モンスターハンターオルタナティブ   作:雨垂夜詩乃

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113 敵

 

隻腕のハンターが以前と変わらぬ顔で、しかし見せたことのない表情でヴァリオンを見下ろしている。

自分がひん曲げたランスをヴァリオンの眼前に突きつけながら冷たい視線をルルリアに向けつぶやいた。

 

「・・・ルルリア・・・お前には苦労したよ」

 

風牙の口調には、前の親しげなリズムが感じられない。

彼に蹴飛ばされた部分、そして今なお激痛が襲う足の傷よりもその事実の方が苦しいと感じるルルリア。

マテンロウを一瞬の内に使い物にならなくされ、足蹴にされたことは確かにショックではある。

近づき難い部分はあったがそれでもルルリアの中の風牙は気のいい兄さんであったのだから。

 

「・・・風牙さん、私、その」

「あーあー。うん、そう、一つ言っておくわね」

 

ルルリアが言葉を紡ごうとしたとき、風牙の背中から白い鎧を纏った緑髪の女が顔を出し、ルルの言葉をぶつ切りにして割り込んでくる。

荊琴は風牙の手から構えるランスを受け取りながら台詞を続けた。

 

「あんたには・・・もちろんそっちのお兄さんもですけど・・・勝手に喋っていい権利はあげませんから」

 

「状況をよく見なさいな」と付け加えた彼女はまるでそれが乾いた薪かなんかであるかのようにマテンロウを真ん中でベキリと二つに折り曲げた。

「この槍めっちゃ痛かってん!」とキレつつあっちとこっちにマテンロウを投げ飛ばして肩で息をする荊琴をルルリアが寂しそうに見上げていた。

 

「・・・あんた達は、いったい」

 

ヴァリオンがつぶやく最もな問いかけ。

つい今しがたしゃべるなと念を押したことを反故にされた荊琴の眉が持ち上がり彼に詰め寄ろうとするも、それを制して風牙がヴァンと目線を合わせるようにしゃがみ、薄い唇を開いた。

 

「ボクらはアレですよ。あんさんの敵ですよ。て・き」

「はじめっからずーっと、お二人を見張ってたンですよ」

 

そこまで言って風牙はわざと人懐こい笑顔を浮かべた。

それは、ヴァンもルルも見知った顔で。

彼らが今、置かれているこの状況がなにかの間違いであってほしいと思うささやかな希望をせせら笑って見えた。

 

「ボクら、人間でありながらモンスターのチカラを使えるんですわ」

 

彼が続けた言葉は、ヴァリオンにはにわかに信じ難いものだった。

 

ヒトが、モンスターの能力?

「そんなこと、あるわけが無い!」とは言い切れない先程の光景。

眼前に有るはずの、居るはずの、いや居なければならない『棘竜エスピナス』が居らず、入れ替わりにそこに現れたのは『人間』の荊琴であるという事実。

風牙からの一撃でハッキリ見えたわけでは無いが、そこにエスピナスが居ないというこの状況、それに荊琴の背中から伝う赤いラインが彼女の背中に傷があることを告げている。

間違いなく、あの棘竜は彼女、荊琴であったのだ。

 

ヴァリオンの意識が風牙に向くさなか、ちょっと離れたところでは荊琴がルルリアに近づいていた。

 

「…。」

「偉い偉い。ちゃんと言いつけ守れますのね」

「…。」

 

無言で見上げるその目線を軽く流しながら荊琴はその端正な顔をゆっくりルルリアの正面に持っていった。

そしてニコリと微笑むと、ルルリアの両足にその手を伸ばし、ぐいと掴み握り締めた。

 

「ぅあああぁぁッ!!」

「あぁらルル、もう約束を破りますの?」

 

言うなれば、そのルルリアの足の大怪我は荊琴自らがつけたもの。

自身もルルのマテンロウに幾つか手傷を負わせられたが、その傷はもう既に塞がりかけていた。

荊琴はルルの両足の傷痕、というか傷穴にその白くて細い指を突っ込み、グリグリとえぐる。

彼女の指がクネクネと蠢く度にルルリアの喉は悲鳴を迸らせ、その上半身はまるで水揚げされた大食いマグロのようにビクビクと痙攣しのたうってしまう。

ルルリアに加えられる容赦ない私刑行為を、ヴァリオンは咎められない。

いつもなら、普段なら真っ先に駆けつけ守ってやれる。

しかし、今、ヴァンの眼前では風牙が冷たい表情で彼を牽制している。

しかも、風牙の手にある得物・・・それはヴァンにとって初見のシースナイフ。

見た目にリーチこそ短いものの、そのブレードは細かくギザ刃になって一見して与える傷の荒らさを想像させるもの。

鋼が幾重にも折り込まれたようにも見えるが、それらは並べられた太い針のようにも見える。

太めの針の先端をそれぞれわざと不揃いにして束ね、それを反りを持たせた刃状に並べた感じ。

もし、それが事実なら刃こぼれとは無縁の恐ろしい武器だ。

あんなブレードで引っかかれようものなら傷はえぐり取られただれて縫合など出来ず、出血の対処すら難しいことだろう。

ヴァンは『そんな物』を見せつけりるように手の中で弄ぶ風牙の姿に今更ながら風牙と荊琴が自分側ではないことを理解するのだった。

 

