そんな棘竜の突進がヴァリオンに向けて放たれる。
強烈な地響きを立てながら迫り来る棘竜の顔面に照準を合わせたヴァリオンがエクエスアルベルを振りかぶると同時に、エスピナスの太い脚がもつれ、膝が折れた。
「ヴァン兄ぃ!避けてッ!」
頭上から声が降る。
ハンマーを制動しつつ後ろに跳び退りながら目を上げたヴァンの視線がルルリアを捉えた。
ルルリアは名前の通り刺だらけのエスピナスの背なに深々とマテンロウを突き立て、毒でぬらつく背刺に剥ぎ取り用のククリナイフを打ちつけ続けていた。
三分の二程撃ち込んだマテンロウに、未だに痺れが残る右腕をどうにか絡ませてルルリアは棘竜の背中に立っていた。
ヴァリオンが早い段階で指示をくれたおかげでどうにかエスピナスの背中に乗り移れる高さまでよじ登ることができたのは良かった。
しかし実際に敵に触れてみて、ルルリアの「悪い予感」は確信に変わっていた。
エスピナスの背中に飛び乗ってマテンロウを突き立てようとしたまさにその時、『竜化』した影響でほぼ素足になった足をまるで狙うように棘が生え伸びて来たのだ。
細かい範囲でまるで剣山のようにザワザワとルルリアの足型を確認した瞬間、太いトゲが彼女の足裏から甲を貫いていた。
身体に直接ダメージを与えられ、棘の毒腺からまるで電気を流されるような痛みを流されたルルリアは思わず悲鳴を上げそうになった。
しかし、眼下ではヴァリオンが迎撃の体勢を作り、向こうの大木の根元では濃いダメージを負いながらもデッドウィングスペシャルに弾薬を装填しようとするシンバが見えた。
彼らの緊張を、自分の「甘え」で途切れさせることは出来ない。
せめて、この有利な位置から効果的な一撃を!
ルルリアはマテンロウのグリップスイッチを再び「2」へと捻った。
内部の電動機がいくらか苦しそうな悲鳴を上げながらも、槍はルルリアの願いに応えそのカラクリを始動させてくれた。
一見するとなめらかなフォルムのマテンロウだが、そのボディに走る螺旋を描く溝の淵は細かな、非常に細かな「あさり」加工が施されており、突き刺さった上で回転しながら対象の肉を『削り掘って』ゆくという非常にえげつない攻撃方法を持つランスであった。
いかに体力に自信のある棘竜とはいえ、背中にそんな物騒な代物を突き立てられた挙句に遠慮なしに穿孔するスイッチをオンにされた日には思わず喉奥からうめき声とも泣き声ともとれる声を漏らしながらその巨体のバランスを崩し、地響きを立てながら大地につんのめってしまった。
ヴァリオンは眼前で一瞬の内に起きた事が正直、把握出来ていなかった。
やたらと膨れ上がった熱気が、薄暗い樹海のここにだけ存在している。
ハントは元々、熱っぽいものではある。
多少は上滑りで、どこか非現実で、それでいてクールに現状を把握しなければならない。
そうでもなければ、モンスターとの命のやりとりなど到底出来はしない。
が、しかし、今この場に限っていえば、彼がよく知っている狩りの「そんな熱気」では無かった。
荒い息で横たわるエスピナスの背中で、更に深くその体にランスを打ち込もうと必死になっているルルリア。
エスピナスの背傷から吹き出る血液、マテンロウが高速で回転すればするほど勢いを増す返り血を身体中に浴びるルルリア。
彼女の纏うストレガメイルの銀灰の布地がドス黒く染まってゆき、装備のきらびやかさを象徴するシルバーエッジの彫物装飾に緋色の墨入れが入ってゆく。
棘竜から自分たち人間と同じ赤い色の血液が吹き出ることにもまるでひるむことなく、それどころか傷を塞ぐように蠢く毒腺が分泌する黒紫色の毒液を浴びても一向に構うことなく彼女は攻撃を緩めない。
その一種異様な雰囲気を彼の妹が激しく発している事こそ違和感だとヴァリオンはやっと感じ取れ、ルルリアの焦りや不安が限界を超えてしまいそうな事に、彼はやっと気づいた。
そしてヴァリオンはもう一つ気づく。
それは彼にとってとても大切なこと。
もっと早く、気づかなければならなかったこと。
「…ディズ?」
マテンロウが甲高い動作音を奏でる以外は音がない。
陽のささない樹海の薄暗い中でヴァリオンの瞳は自分のパートナーを探した。
いや、あいつが着ていたエクエスは白い装備だからいくらここが薄暗いといっても見えないわけ無いし、あいつが持ってるのはエクエスの弓…それこそ折りたたみも出来ないし持ってるだけで目立つ大きさのフルサイズボゥなんだぞ!
