ちから』は異常なのだ。
「ご、ごめんルル…ごめん」
「うん。だいじぶ」
自らの態度を悔いたディズがおずおずと差し出した右手をちょっとだけ強めに握り返す事で気にしてない事を示すルル。
そうこうしている内にルルの感情は落ち着きを取り戻し、その瞳は傷んだ色彩から純なる紅色を取り戻していった。
ルルの異常を感じ取っていたヴァンとシンバは彼女たちのそのわずかな疎通をスルーする事で気遣いを表しつつ周囲を牽制し続けていた。
エスピナスは先刻とはうって変わって静かな佇まいで有り続けている。
だがその瞳は無機質でなく確固たる意思に満たされた光を宿していた。
この棘竜はそこからしてなにかが違う。
彼らが知るエスピナスの眼光は鋭いもののここまで意思的なモノはない。
こちらをにらみつけるギラギラした目の色は不自然な違和感を強く感じさせ、攻め込む事を躊躇わせていた。
前衛を取るヴァリオンが構えるエクエスアルベルから約20メートル先で静かに立ち、しかし確実に攻撃準備が整っている棘竜エスピナスが相対する。
両者の間に遮るものは何も存在しない。
しかし、そこには見えない壁が存在するかのように、さらに足枷でも付けられたかのように微動だにしない両者。
「行く」
自分たちの間に横たわるどろどろした何かを蹴飛ばすようにルルリアが簡潔に言い、仲間の返事を待たずにエスピナスに向かって突貫する。
先程の御礼参りだ。
「今度は、あたしの番、だよ!」
地面を蹴る靴底が苔むした大地に取られて思ったようにスピードが出せないが、そんなことはお構いなしにルルリアは駆ける。
まっすぐに、ただまっすぐに棘竜を照準に捉えつつ、マテンロウのグリップの目盛りを「1」から「2」へと切り替えた。
ルルの左腕が槍内部のジャイロが回転し始めるのを感じ取る。
「く、この…っ」
マテンロウの先端のチゼルエッヂが微細に震え、ルルは意識的にその動きを制御しなければならなかった。
「でも、このマテンロウのセカンドフォームなら!」
パパガイが思った以上にマテンロウのカラクリは複雑だったらしく、この槍が復活するまでには彼が見積もったより多くの日数がかかっていた。
しかしだからこそマテンロウの復元は非常に高い精度で行われ、この槍は太古の姿を正にそのまま現代に顕現させることが出来たのだった。
そして先のルルのセリフに自信となって現れたようにこの槍の破壊力はそこらのランスを軽く凌駕する威力であった。
棘竜は動かず、視線だけはルルリアの動きをトレースしているものの、エスピナスは彼女が繰り出そうとしている攻撃自体はまるで意に介していなかった。
自身の持つ鉄壁の甲殻を傷つけるものはないと自負していた。
いくらモンスターハンターが攻撃してこようと全て弾き返してみせるとでも言わんばかりにどっしりと構えている。
ついにルルはエスピナスを射程に捉える。
ランスを構える腕に力を込めてトリガーをマックスまで引き絞ると気合一閃、マテンロウを突き上げた。
「ぅ、やぁああああああッ!」
ヘリックスが甲高い動作音を叫び、自らの回転力でその円錐状ボディの突破力を安定させるとそのままの勢いで棘竜の防御力を貫きにかかった。
しかし、マテンロウの切れ刃がまさにエスピナスの顔面を捉えようとしたその瞬間、刺竜は本能的にマテンロウの威力を理解し首を持ち上げ回避行動をとった。
「遅いッ!」
ルルリアは相手の動きを予想していた。
獣の本能を上回る経験と閃き、そしてそれを実行する反射神経を持って棘竜の動きに追従する。
左腕を突き出すと同時に、彼女の指先はグリップスイッチを「2」から二つ飛ばしの「Ex」に切り替えていた。
瞬間、マテンロウはチゼルエッヂから裾に広がる刃であるマージンを一旦切り離し、そして心棒をさらに高速回転させながら伸長させた。
己が長さを倍々にしながら刃をさらに細かいピッチで纏い直し、稲妻の様な速度で切っ先を走らせたマテンロウは棘竜のちょうど耳上辺りの甲殻と尖角を打ち砕く。
そして尚、槍身に規則正しく並んだ切り刃が肉を抉り取り、エスピナスの頭蓋を響かせるダメージを刻み込んだ。
頭部に大きな傷を負い、エスピナスはたたらを踏んでよろめく。
棘竜の巨躯がゆらぎ、傍目からも深手を負わせたことがわかった。
メンバーは全員、ルルリアの会心の一撃にわっと歓声を上げて自分達の周囲にまとわりついていた不安な空気を吹き飛ばすのだった。
「いいぞルルリア!さすが俺の妹だ!」
めったに見せない喜び様でヴァンがのたまう。
そのヴァリオンの満面の笑みをみたシンバが若干口を尖らせそれに対抗意識を燃やした。
「やったぞルル!さすが俺のハニーだ!」
興奮冷めやらぬ感じ、といった体を演じたのシンバのセリフが続いたのはあくまでもネタであってほしい。