「琴。あんまりやりすぎるな。ソレは『贄』だぞ」

 

ヴァリオンの表情の変化を楽しみながら風牙が相棒をいさめた。

 

「コレ“天狼双"いいます。ボク自慢の双剣なんですわ」

 

「今はひと振りしか持てませんけどね」と続け、立ち上がりながら風牙はその天狼双をくるりと逆手に持ち変え、ひゅんと振り上げた。

 

がりり、とヴァンの脳内に響く効果音。

右目がスイッチを切ったかのように暗転し、頬から瞼、額にかけてじわじわと痒みのような、それでいてはっきりとした痛みが顔面を走る。

 

「ルルリアと違ってあんたは別に・・・いらんからな。」

「うおおッ!……貴様ぁッ!」

 

顔の右半分を真っ赤に染め、ヴァリオンが弾かれたように風牙の胸ぐらを掴もうと腕を伸ばすも、それを事も無げにかわして風牙はヴァンの腹部に膝蹴りを打つ。

全く加減のない一撃を受け、ヴァンはまたも地面にくずおれる。

的確に急所を襲った打撃はエクエスの防御を貫通し、ヴァリオンの鍛えられた肉を無駄だとばかりに射ち、彼の内蔵を直撃した。

今まで受けた攻撃の中で一番とも言える威力のソレはヴァンを容易く嘔吐させ、かつ崩折れた彼の背中を風牙の強烈なストンピングが襲う。

びきびきというイヤな音がヴァンの背中から響き、彼の喉は切羽詰った悲鳴をほとばしらせた。

 

しかし、ヴァリオンを踏みつける風牙の表情が冷たく凍えているにもかかわらず、それが仮面に見える。

両手をルルリアの血で染め上げ、なおも苦痛を与えようとしてくる荊琴の顔に張り付いたうすら笑いがなぜか白々しく見える。

ルルリアは自身を襲う強烈な痛みを感じながら、どこか冷静な目で彼ら二人を見ていた。

 

なんだろう、この違和感。

さっきから感じている不安や恐怖の原因はこの二人じゃない。

もっと他に…。

 

「こら、ナニほかのこと考えてンのよ?んん?」

 

ぐちぐちと肉を掻き回す音が強くなる。

ルルの目に力が残っている事が無性に気に障った荊琴が彼女の傷を嬲る動きを荒げ、ズブリとルルリアの傷を刃物で広げた。

 

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁあぁッ!!」

 

今まで以上に痛烈な衝撃。

荊琴が取り出した見覚えのある双剣。

確か荊琴は【エーアガイツ】と呼んでいたはずだ。

彼女と共に狩猟に出た際に何度かみかけたことのあるこの双剣はリング状に鍛えた刀を棘竜の素材で強化してあるいかにも荊琴らしい武器だった。

形状からしてリーチはさほど長くないがそのエッヂはやたらと鋭く、環状の刃は直線上に薙ぐだけでもその傷口を深く切り開く。

握りの部分のナックルガードから左右に伸ばされた切っ先が斬撃の幅を広げ、対峙する相手の感覚を狂わせる。

輪になった部分の刃はあくまでも薄く鋭く鋭利に仕上げられているが、この両端のナイフにはえげつないことにエスピナスの猛毒が仕込まれている。

その部分を傷に突き立てられたルルリアの喉は悲鳴を搾り出し、その身は痙攣し、体中の皮膚は脂汗にまみれた。

双剣を突き立て「うりうり♪」と楽しそうな荊琴。

 

「ぐ、な、なんで…こん、なこと、すんの?」

 

悲鳴を必死に食い殺し、ルルリアは荊琴に問う。

 

「…アンタが『選ばれてる』からよ」

 

唇の端に小さく笑みを浮かべ、荊琴は先ほどルルの両足に突き立てた双剣を引き抜きながら立ち上がった。

 

「同情するよ、ルルリア。キミはこれからキミであってキミではなくなるんやからな」

 

風牙はぐきりとヴァリオンを更にふみつける。

 

「ふ、ざ…けるな、そん、なことぐああっ!」

「あんたは黙っとけ。あんたは既に部外者なんや」

 

風牙の踏みつけでヴァンの巨体が地面にめり込んで動けない。

身体の大きさで言えば、風牙はヴァリオンよりずっと細身だ。

だがしかし、彼の威力は鍛え上げたヴァリオンを足一本で完封できるほど強い。

何気なく乗せられているとしか思えない体勢だが、風牙のプレッシャーは異質だった。

強烈な圧力の中に色濃く感じる獣性。

視線や振る舞いこそ静かなものだが風牙の纏うオーラは周囲を歪ませるほどの強さで現れ、しかもそれが敵意で満ちている。

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