それに、あいつはこのクエストの前にものすごく目立つピンク色に髪色を変えてくれたんだ!
見つからないわけがない!
みつけられない…わけが、ない。
慎重に警戒することも忘れ、ヴァリオンはキョロキョロと周囲を見渡す。
しかし、デイジーの気配は全く感じられない。
デイジーがいないことで初めて気づけた自らの不安。
いや、彼女を見つけられなかった事で、ヴァリオンは強烈な不安を覚えたと言うのが正しかった。
風が淀む樹海の静けさを切り裂くようにマテンロウが金切り声を張り上げている。
だが、ヴァリオンは内耳の更に奥で血流が軋む音を立てているようにしか感じられない。
デイジーが居ない。
その事実に気づいたヴァリオンが慌てた感情をまとったのを感じたのか、向こうでたたらを踏んでいたシンバがこちらに駆け寄ってきた。
そして、その携えた銃撃槍を振り上げ、あろうことかヴァリオンの顔面をしたたかに殴りつける。
文字通り火薬を炸裂させるため、幾重にも鋼を重ねて頑強にしたてられたそのバレルで打付けられた瞬間、ヴァリオンは眼前に強烈な火花を認め、次いで鼻腔から流れる熱い液体を覚え、口いっぱいに広がるキナくさい鉄分を感じ、最後にザックリと割れた額の傷が吹き出す赤色を意識した。
不意に自分を襲った衝撃と痛みの渦に囚われ、ヴァリオンは体勢を維持できずに地面に殴り倒される。
食いしばる間も無かった無防備な歯の間から、痛覚を表す無様な叫び声を漏らした。
ヴァリオンを殴り飛ばしたあとシンバ?はその勢いで未だ棘竜の背中でランスを突き刺し続けるルルリアの背に向けて脚蹴りを放った。
本気の勢いで回し蹴りを振り抜かれたルルリアは、エスピナスの背から叩き落とされて彼女の兄と同じように地べたに勢いよく転がされてしまう。
自分と同じように情けない悲鳴をあげて落ちてきたルルリアを見て、ヴァリオンはシンバがなぜ自分を襲うのか、そしてルルリアに攻撃するのか信じることが出来なかった。
先の一撃で血が滲んだ目を向けると、エスピナスの上でシンバが背を向け、マテンロウをその左腕で抜き取ったところだった。
全身を被う蒼い鎧。
厚い手甲に守られた左腕がのび、スイッチャーから放たれて黙ったランスを掴んだ。
そして直ぐ、槍を掴んだ左手の甲に血管が浮き、指の動きに合せてマテンロウのボディにビシリビシリと細かなヒビが入ってゆく。
彼は、マテンロウを引き抜くとそれを握りつぶしながら棘竜の背から飛び降りる。
と、同時に。
彼が大地を踏むか踏まないかという僅かな時間。
そこでな圧倒的な存在感を放っていた棘竜エスピナスの巨体が一瞬光に包まれた瞬間、その竜の姿は消え去り一人の女が横たわっていた。
背中の真新しい切創からおびただしい血を流しながら上体を起こしたその緑髪の女にヴァリオンは見覚えがあった。
そしてヴァリオンを襲った「彼」はひしゃげてイビツな姿になったマテンロウをグルグルと器用に回し、地べたから立ち上がることも忘れて呆然と見上げるヴァリオンの喉元にその切っ先をあてがい初めて口を開いた。
「さぁて。ここからが本番、や」